「……とりあえず、いま共有することはし終えたかな。じゃあ行こっか、栞子ちゃん!」
「はい!それでは皆さん、失礼します」
侑とせつ菜ちゃん以外が揃っていた部室から、2人が駆け出していく。残りの同好会に話を聞きに行くんだろう。
思わぬ邂逅から数日、まだぎこちなさはあるものの、ワタシの密かな警戒をよそに新たな協力者は同好会メンバーと概ね馴染んでいた。
なんせ歩夢ちゃんのお墨付き。礼儀正しい佇まいから第一印象は最高レベル。受け入れられない理由がない。なんならワタシより受け入れられてるんじゃないだろうか。将来のことを考えたら当たり前だけど。
―― 普通科1年、三船栞子。
簡単に説明すると、彼女は"原作2期"から同好会に入部する、いわゆる「追加キャラ」だ。
かつてスクールアイドルに憧れながらも、同じくスクールアイドルだった姉の夢破れた姿により、とある固定観念に囚われ……その道を諦めていた子。第2回スクールアイドルフェスティバルを通してそれを払拭し、同好会入りを果たすことになる。
……んだけど。"原作1期"の時点では、まったく登場しなかった。とはいえスクールアイドル自体は応援するスタンスだし、虹ヶ咲学園にもずっと在籍していたわけだから、「残る2人の追加キャラ」に比べれば、このタイミングで登場しても不思議じゃない。
……不思議じゃないけどさぁ。
申し訳ないけど、ワタシの心の安寧的には"原作"通り"2期"から参入して欲しかったでござる……この後の展開が一層読めなくなっちゃったよ……
「うふふ。歩夢ちゃんに栞子ちゃん、張り切ってるね!」
「侑ちゃんがあれだけ頑張ってるんだもん。そりゃあやる気も漲ってくるってもんでしょぉ」
「せつ菜ちゃんと一緒に忙しそうだもんね。私達ももっと手伝えることがあればなぁ」
「誰かさんみたいに倒れないように、ヘルプしてあげないとねぇ」
「ふふ、そうだね!」
「……担当分の作業、終わりましたっ!それじゃあかすみん、トレーニング行ってきますねっ!」
その背を見送った彼方さんが放つ自虐ネタを朗らかに受け止めているエマさんの傍を、かすみちゃんが真剣な顔で通り過ぎて行く。その姿は傍目から見てもやる気に満ちていた。モチベが凄いなぁ。
「あっ、ちょっ、かすみさん!?私も行くんだけど……あーっ!もうっ!」
「いーよ、しずく。行ってきな!愛さんが残りの作業やっとくから。あの調子じゃ張り切り過ぎて怪我しそうだもん、一緒にいてあげて!」
「うぅ……すみません、愛さん!行ってきます!」
「ゴメンね、璃奈ちゃん。本当なら璃奈ちゃんも練習に行ってって送り出してあげたいんだけど……流石にデジタル関連はスキルが追い付かないわ……」
「気にしないで。頼られるの、好き。私が一番できることは、一番頑張りたい」
しずくちゃんを愛ちゃんが送り出す横で、果林さんが璃奈ちゃんに申し訳なさそうに謝っている。一気に4人も減って、残りはワタシを含めても6人……それでも多いと感じるのは、昔の3人の頃を覚えているからだろうか……なんてね。
「ところでぇ……彼方ちゃんの紹介動画の方は順調か~い?」
「もう出来てますよ。最終チェックしたら明日UPします」
「そうかいそうかい。ありがとねぇ」
「今なら添削してくれても良いですけど」
「ん~?しないよぉ、そんなこと。アナタが善意で出してくれてる動画に文句付けるほどワガママじゃないよぉ。それに初見の楽しみが薄れちゃう~」
「自分の先に作れってあれだけ言ってきたのに……」
「それはそれ、これはこれ~」
悪びれない彼方さんに肩を竦める。
動画とブログの件がバレた後、いろいろ問い詰められてワタワタしていたのを取りなしてくれたのは彼方さんだった。その見返りに、自分の回を早めにしてと言ってきたのだ。
まぁこの辺は冗談混じりというか、ふざけ合いというか。本気じゃなかったので、最初に決めてた順番そのままで行かせてもらうことにした。
うん。順番はね、なんかスッと決めちゃってた。
歩夢ちゃん、かすみちゃん、しずくちゃん、愛ちゃん、果林さん、彼方さん、せつ菜ちゃん、エマさん、璃奈ちゃん。
この順番。
"原作"でソロ曲を披露した順じゃない。
同好会の加入順でもない。
年次別でも、年齢順でもない。
でもなんでか、この順番がしっくりくるって、そう思っちゃったんだよね。
「そうそう動画!ありがとね、あれめっちゃ嬉しかった!
「愛がシャイだなんて、どんな冗談よ」
「冗談じゃなくてダジャレだよ!」
「……まぁ良いわ。私もお礼、言えてなかったわよね。ありがと」
「い……イエイエー……」
ぐぁぁ、なんかもにょもにょする。あっちこっちがこそばゆい。嫌な気分じゃないけど……なんだこれ、なんだこれ。ぐわー
「ただ、流石に30秒で私の魅力を伝えきるのは無理があったみたいね」
「あ。それはそうっすね。それはマジで無理でした。他の皆もそうですけど30秒とかマジで無理。今の世界の人間の情報食い荒らし感マジどうかしてる。もっとじっくりこっくり楽しめよあんな時間で分かった気になるなよホントにもう……」
「……果林ちゃん?」
「……あの、ごめんなさい。ちょっとからかうだけのつもりだったのよ。いえ、本当に感謝してるのよ?良く出来てたし嬉しかったわよ!」
「もう……ふふ、でも良かった。今のアナタ、ちょっと元気になってるみたいで」
「っと、ワタシ、今までそんなに元気なさそうにしてました?」
「元気なさそうっていうか……活き活きしてない、っていうか?うーん、ちょっとうまく言えないや。ゴメンね?」
「はぁ……」
何故かバツが悪そうにしている果林さんの隣で、エマさんから掛けられた言葉を反芻する。
活き活きしてない……"原作"からの乖離を心配してグデってたのを心配されちゃったか。
いけないいけない、シャキッとしないと!エマさんの手を煩わせちゃダメでしょ!
