ゆうぽむの間に挟まりたくねぇ!   作:ぁさ

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11-⑤

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 お台場を熱狂の渦に巻き込んだスクールアイドルフェスティバルは、遂に終幕を迎えた。

 退場案内も終わった虹ヶ咲学園は、つい数時間前に響いていた歓声がまるで幻だったかのように、静寂に包まれている。

 その最後のパフォーマンスが行われたステージ。それを見上げながら、私は一人で佇んでいた。

 

 

「身体、冷やしちゃうよ?」

「あっ……ありがとうございます」

 

 

 そんな私に ―― 三船栞子に、虹ヶ咲学園のジャージの上着が手渡される。

 その主は、上原歩夢さん。

 東雲、藤黄、虹ヶ咲。そのすべてのスクールアイドルが集う最後の最後のステージで、中央に立っていたその人は、色違いのジャージの下に私と同じくフェスTシャツを身に着けたままで隣に並び、大きく腕と背筋を伸ばした。

 

 

「うー、ん…………っはぁ!楽しかったぁ!」

「ふふ……」

「もぅ、笑ったぁ。栞子ちゃんは?」

「もちろん楽しかったですよ。えぇ、とても」

「ふふふっ!良かった!」

 

 

 渡されたジャージに袖を通しつつ、改めて空っぽのステージを眺める。

 本当に……本当に、楽しかった。目を閉じれば、すぐさま鮮明にあの光景を思い浮かべることが出来る。

 

 ステージに立つ皆さんも。

 盛り上がる観客達も。

 その観客達の中で、ステージを今のように見上げる、私も。

 

 

 

 

 

「……ねぇ。勘違いだったらごめんね?」

「はい?」

「もしかして……栞子ちゃんも、ステージに立ちたかった?」

 

 

 切りそろえたショートカットを勢いよく揺らして、歩夢さんへと顔を向ける。

 その疑問は、自分でも意外に思うほどに、胸を抉ってきていたから。

 

 

 

 

 

「……なぜ」

「ステージってね、観客席がすっごく良く見えるんだ」

「…………」

「最後の歌の時の栞子ちゃんの、私達を見る顔が、なんだか……何かを我慢してるみたいだって、思ったの」

 

 

 訊いてみれば、返ってきたのはあまりに根拠のない言葉。切って捨てようと思えば簡単にできる、ただの一片。

 

 けれど、それを発した歩夢さんの瞳は、どこまでも澄んでいて。

 その身に満ちる思い遣りが、これでもかと込められていて。

 私に、それを無下にする意思は、持てなくて。

 

 結果、その言の葉はするりと私の懐に潜り込み ――

 

 

「……分かりません」

 

 

 心を縛る鎖の一つを、軟く、絆した。

 

 

 

 

 

「……私は昔、スクールアイドルに憧れていました。正確には、あるスクールアイドルに、ですが。その人が歌う声に、舞う姿に、いつも心を躍らせていました。自分もいつか、その舞台に、立ってみたい……そう思っていました」

 

「……けれど、その人は。彼女は、スクールアイドルの適性に選ばれていなかった……」

 

「万全を期して臨んだラブライブで惜敗し……あられもなく、泣いていました。泣いて、いたんです」

 

 

「それを見た私は……ある考えを抱くようになりました」

 

「憧れのあの人すら、悲しみに溺れた。ならば、彼女に劣る私も同じ結末を迎えることが目に見えている」

 

「適性のないことを続けていても、いずれ心折られ、涙する時がくる」

 

「それなら、最初から自分に合った道を選ぶことこそが正解なんじゃないか、と」

 

「リスクを避け、成功率の高い妥協した望みを掴む。そんな無難で安定した選択が、中途半端にお利口な自分には分相応なのではないか、と……そう思ったんです」

 

 

