「……璃奈さん、調子はどう?緊張してない?」
「緊張は、してる。すっごく足が震える。しずくちゃんは凄いね、沢山のお客さんの前で堂々と演技が出来て」
「そんな……私は……うん。そうだね、慣れてるから、かな?」
「むぅ。緊張しない秘訣を教えて貰おうと思ったのに、今からじゃあ慣れは無理」
ジョイポリスステージの舞台裏。
出番を待つ私を気に掛けてくれたしずくちゃんにアドバイスを求めてみたけれど、今日は参考には出来なさそう。
騒がしい電子音に負けないくらいの、表のざわめき。
あそこに浅希ちゃん達も居るのかな。
そう思うと、椅子に座っている足がまたプルプルしてきた。あわわ。
「あ!?そういうこと!?ご、ゴメン!さっきの無しで!やり直させて!」
「じゃあ、あるの?緊張しないコツ」
「えっと……そうだなぁ……」
そう言って真剣に考え始めてくれた。
顎に手を置いて目を閉じていると、すらっとした鼻筋や長いまつげが際立って、綺麗。
こういうのを、舞台映えする顔立ちっていうのかな。
「……楽しむこと、かな?」
「楽しむ?」
少しして顔を上げたしずくちゃんが言ってくれた言葉は、シンプルだけどよく分からなかった。
思わず聞き返す私を笑わず、しずくちゃんは丁寧に語り始めた。
「そもそも璃奈さんは、何で緊張してるの?」
「なんで……?」
「失敗したらどうしよう、とか。お客さんが満足してくれなかったどうしよう、とか。そういう風に思ってるから?」
「……うん。そうなのかも」
初めてのステージ。
お世辞にも成熟してるとは言えないパフォーマンス。
上手く行かなかった場合のイメージが頭を占めて、それが手足に繋がってる……気がする。
「なら、それを逆転させるの」
「逆転」
「例えば……大成功しちゃったらどうしよう、とか。これでファンが沢山増えちゃったらどうしよう、とか」
いたずら気な口調に、ぱちくりと目を瞬かせる。
そんなかすみちゃんが言いそうな事を、しずくちゃんが口にするとは思わなかった。
「……それは、自意識過剰過ぎない?」
「ふふ、そうだね。でもそういう方向性ってこと。緊張の胸のドキドキを、興奮のドキドキに置き換えちゃうの。自分で自分を誤魔化して、錯覚させる感じかな?これは怖いんじゃなくて、楽しいからなんだー!って、ね」
「……そっか。なるほど。やってみる」
それなら思ったより難しくないかもしれない。
だって今も不安なだけじゃなくて、ワクワクしてるから。
もうすぐ皆と "xxxx" 出来るかもしれないって ―― 期待してるから。
「しずくちゃんも、そうやってるんだね」
「……え?私?……私、は……」
脳内で感情のラベル付けをしつつ、口から何かが零れ落ちる。
マルチタスクは得意なんだけど、リソースを集中しすぎてると、偶にこうなる。
「ここ数日の私は、教えて貰ってばっかり」
「しずくちゃんだけじゃなくて、愛さんや、侑さんや、歩夢さんや、かすみちゃんや……皆に」
「私は表情を出せない自分が好きじゃない。それを誰に好きだと言われても、多分納得できない。でも……私はそれだけじゃ、ない」
「皆が私の好きなところを教えてくれた。そこまでじゃないよって思う事もあるけど、でも、確かに好きになってくれてた。顔が変わらない、私でも」
「証明してくれた。私のコンプレックスは、私の望み全てを邪魔するものじゃないって」
「ダメなところも武器に変えるのが、一人前のアイドル。出来ないところは、出来ることでカバーすればいい」
「出来ないからやらないは ―― なし」
「……璃奈さん……」
「……よし」
設定変更および、リブート完了。
気持ち、切り替わった気がする。効果あるかも、これ。
「……しずくちゃん、ありがとう。大変な時に、私のフォローしてくれて」
「……え?」
「演劇祭のこと。さっきかすみちゃんに聞いたんだ。今度、再オーディション受けるんだって」
「かっ……!かすみさぁん……っ!本番前の璃奈さんに、なんでわざわざぁ……!」
「言った後、『ヤバっ』って顔してた」
