遥ちゃんの事が大好き。
昔も今も、ずっと大好き。
遥ちゃんのためならなんだって頑張れるし、どんなことだってできる。
週5のアルバイトだって平気。
奨学生としての勉強もこなせちゃう。
料理洗濯掃除に片づけ、なんでもござれ。ちっとも辛くなんてない。
遥ちゃんの笑顔を見られれば、彼方ちゃんはそれだけで幸せで無敵になれるのです。
……そう。そう思ってた。
ホントにそう思ってたんだよ。
それだけが彼方ちゃんの望みなんだって。
自分でもまさかだよ。
こんなにスクールアイドルに惹かれちゃう、なんてねぇ。
中学生の頃、遥ちゃんはスクールアイドルに魅入られた。高校に入ったらスクールアイドルになるんだって、ラブライブに出たいんだって、そんな夢を見るようになった。
一緒にいくつもの動画を見た。休日に色んな学校のライブを観に行った。
目を輝かせる遥ちゃんは本当に可愛くて、遥ちゃんが全力で夢を追えるようにサポートしようって心に決めるには十分だった。
……けれど。そのスクールアイドルたちの煌めきは、遥ちゃんだけじゃなくて彼方ちゃんの心にも焼き付いていたんだな、これが。
密かに息づいていたそれが目覚めたきっかけは果林ちゃんだった。"あなた、スクールアイドルに興味ってある?"なんて、そっぽ向きながら聞いてきたんだよね。
それは、エマちゃんのための誘いだった。同好会を作ろうとするエマちゃんの協力者、その一人にならないかって。
いやもう、最初は自分が入れば良いじゃんって思ったよ。というか言ったよ。でも、あの格好つけはそれを拒否した。あんにゃろう。
まぁでも、友達の頼みだったしね。とりあえず一回話してみるか、って会ってみたら……まぁ波長の合うこと合うこと。果林ちゃんがいじけるくらいにほったらかして、ずっとエマちゃんと喋り通してた。
そこまで気が合っちゃったら、まぁ仕方ない。名前くらいは貸そうじゃないか。
名前を貸してるなら、まぁ仕方ない。ちょっとくらいは練習しても良かろうじゃないか。
練習してるなら、まぁ仕方ない。出来心で動画なんて撮っちゃったりしちゃおうじゃないか。
――なんだこれ。めっちゃ楽しいじゃないか。
やりたいこと、わっさわさと沸いてきちゃうじゃないか。
スクールアイドル、真剣にやりたくなっちゃったじゃあ、ありませんか。
結局その後は色々あって、しばらくは果林ちゃんに教えて貰った柔軟を中心にした自主トレに励んで……3年生になって、同好会が正式に発足した。
そこから、彼方ちゃんの"頑張るリスト"に、スクールアイドル活動が加わった。
東雲学院に入った遥ちゃんを陰ひなたからサポートしつつ、自分の望むスクールアイドルを模索し始めた。
ちょー楽しかった。
だから、自分の体調がどうなろうと、構わなかった。
好きな事してこうなってるなら寧ろ本望。安い代償でしょ。そんな風に思ってた。
まったく、おバカったらありゃしないね。
あそこまで言われなきゃ、自分の間違いに気がつかないなんて。
――回想を終えて、目の前に落ちるスポットライトの光へと意識を向けなおす。
東雲学院のみんなに無理を言って借りた、そのひと時を踊るために。
私たちの願いが込められたステージに、上がるために。
……ごめんね。遥ちゃんの気持ちを分かってなくて。
彼方ちゃんの事、とっても大切に思ってくれてたんだね。ありがとう。
2人とも同じ思いなら、お互いを支え合っていけると思うんだ。
何を言われたって、彼方ちゃんは"遥ちゃんのため"を止めない……でも、遥ちゃんの"彼方ちゃんのため"も、もう断らない。
これからは、うちの事いっぱい手伝ってね。お互い助け合って、自分のやりたいスクールアイドルを突き詰めていこぉ?2人で、2人の夢を叶えよう?
まずは、彼方ちゃんがそれに値すると証明しようじゃないか。嫉妬するくらいに素敵なライブをしてあげようじゃないか。スクールアイドルを辞めたいだなんて思いは、丸ごと包んでポイしちゃうこと請け合いだぞ?
……1人じゃ無理でも、2人一緒に羽ばたけば。
きっと何処へでも飛んでいけるから。
ハルカカナタに。
自分らしく、ね。
その想いを胸に、最後に一つ、大きく深呼吸をしてから……光の下へと"一歩"、踏み込んだ。
――さぁ、やってきました。
お待ちかねの時間です。
彼方ちゃんの、夢の世界へ。
いざいざどうぞ、ご招待。
*********
……ここは現実ですか???
