"果林ちゃんも一緒にやれたら良いのにな"
"いつも手伝ってくれてるから、もしかしたら一緒にやれるかも"
新同好会に至ってから、いろんなことが軌道に乗り始めた頃。そう思う機会は増えていたけど、
"頑張ってるエマと……ついでに彼方を応援したいだけよ"
"そんな風に思われるなら、もう止めておくわ"
その語調の強さは、今でも思い出せる。余裕のなかったあの頃の私は嫌われるのがイヤで、すぐに謝った。あの時は、それしか正解がないと思ってたから。果林ちゃんの心の内が、分からなかったから……解ろうとするのを、躊躇っちゃったから。
情けない私が足踏みしてるうちに、時は流れた。色んなことがあった。活動を止めて、同好会を結成して、また解散して、そしてまた再び同好会が出来た。色んなものが変わった。環境も、立場も、心構えも。
私と果林ちゃんの関係は変わらなかった。お世話して、お世話されて。ぬるま湯のような関係に慣れて。それでも良いかと、冷たくなるより良いやと、それに浸かり続けた。果林ちゃんのナニカの燻りに、気づかないフリをして。
――でも。あれを見たら、もう居ても立ってもいられなくなった。果林ちゃんから参考になるんじゃないかと手渡された雑誌から滑り落ちた、何かの拍子に挟み込んじゃったらしい……あのアンケート用紙を、見たら。
今、一番興味があることは?
―― スクールアイドル
休みにやってみたいことは?
―― 友達と思い切り遊ぶ
私はなんて察しが悪かったんだろう。なんで果林ちゃんの望みに気がつけなかったんだろう。楽しんでる私を、果林ちゃんはどんな想いで見ていたんだろう。
そう悔やんで、反省して……そしてその後すぐに、走り出していた。
ビックリした侑ちゃんと歩夢ちゃんには申し訳なかったけれど、このキッカケを逃しちゃいけないって思った。果林ちゃんの心の一端が見えた今、それを掴みに行かない理由は、何も無かった。
お節介に躊躇しないって決めた私の、次の"一歩"。それを踏み出すべき時だって、そう確信できたから。
「どうして言ってくれなかったの?私には興味のないフリして、ずっと、自分の心をしまい込んで……」
「…………」
あちこちを遊びまわって、最後に辿り着いた日本科学未来館。そこで私は、遂に切り出した。
果林ちゃんは俯いたまま、何かに耐えるよう。
ただそっけなくあしらってきた今までとは、違う。それだけで、私の口は止まらなくなる。
何かが今までと違うなら、何かが変わるかもしれないから。
怖い。また拒絶されるかもしれない。今度こそ、仲違いしちゃうかもしれない。
そんな弱気を抑え込んで、震える手を握り締めて、果林ちゃんにただ私の想いを伝える。
声よ、繋がれ。そう願って。
「前に言ったの、覚えてる?私、見てくれた人の心を"ぽかぽか"にするアイドルになりたいって。一番近くにいた果林ちゃんの心を温めてあげられなかった、そんな私が何をしても今更でしかない、かもだけど……」
「エマ……」
「……今日、果林ちゃんの自然な笑顔、久しぶりに見たよ。私、果林ちゃんにもっと笑っててほしい!もっともっと、果林ちゃんの事が知りたい!」
「…………」
「だから……聞かせて?果林ちゃんの、本当にやりたい事を」
顔を上げてくれた果林ちゃんを見つめて、じっと待つ。
聞かせて欲しい。果林ちゃんのペースでいいから。いつまでだって待ち続けるから。
そんな想いを視線に込めて、微笑んだ。
「……相手のことを思うからこそ寄り添って聞いてくれる。ワガママになってもいい。逃げ道をただ探すなんて私らしくない……ね」
「え?」
ポツリ、と呟かれた言葉を、聴きとる事は出来なかった。
聞き返そうと思ったけれど、それより先に果林ちゃんは……観念したかのように、口を開いてくれた。
