「お……お待たー……えっと、その……みんな、何してんの?」
「あ、おかえり。ほら、あそこ見て。彼方さんとしずくちゃんがいるんだよ。しかもさっきまでステージで踊ってた遥ちゃんと一緒に」
ワタシのへったくそな演技を気にもせず、侑が情報を共有してくる。それどころじゃないんだろう。ワタシも内心それどころじゃない。
まぁ彼方さんは分かる。寧ろ予想しておくべきだった。あのシスコンさんが妹の出るライブに顔を出さない方がおかしいし。
問題はしずくちゃんだよ。なんで?なんでいるの?しかも彼方さんと一緒にぃ……?
「ん……あ、あれー?ホントだ。どうする?挨拶してくる?」
「いえ、ちょっと待ってください。どこか雰囲気がおかしいんです。それでちょっと様子を伺ってたんですよ」
「ふ、ふいんきが?」
「突っ込みませんよ?」
「いや、そろそろ突っ込んだ方が良いかも。なんかシリアスの気配が濃くなってきた」
「うん。しずくちゃんも困ってるみたいだし、間に入りに行こう。真面目な話をしてたら申し訳ないけど……」
「それでも、見過ごせないよ。なるべく気安い感じで……ね?」
「よっしゃ!一番槍は愛さんに任せな!」
そういって踏み出した愛ちゃんにゾロゾロと着いていく。視界に入った3人の様子は確かにおかしい。困り顔の彼方さんに、困惑しているしずくちゃんに遥ちゃん。気不味い雰囲気ありありだ。
……まさか、これって……?
「おっすー!カナちゃん、しずく!こんなとこで奇遇じゃーん!」
「え……え?皆さん?」
「わ……ワー、ホントダー!」
「ぐ、グウゼンデスネー!」
「そっち」
「おけ」
「「 むぐっ 」」
けれど巡らせかけていた考えは、ワタシの比じゃないレベルで大根な二人の口を閉じるために中断せざるを得なかった。歩夢ちゃんはともかくよ……せつ菜ちゃんはずっとウソついてたようなもんなのになんだその棒読みはよ……
「……おやぁ?2年生諸君が勢揃いだぁ。こんなところでどうしたの~?」
「東雲学院のライブ見に来てたんだよ……ってあれ?もしかしてキミ、その東雲学院のメンバーの人じゃない?」
「あ……は、はい。初めまして。近江遥と言います」
「そっかそっか!アタシは宮下愛!カナちゃん達と同じスクールアイドル同好会のメンバーなんだ!さっきのライブちょーアガったよー!マジサイコーだった!」
「あ……ありがとうございます……」
「そんで……なんか後ろで騒がしい子達も同好会のメンバーね。厳密には一人だけ違うんだけど」
「「「ど……どうもー!」」」
ぐちゃぐちゃになりながら、みんなそれぞれ挨拶する。愛ちゃんのテンションがグダグダさを隠してくれなきゃどうなってたことか。
「ところで、なんで3人はここにいんの?」
「その、私達も、遥さんのライブを観に来たんです」
「最初は彼方ちゃんだけで来るつもりだったんだけど、しずくちゃんも来たいって言ってくれてねぇ。それでご一緒してもらったのさ」
「私は……観客の中に、お二人がいるのを見かけて。それで、片づけが終わったら声を掛けようって、探してたんです」
「ふぅん……ん?遥ちゃんは、二人と知り合いだったの?」
「いえ。私は……」
「何を隠そう、遥ちゃんは彼方ちゃんの自慢の妹なのでぇす」
「あ……はい。そうなんです」
「妹!?へぇー!じゃあハルちゃんだ!改めてよろー!」
「ハルちゃん!?え、あ、はい。よろしくお願い、します?」
恐ろしいスピードで懐に入った愛ちゃん。ニンジャも真っ青である。独壇場だ。会話の主導権を握り続けて離さない。
けど"原作"で愛ちゃんって遥ちゃんのことあだ名で呼んでたっけ?……まぁ違っててもそれくらい今更些細なことか……
「あ、そういや話してたとこに割り込んでゴメンね!ハルちゃんがいるの見えなかったんだ。迷惑かけちゃったかな」
「……いえ。皆さんにもお聞きしたかったことがあるんです。せっかくなので、お尋ねしてもいいですか?」
「うん?いいよ!なになに?」
そしてそのままナチュラルに事情を尋ねにかかる。遥ちゃんも、警戒心がかなり薄れているようだ。特に不自然がる事もなく、口を開いてくれた。
……なんか後ろでしずくちゃんがビクついたような気がするけど……
「お姉ちゃん、学校ではどんな風に過ごしてるんでしょう?」
「どんな風?」
「同好会でのご様子、です。恥ずかしいのか、あんまり教えてくれなくて」
そう言いながら、さりげなく彼方さんとしずくちゃんへの目配せを遮るような立ち位置に移動してた。上手いな、アイコンタクトできないようにしたのか。愛ちゃんなら目線が合わなくてもなんとなく事情を察して当たり障りのない事を言えるかもしれない、けど……
「めっちゃ優しいよ!この前も手作りクッキー差し入れしてくれたりしたし!」
