5-①
「献身」。それは自分を顧みず相手に尽くすこと。
「お節介」。それは自分の価値観をもとに、相手に干渉していくこと。
誰かに優しくしようとしたとき、果たして自分が今やっているのはどちらだろうと、考えることはないだろうか。
損得勘定。
利害の一致。
腹積もり。
自分の俗に気が付いたとき、伸ばしかけた手を止めてしまうことは無いだろうか。
"迷惑になるかもしれない"。
"鬱陶しがられるかもしれない"。
"自分が不利益を被るかもしれない"。
そんな理由を後付けして、その場を去ってしまうことは、無いだろうか。
そうして後から悔やんでしまう事は、無いだろうか。
恥ずかしながら、ワタシにはある。
それでいて、次は必ず助けるって断言できないんだから、我ながらまったく頼りにならないものである。
――だからこそ。
誰かに優しくするのが難しい、そんな風に言われることもある世の中だけど。
数多に優しくあれるあの人は、ものすごく強い人なんだろうって、ワタシはそう思う。
その人は、自分の得になんてならなくても、手を差し伸べる。
その人は、何度その手を弾かれようと、幾たびだって伸ばしなおす。
心が冷え切った相手のために。
その心を"ぽかぽか"にしたい自分のために。
誰よりも他人を慮りながらも。
誰よりも身勝手な人。
"献身"と"お節介"、その両方を同時に体現する人。
そんな人だからこそ、誰よりも優しくなれるんじゃないだろうか。
……まったく、罪な人だよ。
こんな人にウッカリ溺れたら、もう離れられなくなっちゃうと思わない?
*********
「……おはよ」
「はよ」
「…………はぁ」
「人の顔見て即ため息とか失礼だなオイ」
「あー……うん。ごめん」
「……どんだけ腑抜けてんの……」
"4話"の愛ちゃんライブを終えた、週明けの月曜日。
いつものように一人マンション前で待っていたワタシは、いつもと違って一人かつ著しくテンションが低い侑を出迎えた。
ジャブで打ち込んだ軽口にも反応してくれない。つまんない。
……いや、うん。原因は分かるし気持ちも分かるけどさ、いくら何でもしょげすぎじゃない?その髪の緑が苔に見えてくるじゃんよ。
「……歩夢、今朝会った?」
「うんにゃ。ワタシが来る前にもう行っちゃったんじゃない?」
「そっか……」
「あーもう。ほらしゃっきりしろ」
「あうあう」
心なし緩んで萎れてたツインテールをぐいぐいと結び直してやる。
ワタシが侑にこんなことするなんてレアなんだぞ。ボケーっとしてないでちゃんと喜べや……あ、ちょっと左右のバランス崩れた……まぁいっか。
「しっかし"体力つけるために学校行く前にランニングするね!"……とはねぇ。いよいよ気合い入ってきたって感じだ。まずはランニングってのもコツコツ系の歩夢ちゃんらしいや」
侑が萎れてる原因。それはずばり、歩夢ちゃんが始めた朝トレだ。
この前の"4話"でエマさんと愛ちゃんとの体力差を痛感して……あのレインボーブリッジから帰ってくるところね。歩夢ちゃんだけがヘトヘトになってたやつね。で、さっそくランニングを始めることにしたらしい。
そして今日はその初日。どうなる事やらと思ったら歩夢ちゃんは意気揚々と出発し、何も生活習慣変えてない侑の方がダメージ受けてるっぽい。ウケる。
……いや、ウケんよ。あの時の詳細、未だにワタシも知らねーし。ちょっと置いてかれ感があるのはワタシも同じだ。せつ菜ちゃんとかのおかげで侑ほど凹んじゃいないってだけ。
ま、だから気持ちは分かるから、そこまで弄ったり突っ込みゃしないよ。感謝しろ。
「体力の重要性を再認識したって言ったその日には準備始めてたからね。決めるまではじっくりさんだけど、決めた後は早いったら」
「侑も大概でしょ」
「そうかなぁ」
「似たものふーふめ」
「なんて?」
「さぁね」
その通りの行動を見せた"原作"の侑の未来を知っているワタシだけれど、昔の侑も大体そんな感じだった。中学の文化祭なんかでも出し物決めるのはめちゃくちゃ迷ってたのに、決めた後は誰より走り回ってたなぁ。体力無いから割とすぐバテてたけど。
「けど目標は高い方が良いとは言うけど、その対象がエマさんか……いくら何でも高すぎないかね?」
「……何を気にしてるの?というか、エマさんってそんなに凄いの?」
「凄い。特に体力は底なし。フルマラソン完走できるらしいし」
「え……そ、そこまで出来ないとスクールアイドルって無理なの?」
「いやそれはない」
やれて堪るか。それがスクールアイドルの最低ラインなら日本はアスリート大国になっとるわい、流石にエマさんが例外だ。せつ菜ちゃんでも無理だろうし、運動神経より基礎体力が重要だから、愛ちゃんでも難しいかもしれない。
エマさんってフィジカルエリートだかんね?舐めんなよ?体力だけじゃなくて結構素早いんだぞ?