「……ずっと、羨ましいと思ってたの。彼方のことが、同好会の子達のことが。エマのためにスクールアイドルの手伝いをするようになって、色んな事が楽しくて……」
「…………」
「みんなで一つのことに向かって悩んだり、言い争ったり、笑ったり……下らないと思って全部遠ざけてた事が、全部、楽しくて……」
「果林ちゃん……」
あぁ、果林ちゃんも楽しいって思ってくれてたんだ。一緒にやりたいって思ってくれてたんだ。
紡がれる言葉ひとつひとつに、嬉しさがこみあげてくる。私の心が満たされていく。
……けれど。
「……だけど私は、朝香果林は、そんなキャラじゃない。クールで、カッコつけて、大人ぶる……それが私。なのに今更……そう、今更なのは私よ。今更やりたい、やってみたいだなんて……言えるはずない。私には、スクールアイドルとしての私の姿が、想像できない!」
反対に果林ちゃんの心からは、張り詰めていた想いが――スクールアイドルになりたいって想いが、零れて落ちていく。私に隠すことを諦めると共に、その気持ちを諦めようとしているようだった。
"そんなことない!"、そう言ってしまう事は簡単で、実際に思っている。果林ちゃんは、きっと素敵なスクールアイドルになれる。なれないわけなんて、あるもんか。
……でも、それを口に出しても果林ちゃんは納得しないだろう。
ストイックで、真面目で、理想を追い求め続ける果林ちゃん。そんな果林ちゃんは一度付けた自分の評価はそうそう覆さない。今この場だけで、果林ちゃんを納得させることは、きっとできない。
「……分かったでしょ?悪いのは私。エマのせいじゃない……だから、私のことは、もういいの。自業自得なんだから。エマなら私以外の誰の心だって……」
だから。
「……言ったでしょ?私が今温めてあげたいのは、果林ちゃんなんだって」
私はそっと、いつの間にか震えの止まっていた腕で、果林ちゃんを後ろから抱きしめた。
零れて空いた心の隙間が、私が果林ちゃんを大好きだって想いで、満ちて欲しい。そう願いながら。
「良いんだよ、果林ちゃん。どんな果林ちゃんでも、笑顔で居られれば、それが一番だよ……だから、きっと大丈夫」
誰に似合わないって言われたって。今更だってなじられたって。私がずっとそばにいる。私がきっと笑顔にする。
果林ちゃんが、スクールアイドルの自分に、納得が出来るまで……納得が出来た後だって、私に、果林ちゃんの心を抱きしめさせて欲しい。
もっともっと寄り添って、"ぽかぽか"したい……ううん。一緒に"ぽかぽか"になりたいから。
このかけがえのない瞬間を――あなたと一緒に刻んでいきたいから!
だから私は、温もりを惜しみながら腕を外して……改めて伝えるために、果林ちゃんに向き直った。
年相応の、不安そうな顔をした果林ちゃんが、そこにいた。
そんな彼女を安心させるように、もう一度微笑んで……お腹と心から、声を出す。
「……もっと果林ちゃんの気持ち、聞かせて!私に!」
届いて!私の想いよ、この歌で!
――この場所から手を伸ばそうよ!私達の夢に!
*********
あ……あっっっっっぶねぇ!間に合ったぁっ!
歩夢ちゃんからのメッセージを見た後ダッシュで来るの辛かった……!泣く泣くエマかりデートの追跡諦めて結果オーライだった!おかげでエマさんの美声をこれでもかって堪能できたよ!
いやマジで半端ないよなぁ、エマさんの歌声。力強くて、それでいて透き通ってて。ずっと聞いてても飽きる事なんてないだろう。故郷スイスの草原で歌声を響かせて培われたんだろうか。パナい。なんにせよその歌唱力に関して言えば、国内のスクールアイドルの中でもトップクラスだと思うね、ワタシは!