そう言いたくなるくらいトリップしてた。彼方さん、めっちゃ素敵……新同好会としての初ステージとして相応し過ぎる雅さだったよ……
ほら見てみなよ、この喝采。東雲学院を応援しにきたはずの皆さんが虜じゃん。ファン奪っちゃったんじゃないの?ははは、ごめんなさいねウチの人が!
……あの後の展開は、順番が変わっただけで"原作"どおりになったと言えるだろう。
遥ちゃんは先のライブのパフォーマンスを認められ、ヴィーナスフォートでのライブのセンターに選ばれた。ただその時点で、退部の可能性は東雲の人たちに仄めかしていたようだ。愛ちゃんと歩夢ちゃんによる事前の説得が無ければ、もっと悪い状態になっていたかもしれない。
そんな状況だったから、彼方さんのコンタクトは東雲学院のメンバーにとっても渡りに船だった。期待の新エースを引き留められるなら、ステージの時間を躊躇なく融通するくらいには……遥ちゃん、愛されてるね。
そうして決まった彼方さんのライブのために、同好会メンバーも色々協力して……そして、今日を迎えたってわけだ。
ワタシ?ワタシもまぁちょこちょこ手伝ったよ、衣装の準備とか。
"彼方ちゃんのハジメテ、手伝いたくなぁい?"
そんなん言われて断れるわけある?飛びつく以外なくない??
……真面目に言うなら、昔馴染みに慮ってくださったんだろう。彼方さんのデッサン画を元に衣装の材料の買い物したり、切ったり縫ったりしましたよ。それくらいなら部外者が関わっても許されるでしょ。
とはいえデザイン面の詰めは果林さんが、裁縫はエマさん・歩夢ちゃんが主担当だった。役に立ったって言えるのは値段がお手頃なお店探しくらい?ささやかだねぇ。
ダンスやボイトレはせつ菜ちゃん・愛ちゃん・しずくちゃんがフルサポートしていた。
演出は璃奈ちゃんメインでかすみちゃんがかじ取りをしていた。
侑は彼方さんと一緒に東雲に行ってプランニングしてた。ライブをするのって、大変だ。
……でも、良いよね。
かつて上手く行かなかった旧同好会。その一人である彼方さんのために、こうして皆が得意なことを通じて協力してるのって。
ソロだけど、仲間。
かすみちゃんを筆頭に、皆が夢見たその形がいま、完成しつつあるみたいでさ。
あ。そういやブログには遥ちゃんからお礼のDMが届いてたよ。"アナタの事は、誰にもお話しません"なんて約定付きで。まぁ、あの状況ならブログ主には気づくよね。覚悟はしてたし、しゃーない。頑張って隠すつもりもなかったし。
しっかし、なぁ……今回の件は、なんちゅーか……なんだろうね……
彼方さんから紹介される前に遥ちゃんにこちらから逢いに行くことで、原作"7話"の開始を意図して早める……それは確かに覚悟をもってやった事だった。
けどいざ現場に行ってみれば、しずくちゃんが既にいた。遥ちゃんに彼方さんの現状を伝えてしまっていた。あの場であそこまで展開が進み切ったかはともかくとして、ワタシが皆をツアーに誘わなくても"7話"は始まっていたってわけだ。
……自分がやった事の責任逃れをする気はない。でも、ワタシが介入する以前に、既に"原作"とは異なるルートに進行していた。それが事実。
ったく。ほんっとーに実感するよ。いよいよ"原作"とのズレが目立つようになってきたんだなって。残る3人、璃奈ちゃん、しずくちゃん、果林さんの個人回は、果たして無事終わって……いや、それ以前に始まってくれるのか。気の抜けない日々は続きそうだ。
……けど、まぁ。
これできっと彼方さんの気絶のような居眠りは無くなる。昔みたいに、気ままにすやぴしてくれることだろう。
それが"原作"よりも早めに訪れてくれた。願い事が叶った……ふふ、うんにゃ。"夢が叶った"っていうほうが、今回は
とにかくそれは、素直に喜ばせてほしい。
ライブ終わってすぐに観客スペースから離脱して滑り込んだ 舞台裏の機材の影 から姉妹の美しい約束が交わされているのを眺めながら、ワタシは頬が緩むのを止められなかった。
――あぁ。"原作"には挟まっちゃったけど、はるかなの間がちゃあんと埋まってくれて良かったなぁ!
