「いやぁ……申請書は強敵でしたねぇ……」
「なんでかすみちゃんが言ってるのよ」
「頑張ったの、主に侑ちゃんとせつ菜ちゃんだよねぇ」
「かすみんだって頑張りましたもん!」
「それに皆さんも、です!ここがようやくスタート地点!ここからフェスに向けての準備頑張りましょうっ!」
『 おーっ! 』
そのせつ菜ちゃんの掛け声に合わせ、各々が掲げたコップが打ち鳴らされた。
ワタシの不安をよそにスクールアイドルフェスティバルの準備は順調に進み、企画申請書も無事に受領された。間違いなく、皆が一丸となって取り組んだが故の成果だろう。
このお祝い兼決起会に参加している皆の顔は、一様に明るい。好みも夢もバラバラな皆だけど、一人で進める力を持っているが故に、一つの目標を目指して意思統一できた時のパワーは計り知れない。ラブライブに出ないのが勿体ないな、と思っちゃうくらいにはそのポテンシャルを見せつけられたよ。
「会場は1つに絞らない。街全体を巻き込んだお祭りにする。色んな所で、色んなアイドル達が、自分らしいライブを披露する。更にはスクールアイドルだけじゃなく、スクールアイドルが大好きな人達自身が、自分の『好き』を自由に表現できる。スクールアイドル好きの、みんなが楽しめるお祭り……」
「何というか……私が言うのもなんだけど、よく通ったよね、これ。1つの学校の1同好会が企画する規模じゃないよ」
「本当に"侑先輩が言うのも"ですよ。みんな薄々思ってましたけど……」
「でも、しずくちゃんもノリノリだった」
「それはそうだよ。だって、これが実現出来たらすっごく面白そうだもん。今からやりたい事がいっぱい思いついて、困っちゃうくらい」
「あはは!じゃあ気合入れて準備しないとねっ!」
<彼方ちゃんの歌にずっと励まされていて、インターハイに出る事ができました。フェスが開催できる事になったら、何かお手伝いがしたいです>
<エマさんのPVに毎日癒されています。沢山着せたい衣装があるので、フェスが実現するのをすごく楽しみにしてます>
<スクールアイドル同好会が大好きで、クッキーを作っちゃいました。フェスがあるなら、みんなにも食べてもらいたいな>
そんなファン達の言葉を受けて、スクールアイドルが好きなすべての人を受け入れるとかいうトンデモない規模に膨れ上がったスクールアイドルフェスティバル。侑やせつ菜ちゃんだけじゃ到底管理しきれず、他の皆も実行委員として役割を持たざるを得なかったほどだ。改めてよくやれたと思うし、学校もよく許可してくれたもんだよ。
「しおってぃーもお疲れ様!もーめっちゃ助かったよ!」
「いえ、私のしたことなんて、本当に些細で……あの、私、この会に参加して良いんでしょうか……?」
「うふふ、些細なんかじゃないよ。栞子ちゃんが居なかったら、私の担当分、終わらなかったかもしれないもん。そんな功労者さんを労わなくてどうするの」
「歩夢さん……」
「愛さん分もね!ほらほら、カナちゃん特製クッキーも召し上がれ!美味しくってほっぺた、ペタって落ちちゃうんだから!……なんつって!」
「擬音に頼るのはズルくない?」
「歩夢にダメ出しされた!?ぎゃおんっ!」
「ふふっ、ごり押し過ぎるよー」
「……ふふふっ」
勝手に警戒してた栞子ちゃんも、今ではすっかり肩の力が抜けたようで、柔らかな笑顔を見せている。まだ歩夢ちゃんの近くにいる率は高いけどね……このまま、ただ頼もしい助っ人で終わってくれぇ……
「皆さん、楽しそうですね……そういえば、アノ人は居ないんですね」
「ん?あぁ、アイツは気にしないで良いよ。こういうのあんまり来ないタイプだから。居ると思ったら居なかったり、居ないと思ったら居たりする」
「……概念的な存在なんですか?」
侑め。人のことを好き放題言いおって。
まぁ、別に行かないタイプってワケじゃないけどね。今だってロッカーの上の段ボールに潜んでるんですけどね。いやぁ、皆の目を盗んでさりげなく設置しといて良かった良かった。
……そこまでしなくても今回は参加できたろって?今までワタシの何を見て来たんだよ。ワタシが居たらその分他の子どうしの絡みが減るだろ?それに全体を俯瞰して見守れないだろ?ちょっとは頭を使いなさいよ。
……また尊厳のピンチになったらどうすんだ?大丈夫、対策済みだから。最近のは大人用でも高性能なんだね。匂い漏れ防止も色々やってるしヘーキヘーキ。家でも試したし。皆が完全に出てった後に鍵をアレコレしたら問題なく出ていけるし完璧ですわ。
「でも改めて、栞子ちゃんが手伝ってくれて助かったよ!できれば、この後のフェスの準備も手伝って欲しいんだけど……」