しっかし今回は随分と展開が変わっちゃったもんだ……漏れ聞こえてきた会話から想像するに、諸々のイベントをすっ飛ばして「果林さんがアンケート用紙入りの雑誌をエマさんに手渡す」、「エマさんが翌日にアンケート用紙を見つけて行動する」ってとこだけが"原作"と合致したのかな。
なんかなー……"原作"ブレイクの危険がちらつきまくってるのは確かにそうなんだけど、考えようによってはちょっと希望にも思えちゃうよね、これ。「過程が乖離しても"原作"の結末に収束してくれる」かもしれない、っていう。だとしたらワタシのやってることは独り相撲でしかないんだけど、それならそれで別にいいし。せつ菜ちゃんの時みたいに、独り相撲でも無駄じゃないことだってあるって分かってるしね。
とはいえ過度な期待は禁物。今回偶々上手く行っただけの可能性も十分あるし、この展開が今後どんな影響を及ぼすかも分からない。引き続き気を引き締めないと。大地球儀の裏側にいるワタシも、誰かのちょっとした気まぐれで見つかりかねないんだから……いつもより潜み方が雑?いやだって流石に施設内で無茶な隠れ方出来ないし……時間なかったし……
ま!あぁしてずっと見つめ合ってる2人がそこにいる以上、これも結果オーライってね!果林さんから嫌われてる疑惑はまだ健在なのが悲しいけど、これでようやく9人揃ったし、しばらくは安泰でしょ!愛ちゃんや彼方さんとのやりとりも、そりゃもう美味しかったけど……
――今回はエマかりの間には挟まれる余地がなかったってこったね!うん!
……あ。なんか職員の人が不審そうな顔してるぅ……た、退散!退散しよ!
*********
「これで10人!ふふ、賑やかになっちゃったね!」
「10人……やっぱりアノ子は、同好会メンバーじゃあないのね」
「……うん。アノ子は、本当に入るつもりがないみたい」
「アノ子には、お節介を焼かないの?」
何やら慌ただしい背後の気配には気が付かず、エマと果林は会話を続ける。
久方ぶりとも思える開放感を宿したそれに、もはや遠慮はない。心の内を我慢することなく伝えあえる、その温かさにただ満ちていた。
「うーん……入ってくれるなら、嬉しいよ?あの頃にやり切れなかったことの続きが出来たら、とっても楽しそうだし。でも……」
「……なにか、気になることがあるのね?」
「うん。それがちゃんと分かるまでは、私はちょっと誘うのお休みするよ。果林ちゃんは?アノ子と一緒にやりたい?」
「拒否はしないけど、進んで望みはしないわね。エマと違って私は優しくないから、入らないと口で表明してるなら誘わないわ」
「果林ちゃんは優しいよ?」
「さて、どうかしら」
「またそんな事言う……でも、嫌いじゃないんだよね?」
「まぁね。変で面白いもの、アノ子。視線に邪なものがあるけど、私は慣れてるし」
「ヨコシマ?縦縞の仲間?」
「それはまた今度ね。ま、今回ちょっとしたこともあったし……何かするなら、手伝うわ」
「ふふ、ありがとう!よーし、じゃあ早速みんなに挨拶しに行こっ!それーっ!」
「きゃっ!もう、強く引っ張り過ぎよ……ふふっ!」
当人が自覚しているのか、それは定かではない。けれど、確かにエマはやり遂げた。優木せつ菜、そして朝香果林。同好会に入るまいとしていた2人、その心を遮る壁。それを打ち崩す決定的な一打を放ったのだ。
手を繋いだまま走り出したエマに文句を言う果林の表情は、不安を上回る期待に塗りつぶされていた。
エマのお節介はもう止まらない。誰に褒められずとも、その温かな笑顔こそが、エマの求めるものなのだから。
(…………)
しかし。
(……やっぱり果林ちゃんも気になっちゃうよね、アノ子のこと)
(ただ果林ちゃんとは違って、アノ子は今の自分に満足してなくても、不満があるわけじゃないみたい。だから同好会に誘うのも、お節介じゃなくてただの"大きなお世話"になっちゃいそう……難しいなぁ)
(もしかしたら、やりたい事探し中の侑ちゃんに似てるのかもとも思った時もあるけど……でも、ちょっと違う。まだ分からないけど、アノ子と侑ちゃんは、何かが確かに違うんだよね)
(でも、もしアノ子の望みが分かったなら。それを実現するのが難しいのなら――その時は、トツゲキだね!)
確かに一つの終点には辿り着いた。
けれど行き着くまでのその道中が、どれほど捻じれていた事か。その規模を侮る異物は、まさしく愚者と言うほかない。
解れ始めた因果の糸は、未だほつれて止まらない。"次"の結末へ向かう道標は、その確かさを失い始めている。いずれそれを、身をもって知る事になるだろう。
「…………え?これ……」
決して、遠からず。
これにて5章完結となります。
お付き合いいただきありがとうございました。