ゆうぽむの間に挟まりたくねぇ!   作:ぁさ

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10-⑧

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……歩夢、さん……!」

「……え?栞子ちゃん?」

「ど、どうしたんですか?そんなに息を切らして……」

 

 

 私 ―― 三船栞子が歩夢さんを見つけ出せたのは、日が暮れ行く夕方になってからだった。

 伝手もなければ術もない。学内にいるかも分からない。気が付いていないのか、スマホのメッセージには既読すらつかない。そんな私に出来ることは、ただ愚直に走り回って探すだけ。この施設間の連絡通路で見つけられたのは、僥倖だとすら言えるだろう。

 隣にいるせつ菜さんの存在に、少し躊躇いが生まれる。これから私は、きっと意味不明な事を言うだろう。せつ菜さんに呆れられると思うと気恥しさが募る。

 ……けれど。

 

 

「歩夢さんが……立ち止まっている理由を、聞かせてください……!」

「……えっ?」

 

 

 私はもう、まっすぐ突き進むと決めたから。

 数多の不安を踏みつぶして、歩夢さんへと、"一歩"を踏み出した。

 

 

「私は歩夢さんのお手伝いがしたいと、このイベントの準備に参加させていただきました。慣れない事も、大変な事もたくさんありました。上手く行かない事も、悔やむ事もありました……けれど。歩夢さんが、いつも笑っていてくれたから。歩夢さんがスクールアイドルフェスティバルのステージで歌う姿が見たいから、頑張る事が出来ました」

「……栞子ちゃん」

「けれど……今の歩夢さんは、少しも楽しそうじゃありません。接する相手にこそ丁寧ですが、自分の事になると途端に意気消沈されて……」

「…………」

「私のような付き合いの浅い、同好会メンバーでもない部外者が、口を挟むべきじゃないのかもしれません。それでも……今の歩夢さんを見ているのは……辛い」

 

 

 一言絞り出すだけで、胸が苦しくなる。この人に嫌われるかもしれないと思うと、足が震える。

 

 

「私に解決できるかなんて、分かりません。けれど……」

 

 

 それでも……それでも!

 

 

「貴女の……力になりたいんです」

 

 

 それが……私の今の、やりたい事だから。

 

 

 

 

 

「……ありがとう、栞子ちゃん。私は……幸せ者だね。そんな風に思ってくれる人が、いるなんて」

 

 

 目を逸らさず見つめ続けた先で、歩夢さんはふわり、と微笑んだ。

 一瞬だけだったけれど……それは、私がいつも見ていたもの。

 私が大好きな、歩夢さんの暖かい笑顔だった。

 

 

「……なのに私が、いつまでもハッキリしないのは……皆に迷惑をかけ続けてるのは、ダメだよね」

「っ……」

 

 

 迷惑とは言っていない。そんな風には思っていない。

 ……けれど、それを伝える意味は無いだろう。少なくとも、今は。ただ曖昧に微笑まれるだけなのが眼に見えている。

 

 歩夢さんは、せつ菜さんと私、両方を視界にとらえるように立ち位置を変えた。

 バッグを抱きかかえたその手に、力が入る。歩夢さんの緊張が、見て取れるようだった。

 

 

「……私がスクールアイドルを始めたのは、たった一人のため……侑ちゃんのためだけだった。スクールアイドルに夢を見つけかけていた侑ちゃんが、それを手放しそうになっていたから。それを繋ぎ留めたいと思ったから。私は、スクールアイドルになろうと思った……」

「…………」

「もちろん、私自身がやってみたいって気持ちにもなってたからなのもあるけど……せつ菜ちゃんのステージを見たから。心を、奪われたから」

 

 

 せつ菜さんも、私も、話を遮る事は無かった。

 今はただ、歩夢さんの言葉を待ち続けた。

 

 

「だけど……今は変わってきてて。こんな私を良いって、応援してくれる人がたくさんいて。その気持ちが嬉しくて、大切で……今は私の大好きな相手が、侑ちゃんだけじゃなくなってきて……」