「へぇ、エマさんって可愛いだけじゃなくて運動も得意なんだ!」
「そうだぞ?まぁでも、だからいきなりエマさん基準でやろうとすると絶対キッツいんだけど……」
「その辺は大丈夫じゃない?歩夢は自分を過信するタイプじゃないもん。今日だって流石に学校までは遠過ぎるし、始めたてだから途中でバスに乗るとも言ってたし」
「ま、その辺の限界が分かんないから今日は早めに出たってとこもあるんだろーな」
歩夢ちゃんは無理することもあるけど、基本的に良くも悪くも自分の限界をきちんと見定めてる。そのうえで真面目。だから安全マージンを取ったトレーニング量にしてるはずだ。
念のため朝の一限目までに歩夢ちゃんが教室にちゃんと来るかは注意しとくつもりだけどね。
「予想するなら……多分学校には授業が始まる30分前には着くように調整しそうかな」
「そんな感じじゃない?ニジガクにはシャワーブースもあるし、学校始まる前は良い隙間時間ではあるんだよにゃー」
「夏場とか昼間、特にキツそうだしね。そう考えると朝夕は狙い目か……じゃあ仕方ないか……はぁ」
「……汗だくの歩夢ちゃんと、密閉されたバス、か……」
「うっわ……気持ち悪……」
「いや、歩夢ちゃんじゃなくても気になるでしょ」
「んー……まぁ確かに私でも体臭気になっちゃうかなぁ。制汗剤の類は絶対持ってってるだろうけど。ただでも歩夢は汗も良い匂いだからそんなに不快でもないか……」
「うっわ……気持ち悪……」
「え?どこが?」
「えっ。あ、うん」
こいつ……こいつはさぁ……ホントふとした瞬間にブッコんでくるよなぁ……
そんなキョトンとした顔しやがって、歩夢ちゃんだって限度あると思うぞ?……いやでもなぁ。歩夢ちゃんだしなぁ。ワンチャン許しそうだなぁ……ゆうぽむだもんなぁ……
「ただ実際、汗だくで人混みに紛れるのって躊躇するよね」
「ランニング→バスじゃなくて、バス→ランニングの方が良いんじゃない?って言ってみるか」
「そうだね。それは言ってみても良いか。って、そういやアナタはそういうトレーニングしてなかったの?」
「やる前に辞めた。でもそのうちサボっちゃう予感がする」
「コロコロ気が変わるもんなぁ、アナタは。地道な努力とか一番苦手だし」
「歩夢ちゃんとか侑が真面目なんだよ」
「私も?私は別にでしょ」
「ワタシからしたら侑も十分真面目だよ」
「比較対象が不真面目過ぎて評価が全然当てにならない」
「ははは、此奴め」
ん。ちょっと調子出てきたじゃん。よしよし、もっと悪ノれ。
まぁやっぱね。揶揄う相手が良いリアクションしてくれなかったら寂しいからね。うん。早くいつもの調子にもーどれっ。
「ま、せっかく歩夢ちゃんが頑張り始めたんだ。素直に応援しよーぜ」
「……そうだね。取り急ぎ、今日の放課後はド○キかな」
「ド○キ?なんで?」
「朝夕走るなら、防犯はしっかりしないとダメだよね」
「……なるほど。スタンガンか」
「催涙スプレーでも良し」
「うし、ワタシも幾らか出すわ」
「ありがと。良いのあるといいなー」
ただでさえ"原作"からズレてってる今、侑の主人公補正的な目に見えないのも頼りにしてんだから。マジで。マジで!!
そのためなら、こんなアホみたいな会話にだっていくらでも付き合ってやっからさ!さっさとトキメキお化けに戻れな!ね!
あ、ちなみにオマエは元々アホだろってツッコミは受け付けませんのであしからず!自覚してますので!
……なお。歩夢ちゃんにはその日の夜、小型の催涙スプレーを二人して渡しに行った。
バッチバチにキメた包装紙を受け取った時の紅潮した微笑みと、それから出てきた催涙スプレーを見た時のすっごく引き攣った笑みの落差がえげつなかった。
それでもちゃんと受け取ってくれた歩夢ちゃんは、流石ワタシ達のアイドルだと思いました。まる。
えいがさき2章とにじたびが待ち遠しくて続きました。
今章も何卒よろしくお願いいたします。