悔やんでばかりじゃ居られない。もう時間は無い。過去は振り返らずに次の一手をさっさと出さないと。
作戦、その3。
それは……『璃奈ちゃんの代役を誰かに頼もう』、だ。
……このね、代役って考え方、すっげー嫌なんだよね……捻くれたワタシなんかは、「お前の代わりは誰でも出来るんだぞ」みたいに捉えちゃうから……凡人だからね……
けど背に腹は代えられない。ワタシの好悪感情なんぞ傍に置いとけ。とにかく今選べる最善を模索しろ。
じゃあ、代役として誰が相応しいのか。
必要なのは、かすみちゃんの背を押す人だ。
しずくちゃんは、取り繕わない自分が異端視されることを恐れている。それを一笑に付して、ありのままを見せろ、と口説くのがかすみちゃん。そして、そういう人がしずくちゃんには必要なんだと告げるのが璃奈ちゃんである。
改めて考えると、璃奈ちゃんがキーだったのがよく分かる。なんせ無表情に悩んでいた璃奈ちゃんをそのまま肯定したのが愛ちゃんだから。隠してない、本当の自分を受け入れてもらい、救われたのが璃奈ちゃんだから。当然全く同じってわけではないんだけど、昔から嫌いだった自分を認めて貰えたって意味じゃ似た者同士の2人である。発破を掛けるのにこれ以上の人選はない。
そんな璃奈ちゃんは現在、自分のライブの準備にてんてこ舞い。なら璃奈ちゃんの代わりを誰に勤めて貰えるか?って話なんだけど……
(……そもそもなぁ。そういう状況に持ってけるのかも分かんないんだよなぁ……)
今は璃奈ちゃんのライブ準備中で、他のみんなもすでにサポート体制に入ってる。しずくちゃんの様子に気がついても「じゃあ気晴らしデートしよっか」とは言いづらい雰囲気だろう。つーかしずくちゃん自身が遠慮しそうだし?「今は璃奈さんの事に集中しましょう」って。しずくちゃんの内面を打ち明けて貰える場が作れそうにない……
"じゃあ誰に?"だけ先に考えるなら……せつ菜ちゃんや果林さん……かなぁ……?二人とも押し込めていた自分を肯定してくれた人がいるわけだし……うん、とりあえず二人にアプローチを仕掛けてみるか……
「やうやう若人よ、こんな廊下で立ち止まってどうしたんだぁい?」
「おわっ!?か、彼方さんっ!?」
そう決断しかけていた時、後ろから掛けられた声に飛び上がってしまった……なんか今回ワタシ驚いてばっかじゃない?
「そう、近江さんちの彼方ちゃんでーす。それで、何してたのぉ?」
「い……いやぁ……特にはぁ……あはは。か、彼方さんは何してるんですか?」
「作曲同好会にお使いだよ。依頼してた璃奈ちゃんの歌の編曲が終わったらしいからぁ」
「あ……そ、そうなんすね」
今後は侑がやるのかもしれないけど、今はまだその辺は作曲同好会にお願いしている。
作った歌詞と、それを歌った自分の歌声の録音データを渡してくれれば、後は編曲してくれるって寸法だ。
音楽科も多く在籍する作曲同好会はとにかく作りたがる人が多いので、交渉は楽だったらしい。寧ろもっと持って来いと言われているとか。なんちゅーバイタリティだ。
「もうみんな張り切っちゃって。特に果林ちゃんとせつ菜ちゃんは全力だよぉ。よっぽど璃奈ちゃんが可愛いと見える。彼方ちゃんの時はあそこまでじゃなかったのに……よよよ……」
とか感心してる間に候補者いないなった!そんな状態の人を駆り出せるか!あーもう何も上手くいかねー!
「なぁんちゃって。それで、どうする?本当に手持ち無沙汰なら、一緒に行くぅ?」
「いや……ワタシはその、ちょっとやる事が……」
「……ふぅん?それって……しずくちゃん関連~?」
「…………ぅえっとぉ」
「ふむ、正解のようですな」
攻め立てないで!お願いだから!落ち着く時間をちょうだい!
