もう一人の幼馴染と別れて、数時間が経った。
気を紛らわせるようにあちこちのお店を歩夢と回って、けれどどうしても気分が乗り切らなくて。
何も買わないままに、こうして家路へとついている。
……マンションの前の階段は、もう目の前。あと少しで、家に帰り着く。
スクールアイドルに感じたトキメキも、きっと寝て起きれば、ひと時の思い出になる。
その時が迫ってきていることに……どうしようもない虚しさが襲ってきた。
「――やっぱり、難しいのかな。夢、追いかけるのって…」
「……侑ちゃん」
ぽつり、と呟いた言葉に、歩夢が心配そうに話しかけてくる。
あぁ。今日の私は全然だめだ。自分の事ばっかりで、歩夢も振り回してばっかりで……アイツにも、振り回されてばっかりで。
「アイドルやるって、そういうことでしょ?アイツも、無理だって諦めちゃったんでしょ?」
「…………」
「だって……すっごい辛そうだったじゃん。話してる時」
適当で意地悪で、いつだってマイペースなアイツのあんな姿……初めて見た。
夢が、破れた。その傷跡があんまりにも大きいんだって、思い知らされた。
あんな顔して"ワタシの事なんて気にしないで"なんてさ……ほんと、いい迷惑だよ。
「自分の夢は、まだ……ないけどさ。夢を追いかけてる人を、応援できたら……私も、何かが始まる!……そんな気が、したんだけどなあ」
「…………」
「そんなんじゃ、ダメなのかな」
「…………」
「それだけじゃ、ダメなのかなぁ」
「…………」
"もしかしたら何かがどうにかなるかもしれない"。
そんな浅い想いじゃ、何も変えられないのかな。本気でやってる人に、失礼なのかな。傷つく覚悟が、足りないのかな。
夢がない私は……夢のきっかけを見ることすら、おこがましい、のかなぁ。
「……2人で……」
「……え?」
いつしか足を止めていた歩夢が、何かを呟いた。
思わず私も立ち止まって、振り返る。
振り返った、その先を見て……無意識に、体が動かなくなった。
「2人で始めようよ!侑ちゃん!」
揺れながら、惑いながら。けれど、とてもとてもホンキの目をした歩夢が、そこにいた。
「私も見てたの」
「見てたって……」
「動画。スクールアイドルの……せつ菜さんのだけじゃなくて、たくさんの……」
……そっか。歩夢も見てたんだ、そっか。だから朝、欠伸してたんだ。
「本当にすごいと思ったよ!……自分の気持ちをあんなにまっすぐ伝えられるなんて!スクールアイドルって、本当にすごい!」
「歩夢……」
「私もあんなふうにできたら、なんて素敵なんだろうって!」
「……私"も"?」
私"も"って……なに?歩夢は何を言おうとしてるの?
「ごめんね、最初に言えなくて……本当は私も、せつ菜さんに会ってみたかった。けど会っちゃったら、自分の気持ちが止まらなくなりそうで怖かったの」
「歩夢……?」
「それでも……動き始めたなら。止めちゃいけない……我慢しちゃ、いけない」
目をつむり、何かを堪えるように震える。
"こんな歩夢の姿を見るのは初めてかも"、そんな事を悠長に考えていた私は。
「私、好きなの!」
そう言い放たれた瞬間。歩夢以外のすべてが世界から消え失せたのかと、錯覚した。
「ピンクとか、かわいい服だって……今でも大好きだし、着てみたいって思う!自分に素直になりたい……1人じゃ、無理かもしれないけど。2人なら、きっとできるから」
「あ……歩夢……」
「だから……見ててほしい」
歩夢は一瞬取った手をまた放して、階段を駆け上がって――振り返る。
何をするつもりなんだろう。何を始めるつもりなんだろう。
そんなドキドキが、加速度的に高まっていく。
――そして。
「私は!――スクールアイドル、やってみたい!」
そしてその宣言と一つの深呼吸の後に始まった、歩夢の歌に。
精いっぱいの、誰よりも可愛く素敵な唄に。
私は天にまで届くほどのトキメキと、真っ白で広大な未来の可能性を、叩き込まれた。
*********
い…………
い…………
いよっしゃぁぁぁぁぁあ!逆転勝利ィっ!マーベラスっ!超っ!エキサイティィィングっっ!!