「それ自体は間違った生き方だとは思いませんが、他者にまで押し付けるつもりもありません。寧ろ、何かに一生懸命になっている人ならば、その後押しをしたい。そう思っています。もし次のスクールアイドルフェスティバルがあるなら、また手伝わせていただきたい……それは自信を持って言えます……ですが……」

 

 

 

 

 

 そこで話を区切り、改めて正面から、歩夢さんに向き直る。

 

 

「…………歩夢さん。私は一つ、貴女に隠し事をしていました」

「え?隠し事?」

「私が最初……あの河川敷の清掃ボランティアをしていた際に出会ったとき。歩夢さんと交流を持とうと思ったのは……心配から、なんです」

「……心配?」

「歩夢さんが……」

「うん」

「……私がかつて憧れた人と同じ……スクールアイドルの適性が豊かではない方だと……そう思ってしまったんです」

 

 

 私が胸に潜め続けてきた、あまりに失礼に過ぎる事実。

 言わなければ知られることもなかっただろう、見下されていると思われても仕方ない懸念。

 

 けれど、出会ってから今に至るまで浴び続けてきたこの人の善性を前に、打ち明けるなら今しか無いと、そう思わされてしまった。

 この罪を抱えた者が、歩夢さんの側に居るのは、自分といえど……いえ、自分だからこそ、許せなかった。

 

 

「う……うーん……流石にハッキリ言われると、ちょっと堪えちゃうかも……」

「……怒らないのですか?」

「だって、事実だし。同好会の中じゃ個性も薄いし、身体能力も全然だし……あ、でも体力は最近ついてきたんだよ」

「……朝のランニングのおかげ、ですね」

「そうだね。栞子ちゃんにも体力管理やアイシングの方法教わったりしたし……あ、あれってそういうこと?へっぽこな私が見てられなかったんだ。ふふ、やっぱり栞子ちゃん、優しいよね。心配してくれてありがとう!」

 

 

 けれど、歩夢さんは柔らかな態度を崩さない。それどころか自分を褒めそやしてくる。

 責められることを覚悟していたのに。どこまでお人好しなんだろうか。安堵と共に理不尽にもわずかな呆れを覚えた私は、思わずため息をついた。

 

 

「……貴女という人は……えぇ、そうですよ。危なっかしい歩夢さんが見てられなかったんです。いつか怪我するんじゃないか、挫折してしまうのではないか、そう思っていたんですっ」

「…………うぅ」

「……自分で言わせたのに凹まないでください……」

「えへ」

「…………」

 

 

 いつもは周りに振り回されてばかりいるくせに、自分と相対した時はまれにこうして揶揄ってくる。

 私の抱く罪悪感を奪おうと、わざとやっているのかもしれないけれど。

 あまり他人には見せないその姿を見せられている事に、少しだけ心の奥をくすぐられ……そのことにまた、私の口は、緩み。

 

 

「……けれど、歩夢さんは歩き続けられました。上手くいかなかったり、周囲との差に落ち込んだり、時には誰かとすれ違ったり……それでも、足を止めずに、ひたすら前へ」

「……それは、私がそれしか出来ない不器用なだけかもだけど……」

「それでも、です……そんな歩夢さんだから、見てみたくなったんです。貴女が作り上げる、ステージを」

 

 

 細めた目の奥に焼き付いた、光を思い浮かべ。

 

 

 

 

 

普通の(わたしのような)少女でも、想いを貫けば、きっと煌めくことが出来る ―― そんなスクールアイドルの可能性を……見せて貰いたかったんです」

 

 

 私が勝手に、歩夢さんに託していた願いを。

 ついに、告白した。

 

 

 

 

 

「……そっか。それで、私はお眼鏡にかなったの?」

「えぇ。私の節穴な目を矯正するには十分すぎるくらいに」

「それでも……まだスクールアイドルには、なれない?」

「……はい。あの時、彼女が流した涙の痕は、まだ私の心に残っているようです。これが消えなければ、私はまだ……胸を張ってスクールアイドルになりたいとは……言えない……」

