10-①
ビビビビビビビビッ! ビビビビビビビビッ!
「「 っ!? 」」
突如部屋に響いた振動音に、侑と歩夢ちゃんの身体がびくりと跳ね飛ぶ。
その出どころは、部室の床に転がったスマートフォン。重なったそれらのうちの、黒地に緑のラインが入った側……侑のものからだった。
ビビビビビビビビッ! ビビビビビビビビッ!
「…………」
途切れることなく、規則正しく小刻みに震え続ける。つまりはメッセージではなく、通話の着信。しばらく胡乱な表情でただスマホを見つめていた侑だったけれど、いつまでも終わらないそれに遂に根負けしたのか、ソファから降りてゆっくりと手を伸ばした。押し倒されていた歩夢ちゃんは、その間にノロノロと身を起こしている。侑はそれにちらりと視線を向けた……ところで、まるでタイミングを見計らったかのように、コールは止まった。
スマホを拾い上げた侑は、そこに表示されている着信履歴の名前を見たんだろう、思い切り眉を顰めたけれど――
「たっだいま戻りましたーっ!」
その直後に同好会のドアを開きつつ響いた元気な声に、纏っていた異様な雰囲気を霧散させた。
「……あ。か、かすみちゃん、それにみんなも。お帰りー……」
「部室も粗方片づけていただけたようですね!ありがとうございます!」
「じゃあそろそろお開きにしよっかぁ?まとめてくれたゴミだけ持って、みんなで出ちゃおうねぇ」
「そうだね!明日からもやる事はいっぱい。寧ろここからだから、身体は大切に……なんつって!」
「あ、あはは……そうだね!ここからだ、もんね!じゃ、帰ろっか!」
「みんな、忘れ物もしちゃダメだからね?気を付けてねー」
「はーい」「りょ」「明日も来るのに……」「ダメですよー」
エマさんの〆の言葉に思い思いに返事をしつつ、帰り支度を始める面々。
「……歩夢さん?歩夢さん、どうかしましたか?」
その中で、1人。ソファに座ったまま俯いていた歩夢ちゃんに、栞子ちゃんが声を掛けた。
「……!あ……うん!大丈夫!ちょっと、ぼーっとしちゃっただけ、っていうか……」
「……そうですか……もし具合が良くないなら、隠さずおっしゃってくださいね?スクールアイドルフェスティバル当日までに、体調を整えないと」
「あ、あはは……うん。そうだね。ありがとう、栞子ちゃん……」
「……いえ……」
芳しくない反応に違和感を覚えただろう栞子ちゃんは、けれど追求はしなかった。"原作"の描写と今日までの付き合いで見る限り、栞子ちゃんは相当の慎重派と思われる。明らかに様子がおかしいとはいえ、もっとはっきりした根拠を得られるまでは、疑念を口にするつもりはないのかもしれない。
立ち上がるのを促すように差し伸べられた手を取って立ち上がった歩夢ちゃんは……少しだけ、繋がった腕を見つめて。もう一度栞子ちゃんにふわりと笑いかけてから、床に落ちたままだったピンクカバーのスマホを拾い上げ、帰り支度をしているみんなの輪の中へと混ざっていった。
「…………」
何かが、あった。ここまでの少ないやり取りでそれを感じ取ったのは、栞子ちゃんだけではないようだ。同好会の皆は決して鈍くない……どころか、寧ろ心の機微には敏感だから。各々が片づけに勤しむ部室には、先ほどまでにはなかった、どこか意味深な雰囲気が漂っている。誰が何を醸し出しているかまでは、分からないけれど。
しかし、結局その場では誰も声をあげることなく。程なくして、みんな連れ添って部室を去っていった。
途端に夜の静寂に満ちる、学園の部室。
そこにじっと、ただじっと潜み続けていたワタシは。もう誰も戻ってこないだろう程度の時間が過ぎた頃に。
「がっ……はぁっ……はぁっ…………はぁぁぁぁぁ…………!」
大きく息を吐きながらロッカーの上の段ボールから這い出して、べしゃり、と同好会部室の床に落ちた。
