コンフェッティア小話   作:タコのスパイ

4 / 7
 ペーパー(主人公)は絶対総受けだろ!という幻像を出力。
 まずはメインヒロイン(のはず)から。


キスのお題


 この遊園地(コンフェッティア)に迷い込んでからどれだけの時間が経ったのだろう。しがない女学生にして不運なる魂・デメトリアは何度目かも分からない疑問を頭に浮かべる。

 頭上を見上げても天井とも空ともつかぬ闇だけが広がっているばかりで、昼も夜も分からない。もちろん腕時計などという気の利いた物も持っていない。

 おまけにこの仮初の肉体(コスチューム)には体内時計も存在しないらしく、生身の肉体であれば感じる筈の空腹も眠気も全く感じないと来ている。もっとも後者については、今の状況では有難いと言えるかも知れないが。

 

「そもそも普通、遊園地って楽しい場所でしょうに。私達ずっと脅かされたり追い回されたりばっかりじゃないのよ……」

 

 思わず小声でぼやく。異常が蔓延る前のコンフェッティアの姿など正直想像も付かないが、流石に命――もとい精神の危険は無かったと信じたい。

 デメトリアは元々ホラー映画やお化け屋敷が好きだし、恐怖への耐性も同級生はもちろん大人達よりも強いと自負している。だが、さすがにお化け屋敷に住み続けたいなどとは思わない。脱出どころか死ぬ事すらも出来ない煉獄ともなれば尚更だ。

 

 自分()の現状が如何に芳しくないのか一通り回顧し、デメトリアは現実(生と死の狭間にあるというこの世界を『現実』と呼ぶべきかは疑問だが)に意識を戻した。

 眼前には色とりどりの巨大な積み木で囲まれた空間と、その真ん中に鎮座する屋台。そして屋台と引換券のやり取りをする子供。

 子供の背丈はデメトリアの肩くらいまでで、小柄な体躯を明らかにサイズが合っていないダボダボの白いコートに包んでいる。何より、その姿は画用紙で出来ていた。くるぶしまで伸びっぱなしの黒髪は鋏で形取られ、あどけなさと虚ろさを同時に感じさせる顔は白と黒の濃淡で塗り分けられている。

 本来なら自ら動く筈の無い、命など持つ筈の無いモノクロの紙細工――にも拘わらず子供は動いている。デメトリア同様、コスチュームの内に迷える魂を宿して。

 

「ペーパー、スイーツ買えた?」

 

 通り名を呼ばれた子供は振り返り、デメトリアの元へ歩み寄る。薄い両腕の中には、引換券と交換したロリポップやマカロン、カップケーキが山と抱えられていた。あのインチキルーレットのゲームに付き合った甲斐はあったという事か。デメトリアはその中からオレンジのカップケーキを取り上げる。ペーパーのほうはロリポップを選んだようで、残りのスイーツを肩掛け鞄に突っ込んでいた。

 近くの積み木に腰かけ、カップケーキを一齧りする。クリームの柔らかな甘味とオレンジの爽やかな苦味が口内に広がり、ささくれていた精神が幾らか落ち着くのを感じる。

 しかし落ち着いたところで先の見えない状況には変わりない。いつ異変が襲って来るか分からない以上、この場に留まるなどという選択肢が無い事だけは確かなのだが。口内のオレンジの皮を飲み込んでから、また溜息を付きそうになる。

 ――薄くて硬い何かが頭頂を撫でた。顔を上げると、いつの間に目の前に居たペーパーが背伸びしながら自分の頭を撫でていた。

 

「……ペーパー」

 

 声に応じるように、撫でる手を止めないままペーパーがデメトリアの顔を覗き込む。真っ黒な瞳からは相変わらず感情が読み取れなかったが、そこには黒だけではない、目に見えずとも確かな「気遣い」の色を感じ取った。

 自分より低い位置にある双眸(そうぼう)を見つめ返しながらデメトリアは思い返す。自分はペーパーに支えられっぱなしだ。出口が何処なのか皆目見当もつかないこのコンフェッティア。そこら中から異常が飢えた視線を飛ばし、出会う住人達も信用するべきかどうかまるで分からない。デリリーニなどは正にその筆頭である。

 そんな中でただ一人だけ心を許せる相手がペーパーだった。初対面の時は驚いて逃げたにも関わらず、その事について一切気にする様子無く一緒に行動してくれる姿が、自分にとってどれだけ救いになったか。寡黙かと思えば突拍子の無い発言をし始めるところも、まあ愛嬌である。少なくともデリリーニなどに比べれば遥かに可愛いものだ。

 

「ペーパー」

 

 再び名前を呼ばれ、撫でるのを止めるペーパー。不安げに眉根をひそめながら見上げて来る子供に対し、デメトリアは小さく首を振る。

 

「ああ違うの。嫌だったとか、そういうわけじゃなくて。……その、ありがとうね。君が居なかったら私、多分とっくに壊れてた」

 

 あのルーレット場で不平等なゲームに文字通り永遠に付き合わされるか。あるいは行き倒れた末に何処かの異常に魂を貪られるか。最悪、自分も異常に成り果てるか。いずれにせよ明るい未来は待っていなかったと断言出来る。

 デメトリアの告白にペーパーは一言だけ返す。

 ――お互い様。

 それを聞いたデメトリアは、思わず目の前の小さく薄い身体を抱き寄せた。温かくも柔らかくもない画用紙の小兵(こひょう)は簡単に彼女の腕の中に収まる。

 

「ごめんね。本当は私のほうがお姉ちゃんだから、しっかりしてなきゃいけないのに」

 

 声が仄かに震えているのがデメトリア自身にも分かった。

 急な事にぺーパーは目を瞬かせ、ややあってから赤いコートの肩をトントンと叩く。慰めるような仕草に堪えられず、デメトリアはモノクロの頬にキスを落とした。それは湧き上がって来た親愛と申し訳なさの表れで、デメトリア自身としても殆ど無心での行動だった。

 唇から紙の感触と黒鉛の味を感じる事数秒。ペーパーが何かを言いかけた瞬間――自分が何をしたのか気付いたデメトリアは弾かれるようにペーパーから離れ、直前まで座っていた積み木から転げ落ちた。その頬は茹だったように真っ赤に上気し、覆った両掌が燃えてしまうのではと錯覚するほど熱い。

 

「ペ、ペーパー! 今のは、その……何でもないのよ! だから、わ、忘れて! 忘れてちょうだい!」

 

 一方のペーパーは彼女の行動の意味を理解していないらしく、自分に背を向けて唸るデメトリアに首を傾げていた。その顔をまともに見る事は、今のデメトリアには到底出来ない。

 

(いやでも、ペーパーって男の子なの? 女の子なの? わざわざ聞くのも変かと思って聞かなかったけど、女の子だったら今のも別に問題は……いやいやいやいや、そういう問題じゃなくって!)

 

 ああでもない、こうでもないと自問自答を繰り返しながら真っ赤な顔を抑えるデメトリア。その様子を子供はいつも通りの無表情で、それでいて多少ばかり困惑を滲ませながら眺めていた。

 二人が気を取り直して積み木迷宮の探索に移るのは、あと数十分後の事。

 

 頬へのキスは親愛の意。




 デレトリアは癒し。
 チャプター1のラストが不穏でしかありませんが、どうか無事でいておくれ……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。