「おや……キミはもしかして、スクールアイドル同好会の追っかけさんかい?」
「へぁっ!?」
明くる日。演劇部が練習している講堂に潜んでいたワタシは、掛けられた声に肩を跳ねさせた。
いや、確かに観客席の隙間に居ただけだし、隠れ方も割と雑だった。けど隠れるつもりでいたのに見つかったのは本当に久しぶりだったから、過剰に驚いちゃった。
……結局、璃奈ちゃんのライブは来週の土曜日に確定してしまった。偶然にも空きが出たんだって。寧ろその先は結構先まで埋まってたんだって。なんなんすかねー?運命ってやつっすかー?
しかし嘆いてばかりじゃ居られない。ならばと考えた次策が、『しずくちゃんの欠点早めに指摘しちゃえないか作戦』だ。つまり璃奈ちゃんの余裕がまだあるうちに、しずくちゃん側のイベントを前倒し出来ないかってこと。
とはいえこっちは動こうにも演劇部の状況が分からない。だからこうして練習を覗いてみようと思って講堂まで来たんだけど……
「あ……演劇部の部長さん……」
「おや、私の事を知ってるのかい?」
「そりゃまぁ……」
残念ながら部長さんに見つかっちゃいました、とさ。
しっかしかなりの存在感してるのになんで気がつけなかったのか……果林さんと並んでも見劣りしないオーラとカリスマ性を備えているとワタシの中で評判のお人なのに。実際ファンクラブもあるらしいし。
……"部しず"もね、良いと思うんだよ。ワタシ。
「寧ろ、部長さんこそなんでワタシのことなんか知ってるんです?こんなモブなんて」
「謙遜が過ぎるね。今話題のスクールアイドル同好会、その前身を作った1人だっていうのに」
「くえっ!?」
な……なぜ。なんの露出もしてないワタシを認知してるだけでも驚きなのに、なぜそんな事まで……?
「ふふ、私は朝香さんや近江さん、エマさんとも交流があってね。キミのコトを聞く機会もあったのさ。写真はないというから、かつてのMVを見せられたよ。なかなか興味深かった」
「は……はは……そりゃどうもー……」
はは……そんな関係性があったんすね……
やっぱ変わり者の周りには変わり者が集まるのか……
もうあのMV消してくれないかな……ほんと……
「よっ、と」
とか煤けてたら、なんか横に座ってきたー!?なんでー!?
「さて、キミはなんでここにいるんだい?一応この時間は演劇部の貸切なんだけどね」
あ!尋問っすか!?そりゃ今のワタシ不審者だもんな!?ヤッベ!
「あ、あれー?そうだったんっすねー!いやー何やってるのか気になって入っちゃったっすよー!ごめんなさい!」
言い訳がザコ!でも最初から考えとけよワタシ!でもこれで押し通すしか無ぇ!
「なるほど、偶然ね」
「そっすね!失礼つかまつりました!そんじゃワタシはこの辺で……」
「ならちょうどいい。少し聞きたいことがあったんだ。良いよね?」
「…………へい」
断定的な口調に反論する気も起きない。
無断侵入がバレた今のワタシに拒否権はない。首を垂れて従うのみだ。
「……キミ、さっきまでのしずくの演技を観てたかい?」
「えぇ、観てましたよ。張り切ってましたね」
「どう思った?率直に教えてほしい」
「どう……って……」
言われて、改めてステージの方へ視線を向ける。
ジャージ姿で誰よりも声を張るしずくちゃんが、そこにいる。
他の部員さん達も十分経験と才能のある人だろうに、そこに混ざって。誰にも負けまいと、懸命に。
「……頑張ってるなぁ、って思いましたよ。ワタシはお芝居のことなんて全然分かんないっすけど、それでもその真剣さは伝わってきました」
「ふむ。贔屓目なしで?」
「えぇ、贔屓目なしで」
「なるほど。ふふ、キミは優しい子なのかな?」
……優しい?なんだ、その評価。別に思ったまま言っただけだし、含みもないぞ?