「ふ、ふふ……お仕置きだね、これは……」
純粋にお礼を言うつもりだったんだけど、思ったよりしずくちゃんは動揺した。
うーん……やっぱり、そこまで大変な状況だったんだ。
「実際、どう?オーディション、自信ある?」
「璃奈さんも結構ズバッと聞くよね……」
「顔で聞くのが苦手だから、言葉でハッキリ聞くようにしてるの」
「自虐だぁ……」
「自己分析の賜物です。それで、どうなの?」
教えてくれないなら、それでもいい。無遠慮な聞き方をしている自覚はあるから。
でも。しずくちゃんは、それでも。
「……正直……まだちょっと、不安かな」
戸惑いながら、口を開いてくれた。
「今度の役は、自分をさらけ出すのが求められる。それが怖くて臆病になってた私に……かすみさんは、素顔の私を見せれば良いって言ってくれた。誰がなんて言ってきても、"桜坂しずく"が好きだから、だから気にするなって」
…………うわーぉ。
「…………」
「璃奈さん?」
「まさか直球の惚気を聴かされるとは思わなかった」
「惚気じゃないよ!?」
「ごちそうさまです」
「違うってば!」
手と手を合わせて拝んだら、勢いよく引き剥がされた。
私には愛さんがいてくれた。しずくちゃんには、かすみちゃんがいてくれたんだね。
「それで?大丈夫になったの?」
「……そうだね、怖くは無くなった。でも、本当に私が自分を曝け出せるのかは、分からない。出したことが、無いから……」
「…………」
「今は、上手く曝け出せなくて、かすみさんに申し訳なくなるのが……怖いかな?」
一つ克服したら、また次の壁。
バグチェックは根気との勝負。レガシーシステムを更改しようとするなら、尚更。
しずくちゃんは、決してあきらめてないみたいだけど。
……でも、まずは。
「嬉しい」
「え?」
「しずくちゃんが、かすみちゃんだけじゃなくて私にもそうやって不安を言ってくれるのが」
「…………」
その言葉に、呆れたように笑われる。
「……かすみさんも璃奈さんも、変わってるよね。不安を愚痴られて嬉しい、だなんて」
「しずくちゃんも、そうでしょ」
「じゃあ、変わり者どうしだね」
「うん。お揃い」
「……ふふ」
私は、笑えない。
しずくちゃんは、笑ってくれた。
それだけで、今は十分。
「じゃあ ―― 見ててほしい。私の、ステージ」
「え?」
そう言って、立ち上がる。
「緊張しない秘訣を教えて貰ったお礼に、今度は私がお手本になるね」
足の震えはもう、止まってるから。
「言いたい想いを隠してた私が……思いっきり、曝け出してくるから」
ちょっとだけ似てる私が、しずくちゃんの後押しになれたらいいな。
それが私が"一歩"を踏み出す、最後の勇気になった。
「教えて貰ったこと、ちゃんと覚えてるよって。身に染みたよって」
想いを伝えることって、難しいけど。
時間が許す限り、何度だって伝えてみる。
私の本音を。
「皆と ―― ツナガリたいんだって!」
私の……ココロを!
「……璃奈さん……」
「りなりー、お待たせ!調整カンペキ!」
「最後の仕上げ、しよ!」
「ありがとう、愛さん、侑さん。お願いします」
そうして、仮面を被った。
隠すためじゃなくて、伝えるために。
私の代わりに伝えてもらうために。
この『オートエモーションコンバート璃奈ちゃんボード』こそ、ステージでの私の素顔。
この子と一緒に、今できる私の全部を、見せつけてくる。
……ふふ。ワクワクが、止まらない。
ウキウキが、高まる。
あのステージが、今か今かと、私を待ってる!
『ニャッニャーン! 初めまして! 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の天王寺璃奈です! 今日は、今の私にできる精一杯のライブを見て貰いたいです! 楽しんでくれると嬉しいな!』
システム、オールグリーン!
グランドサポート、オールクリア!
キズナエネルギー、オールマックス!
エガオ ―― 満点っ!
―― 天王寺璃奈! 行っくよーっ!