『普通科2年、中川菜々さん。優木せつ菜さん。屋上までお越しください――』
歩夢ちゃんのアナウンスが聞こえる。
いつもなら集中して聞き入るだろうそれに、けれどワタシは、まったく気を向けることが出来なかった。
「に……苦手になりかけてるって……そんな……」
「流石に分かるよ。だって一回も名前呼んでないし、なによりトゲトゲしいんだもん」
「……そんなに、っすか?」
「そんなにっす……アナタが、何に憤ってるのかまでは分からない。でも……せつ菜ちゃんに対して何かを我慢してるのは、伝わるよ。だから、行こう?」
ワタシは……何か言おうとして。
何か、反論しようとして。
いつもみたいに、なぁなぁに誤魔化そうとして。
また、逃げようとして。
「……行きたく、ないです」
……止めた。
そういうことはもう、エマさんにはしたくない。その想いが勝った。
あの頃、ワタシなんかをあんなに気にかけてくれた、エマさんには。そんな不誠実な事は、したくなかった。
「どうして?」
「だってこれは、ワタシのこれは……八つ当たりだから。そんなので無関係なワタシが同好会のみんなの仲を邪魔したり、これからの活動に変な禍根を残すのは、嫌なんです」
「確かにアナタは
「……心置きなく活動するために、過去の遺恨は晴らしておいた方がいいのは確かですね」
「それはせつ菜ちゃん側の都合だね。私はアナタにも必要な事だと思ってるから。アナタの心残りを癒すために」
「ワタシは、いいですよ。アホですから。どうせそのうち忘れてますよ」
「じゃあ、私が覚えてるね。それでずっと気に病んじゃう」
「……それは、ずるくないですか?」
「ごめんね?」
「何回ごめんねって言うんすか、もう」
ヒドい。
そんな事言われたら、どうしようもなくなるじゃん。
間接的にエマさんの邪魔をする?そんなのゴメンだ。くっそう。ホントに半年前のワタシは何してくれたんだよ。
「どうしてもせつ菜ちゃんに言いたくないなら、私に話してみる?」
「それ、絶対向こうに伝わるやつじゃないですか」
「うーん、そうかも」
「そこは嘘でも"内緒にするから!"って言ってくださいよ……」
「だって私は、2人に言いたいことを言い合って欲しいんだもん」
「それでもっと拗れたりワタシが納得しなかったらどうするんすか」
「その時は仕方ないよ。その上で2人を見守るから。言葉にしなきゃ伝わらない事はいっぱいある。お互いに伝え合うことを諦めるのが嫌なの」
「……強情っすね」
「もともとはこうだったんだよ」
エマさんはよくお母さんに例えられるけど、"原作"では大家族のお姉さんだ。諍いあう下の子達を、そんな風に取りなしてたんだろう。言ってる事も正論だし。ワタシ達が勧誘してたあの頃に人が集まってたら、こんなエマさんも見れたんだろうな。
(……あ……もう、タイムリミットが近いや)
歩夢ちゃんのアナウンスから結構時間が経ってる。このままじゃエマさんが屋上に行けない。この人、絶対動く気ないもん。まさかそれを見越したってわけじゃないだろうけど……この人をここに引き止めておくのが、一番ダメな展開なのは明白だ。早々にどうにかして、行って貰わないと。
(……はーぁ。今度はそういう言い訳か。意志薄弱すぎるなぁ、ワタシ)
それを理由にして、エマさんに告白して。そんでちょっとでもスッキリしたいって思ってるんだから。
はーぁ。
「……白状したら、ほっといてくれます?」
「聞いてから考えるよ」
「ずるっ。さっきからずるいっすよ」
「はい。今日の私はずるっこです」
……はは。
ははは。
ダメだわ、勝てんわ。
――もう、知らん。
「……彼女、半年前のMVを、当時見てたらしいじゃないですか」
「侑ちゃんが言ってたね。私も初耳だったよ」
「それで、本当はその時、スクールアイドルになろうか迷ってたらしいじゃないですか」
「……そうらしいね」
「……いやもう、そこだけなんですよ。なんでその時、決意してくれなかったんだ……って」
屋上を見上げる。この後のステージに想いを馳せる。
"原作"知識の中の彼女は……めちゃくちゃ格好良かった。ついこの前、直接この目で見た彼女は、それ以上だった。それがまた、悔しい。