あー怖かった!マジでどうなるかと思った!でもやっぱワタシの目に狂いはなかった!歩夢ちゃんまじえんじぇー!!
いやもう生徒会長のちょっかいで"原作"と違う展開になり始めたときは終わったかと覚悟したわ……"スクールアイドル同好会設立の失敗談"とかマイナスイメージにしかならんエピソードを公開する羽目になるとは……
< 一回同好会作るのに失敗してます! >
< やっと作れたけど潰れそうです! >
はっはぁ、この同好会で煌めく青春を送れるイメージがまるで湧かない。
ワタシが起業家だったらもう詰みでしょ。どんな金融機関なら融資してくれんのよ。
とはいえ結果的には"ワタシが同好会に関わらない理由"を関係悪化せずに伝えることができ、尚且つ自然に2人きりにする流れに乗れた。ずっと悩んでた懸念が払拭されたわけだ。
これでワタシは晴れてフェードアウト。そこから先がどうなるかは完全に天に任せるしかなくなったんだけど……
うん!任せるべきは天なんかじゃなく信頼できる幼馴染だったわ!!
ありがとう侑!あんだけネガティヴになってもスクールアイドルへの希望を捨てないでくれて!
ありがとう歩夢ちゃん!スクールアイドルになりたいって想いを貫いてくれて!
あと横槍してくれてありがとう生徒会長!!キミのおかげでご飯が美味いっ!!
……そうして終わった歩夢ちゃんのソロリサイタル。
静かに一人寂しく涙を流すワタシとは異なり、パスケースを受け取った侑は歩夢ちゃんと2人で、一緒にマンションの入り口へと消えて行った。
"いつだって私は歩夢の隣にいるよ"? はー言ってくれますねぇ侑くんってばぁ!
ちゃんと決めてくれたお礼に揶揄うのは止しといてやるよぉ!
「…………はふぅ」
あぁ……良い。良いなぁ。やっぱ良いよ2人とも。最高だよ。
是非ともこのまま"例のあの回"まで突っ走っていってね……生きる希望になるから……
でもなぁ。あれ、侑の部屋でやるんだもんなぁ。流石に見れないよなぁ。
……監視カメラとかは、流石になぁ。
ま、今はいいや。今は浸ろう。この果てしないトキメキに。そしてさっさとお家に帰ろう。きっと今日のご飯は格別だろうから。
「よいしょっと」
そうしてワタシはかぶっていた迷彩柄パーカーのフードをとり、 2人から見えないように潜んでいた近くの茂みから立ち上がり、 達成感に身をゆだねながら大きく伸びをした。
うーん、やっぱりCP観劇は生に限るね!こんな時のために日夜スニーキングスキルを高めておいて良かった!こんなにすがすがしい気持ちはほんっとーに久しぶり!
――あぁ!やっぱ、ゆうぽむの間には入りたくないなぁ!
*********
――エレベーターの中は、心地よい沈黙に包まれている。
小さく、しかし確かなトキメキのカケラを受け取った侑。
小さく、けれど確かな一歩を踏み出した歩夢。
どこに向かうかは分からないけれど、面白そうな未来への幕が上がった。
その確信と高揚が循環し、濃密な幸福感となって、ココロを浸していた。
――その桃色のセカイに、ぽとりと、一滴の澱みが混じる。
(……きっと……)
(……きっといつかまた、あの子も)
(もう一度、胸を張って……スクールアイドルに関われるように……)
(……きっと……一緒に……)
場違いで筋違いなその色は、彼女達の描く虹に歪みを齎すのか。
それとも滲みにすらなれず、色鮮やかな色彩に呑まれて消えるのか。
その行く末を知るものは、この世界には1人としていなかった。
最初に書こうと思っていたところまでは書けたので、これにて一旦完結となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。