 

 

 適性のない事を続けていても傷つくだけ。

 その恐れの暗闇は、決意を貫いた桃色の光によって祓われた。

 

 けれど……視界が晴れたからこそ、良く見えてしまう。

 

 大好きな人に後悔の涙を流させた、"スクールアイドル"という存在自体への、雁字搦めになった想い。

 その呪縛が、まだ。

 まだ何本も、鎖となって、この身を縛り付けている。

 

 ……まったく、堅物な自分が、嫌になる。

 ステージで煌めいていた皆さんとは大違いだ。

 

 

「…………」

 

 

 そうして俯く私を、前にして。

 歩夢さんは、何を否定することなく。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ちょっとだけ予習しよっか」

 

 

 今再び、そう告げた。

 

 

 

 

 

「……え?」

「予習は大事だよね」

 

 

 呆気に取られる私をよそに、前面の装飾が無いところからステージへとよじ登る。

 

 登った時に服に付いた汚れを軽く払ったスクールアイドルは、観客へと向き合い……そして。

 

 

 

 

 

「スクールアイドルフェスティバル、後夜祭!スクールアイドル体験会の始まりです!あなたもステージからの景色を見てみませんか?未経験でも大丈夫!心のままに歌ってみましょう!」

 

 

 高らかに。両手を広げて、そう宣言した。

 

 

 

 

 

「……歩夢、さん?いったい、何を……」

「……スクールアイドルには、まだなれない。それは分かったよ。だから、無理に誘ったりしない。悲しい過去だったとしても、栞子ちゃんの大切な思い出だから。どんな結果になるにせよ、栞子ちゃん自身が納得できる答えを出すべきだと思う」

「……はい」

「でも、迷ってるってことは……スクールアイドルになりたいって気持ちも、確かにあるんだよね?」

「…………それは…………」

 

 

 嘘が苦手な私は、どうやら誤魔化すのも不得意になってしまったらしい。

 あからさまに言い淀んだ私を見て、歩夢さんは……慈しむように、笑んだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日だけ。いまこの時だけ、何も考えずに、スクールアイドルになってみない?スクールアイドルフェスティバルは、みんなの夢が叶う場所。栞子ちゃんの夢だって……叶えて、良いんだよ」

 

 

 

 

 

 ドクン、と。胸が弾む。

 

 だって。

 だってさっきまで、このステージの前に佇んで。

 ひとり、幻視していたのは。

 

 舞台の上で。

 私も……歩夢さん達と、踊っている

 

 そんな、ありえない光景、だったから。

 

 

「それにね?私は、栞子ちゃんを無理にスクールアイドルには誘わないけど……スクールアイドルの栞子ちゃんを見てみたいし、一緒にやってもみたいんだ」

「……えっ」

「だから……お願い!私のためにも、ちょっとだけやってみてくれないかな?……だめ?」

「…………」

 

 

 そう言いつつ両手を合わせて小首を傾げ、上目遣いでこちらを見やってくる。

 

 なんなんだろう、この人。

 私に対しては、妙におねだりが上手くないだろうか。

 これも、彼女が意固地な私をその気にさせるための方便やポーズなのかもしれないけれど。

 性格的に私以上に嘘がつけない歩夢さんの、本心が混ざっていることは間違いなくて。

 それが分かるから、どうしても嫌とは思えなくて。

 

 嫌、というより。

 寧ろ。

 

 

 

 

 

「…………あぁ」

 

 

 あぁ、悟ってしまった。

 

 

 

 

 私はこの先。

 

 スクールアイドルになろうとなるまいと。

 

 きっと、歩夢さんには、敵わない。

 

 

 

 

 

「…………ふふ。意外とワガママなんですね、歩夢さんは」

「もっとワガママになっていいって言ったのは、栞子ちゃんだよ?」

「……そう、でした」

 

