「きゃっ」
「っ、ごめんなさ……あれ?果林さん?」
「まったく、気を付けないとダメよ?」
「すいませぇん!」
あっぶな、危うく果林さんにぶつかるとこだった!
いくら急いでるからって、やっぱ廊下は走るべきじゃなかった。仮に侑達をどうにか出来たとしても果林さんにケガさせたりなんかしたら本末転倒にも程がある。競歩だ、競歩の鬼に成れ……!
「……ふぅん。ちょっとはマシな顔になったじゃない」
「……皆さんのおかげで、それなりに?」
「そ。じゃあ頑張ってきなさいな」
「……あ、はい……」
「……なぁに?もしかして、私に何かして貰えるって期待してた?欲しがりさんねぇ」
「へ?あ、いや、そういうわけじゃないんすけど……」
ワタシの顔を覗き込んだ果林さんは、さっさとどこかに行こうとする。その素っ気なさに思わず立ち止まっちゃってたら、果林さんはちょっと嘲るように笑いかけてきた。本日何度目かの恥ずかしさだ。ワタシはどこまで浅ましくなれるかチャレンジでもしてんのか……ていうか、侑のところに行こうとしてるの察せられてるのが一番恥ずかしい気がする……
「アナタがまだ私みたいになっていたなら、言ってあげるつもりにもなったけどね」
「……果林さんみたいに?」
「カッコ悪くなってたら。あの時、散々言い放題してくれたお礼に、ね?」
「えっふ」
過去のナマ言った記憶がフラッシュバックする。果林さんに偉そーにあれやこれやと。立場もわきまえずに。何なの?なんであの時のワタシは"原作"の流れに影響与えるような場面でもなかったのに出しゃばったの?あああああ。
「逃げ道を探してる朝香果林はカッコ悪い……あれはなかなか効いたわ。今思い出すだけで自分が許せなくなるくらい」
「あ……あははー……いやーその節は……」
「あら、謝らなくていいのよ?寧ろ感謝してるくらいなんだから。怒りも適度な量なら良いモチベーションになるのよねぇ」
「怒りって言ったぁ……」
「うふふふふ」
「そこは否定してくださいよぉ……」
だ、ダメだ。このモードに入った果林さんにズバズバ切られ続けると体力がなくなる。自業自得なのはその通りとして、侑に会う前にヘタレる!そ、そろそろ切り上げさせてもらわないと……!
「別に私らしくなれ、とは言わないわ。寧ろアナタは逃げ道を見つけてすり抜けるのが得意だものね?」
「仰るとおりで……」
「だから……アナタはアナタの望むアナタでありなさい」
「……え?」
意地悪気な表情から、一転。毒を隠したスズランのように可憐に微笑みながら、果林さんは、告げる。
「誰かの心を動かしたくて、けれどその正解が分からない。それなら、せめて自分が真剣なんだって伝える努力をなさい。何があってもここを引かないと意固地になりなさい。不器用だろうと不恰好だろうと、自分の心を貫く意志で、一歩前へと踏み出しなさい」
「……自分の……」
「アナタの大好きな誰かさんが、そうしたようにね」
とん、と。ワタシの胸の間を人差し指で突いて、今度こそ果林さんは踵を返して歩き出す。
そこをキュっと抑えて、少しだけ、その背を見送った後。ペコリ、と頭を下げてから、走り出した。
ワタシの大好きな果林さんのように、もう怖がらずに。一歩を。
*********
「いやぁ。どうなることかと思ったスクールアイドルフェスティバルも、気がつけばもう目の前だねぇ」
「……そうだね」
……うーん。格好付かない。やっぱワタシは主人公の器じゃないってこういう時に実感する。
中庭に勢いよく駆け込んでみたら、そこには既に先客がいた。
宮下愛。本物の主人公性を持つ人が、侑と一緒にベンチに座っていた。
思わず無音で背後の茂みに滑り込んじゃったよね。もういつもの盗み聞きモードだ。
「あっちを見てもスクールアイドル、こっちを見てもスクールアイドル。それを楽しむのは、スクールアイドルが好きな人たち。愛が相次ぐイベントになること間違いなしだよね!」
「うん。上手く行くように、私も最後まで頑張らないと」
「……うんうん。気合じゅーぶんで何より何より。ただ、ここに至って、絶対に必要なものが揃ってないんだよなぁ」
「え?うそ、発注忘れとかあった?どうしよ、今からでも間に合う――」
「ゆぅゆの笑顔、だよ」
「……え?」
……なるほど。愛ちゃんも、か。