「なら、もう一つ」
「まだあるんすか……?」
「これで最後さ」
身構えるワタシに余裕の笑みを浮かべて、気取った様子で指を立てる。
……うーん……この人けっこう演出的だな……流石演劇部の部長……
「今のしずくが、スクールアイドルとしてライブをしたら……キミは、どう感じると思う?」
「は?」
そんなふうに気が逸れていたワタシは、部長さんの質問の意図を捉えかねて、呆けた返事を返してしまった。
「近江さんのライブ、私も観てたんだよ」
そう言いながら部長さんは前を向いて、眩しそうに眼を細める。
「素晴らしかった、心が震えた。あの柔らかな雰囲気の裏に込められた激情を突きつけられているような……とてつもない存在感だったよ。スクールアイドルは凄いんだ。陳腐だけど、そう思わされた」
正面にあるのは、しずくちゃんを含めた演劇部員たちが舞い踊っている講堂の舞台。けれど、彼女はそこに、あの彼方さんのライブの光景を映し出しているらしい。
自分の率いる精鋭たちではなく。
過去の彼方さんに魅入られている。
この人は……この人もまた、スクールアイドルの魅力に取りつかれた一人、だったのか。
「……今のしずくが、近江さんと同じようにライブをしたとして。キミは、どう感じる?演劇には詳しくなくても、スクールアイドルになら私より余程詳しいだろう?」
前を向いたまま、改めて質問が繰り返される。
もう意味は分かった。部長さんの言いたい事が分かった。
「だから、教えてほしい。今のしずくのライブを観て、キミならどう感じる?……何を感じる?」
かつて彼方さんに感じたスクールアイドルの引力。
しずくちゃんをヒロインに抜擢したのは、その力を期待したからでもある。
けれど……それを今のしずくちゃんには感じないんだ、と。
「私の知り得ない何かを、感じ取れるのかい?」
私の判断は、間違っていたのだろうか……って。
しずくちゃんはスクールアイドルとしては、まだ足りてないのだろうか、って。
この人は聞いてるんだ。
……くっそ。なんて嫌な質問だ。
それを……それを、スクールアイドルに成れなかったワタシに、聞くかよ。
半分同好会側の身内みたいなワタシに、しずくちゃんの評価を、させるかよ。
この人、雰囲気に反してけっこー参ってんだね。んなデリカシー皆無の行動する人じゃなさそーだもん。
「…………」
気休めを言うことは出来る。しずくちゃんなら大丈夫だって。本番になったらきっとスクールアイドルらしい魅力あるパフォーマンスをしてくれるって。
実際、その素養自体はあるんだから、本当にそうなってくれる可能性だってある。上手く行ったら万々歳だ。"6話"に対する憂いも無くなるし。
……でも。
「……頑張ってるな」
「うん?」
「今のしずくちゃんのライブを観たら……頑張ってるなぁ、って。そう思うんじゃ、ないっすかね」
言えねーよ。
流石にそれは。
部長さんの眼力は、正しいから。今のしずくちゃんは、まだ殻を破れていないから。
今言ったら、誰もスッキリしないまま本番を迎えちゃう。
それじゃ……絶対誰も幸せにならないじゃん。
「…………そうかい」
ワタシのその言葉を聞いた部長さんは、そう言ってから薄くため息をついた。
「うん、参考になった。ありがとう。いや、本当に参考になったよ。邪魔をしたね」
椅子から立ち上がり、ワタシの帰り道を開けてくる。
聞きたい事は聞けた。もう用は無いからさっさとどっか行け。意訳するとそんな感じだろう。
……ワタシも、今この場には、もう用事はない。終わってしまった。
「じゃあ……失礼します」
「あぁ」
そうして彼女の目の前をしゃがんだまま通り過ぎ、通路へ出る……その前に。
ワタシは、一度立ち止まった。
不審げな雰囲気を醸す部長さんに背を向けたまま……
「―― ワタシは、頑張れなかったので」
「……うん?」
「ワタシは、自分は芽吹けないって、諦めちゃったんで、ダメでしたけど」
「…………」
「しずくちゃんは、まだ、そうじゃないっす。たぶん」
取るに足らない端役の捨て台詞のように、それだけ言い残した。
ワタシとは絶対的に違うんだって、そのことだけは勘違いして欲しくなかったから。
「……そうか。そうかい……『まだ』、なんだね……」
―― それでも結局。数日後、しずくちゃんは主役を降ろされたと耳にした。
部長さんが最終的にどう考えたのかは、分からないけど。
その一端がワタシにあると責められても仕方ないよね、これ。
……ちくしょー