「ダメだよ、自分の発言には責任を持たないと」

「口は災いの元、ということわざをここまで実感したのは初めてです」

 

「災い扱いは酷くない?」

「ワガママで後輩を困らせる先輩は、災いと言って差し支えないのでは?」

 

「やだぁ。"可愛い"と言って差し支えない、だなんて」

「中須さんみたいな聞き間違いをしないでください」

 

「じゃあ可愛くない?」

「歩夢さんは可愛いですよ」

 

「……え、えへへ」

「自分で促しておいて照れないでください。慣れないことをするから……」

 

「栞子ちゃんに言った手前、私も新しいことにチャレンジした方がいいかなって」

「志は立派ですが」

 

「なんにだって初めてはあるんだよ」

「まったくもってその通りですが」

 

「こうやって誰かをステージに誘ったのも、初めてだもん」

「…………」

 

 

「栞子ちゃん ーー 私と初めて、する?」

「…………はぁ」

 

 

 そこで今頃不安そうにしないで欲しい。

 これで結構、私も夢見がちなところがある。

 

 

「……ちゃんとエスコート、してくださいね?」

 

 

 気になってる先輩に手を引かれて……なんて。

 そんなヒロインめいたシチュエーションに憧れたことも、あったのだから。

 

 

 

 

 

「……!うんっ!」

 

 

 繋いだ手を楔に、ステージへと登る。

 一段上がるだけで、空気が薄くなった気がする。そんな緊張感が私を包む。

 けれど。

 隣の人と未だ離れぬココロが、その苦しさを春の日差しのように癒してくれた。

 

 

「……もし。もし栞子ちゃんがスクールアイドルをやることになって。それでもし、すっごく後悔して、傷つくようなことがあったら……私に怒って良いからね?」

「……しませんよ、そんなこと。やると決めたなら、自己責任です」

「強いなぁ……じゃあ、代わりにじゃないけど、そんな時は栞子ちゃんの手を握らせてくれると嬉しいな」

「……手を……?」

「私が今ここにいるのは、栞子ちゃんのおかげでもあるんだよ?みんなが、栞子ちゃんが、私を支えてくれたから、栞子ちゃんが望んだ景色を見せてあげられた」

「…………」

「私達は、一人だけど、独りじゃない。栞子ちゃんが本当にひとりじゃ立てなくなったら……私にも、支えさせて?」

「……歩夢さんは、拒んでも来られそうですが」

「そ、そんなことないもん」

 

 

 ……本当に、気遣い屋で、愛が重い。

 この人に支えて貰えるなら、どれだけ安心できるだろう。

 まったく、常に想われているあの人が羨ましい。

 息苦しくなりそうだ。

 

 

「……そういえば、聞きましたか?」

「え?なにを?」

「他校のスクールアイドル部から、たくさんメールが届いているそうですよ。次があるなら自分たちも出たい、と。一般のファンの方からも楽しかったという感想が山ほど。日本のみならず、海外からも」

「…………え」

「おめでとうございます。スクールアイドルフェスティバル、大成功ですね」

 

 

 天王寺さんからここに来る前に伝え聞いた話は、やはり歩夢さんは知らなかったらしい。驚きのままに大きく目を見開いている。その様子も愛嬌があると思ってしまう私は、もうダメなのかもしれない。

 

 

「……そっか」

「……どうかされましたか?気になることでも?」

「ううん。ちょっと、思っただけ」

 

 

 少しだけ俯いていた歩夢さんは、すぐに顔を上げて。繋いだままの手に、更に少しだけ力を込めて。

 その手の中にあるものを、確かめるように、ぎゅっと握って。

 

 

 

 

 

「 ーー 始めて、良かった ーー って! 」

 

 

 

 

 

 花綻ぶように、そう笑った。

 

 その煌めきに。私の翼を縛る鎖がまた一つ、断ち切られる音がした。

 

 

 

 

 

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