コンフェッティア小話   作:タコのスパイ

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 時系列的にはチャプター1直後です。


指先

 ――失敗した。

 鉛筆で描かれた口の奥に気道や肺があれば、大きな溜息が聞こえた事だろう。実際、今のペーパーは溜息の一つか二つでも()きたい気分だった。

 

 突然姿を消えたデメトリアを探して塗料工場を目指す道すがら、ガラス細工の魚や鯨が泳ぎまわる「クリスタル・アクアリウム」に迷い込んだのがそもそもの始まりだった。

 そこは安らぎの象徴たる青色を基調とするアトラクションであり、ぼんやりとした蛍光の下で水やビーズが揺蕩う幻想的な光景が広がっていた。普通であればゆっくり散策したい場所である。……が、例によって主役の筈の魚たちはほぼ全てが異常と化しており、ペーパーは来館直後から鮫の群れに追われ、ヤドカリに道を塞がれ、物陰から襲って来るウツボに肝を潰された。つい先程など、巨大なダイオウイカに水槽に引きずり込まれたのだ。

 

「いやぁ、凄かったねさっきの水飛沫に大波! 普段のショーでもあんな激しいのはなかなか見ないよ!」

 

 ダイオウイカの触腕はガラス製とは思えない程に柔軟で俊敏に動き回り、ペーパーを水底に沈めようと襲い掛かって来た。幸い、「正常」なままだったイルカたちの助けもあり、何とかダイオウイカを逆転(リバース)する事には成功したのだが。

 しかし紙の身体は水をたっぷりと吸い込んでしまい、何とか水槽から這い上がってからも殆ど動けずにいた。これで他の異常がまだ残っていたらと思うと、ゾッとする。

 

ダイオウイカ(あの子)も、本当はあんなに乱暴じゃないんだけどね。そりゃまあ……ちょっぴりお転婆かなぁってくらいで。でも君が遊んでくれたおかげであの子も落ち着いたみたいだし、良かった良かった!」

 

 コンフェッティアに外傷による死は存在しない。薄っぺらい画用紙で出来たペーパーの身体もどれだけの力で引っ張られようが裂けないし、針などで貫かれて穴が空く事も無いし、濡れて破れたりもしない。それこそ、前に進んで現状を打破しようという「心」が折れてしまわない限りは。

 だが、それでも(ふや)けた手足に力は入らなくなってしまう。恐らく時間が経てば乾くだろうが、現状は這うのが精いっぱいだ。

 周囲の水たまりからパシャパシャと足音がする。足音の主は当然ペーパーではない。

 

「びしょ濡れでも心配する事無いよペーパー、ガイド役にしてコンフェッティア(いち)のピエロでもある僕が付いてるんだからね! お客が安心して遊園地を旅出来るようにするのも仕事の内さ!」

 

 ――それにしても元気だなぁ。こちらの反応など確かめもせず一方的に喋り続ける彼に対し、率直な感想を抱いた。

 白地に青藍色のストライプ柄が入った道化衣装に身を包み、蝶を模した大きなネクタイが特徴の「自称」ガイド役・デリリーニ。神出鬼没に現れたり消えたりを繰り返す彼も、自分と一緒にダイオウイカに捕まっていた筈だが――いや、頭と胴を切り離されても平然と喋っていられるんだったか。

 しかしボタンおもちゃ屋で一度別れてから、どうして今になって再び現れたのだろう。

 

「それは勿論、我らがモノクロのヒーローの無事を確かめに来たんだよ。水槽に溶けた君を掬い集めるなんて、もう想像しただけで絶望的!」

 

 初対面でチェーンソー向けて来た癖に……と思わなくないものの、とりあえず心配してくれていると受け取ろう。

 だがグズグズもしていられない。雫の滴る身体に鞭を打って立ち上がろうとすると、デリリーニがそっと左手で制する。

 

「デメトリアが心配なのは分かるけど、無理に動いたら破けちゃうよ。僕が乾かしてあげる!」

 

 見上げるとその右手にはパイプやメーターが幾つも付属した機械が握られている。煌めく菱形のステッカーは見覚えがある気がする。

 

「ほら、エリオス――もしかしたら君も会った事あるかな? コンフェッティアの一流マジシャン特製の小型ドライヤーさ。あっという間に乾くし、熱くなり過ぎたりもしない優れ物なんだ」

 

 エリオスとはまだ映像越しで一度だけ話したきりだが、中性的な容貌の彼女の事はよく印象に残っている。少なくともデリリーニよりかはまともに話が通じそうだ。

 そんな事を思い返していると、鈍い機械音と共に温風が頭に吹き付けられてきた。なるほど、確かに熱過ぎず、風自体も強すぎない丁度良い塩梅である。

 

「実を言うとね、君が僕の事をまだ信用してくれてないのは知ってるし、それも当然の事だと分かってるんだ」

 

 自覚があった事に多少驚いたが、口に出すような事はしなかった。デリリーニの声に普段の軽薄さや狂気が含まれていなかったからだ。むしろ、何処となく訴えかけるような調子すら含まれている。

 温風の心地良さに浸る傍ら、彼の話に耳を傾ける。

 

「でも僕は君に好感を持ってる。嘘じゃないよ。僕は冗談も比喩も好きだけど、嘘は言わない。嘘だけは絶対に吐かない」

 

 ――彼はずっとこの場所(コンフェッティア)が嫌いだったんです。まるで異常に吞み込まれるのを望んでいるかのような……。

 エリオスはデリリーニの事をそう評していた。実際ペーパー自身も、彼の言動のそこかしこからガイド役にあるまじきコンフェッティアに対する嫌悪、あるいはコンフェッティアに関係する「何か」に対する忌避のようなものを少なからず感じていた。決してエリオスの誤解などではないだろう。

 だが本当にそれだけなのだろうか? 確かにコンフェッティアを幻像だと吐き捨てたデリリーニではあったものの、同時にその立ち振る舞いからは隠しきれない憧憬も滲んでいた。忌避と憧憬。彼のチェシャ猫のような笑顔の裏には、全く相反する二つの感情が見え隠れしている。一見ただ頭がおかしいだけに見える道化の本心は、果たしてどこにあるのだろう。

 ペーパーの問いかけに、デリリーニはほんの少し――本当にほんの少しだけ言葉を探すように黙り、そしてすぐに笑みを浮かべた。

 

「――さてね? それも含めて君の描くこのコンフェッティアの物語だ。僕が適当な口出しをしてしまって、君の視野と歩みとを狭める権利は無い」

 

 言いながらデリリーニはペーパーの右手を取り、その関節も爪も無い薄い指先にそっと口付けした。意外に暖かい掌と唇だな、と思った。

 

「ボタンおもちゃ屋に続き、クリスタル・アクアリウム、そして次はコンフェッティア工場。ここまでの道程はとても素晴らしかった……君がどんな結末を見せてくれるのかこれからも期待しているよ、コンフェッティアのスーパースターさん? あはは!」

 

 指先へのキスは賞賛の意。




 皆大好きクレイジーハイテンション男の娘、デリ君。
 言動を見ていると怪しさプンプンではあるんですが、何となく黒幕とも違うんじゃないかなーという感じがひしひしと。
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