「…………」

「だから私も、そんな大好きな皆に相応しい、もっと素敵な私になれるように……新しい夢を、見つけたくなってきて……そんな風に、思い始めてて……」

「…………」

「……だったのに。この前、侑ちゃんに押し倒されたときに……」

 

 

「えっ?」

「えっ?」

「……え?」

 

 

 静聴するつもりでいたのに、思わず声が出てしまった。

 

 何とも言えない空気が3人の間を通り抜ける。せつ菜さんの視線も落ち着かなくなっている。

 ……え?えっと?あの……これ、聴いてしまって良い話なのでしょうか……?

 

 

「……あっ!?ち、違うの!変な意味じゃないの!そういう空気があったわけじゃなくて、流れっていうか、もっと緊迫した状況だったっていうか!場所も部室だったし、全然雰囲気無かったっていうか!あ、あの……とにかく、誤解!誤解だから!変な言い方してゴメンね!?」

「そ……そうなんですか?」

「い、いえ、その……わ、私は気づいてましたよ!?」

「何に!?じゃなくて……こ、こほんっ!」

 

 

 わざわざ言葉で咳払いして、歩夢さんは強引に雰囲気を元に戻そうとした。

 正直、こんな状況に身を置いたのは初めてだった私としては大いに助かる。せつ菜さんの顔はまだ戻り切っていないけれど……私も似たようなものかも知れない。

 ともあれ、歩夢さんは後ろ髪を触りながら、仕切り直した。

 

 

「えっと……ごめん。その時、侑ちゃんに言われたんだ。"私が知らない私になるのが怖い"……って」

「……それは……」

「その後、侑ちゃんは忘れてくれって謝ってきたんだけど……どうしても、それが心に残っちゃって……」

「…………」

「侑ちゃんのためにスクールアイドルになった私は、侑ちゃんが望まない形に変わっちゃっていいのかな。いま私を応援してくれてる人たちも、そんな私を好きになってくれたんだから……変わらない方が、良いのかな」

「…………」

「そんな風に考え始めたら……あはは。なんだか分からなく、なっちゃった」

 

 

 力なく笑う歩夢さん。

 

 "誰かのために"。

 それが彼女の原動力であったはずなのに……それを慮るが故に、動けなくなってしまっている。

 どこまでも、不器用で……優しい人だった。

 

 

「……ありがとうございます、歩夢さん。教えてくださって」

「……ううん。情けないところ見せちゃったね……ごめんね」

「いいえ。けれど……言わせていただきます」

 

 

 何を言われるのか。そう身構えたのだろう、歩夢さんのカバンを抱える腕に、一層力が入る。

 それに絆されないように。私は、ぐっと、歯をかみしめた後。

 

 

「貴女は ―― もっとワガママになるべきです」

「……え?」

 

 

 想いを、吐き出した。

 

 

 

 

 

「変化を恐れる気持ちは理解します。誰しも心に秘めるものですから。けれど……少なくとも私は、歩夢さんが我慢してまで、変わる事を諦めて欲しいとまでは思わない!」

 

 

「歩夢さんが一歩一歩、遅くても前に進み続ける姿に勇気を貰った!誰かとの差を実感しても悲観したり羨んだりせず、純粋に相手を讃える姿を誠実だと感じた!自分の好きなものを語る姿を……素敵だと、感じた……!」

 

 

「……けれど、これは私という一個人の感想にしか過ぎません。他のファン……今日子さん達と話せば、きっと違うところが好きだと、もしかしたらここは苦手だと、そんな差異が出てくることでしょう。ファン全員が、統一的な意志を持っているわけではない……もっと言うなら、歩夢さんが自分が素敵だと思っているところを、好きになっているわけでも、ない。私達は、勝手に貴女を好きになっているんです」

 

 

「ならば、歩夢さんがそうしてはいけない理由も、ないはずです。私達のために、貴女が我慢する必要は、無いんです」

 

 

 

 

 

