「こんにちは、我らが生徒会長さん。なーんかマイフレンドと修羅場ってるみたいだから思わず出てきちゃったよ。ごめんね?」
「……えっ、と……」
侑さんとの対面の最中、その人は唐突に現れた。
比較的小柄な体格。制服にパーカーを合わせた、虹ヶ咲ではそれなりに見かけるスタイル。特筆して目立つワケではない、ごく一般的な一生徒。初見で残る印象は、そこまで強くはないだろう。
それでも、私――中川菜々にとっては。
忘れがたく、心に焼き付いている、一人だった。
「あぁ、謝りたいのはワタシにだっけ?エマさん達みたいに、ワタシにも償いたがってるらしいって聴いたけど。半年前に声かけてくんなかったからーとかなんとかで」
「……っ!えぇ、そうです」
その言葉ですべてを理解する。
この人がこれまでの経緯を全て把握していることを。
私がかつて、この人達が諦める原因になってしまったことを。
侑さんとのやり取りで緩みかけた何かを、再び締めなおす。
すべてを知ったこの人に、私は報いる必要がある。
知らないなら、掘り起こさない方が良いと思っていた。昔の苦い思い出を改めて実感する以上に、私が出来ることはないだろうから――そうやって消極的に逃げていた。
でも、この人がすべてを知った今、それはもう通用しない。
逆に考えよう。これでやっと私は、ちゃんと償える。
この人の希望を聞いて、それを受け入れて――そして。きっぱりと。スクールアイドルを、終わりに出来る。
「んじゃ許したげる。その代わり、これからもスクールアイドル続けてよ」
「…………は?」
そう、思っていたのに。
この人はあっけらかんと、そう言い放った。
「な……なぜですか!?全部聞いたんでしょう!?アナタの夢を潰えさせた私に、それでいいんですか!?」
「良いも何も、逆にそんなんで辞められても嬉しくないんだけど」
あまりにも飄々とした言い草に、言葉を失う。
如何にも"面倒くさい"と言いたげに頭を掻くその様子は、必死さすら感じた侑さんとは真逆で。頑なに構えていたのに、まるで手ごたえ無い柳のようで。そのギャップに、心構えがぐずぐずと解かれていく。
「うん。まぁ確かに"あの時来てくれたらエマさん達はもっと早くスクールアイドルやれてたかもしれないのに!"とは思ったよ?それは今でも恨んでる。でも当のエマさん達が許してるなら、ワタシが口出すことじゃないんだよ。こうやって面と向かって文句?八つ当たり?まぁそんな感じのこと言えたから、それでいーや。ぶっちゃけそれしか気にしてないし」
「そんなはずありません!私は、アナタの夢を……!」
「"ラブライブに出たい"ってやつ?そりゃあラブライブに出れたりするんじゃないかなーって漠然とは思ってたよ。淡い夢だねぇ。でも、その時のワタシの一番の夢って、それじゃなかったし」
「……それは?」
「――"エマさん達がスクールアイドルとしてわちゃわちゃ……けふん。煌めいてる姿が見たい"、だよ。素敵な素敵なエマさん達にスクールアイドルになって欲しかったから、ワタシはスクールアイドルになりかけたんよ」
……一瞬納得しかけて、もう一度口を引き締めなおす。
この人自身のスクールアイドルとしての夢は、ラブライブに直結するものじゃなかった。ラブライブ自体にはそこまで心残りがあるわけじゃない……らしい。真意は、どうあれ。
でも。だとしても。
本当の夢である、"エマさん達がスクールアイドルとして気兼ねなく活動する"というそれを、私はこの半年で、結局2回も遮っている――!
「んで。時間はかかったけど、その夢は叶いかけてる」
「……え?」
――けれど。その思いもまた、受け流された。
なんなんだ。この人は。人の悩みをどうでもいいように――なんでもない風に、しようとしてるんだ。
ちらりと目を向けたその先で、胸の前に手を組むエマさんが佇んでいる。
何を思ってエマさんは、この人をここに連れて来たんだろう。
エマさんの祈るようなその姿に、私は。
私は。
「上手く行ってなかったとしても同好会は成立した。お釈迦になっちゃったけどライブもするつもりだった。ワタシが関わってた時以上に、エマさん達のステージは圧倒的に近くなってる。そこまでこぎつけられたのは、少なからず会長のおかげっしょ?全然自分は何もできてない、なんて言わせねーよ?」
「…………」
「絶妙に上手く行かなくて拗れちゃった。なるほどね?でもなら、なおさら中途半端に投げ出さないでよ。新進気鋭のスクールアイドルさんとして、虹ヶ咲の旗頭として、もっかい盛り上げてよ。エマさん達がやり直したいって思ってんだから、生徒会長らしく生徒の想いを受け止めてよ。ついでにワタシの勝手な夢も叶えてくれると嬉しーな」
自分を卑下して私を持ち上げるようなその言い様には反感を覚える……けれど。
"同好会の設立者として、この学園の生徒会長として、まったく何もできていなかったわけじゃないだろう"。
"でも自分が始めた事なら、最後まで貫くべきだ"。
その指摘はあまりにも、真っ当過ぎるものだった。
「それにワタシは、素敵な人がスクールアイドルやってるのを見るのが好きなんだ――優木せつ菜ちゃん。この前のステージ、ワタシもときめかされちゃったよ」
「えっ……」
「まだそんなに良く知らないのに、もっと見たいと思わせられるくらいには。だから……辞められちゃったら寂しーなー?」
おちゃらけるその仕草とは裏腹に、その眼は私を捉えて離さない。
目と目を通じて、伝わってくる。この人が、嘘偽りなくそう考えていることが。
エマさん達と、私。皆でまた、同好会として活動して欲しいと、そう願っていることが。
「…………!」
私のココロの奥底で、願いの種火が煌々と燃え上りかけている。
掛けた鍵ごと燃やし尽くして、外に出ようと抗い出している。
……でも……でもっ!
「……ダメです。続けられません」
「あん?」
強情な私は、まだあと"一歩"を、踏み出しきれない……!
「少なくとも、私の望む到達点と、かすみさん達――皆さんが思い描くそれは違いすぎる……!足並みをそろえることは出来るかもしれない。でも、それじゃあ本当の意味でのワンチームにはなれない!ラブライブを勝ち抜くには、チームとしての一体感と完成度が求められるんです!私が大会出場チームに入らなければ良いだけかもしれませんが、それなら同好会でスクールアイドルを続けていなくても同じじゃあないですか!マネージャーにでもなれば良いんですか!?なるほど、それなら喜んでお受けいたしま……」
「いや、せつ菜ちゃんにはスクールアイドル続けて欲しいって言ってんじゃん。マネージャーは侑に任せなよ」
「じゃあどうしたら!?」
ラブライブで結果を残すのに、私は邪魔でしかない。
大会に出ないのなら、スクールアイドルを続けていてもいなくても同じこと。
それなのに。
それなのに、私がスクールアイドルを続ける意味なんて。
仮にそれが償いだとしても、そんなの、あまりにも……!
「――ねぇ。ラブライブって、絶対に目指さないとダメなの?」
「――は?」
「え……」
「……あ?」
……私は何度間抜けになればいいんだろう。
その言葉を投げかけて来たその人に。また、気の抜けた反応を返してしまった。
でも今回に限っては、きっと私のせいじゃない。
「ラブライブになんて、出なくても良いんじゃないかな」
この場に現れた、もう一人……新人スクールアイドルである、上原歩夢さんが。
そんな、あまりにも非常識なことを言ってきたからだ。