*********
「さぁて、それじゃあ彼方ちゃんは今から観客席に行こっかな。東雲学院のライブ、楽しみにしてるからねぇ?」
「うん!お姉ちゃんに負けないくらい、最高のライブにして見せるから!……え?今から?観客席に?……その恰好で?」
「ん?うん、着替えてたら間に合わないし」
「やめて!?オオカミの群れに羊を放つつもり!?」
「あはは、確かに彼方ちゃんのモチーフは羊さんだけどねぇ。オオカミさんなんていないでしょぉ」
「いるよ!居なくてもさっきまでライブしてた人が行っちゃダメ!大騒ぎになるから!」
声を荒げる遥に、どこ吹く風の彼方。数日前にも見た光景は、しかしあの時とはまったく違う空気を纏っている。
紡ぎ直された新たな絆は、もう揺らがない。それを信じるからこそ、言い争いつつも、互いの心は穏やかに晴れ渡っている。
「はいはい。彼方さん、今回は舞台袖から見させてもらいましょうねー」
「そうですよ。ここもある意味特等席ですから」
「むぅ……せつ菜ちゃんやしずくちゃんにまで言われちゃ仕方ないかぁ。アノ子にでも撮影頼んどこう……あ、クリスティーナちゃん。撮影はアリだったっけぇ?」
「ネットにフルをアップしたりしなければ大丈夫ですよ。でもアノ子?さんには連絡は取れるんですか?」
「さっきまで観客席にいたし、メッセ送れば気付いてくれるでしょ。でもスマホ取りに行くのはめんどーう……」
「あ、じゃあ私から連絡しとくよ」
「おぉ、かたじけないねぇ侑ちゃん。おねがぁい」
「もう、お姉ちゃんってばこんなに皆さんにお世話されて……これは私がお姉ちゃんの面倒をしっかり見ないと……」
「……なんか遥ちゃんが思ったより燃え盛ってる……?」
「そりゃまぁお姉ちゃん大好きっ子だから。部活でもしょっちゅう話してるよ?自慢の姉だって」
「え~?かさねちゃん、ほんとぉ?えへへへへ~」
「ホントホント!……あ、でも最近は話題増えたかな。しずくちゃんとは結構仲良くなったみたいだよ?愛ちゃんや歩夢ちゃんも気になってる、って」
「ん?ふむ……そっかぁ。仲良きことは美しき哉。後輩ちゃん達と親密になってくれて嬉しいよぉ」
交流し合う2校のスクールアイドルたちに、彼方がゆっくりと目を細める。
1年前までは想像もしなかった光景が、そこに広がっている。その奇跡を、噛みしめるように。
「そのうち虹ヶ咲のみんなもウチの学校に遊びに来てよ!歓迎するからさ!」
「そうだねぇ。今回のお礼も兼ねて、お伺いさせてもらおうかしらん」
「どうせならせっかくだし、コラボステージでもしちゃう?」
「おやおや。今日みたいにファンをさらわれちゃっても知らないよぉ?」
「へへ。この後のパフォーマンスでしっかり取り返すからね!そっちもレベルの違いに腰抜かさないでよー?」
「ふふふ、怖い怖い」
「うん、でもコラボステージってのは結構ホンキ。彼方さんと一緒のステージ、やってみたいんだ」
「あらら。そんなに心奪っちゃったぁ?」
「うーん、そうなのかな?そうなのかも。なんかね――うん。東雲学院のみんなと彼方さんとで、一緒に踊りたくて仕方ないんだ」
「…………?」
「って、そろそろ私も用意しないと!しっかり見ててね!」
「うん、頑張ってぇ…………東雲学院のみんなと、かぁ。なぁんでか心が惹かれるね……遥ちゃんと一緒のステージ立ってみたいって思ってるからかな……?」
「……彼方さん、まさか東雲に転校したり……」
「へ?……あはは!しないよぉ!3年生のこの時期に転校なんてしてどうするの。侑ちゃんってば、彼方ちゃんのこと大好きかぁ?よぉしよぉし♪」
「もう、彼方さんってば!」
自分をそこまで必要としてくれる人たちがいる。
不安げな声をあげた侑を撫でまわしながら、彼方はまたその幸せに身を浸す。
ワガママお姫様は今、確かに満たされていた。
(…………)
今、この時は。
(心惹かれるのは確かだけど……今の彼方ちゃんには虹ヶ咲が大切過ぎるからねぇ。東雲さんたちとは一時の夢を過ごさせてもらうとしよう)
(それにしても、今回はたくさんお世話されちゃったもんだ。彼方ちゃんだけじゃなくて……遥ちゃんも)
(かさねちゃんに言われる前から薄々感づいてはいたんだよ。遥ちゃんの視線が変わった子がいるのには。歩夢ちゃんに愛ちゃん、しずくちゃん――それに、アノ子もね)
(さてさて、一体何をしてくれちゃったのやら。ちゃあんとお礼、しないとねぇ?)
結末は揺るがずとも、物語は位相を変えた。大きくズレた。
それを知る唯一の異物の手には、もはや収まらない程に。
何が変わらず、何が変わるのか。
眠り姫の夢見た世界が、この先の未来にも広がっている保証は、もはや誰にもできやしない。
これにて6章完結となります。
お付き合いいただきありがとうございました。