あの愛ちゃんが、仲良しの同級生の不和を黙ってみてられるわけがない。寧ろ今までよく我慢してくれたもんだ……あ、いや。ワタシ達が解決する猶予をくれてたの、かな?だったら……申し訳、ないなぁ……
「ゆぅゆ、『皆のステージ楽しみー!』って言ってくれたの、いつが最後だったか覚えてる?企画書が通った日だよ?それから今日まで、そういうこと一回も言ってないの」
「……そう、だっけ……」
「自覚、無いわけじゃないよね。顔は笑ってるけど、心が笑ってない。やらなきゃいけない事に無理やり集中して、自分が楽しむ気持ちを抑え付けてる……これから、ちょっとイヤなこと言うね?」
「…………」
「あれだけスクールアイドルフェスティバルを望んでて、みんなの夢を叶えたいって言ってくれてたゆぅゆがそんなんじゃ……私達も、心の底から楽しめないよ」
少しだけトーンを下げた愛ちゃんの悲し気な声音に、胸を打たれない人が居るんだろうか。
太陽のような彼女を曇らせている、その事実に耐えられる人はいるんだろうか。
「だからさ、ゆぅゆ。いっちょ愛さんにぶちまけてみない?気になってる事。気に掛かってる事。八つ当たりでもなんでもいーよ。愛さんがどーんっ!と受け止めたげるからさ!」
そのうえで、全部を受け止めてくれようとするんだから。
そりゃあ、侑だって絆されるってもんで。
「……私は、愛ちゃんに励ましてもらえるような人間じゃないんだよ」
ぽつり、と。噤み続けていた口を、観念したかのように、開いた。
「愛ちゃんは、知ってた?歩夢が新しい夢を探してる事」
「……うんにゃ?そうなの?」
「そうなんだって。それをあの決起会の日に教えて貰った。教えられるまで、私は気が付かなかった。栞子ちゃんや、アイツは知ってたのに」
しらばっくれる愛ちゃんに気付かず、侑は両手を組んで俯きながら、吐き出しつづけた。
「私さ、歩夢が"一緒に夢を見て欲しい"って手を引いてくれたから、同好会に入れたんだ。歩夢が勇気を出して手を差し伸べてくれてなかったら、私は今ここに居ない。夢を持つことも、出来なかった。私はそんな歩夢を支えたいって、支えなきゃいけないって、そう思ってた。思ってた、はずなのに」
「歩夢の夢を探す手伝いは、私がしなきゃいけなかったのに。私は、自分の事でいっぱいになって……歩夢の傍を、離れちゃってた。それに、気が付かなかった。歩夢は――私だけのことを、頼りにしてくれてたはずだったのに」
「歩夢、凄いよね。スクールアイドルを始めてから、どんどん可愛くなって、どんどん綺麗になってる。引っ込み思案なくらいだったのに、今では初対面のファンの事とも受け答えできるようになって……アイドルとして、開花し始めてる。そう思っちゃうんだ」
「それなのに。私の手は、こんなに小さい。自分の事を少しでもやり始めたら、たちまち歩夢に置いてかれちゃう。支えて欲しいって歩夢の願いを――叶えられない」
「だから、今の私のこの夢は、不相応なの。歩夢の傍にいる余裕が無くなっちゃうんじゃ、ダメなんだ。一度始めた以上、スクールアイドルフェスティバルは、みんなの煌めく場所は、きっと作り上げる。それは絶対やり遂げる――でも」
「大好きな幼馴染一人を蔑ろにしちゃうような……夢を捨てようとしてるような私は……もう、楽しんじゃいけない。そう思わない?」
……吐き出しきった侑は、そこでようやく顔を上げた。
愛ちゃんに向けるその表情は、諦念に満ちている。
自分の醜さと、身勝手さ。迷惑をかけてしまったという罪悪感。それらが綯交ぜになって渦巻いている。
愛ちゃんは、それをまっすぐ受け止め……そして、口を開こうとしている。
……このまま愛ちゃんに任せとけば、きっとなんとかなる。確信をもって、そう言える。それだけワタシは、愛ちゃんを信じてる。きっと侑も、暖かく照らしてくれるって。ワタシの出る幕なんて、まったくないんだって。
――でも。
「思わない……とでも言って欲しいの?ばーか」
「……えっ!?」
ワタシは、挟まる事を選んだ。
エマさんに引っ張られたあの時とは違う。
義務感で動いたしずくちゃんの時とも違う。
100%、自分の意思で。
立ち止まってちゃ何も変えられない。
傷つくことも覚悟する。
うまく言えなくたって、拙くたって、いい。
ワタシがしたいことを、貫け。
ワタシの、ために。