喉が痛い。
痰が絡む。
粘ついた気持ち悪い唾液がとめどなく溢れてくる。
吐かないのが不思議なくらいだ。
身体がブルブルと震えて止まらない。
四つん這いになったまま立ち上がれない。
カシャン、と。手からスマホが滑り落ちた。
握ったまま画面を変えていなかったそれには、侑とのトークグループが表示されている。
"原作"でも、歩夢ちゃんの行動はスマホの着信によって中断された。それを真似て、咄嗟に侑にコールしたのだ。つまり、さっきの振動音の下手人はワタシってワケ。
まったく、擦り切れるくらい例のシーン反芻しといて良かったよ。超ファインプレーじゃない?まぁ"原作"のあれば着信じゃなくてアラームだったのかもしれないけど。
なーんて……ははっ……
……はははっ……
「……ふざっけんなよ、バカ侑……!」
べしっ!と、衝動のままに、床に手の平を打ち付けた。何かに当たりたくてしょうがなかった。
未だ頭の中は疑問符だらけ。何がどうしてあぁなったのか見当も付かない。"原作1期"で一番精神的に安定してたのは、侑のはずだったのに。あいつに任せておけば、安心できると思ってたのに。いつだって、一緒に歩夢ちゃんの成長を喜んでたはずだったのに……!
今更言うまでもないけれど、歩夢ちゃんに対する侑の影響力は計り知れない。"侑が白と言えば黒でも白と言う"……なんてレベルで盲目的なわけじゃないけど、侑には可能な限り寄り添おうとするし、助力を惜しまない。
スクールアイドルを始めた時だってそうだ。『侑の可能性を摘みたくない』。歩夢ちゃんがスクールアイドルをやろうって踏み出したのは、せつ菜ちゃんに自分が心を動かされるとともに、侑に対するそんな想いが後押しになっていたはずなんだから。
その侑が、もし歩夢ちゃんの成長を望まないような思いを吐露すれば?
……歩夢ちゃんは、侑専用のガラスケースに自分を閉じ込めてしまうかもしれない。
自分の夢や希望を押し殺して、息苦しさを隠しながら、困ったように笑って萎れていくとしても。
それが、ワタシにはこの上なく恐ろしかった。
"原作"が辿り着いた未来を知っている身としても。
侑と歩夢ちゃんを昔から知っている、幼馴染としても。
そんな行く末は、バッドエンドとしか思えなかったから。
だから、咄嗟に邪魔をした。してしまった。
その行動が今後にどんな影響を与えるか、なんて所にまで気を回すこともできず。
ただただ、嫌だったから……やって、しまった。
そのことに、また自己嫌悪が募る。
『ワタシが嫌だから』
ただそれだけの理由で、侑と歩夢ちゃんの間に入ってしまったことに。
「…………」
ゆるゆると伸ばした手でスマホを拾い、のろのろと立ち上がる。暗色のパーカーのフードをぐい、と頭にひっかけ、ふらふらと部室のドアへと向かった。
このドアはちょっとした裏技を使うことで、中から外に出る時に鍵を閉めることができる。あっちこっちの潜める場所を探している時に、偶然見つけた方法だ。
いつまでもここにいる訳にはいかない。仮にも今のワタシは同好会関係者。それが夜間警備員さんにご厄介になっちゃったりしたらコトだ。スクールアイドルフェスティバルの開催にケチでもついたら堪らない。とにかく、今はここを出て。それから、それから……
「……それから……?」
それから?
それから、何をどうすりゃいいっての?
……わっかんないよ。
「…………」
何も思いつかないまま、何も考えられないままドアを開き、外へ出る。
……ガチャリ。
目論見通り、自然に閉まった部室のドアの鍵。
その音が妙に寒々しく、ワタシの頭の中に反響していた。
えいがさき2章公開されましたね。2回見ましたが最高に過ぎました。
今章もよろしくお願いいたします。