9-①
天運。
天命。
運命。
冥加。
人間の預かり知らない大きな力。
あるいはそれからもたらされたギフト。
その類を表現する言葉は、世の中に数多くある。
つまりはそれを持つと評された人が、その数以上に居たという事だ。
機運に恵まれたということもあるだろう。
偶然を掴んだという人もいるだろう。
それが謙遜だとしても、変わらない。
それを手に入れたという事実は変わらない。
何も得てない只人からすれば、どちらだろうと違いない。
だからこそ、持たざる者たちは共感しあうことが出来るのだろう。
天を目指そうと手を伸ばす隣の相手を、理解することができるのだろう。
慰め合いという言葉で片付けられることも、あるけれど。
それは少なくとも、何も目指さないヤツが嗤っていいものじゃない。
お互いが何も持っていなかった。
お互いが持つものに憧れた。
お互いに何かになろうと、励まし合った。
―― その末に、片方だけが、何かを掴みかけたとしたら。
先んじられると、焦るだろうか。
置いていかれると、恐怖するだろうか。
もう傍にいられないと、身が震えるだろうか。
それまで通り、今まで通り、傍にいる相手を応援出来るだろうか。
……ただ、これだけは言わせてほしい。
「―― 私の……私だけ、の……」
置いていかれる側が、そう思ってしまうこと自体は、悪じゃない。
悪では、ないんだ。
*********
「ふーっ……よし、投稿完了!うーんっ……」
カタカタカタッ、ッターン!と外付けキーボードを打ち鳴らし終わったあと、椅子の背もたれに体重を預けて、グググっと腕を上に伸ばす。
結構集中してやってたせいで、背中まわりの筋肉の凝り固まりがエゲツない。ガッチガチです。デスクワーク中心の仕事の人が腰痛持ちなのも分かるわ。普段の学校の授業とはまた違う疲労感があるもん。
「やー……しかしまぁ、思いつきで始めた割には続くもんだ」
目の前のタブレットに表示されている画面を見ながら、そう独りごちる。
そこにあるのは、ワタシのブログ。虹ヶ咲のスクールアイドル達を紹介するサイト。不定期とはいえ更新を続け、つい先ほど9回目のアップロードを終えたばかりのそれである。2か月ちょいで9回ってのが多いのか少ないのか分かんないけど、まぁ素人物書きにしちゃようやっとる方でしょ。たぶん。
最初は毎記事100人行けばいいくらいの閲覧者数だったんだけど……実はここのところ、増加傾向にある。爆増と言っても良い。とはいえ、それは決してワタシのスキルが上がったからってわけじゃない。虹ヶ咲のみんなの活躍が目覚ましくなってきたからだ。
「彼方さんとピンキーちゃんのライブ、しずくちゃんの合同演劇祭ステージ、みんなのプラクティス動画……極め付けは、果林さんのダイバーフェス出演。今や立派に新進気鋭の注目学校だもんなぁ」
この夏休みに入る直前までに、短期間でこれだけ色んな事をやったんだ。しかもどれもこれもが素敵に過ぎる。知名度が上がる理由としては十二分だろう。
そこで需要が生まれたのが、ワタシのブログである。
急速に知名度が上がったが故に、虹ヶ咲のメンバーのプロフィールやこれまでの活動を知るソースが、需要に比して足りてない。故に虹ヶ咲追っかけ最古参と言っても過言じゃない、ワタシのブログに人が集まったのだ。
みんなの人気に相乗りしただけ?まぁそう言われるのは当たり前……っていうか事実だから、否定するつもりはない。ただ文章やらのクオリティはともかく、情報量と熱量はぎゅうぎゅう詰めだからね。これでもかってくらい込めてっからね。そういう目的で見に来た人には損させてないつもりですよ。
増えた閲覧数に比するように、評価やコメントもちょいちょい貰えるようになった。嬉しいもんだ。虹ヶ咲のみんなが褒められてるみたいで、さ。
「……ん?」
そんな事を思いつつ、新着コメントをつらつらと眺めていたら、そのうち一つに目が止まった。
「……"紹介動画とか出す予定ないんですか?"……」
……ふーん。
動画か。
動画ねぇ。
確かに文字離れが嘆かれて久しい今のご時世、ナウなヤングの情報源はもっぱら動画だろう。特にあれだ、短くてすぐ見れるヤツ。さっさかさっさか見て回れるヤツね。ワタシもまぁまぁ見るけど、自分でやろうとは思わなかったな。
「……動画……」
なんでって……だって、動画だよ?