「でも……でも、侑ちゃんは……!私が変わっちゃうのが、嫌だって……!」

 

 

 やはり、足りないのだろうか。私の言葉だけでは。

 それでも、まだ私は、折れていない。

 

 

「……それは、本当に侑さんの望みでしょうか?ただ、動揺してしまっただけではないでしょうか?侑さんは……歩夢さんの成長を、喜ばない。そんな人なのでしょうか?」

「……それ、は……」

「侑さんの心情は、私には分かりません。けれど……私は。少なくとも、私は……貴女が何かを成す度、嬉しく思いましたよ」

「……でも……」

「もし。もし仮に、変わった先の歩夢さんが、誰にも受け入れられなかったとしても……私は、貴女を慕い続けます。それでは……安心できませんか?」

「栞子ちゃん……」

 

 

 

 

 

「そうですよ!歩夢さん!」

 

 

 

 

 

 あがく私に、苦悩する歩夢さん。

 停滞し始めたその場を吹き飛ばしたのは……あまりにも紅く激しい嵐だった。

 

 

「私も我慢しようとしていました。何かになりたいという気持ち……でも、結局止められないんですよね」

「せつ菜ちゃん……」

「というか、止めたのは歩夢さん達ですよね?人の後押しはするのに、自分は立ち止まるんですか?」

「えっ?えっと……その……?」

「あーあ。私が素敵になる分、もっと素敵になろうと頑張れると言ってくれたのになー?だから私も頑張ってるのになー?私ひとりが意識してたなんて悲しいなー?」

「えええええ!?そ、そんなことないよ!?いつだってせつ菜ちゃんは私の目標で、憧れで……!」

 

 

 慌て始めた歩夢さんに、せつ菜さんはクスリと笑う。珍しい、茶目っ気のある仕草だった。

 

 

「だったら……変わる事も、侑さんに分かってもらう事も、どっちもやっちゃえば良いんです。どっちも譲れないなら、どっちも」

「どっちもって……そんな……」

「だって、今回の事は単純です。ただ想いをぶつけるだけ。自分がしたい事を、伝えるだけ。止めちゃいけない、我慢しちゃいけないんです」

「…………」

「歩夢さんが……あの屋上で、私に宣言したみたいに、ね?スクールアイドルは、自分に嘘は付けないんですから」

 

 

 そこまで言って、せつ菜さんは拳をぐっと握り締めて。

 ぐいっと、前へと突き出して。

 

 

 

 

 

「始まったのなら、貫くのみ!!です!!」

 

 

 どこまでも力強く、そう宣言した。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 そして。それを聞いた、歩夢さんは。

 

 

「……止めちゃいけない、我慢しちゃいけない。自分に嘘は……つけない……!」

 

 

 ちゃりん、と。パスケースを揺らしながら、もう一度カバンを握り締めた後。

 

 

 

 

 

「……そうだね! ―― ありがとうっ!」

「え?きゃっ!?」

 

 

 

 

 

 せつ菜さんと拳をこつん、と突き合わせ。

 私の頬を、手のひらでサラリと撫ぜて。

 

 

 もと来た道の方へと、走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

「……ふふ、歩夢さんが元気になったみたいで良かったです!この後どうなるかはまだ分かりませんが……あぁなった歩夢さんなら、きっと何とか出来るでしょう」

「…………」

「それにしても栞子さんも熱かったですねぇ。真面目な方だとは思っていましたが、あんな一本気を持たれていたとは。不肖せつ菜、感動してしまいました!……あ、ごめんなさい、途中で口を挟んじゃって……!」

「…………」

「でも、あそこまで熱いとなると、歩夢さんと仲良くなられた経緯が気になっちゃいます。良かったら教えていただけませんか?」

「…………」

「……あの、栞子さん?もしかして怒ってます?」

「…………」

「……栞子さーん?」

 

 

 

 

 

「……ぷしゅう」

「しっ、栞子さん!?ま、まさか歩夢さんの最後のあれで……!?し……栞子さん……栞子さーんっ!!」

 

 

 

 

 

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