「それは勿論。私で良ければ、お力添えさせていただきます」
「ホント!?嬉しい!ありがとー!」
「きゃあっ!あ、歩夢さん!そんな、イキナリ……!」
「あはは。歩夢ってば、栞子ちゃんがお気に入りになっちゃったの?」
「うーん……そうかも?」
「えっ!?」
「……ほほーう?じゃあじゃあ先輩!侑先輩はかすみんを可愛がってくれても良いんですよー?」
「こらこらかすみさん。先輩の迷惑でしょ?ね?侑先輩?可愛がるならいつも良い子な後輩の方が適役ですよね?」
「ちょっ、しず子!?何出し抜こうとしてんの!?」
「じゃあ間を取って私が!ぎゅーっ!」
「うわっぷ!」
「ってぇ!なんでそこでエマ先輩が参戦してくるんですかぁっ!?あーもーっ!」
「……まったく、これからの事を話しあわないといけないっていうのに……」
「まぁまぁ、ちょっとくらい良いじゃん!カリンだってお疲れ様なんだから、英気を養おうよ!えー気分になってさ!なんつって!」
「愛もいつも以上にテンションが高いわねぇ……」
「そういうカリンはなんでそんな低いの?」
「自分の所に可愛い1年生が一人も来てくれないからじゃな~い?」
「璃奈ちゃんを抱えて独占してる彼方が何を言ってるのかしら」
「ふふん、これが人望という奴だよ」
「彼方さん、このクッキー、すごく美味しい」
「いっぱいお食べー」
「餌付けじゃない」
「ふーん、そういうことなら1年生じゃないけど愛さんが慕ってあげるね!せーんぱいっ!」
「……あぁもう。ハイハイ。分かったわよ。固い事はもう言いません……ふふっ」
……あぁ、良いな。みんなホントに楽しそうだ。
こんな光景を、ずっと見ていたい。
キラキラに煌めく、最高に可愛くて最強に素敵な皆を、いつまでも。
ここまでたどり着けて、本当に良かった。
あと一息、あと一息なんだ。あとちょっとで、ワタシが"原作"に関わりそうな所は終わる。
"2期"にワタシの存在が関与しそうな場面は、無い。
"1期"さえ。そこさえ乗り越えられれば……きっと後は、大丈夫なんだ。
だから……頑張ろう。
何が起こるか分からないけど、気を抜かずに、最後の最後まで。
たとえ、その輪の中に。
歩夢ちゃんと、侑の隣に。
ワタシが居なかったとしても。
*********
「……はぁ。今でもまだ実感が湧かないや」
宴も終わり、皆が使った諸々を片付け始めている今、部室には侑と歩夢ちゃんだけが残っていた。
決起会は何事もなく終わった。終始和やかで、明日以降に向けての弾みがつけられたに違いない。参加しなくて勿体なかったな……なんて、思ったりしたり。ちょっとだけ、ね。
そんなワタシの事はともかく、ゴミ袋を縛り終えてソファに座った侑に、歩夢ちゃんは近づいて……ぷにっと、その頬を引っ張った。
「……えいっ」
「……あゆみゅ?にゃにしてるにょ?」
「ほら、痛いでしょ?ちゃんと現実だよ」
「じぇんじぇん痛くにゃいから、ゆみぇかも……」
「え?あれ?」
「もっひょひっぴゃって……」
「え、えー……?」
どうやら古典的な事をしようとしたみたいだけど、気遣いすぎて全然痛くなかったらしい。まったく、歩夢ちゃんらしいや。
「……本当にここから始まるんだよね……」
「うん。そうだよ。侑ちゃんが発案して、提案書が受理された……みんなの夢を叶えるフェス。それが始まるんだよ」
「……みんな、楽しんでくれるかな?」
「絶対楽しんでくれるよ。ニジガクのみんなも、姫乃ちゃんや遥ちゃん達、他の学校の人たちもワクワクしてたんだから」
「そっか……そうだよね。その期待に、応えなきゃだよね」
「期待に応えなきゃも、そうだけど……侑ちゃんが楽しむ気持ちが一番大切だと、私は思うな」
今更フェスへのプレッシャーが湧き出て来たのか弱音らしきものを漏らし始めた侑に、隣に座った歩夢ちゃんが語りかける。
どこまでも優しく、聞いているだけで心が安らいでいくような、そんな声音で。自分の迷いなんか、一つもないみたいに。
……はっはっは。うん、めっちゃ安定してるわ、今の歩夢ちゃん。タイミング的には"例のシーン"が発生するの今日の夜だけど、もうぜってー起こんないでしょ、これ。覚悟してたけどさ。
「このフェスは、侑ちゃんの……"夢への一歩"、なんだから。楽しんでやらなきゃ損だし、楽しんだ方が、絶対に上手く行くよ」
「……そうだね。皆に、いっぱい負担かけちゃってるけど……」
「もう、誰も負担だなんて思ってないよ。やりたいから、やってるの」
「……歩夢も?」
「もちろん。それに……一緒に夢を見つけようって、約束したじゃない。見つけるだけじゃなくて、応援もしたいんだ……させて、くれる?」