「でも、私はやる気貰えたよ!ブログも読んだし!」
とか思ってたら……その言葉で、またちょっともにょっとしちゃった。
「……あの、その話題出すの、そろそろやめて貰って良いですかね……?」
「え?なんで?」
「いやその、普通に恥ずかしいんで……」
「自分で世に出したものを褒められて恥ずかしがるの……?」
「不思議ですよね……」
「残念。私もブログの内容で聞きたい事があったのに」
「ホントやめてねピンキーちゃん。ちょっと時間置いてね」
見られてなんぼのスクールアイドルの皆様には不思議でしょうがないかと思います。
ワタシのような小市民は、注目されると畏縮するのです。
なんでこんな精神性でスクールアイドルやろうとしたんっすかね……
「じゃあ……モチベーションがもっと上がった、ありがとう、ってだけ伝えておくね」
「それくらいなら受け取るよ。お力になれて何よりです」
「うん。アナタや侑さんに褒められるとやっぱり嬉しくなるし、頑張りたくなる。歩夢さんにも……あっ」
「歩夢ちゃん?」
「……璃奈ちゃんボード、『沈黙』」
「いやそれ一番意味無いやつ」
なんか璃奈ちゃんがワタワタし始めた。そんなに隠すことかな?歩夢ちゃんなら、別に日常的に褒めてくれると思うけど。
「あー……ゴメン!たぶんそれ、愛さん達も同罪のヤツだわ」
「同罪?達?」
「そ。この前アナタと歩夢が廊下で話してるの、聞いちゃったんだよ。歩夢が悩んでる、って話」
「え?栞子ちゃんが来た日の事?」
「そーそー」
なるほど。確かに歩夢ちゃんはあの時、皆の事も褒めてたっけ……いや、待てよ?
「でもあの時、廊下には誰も居なかったはず……」
「しーた。下の階の廊下に居たんだよぉ、侑ちゃん以外のみぃんなが」
「下……」
「言い出せなくてごめんねぇ?ただ、歩夢ちゃんもあんまり聞いてほしそうな感じじゃあ無かったから、逆に言わない方が良いかもって思って……」
「ワタシは何も気にしないっすけど……歩夢ちゃんはちょっと恥ずかしがるかもっすね。まぁ黙っときますよ。バレたらそん時に謝ってください」
「「かたじけねぇ」」
「かたじけない。璃奈ちゃんボード『ぺこり』」
「ういうい」
知られたところで歩夢ちゃんは怒ったりしないだろうけど、無駄に波風立てることも無いよね。
けど……そっかぁ。この部室棟の廊下って、下の階層でも声が聞こえるんだ……良い事聞いた。
「ぶっちゃけ愛さんとしては、歩夢がそんなに愛さん達に遅れてるとか思わないんだけどね」
「うん。寧ろ私、歩夢さんを尊敬してるところ、いっぱいある」
「だよねっ!かすみんもしずくも、それ聞いてあんなに張り切って練習しようとしちゃってるくらいだし!」
「あ……さっきのってそういうこと?」
「そういうこと」
「自分が一目置いてる相手から褒められた。なのにその相手は自分自身を過小評価してる。色々考えちゃうよねー」
なーるほど?あの勢いはそれが理由だったのか。
まったく、みんな青春しちゃってさ。眩しいったらないや。
「ま、でもあの栞子ちゃん……しおってぃーが来てくれて、なんか歩夢の雰囲気もちょっと変わったし!このまま良い感じの目標が見つかってくれると良いな!」
「……そうだね!」
ほわほわしていた気持ちが、その言葉で一気に引き締まった。
さっきから緩んだり締まったりで心が落ち着かない。サウナかよ。身体に悪そうだ。
……うん。まぁ歩夢ちゃんの進化を望んではいるんだけどね?
栞子ちゃんがどう物語に絡んでくるのか次第なとこもあるっていうか……ね?
くっそ、"原作"知識があるのがホント辛いじぇえ……
「歩夢ちゃんの悩みにも、協力してあげられたら良いんだけど……」
「それは傲慢よ、エマ。歩夢はもう自分で何とかしようとしてるのに、横から過度に干渉する事は無いわ」
「まったく、果林ちゃんはそういう所ストイックだよねぇ。自分だって気にしてるくせに~」
「……別に、そんなんじゃないわよ」
「でも、彼方ちゃんも賛成。今の歩夢ちゃん、やる気満々だもん。やっぱりどうにも出来なさそう、ってなっちゃった時だけ、改めてお節介しにいこうよ~」
「……うん、そうだね……紅茶やお菓子を振る舞うくらいなら良いよね?膝枕は?」
「……あぁ、うん。疲れてそうなら……」
「……良いんじゃない、かしらね……」
「うんっ!」
面倒見の良い3年生のお姉さま方にも、いっそ相談出来たら楽になれるのかなー……
……いやもう、マジでどうなるんだろうね……