「そこまで気にしなくても良いと思うけどねぇ。どちらにせよキャスティングは見直すつもりだったって言ってたし」
「…………へ?」
「おや、聴いてなかった?彼方ちゃん、演劇部の部長ちゃんと仲良しだからねぇ。事情を教えて貰ったのさ。"申し訳ない事をした。配慮に欠けていた。今度会ったらキミのせいじゃないって伝えておいて欲しい"……はい。伝言、ちゃんと伝えたからね~」
「あ……そ……そうなんっすか……」
そ、そっか……やっぱ部長さん、そつが無いな……しずくちゃんの進退に関わっちゃったと後悔してるんじゃないかって、フォローまで考えててくれたんやね……
「まぁ。だからアナタが気に病むことじゃあない。それは確かだよ」
「じゃあ、その……しずくちゃんは、今何してるんすか?」
「璃奈ちゃんのライブの準備、手伝ってるよ ―― 誰にもなんにも言わずにね」
「…………」
もー……やっぱそうじゃーん。真面目さんなんだからぁ、もー……
「そんな健気な後輩ちゃんと違って、誰かさんはこ~んなところで油売ってるんだぁ。儲かりまっか~?」
「ボチボチでんなぁ……いや、ワタシ同好会メンバーじゃないっすし」
「儲けは同好会に還元するのだ~」
「横暴じゃないっすか?」
タダ働きしろと?せめて報酬をください。
え?同好会メンバーの絡み、間近に見れてるだろって?十分だろって?
……ほなしゃーないか……
「……しずくちゃんは、頑張り屋さんだからねぇ」
「へ?」
ふいに。彼方さんが、そんなことを言い出した。いつの間にか廊下の窓に近づき、外を見ている。その先にあるのは、中庭……もしかして、そこのベンチを見てるんだろうか。しずくちゃんとすやぴした事がある、思い出の場所を。前に覗いたことがあるからワタシもよく覚えてる。
「いつも何かと戦ってる。ずっと気を張ってる。ちゃんとした優等生さんになろうと、思ってる」
「……なろうと、って……」
「悪い事じゃあ、無いと思うんだけどね……その頑張りを見守るばっかりじゃあ、ダメだったんだねぇ」
……そっか。彼方さんもしずくちゃんの歪みに気づいてたんだ。
そりゃそうか。彼方さんだもんな。
「昔、ちょっとだけ聞いた事があるんだ。演劇は好きだけど、自分はあんまり好きじゃない、って」
最近こそ本調子じゃなかったけど、本来彼方さんは、機微に聡い人。その上で自然体でいるから、頼もしくて、ついつい相談したくなっちゃう人。だからこそ……そうやってしずくちゃんが本心を少し打ち明けてても、不思議じゃない。
「演じてる時が一番堂々としてられる、桜坂しずくである事を忘れられる……」
「…………」
「だから私は、自分に誇れる優等生を演じたい……そんな事を言ってたかな」
惜しむらくは……
なぁんでこれを聞いてるのがワタシなのかなぁぁぁぁあ……?
これこそかすみちゃんに教えてあげて欲しい内容なんだけどなぁぁぁぁあ……!
「……しずくちゃんって、本当にしっかりさんなんだぁ。彼方ちゃんが春の陽気に誘われてすやぴしようとしたらベンチまで連れてってくれたり、涼しい風に吹かれて気持ちよくすやぴしてたら自分も練習中なのに付き合ってくれたり……良く出来た子だよね、本当に」
「それは本当にそう」
「彼方ちゃんは、そんな風に"される"側にまわっちゃったから……」
ワタシの含みのある相槌を華麗にスルーした彼方さんは、そこで一度言葉を切って。
「……アナタなら」
「え」
「アナタなら、しずくちゃんに何か言ってあげられる?」
……小首を傾げた可愛い姿で、とんでもないことをおっしゃった。
「…………無理っすよ」
「そうなの?」
「だって」
だって。
「だって――」
……その先は、言葉にならなかった。
それすら憚られた。
他人を騙しまくってるワタシが、何を言えるもんですか……なんて。
言えようはずも、なかった。
しずくちゃんに対して一番不適切なのは、他でもない、ワタシなのだから。
「……まぁ……でも、手伝いならするっすよ」
「……ん。助かるよぉ」
ワタシの沈黙を気にしつつ、けれど変えた話題に込めたニュアンスを受け取ったのか、彼方さんは深く追求はせずに頷いた。
そう。ワタシはしずくちゃんには何も言えない。けど、未来を諦めるつもりも無い。だから……彼方さんの想いの、手伝いはする。
「誰が何してるんすか?」
「しずくちゃんとせつ菜ちゃんが歌唱と振り付け、3年生チームが衣装と基礎トレ。侑ちゃん、愛ちゃんが演出。歩夢ちゃん、かすみちゃんが買い出しとかその他諸々……って感じだねぇ」
「……じゃあ」
ひとつ、唾を呑み込んで。
「その他諸々、手伝うっす」
そう宣言した。
きっとここが、今回のワタシの正念場だ。