「……うん。ありがと……そっか、そうだよね……」
曇りなく断言する歩夢ちゃんに、侑は安心したように頬を緩ませた。ふと、その視線がソファの後ろに向かう。
そこにあるのは、同好会が新結成したあの日に誰かが持ち込んでいた、コルクボード。日が経つにつれてどんどん写真が増えて、結構な大きさだったはずなのに、もう余白はほとんどない。
「歩夢は、そうだもんね……」
その一角に、侑と歩夢ちゃんのツーショットが貼られている。
ベンチに腰掛ける侑に、歩夢ちゃんが身体を寄せるような構図のそれを、眺めているらしい。
"歩夢は、そうだもんね"
その言葉に何を含めているのかは分からない。
けれど、憂いが無くなりかけていた侑の表情は。
「私も……フェスまでに見つけられたら良いな。私の、夢」
「……え?」
歩夢ちゃんのその言葉に、驚きに固まった。
「……あれ?私、侑ちゃんに言ってなかった……?」
「えっと……聞いてないかも……」
「そっか……そうだよね。ずっと忙しかったもんね。話す時間、あんまりなかったし……」
そう言いながら、恥ずかしがるように視線を窓の外に向けて、歩夢ちゃんは続ける。
「……私ね。侑ちゃんや同好会の皆の隣に、胸を張って並べるようになりたいの。そのために、私のなりたい"私"……今の私のスクールアイドルとしての目標を持ちたいって、夢を持ちたいって、そう思ったんだ」
「……そっか。そうなんだ……」
「先にアノ子には、少し相談してたんだけど」
「…………」
「それが、もう少しで見つかりそうな気がするの」
夜空に浮かんだ月を見上げて、何かを考えるかのように語る歩夢ちゃんは、気が付いていない。
「―― 栞子ちゃんと一緒に、いろんなことをやっているうちに、何かが見えてきた気がするの」
「…………え」
侑の気配の変化に、まったく気が付いていない。
「……栞子ちゃん、と?」
「うん。他の同好会の人たちの話を聞いたり、東雲や藤黄の練習を見学したり、先生たちにもお許しを貰いに行ったり……他にも、色々……」
「…………」
……なんだ?おかしい。明らかに侑の様子がおかしい。
なんだよ……トキメキとは程通い、その顔は。
「あとちょっと……あとちょっとで、何かを見つけられそうなの」
心臓が早鐘を打つ。手に汗が滲む。
今まで体験したことのない、果てしなく嫌な予感が、背筋からにじり上がってくる。
「栞子ちゃんと、一緒になら」
歩夢ちゃん、ちょっと語るの止めて!横にいる侑を見てやって!……そんな思念を飛ばしていたけれど、歩夢ちゃんが気づくわけもなく。
「私の、新しい
その言葉が、最後のトリガーとなったのか。
「 ―― ッ!」
「えっ?きゃっ!?」
侑が、ソファに座る歩夢ちゃんに、不意打ちのようにしがみついたことで。
歩夢ちゃんごと、横倒しになって。
「……侑ちゃん?」
「…………」
侑が、歩夢ちゃんを。
ソファの上で、押し倒していた。
転げ落ちたスマホが、床で重なって。
いつか、どこかで見たような。
けれど、まったく逆の光景が、そこには。
…………待て待て待て待て!ちょっと待て!?なんで!?なんでこうなる!?
「ゆ、侑ちゃん?侑ちゃん……どうしたの?」
「……分かんない。分かんないけど……なんか、すっごい心がザワってして……」
「え?……ときめいたの?」
「違う。全然違う。そういうんじゃなくて……」
歩夢ちゃんの肩口に顔を埋める侑の表情は分からない。分からないけど、絶対良い顔してないのだけは分かる……!
「ゆ、侑ちゃん……」
「歩夢……どうしよう……どうしたんだろ、私……」
どうしたもこうしたもあるか!侑が分かんなきゃこっちも分かんないよ!なんでそうなるんだよ!?
「歩夢が……私の知らない歩夢になるのが、怖かった……?」
「ぁ……ぇ……?」
ホント何言ってるの!?何があった!?侑が……侑だけはブレないだろって、そう思ってたのに!なんで!なんで侑が歩夢ちゃんの成長を喜ばないようなこと言うんだよ!?それだけはダメだろ!!そんなこと言ったら、侑に言われたら、歩夢ちゃんは……!!
「だって……だって、歩夢は……」
「……ゅ……ゆう、ちゃ……」
ワタシが何か間違えた!?何を見落とした!?ちょっと……ちょっと待って!
「……歩夢は……」
待って……!!
「歩夢は、私の……私だけ、の……」
待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!
これにて9章完結となります。
お付き合いいただきありがとうございました。