「練習のときも、みんなの様子をよく見てくれてるんだ。疲れた子に真っ先にボトル渡してくれたりね」
「それに結構お茶目で、同級生も後輩も関係なくからかってたりするよ。彼方さんが居てくれると、それだけで空気が柔らかくなるのが実感出来るんだー」
……ただ。もしそうして空気を読めてたとしても、この機を逃すまいとする人が今1人、こちらにもいる。
「……えぇ。ご自身の練習にも凄く精力的です。彼方さんらしい、柔らかなパフォーマンスも仕上がりつつありますし。ただ……時折りいきなり寝入ってしまうのは、心配になりますが」
そう、優木せつ菜だ。
旧同好会時代から彼方さんと活動し続けてきた彼女が、責任感の強い生徒会長が、彼女の現状の解決の糸口を見過ごすはずなどない。
彼方さんは若干困り眉をしてるけど、口は挟んでこない。だって、本人はそれを大ごとだと思ってないから。
自分が好きで納得してやってるのに、それで弊害が出てるのは自己責任でしかない。問題なんてあるもんかって。
――そんなはず、あるか。
「……っ!あの!やっぱり……そうなんですか?」
「やっぱり?」
「さっきしずくさんも、同じことをおっしゃってたんです」
「……そうですか……」
「お姉ちゃんは"大袈裟だよ"なんて笑ってますけど……せつ菜さんから見ても、気になるんですか?」
「……この際ハッキリ言ってしまいます。彼方さんのそれは、明らかに度を越しています。学校のみならず、学外でも眠りについてしまう事がありますし。この前なんて、発声練習をしてる最中にいきなり寝てしまったのですから」
「学外!?発声練習してるときに……!?」
「ですよね?しずくさん」
「は、はい……」
水を向けられたしずくちゃんは、口を濁しながらも否定しなかった。
そっか。さっきの時点で、彼方さんの眠り込む様子を話しちゃったのか。それであんな微妙な空気になってたんだな。
……というか、この流れって……やっぱまさか……!?
「お姉ちゃん!なんで言ってくれなかったの!?夜に眠れてないのにお昼にそんなに頻繁に寝ちゃうなんて無理しすぎにもほどがあるよ!」
「もぅ、やっぱり大袈裟なんだからぁ。彼方ちゃんがおねむさんなのなんて昔からでしょお?ちょおっと頻度が増えただけだよぉ。だいじょぶ、だいじょぶ~」
「それで楽しみにしてる同好会活動の最中に寝ちゃっていいの!?やっぱり、家事やアルバイト、私もやるよ!」
「だぁめ。そんなことしてたら、東雲学院のレギュラーになれなくなっちゃうかもしれないじゃん。お姉ちゃんに任せなさーい?」
「なんでっ……お姉ちゃんは、私を頼ってくれないの……!そんなに頼りないのっ!?」
「頼りないことなんてないよ。ただ、それより遥ちゃんには好きな事をやっててほしいの。彼方ちゃんも、やりたいことやってるだけだしねぇ。ただ……同好会のみんなに迷惑かけちゃってるのは忍びないから、そこはどうにか頑張るよ」
「頑張るって……それこそ私のお世話をやめれば済む話じゃない!」
「え~?嫌だよぉ。それこそ彼方ちゃんの生き甲斐なのにぃ……」
「…………!」
ヒートアップした遥ちゃんは止まらない。彼方さんの現状を知った今、もう止まる理由がない。
自分も手伝うという遥ちゃん、その一切を断る彼方さん。
まるで交わらないその口論の勢いに、ワタシ達は誰も口を挟むことが出来なかった。
――そして、遂に。
「…………分かった。お姉ちゃんがそういうなら、私も好きにする」
「あ、ほんとぉ?よかっ――」
「私……スクールアイドル、辞める」
「――え?」
遥ちゃんが、その選択を口にした。
「このままじゃお姉ちゃんが体を壊しちゃう。お姉ちゃんが私のために好きな事を全力でやれないなんて間違ってる。お姉ちゃんがそうなら、私だけ自分のやりたい事をやってるなんて不公平。だから……私も好きなことを辞める!」
「だ……ダメだよ遥ちゃん!そんな、遥ちゃんは夢をあきらめちゃダメ!ラブライブに出たいんでしょ!?一番になりたいんでしょ!?」
「お姉ちゃんが苦労してるの分かってて、夢を追いかけるなんてできないよ!」
「そんなの気にしなくていいんだよぉ。だって遥ちゃんは大事な妹なんだもん」
「どうして……妹だったら気にしちゃいけないの……?」
「……心配させちゃってごめんね?彼方ちゃん、もっと頑張るから……」
「……っ!だからっ!その"頑張る"っていうのが、私は……っ!」
わなわなと全身で震える遥ちゃんは、支えようと伸ばされた彼方さんの両手を思いっきり振り切って。
「お姉ちゃんの……分からず屋ぁっ!」
泣き声交じりの慟哭と共に、駆け去っていった。
「…………遥ちゃんが……怒った…………」
後に残された彼方さんの呟きは、その風にすら吹き飛ばされそうなほどに、弱々しかった。