思い出すじゃん、昔の大失敗を。
エマさんと彼方さんに、大迷惑かけたアレの事を。
何だったらそれのせいで、"原作"から外れたしっちゃかめっちゃかな今があるわけだし。
……つまり、まぁ、軽いトラウマ、って言ってもいいわけで。
たぶん無意識に、そういうの除外してたんだろうな。頭から。
「……でも」
そんな風に"そういうのは良いや"って逃げかけてたら……今までのみんなの姿が、脳裏に浮かんだ。
ワタシの失敗を聞いても、それでもスクールアイドルになろうとした歩夢ちゃん。
自分の失敗を受け止めて、再び夢を追い始めたせつ菜ちゃん。
未知の経験に慄きかけたけど、自分のやりたい事を信じて飛び込んだ愛ちゃん。
他にも、みんな。煌めいていた、みんなの事が、何故か思い浮かんできて。
そしたら……なんか。
「……まぁ、やって、みる……かぁ……」
なんか、そんな気分になってきた。
……なんか。
なんでだろうね?
「やるか。気が変わらないうちに」
こういうコメント来てるってことは、まだその手の動画が無いか、あっても少ないってことでしょ。どこぞの
よし、スピード優先で行こう。鮮度的に話題になりそうなのは果林さんだろうけど、一番話し易いのはやっぱ歩夢ちゃんだ。クオリティ担保のために歩夢ちゃんでやらせてもらおう。幼馴染贔屓じゃ無いかって?そうだよ、なんか文句あっか?
とりあえずタイトルは……"1分で分かる!上原歩夢ちゃんってどんなスクールアイドル?"でいっか。1分でも長い?30秒にするか。超早口で。
とはいえ顔出しは流石に抵抗あるから、みんなの画像をバンバン表示してしゃべり倒す方向でいこう。マイクは……ヘッドセットのこれでいいや。声は録音した後に適当に加工すりゃイケるでしょ。んじゃサッサと録音だけでもしちゃいますかー
「……あ」
そうしてサクサク準備を進め、ヘッドセットをつけたところでふと目線を窓の外に向ければ、夜空に月がクッキリと浮かんでいた。
……昨日からみんなは、ニジガクで合宿してるんだよね。今ごろ……プールのシーンかな?
いかにCP厨の変態とはいえ、許可を得てない状態で学校に忍び込むわけにはいかない。というか侑と歩夢ちゃんにはそれとなく合宿に誘われたけど、断った。
あれやこれやがズレすぎた今、もはや"原作"を細部まで完全踏襲する意味は無い。けれど、だからといって"原作イベント"に積極的に挟まりに行って、新たな歪みが生まれたら目も当てられない。少なくとも"原作"で明確に描写されたシーンには、不確定要素の塊たるワタシは居ないに越したことはないだろうから。
惜しいけど。みんなの水着めっちゃ見たいけど。そのリピドーはこの動画にぶつけさせてもらおう。
「……侑。マジで頑張りなよ」
そこがあんたの夢の始まりの場所なんだ。
あんたの待ち望んだ、何かになり始める時なんだ。
スクールアイドルフェスティバル。
みんなの夢を、叶える場所。
……あんたの夢、逃しちゃダメだかんね。
なお、動画を作るのはめちゃくちゃ苦労した。朝までかかった。
喋りも画像も30秒で収まるわけねぇじゃん。語りた過ぎるし見せた過ぎるし全然時間足りんわ。
バカでしょワタシ。
あと少しで映画2章の公開ですね。楽しみです。
今章もよろしくお願いいたします。