「優木せつ菜のパフォーマンスは、派手で見栄えが良いです。この前のライブも、凄い熱量で……圧倒されました。少なくとも目立つ事にかけては、お2人以上です。だから、彼女があの時一緒にやってくれてれば、もっと色んな人に見てもらえて、良い宣伝になって……あと1人くらいなら、集まってたんじゃないかって」
「……そうだね。アナタも、諦めずに済んだかも、ね」
「それはどうっすかね?でも、4人まで集まってたら……名前は残したままにしてたかもですね」
ワタシが辞めた理由は、彼女とは関係ない。
でも、あの場から去る事は、しなかったかもしれない。
名前を貸すのはやぶさかじゃない。
歩夢ちゃんと侑にもそう言った。
だって、そうしたら――もしかしたら。
「ワタシは折れちゃっても……それでももっと早く、同好会は出来てたかもしれないじゃないですか」
きちり、と。
噛んだ唇の端が、切れた。
「エマさん達が、半年分。もっとスクールアイドル、やれてたかもしれないじゃないですか」
華は短し、燃やせよ乙女、青春を。
スクールアイドルでいられる時間は、短い。
当時2年生だったエマさん達は、なおさら。
2年の途中から3年生として進級するまでの間……その6分の1が、どれだけ貴重だったことか。
たられば、だ。
同好会になれた保証なんてない。
恨むのは筋違いだって理解してる。
……でも。
「そうなってた可能性が……見えちゃったんですよぉ」
それが見れたら、絶対にステキだっただろうに……って。
「エマさん達が、今年改めてスクールアイドルをやり始められたことは、感謝してます。お披露目ライブがお流れになったのも、仕方ないと思います。それにワタシが辞めたことまで彼女のせいにするつもりはありません。それはワタシの自己責任です。
つまり、ホントに何にも彼女は悪くないんです。
だから"何様"なんですよ。今みんなの誘いを断りまくってるワタシが"なんであの時入ってくれなかったんだ"なんて……言える筋合いなんて、あるわけないんですよ」
だから。
「だから……これは彼女に言っちゃ、ダメなんです。本当にただの、八つ当たりなんですから」
「……分かった。じゃあ屋上に行こっか」
「…………いやあのエマさん?」
お話聞いててくださいました??
「はい、行くよ」
「えっ、ちょっ!?」
「いつ始まるか分からないからね。急ごうね」
「いやだからワタシは置いてってってってってぇ!?」
腕を掴んで引っ張られる。やべぇ、全然振り払えねぇ。パワーが足りねぇ。
「ちゃんと言おうね、せつ菜ちゃんに言いたいこと」
「言うべきじゃないって説明したじゃないですか!」
「うん。聞いた。アナタが私達のために苦しんでるのも分かった。ちゃんと理解した。そのうえでの八つ当たりなんだなって、そう思った……でも、それでも。それはアナタの大切な想いだよ。それを我慢してたら、アナタの気持ちはずっと宙ぶらりんになっちゃうよ」
早足程度だった速度が、駆け足になる。
「だ……って!彼女は"気にしぃ"なんですよ!?こんな八つ当たり本気にしてもっと病んじゃったらどうするんですか!下手したら引導渡すことになっちゃいますよ!?」
「それでもだよ。せつ菜ちゃんにとっても、アナタは大きな存在なの。もし戻ってきてくれたとしても、アナタの本心を気に掛けてたら100%のパフォーマンスはできなくなっちゃうよ。それならいっそ――引導渡しちゃうくらいに、ハッキリ今の想いを伝えた方が良いと思う!」
「んな無茶な!ったぁっ!?」
「んっ!よいしょっ!」
足がもつれる。それでも引っ張り起こされる。
「……っ!一緒にやりたいって気持ちが一番強いんでしょ!?だったらそれくらい我慢してもらいましょうよ!ワタシも我慢しますから!」
「そんなせつ菜ちゃん、アナタは見たいの!?」
「はぁ!?」
「だってアナタ――モヤモヤしてるけど!せつ菜ちゃん、大好きでしょっ!」
抗えない。引き寄せられる――舞台に、引っ張られる。
「気づいてないかもしれないけど"ライブ凄かった"って言ったとき、笑ってたよ!せつ菜ちゃんのこと嫌いなら、そんなにいっぱい色んなこと考えないよ!まだ何か隠してる気がするけど、少なくともせつ菜ちゃんにスクールアイドル辞めて欲しいだなんてちっとも思ってない事は確かでしょ!」
「いや……それは……!」
「スクールアイドルが好きで!同好会には入らないけど、これからも見守るつもりなら!私達が最高のライブをするのを見たいでしょ!見守る自分が最高の環境を作ってやるんだって、そう思う人でしょアナタは!――半年前だって、そうだったもん!」
「…………っ!」
足が、早まる。
「だったらっ!それに協力して!私の我儘に付き合って!私をなら後でいくらでも恨んでくれていいから!上手くいかなかったら責任はとるから!だから……ケジメっ!つけに行こうよっ!」
答えられない。
なにも答えられない。
ずっとトレーニングをしていたエマさんのスピードに合わせて走りながら、言葉を放つ余裕がない。
だから、引きずられるまま、足を動かす。
促されるままに、階段を駆け上がる。
そして――やっと止まった、その先の、ガラス戸の向こうに。
「はぁっ……はぁっ……」
優木せつ菜と、高咲侑が、対面していた。
「あの時は……ごめん!」
屋上に、侑の初手謝罪が響き渡る。
その相手である会長は始めこそ戸惑っていたものの、持ち前のその対応力ですぐにペースを取り戻した。
「なんですか?いきなり」
「昨日、"なんでスクールアイドル辞めちゃったのかな?"とか言っちゃったから……無神経過ぎたかなって」
「気にしていませんよ。正体を隠していた、私が悪いんですから……それでも、謝罪は受け取りましょう。ご丁寧に、ありがとうございました……話は終わりですか?」
早々に切り上げようとするその態度は、もうスクールアイドルには関わらないという決意の表れなのだろうか。踵を返し掛けた会長に、侑は慌てて口を開いた。
「ま、まだあるの!」
(……ダメだ)
直感的に、そう思った。
侑が本調子じゃない。声が揺れてる。自分の芯がブレている……あれじゃあ、ダメだ。
「……なんですか?」
「……私は、軽蔑なんてしてないよ。せつ菜ちゃんに、同好会に戻って欲しいんだ」
「……何を。もう、全部分かっているのでしょう?先程生徒会室の窓から、かすみさんと一緒にいる姿をお見かけしました。彼女に……いえ、彼女達に、聞いたのでしょう?私がいた頃の実情を」
「それは……」
「私が同好会にいたら、みんなのためにならないんです。私がいたら……『また、誰かの夢を。誰かの大好きを、きっと傷つけてしまうんです』」
「……っ!」
あぁ、それか。
ワタシって外野が原因に加わってるから、こうなってるのか。
"原作"ではラブライブへの想いが募り、その固定観念に囚われた。
でも今は、それに加えてワタシへの罪悪感に苛まれてる。
ラブライブに出る出ないじゃなく、誰かの目指す道を邪魔する事を一番に恐れている。
だから……"ラブライブじゃなくても優木せつ菜が幸せになれればそれでいい"、それじゃあ彼女自身が納得できないんだ。優木せつ菜の責任感が、それを許さない。
そして、ワタシの夢を潰えさせたと思ってるなら……侑は、それを否定できないんだ。アイツ、あれで結構、友達思いだから。
……でも。
「だったら――だったら!今度こそ、せつ菜ちゃんが誰かを幸せにしようよ!」
「……え?」
あぁ、そうだ。
それで終わる高咲侑じゃあ、ないもんな。
ふいに、隣にいるエマさんの、背中に当ててくれている手のひらを意識した。
そんな風に誰かを支えることを、簡単には諦めないんだ。アイツは。
「せつ菜ちゃんが自分を許せないなら、それは仕方ないけど……でも、せつ菜ちゃんのライブに、私はすっごくときめいた!こんなにスクールアイドルが好きになるなんて思わなかった!これまで間違えちゃったぶん、誰かを夢中にさせようよ!せつ菜ちゃんならそれが出来るって、私が証明してる!捨てたら何も残らない……スクールアイドルの優木せつ菜として、みんなへ大好きを、繋いでいこうよ!」
(……くくっ)
そっか。侑、それが侑の出した答えか。
罪悪感を拭い去らせることは出来ない。償うという意識を捨てきれない。
でも、彼女自身の幸せを諦めさせたくもない。
だからその償いは、誰かを満たすことで補えばいい。
それを許さない人以上に、誰かを幸せにすれば良い。
まったく、強引だね。
恨んでる相手は溜飲下がらないじゃないか。
でも――侑らしい答えだ。
ワタシは、気に入ったよ。
「……そんな身勝手が……許されるわけ……!」
だから。
「――誰に許されないの?」
「…………なっ!?」
「え?なんで……」
だから。ワタシも一歩踏み出して、ちょっとだけ挟まらせて貰うよ。
今回だけね。