コンフェッティア小話   作:タコのスパイ

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 褐色長身ミステリアスドSお姉さん。
 もう属性並べたてるだけでも強い。




「無防備ねぇ」

 

 何処にでも居て、何処にも居ない者。何処にでも行けて、何処にも行けない者。幻像(イリューシア)とはそのような存在だった。

 無数の蛾を侍らせた彼女は虚空より姿を現し、眼下の子供を見下ろす。モノクロの子供は柱に(もた)れ掛かりながら寝入っていた。黒い線で書かれた瞼は伏せられ、こっくりこっくりと舟を漕いでいる。完全に熟睡しているようで、イリューシアのブーツが立てる硬い靴音にも全く反応しない。

 

「せっかく異常の事も教えてあげたのに、これじゃ食べて下さいって言ってるようなものじゃない」

 

 ――君達もそう思うでしょ?

 言いながらイリューシアは周囲の暗がりに視線を走らせる。通路の奥や、開きっぱなしの扉の中、物陰。闇にひしめく目、目、目、目、目、目、目……異常達の無数の瞳は全て子供に向けられている。だが、襲っては来ない。

 異常とは揃いも揃って鈍感で意地汚く、我慢の効かないのが常だが、それでも最低限「生存本能」とでも呼べるものは存在する。そんな異常達の生存本能は、眼前の幻像(イリューシア)に歯向かってはいけないと告げている。そして当のイリューシア自身も、彼らに対し微笑と共に明確な殺気をぶつける。

 ――そこから一歩でも子供に近づけば存在ごと消してやる、と。

 暫しの間があって、異常が一体、また一体と闇の中に溶け込んでゆく。やがて全ての眼球が見えなくなったのを確認すると、イリューシアは子供に視線を戻した。やはり目を覚ます様子は無く、自分が先ほどまで食欲の対象とされていた事すら知らないようだった。

 イリューシアはその姿に息を吐く。一見暢気にも思えるものの、経緯を考えれば無理からぬ事ではある。

 このコンフェッティアに肉体的な外傷や苦痛は存在しない。だが精神的なものは別だ。むしろ魂を保護する入れ物が無い分、恐怖と絶望によって(もたら)されるショックやトラウマが直接的かつ深刻な傷となって魂に刻み付けられる。

 今イリューシアの前で寝息を立てている子供・ペーパーも同じ事。逃げても追って来る異常に対する恐怖、見つからない出口に対する焦燥感、そして同行者(デメトリア)と逸れた孤独感によって蓄積された精神的疲労が限界に達してしまったのだ。所詮薄っぺらな紙の器では、生まれ持った肉の身体の代わりには成り得ない。

 

「何にしても、私に見つけてもらえて感謝してね。じゃなかったら今頃、君は異常のお腹の中だったんだから」

 

 ペーパーの脇に膝を付き、聞こえていない事を承知で囁く。

 実の所、イリューシアの権能に掛かればこの場……いや、コンフェッティア中に巣食う異常を一体残らず消去(デリート)する事など容易い。それこそ、一日と掛からないだろう。

 だが、それでは駄目なのだ。イリューシアには、異常を逆転(リバース)して元の姿に戻す事は出来ない。イリューシアが望むコンフェッティアの姿は煌びやかな幻像に満ちた遊園地であって、虫食いだらけの暗鬱とした廃墟ではないのだから。

 そこでペーパー――主人公の出番なのである。異常を逆転(リバース)する唯一の触媒たる紙器を扱えるのは来園者だけ。紙器を持つ来園者はペーパーだけ。そしておまけに、何故か(こればかりは本当にイリューシアにも理由が分からない)モノクロの仮初の身体(コスチューム)を纏うかの子供の元には、黒い塗料を喰らわんとする異常どもが自ら群がって来る。

 異常を一掃し、コンフェッティアを正すにはこれ以上ない程の好条件が揃っている。ペーパー自身がそれを望んでいるかは別だが。

 

 ――尤も、そういった打算を抜きにしても。

 闇の中を舞い飛ぶ蛾は光に惹きつけられるもの。この狂気と混沌に支配された坩堝の中、仄かな輝きを放つ無垢な魂はイリューシアの視線を捉えるには十分だった。当のペーパーからは多少恐れられているかも知れないが、関係のない話である。

 狂気に支配されたコンフェッティアで、真に頼れる者は限られている。姦しいデリリーニは問題外としても、マジシャンのエリオスも、蛸のウーウーも、塗料工場に住む双子姉妹も同じ事。デメトリアとやらは子供にとって最大の心の支えだが、本人はただの無力な魂の一人に過ぎない。その彼女がペーパーの前から消えた今、子供が最終的に頼る事が出来るのは自分だけだ。

 そう考えるたび、イリューシアはゾクゾクと昏いものが背筋を走るのを抑えられなかった。四本の腕で思わず自らの身体をかき抱く。

 

(異常を笑えないわね)

 

 自嘲しつつ何度か深呼吸をする。自身の抱擁を解き、右前腕(みぎまえうで)をペーパーに伸ばす。紙切れ一枚の薄っぺらな胸と腹を掌で撫でる。肋骨も胸筋も何もないその内側には、拠る所の無い孤独で幼い魂が収まっている。

 この魂は誰にも渡さない。異常共はもちろん、デリリーニにも、デメトリアにも、他の誰にも。

 口端を歪めて屈みこみ、前胸部――魂のすぐ上に唇を押し当てた。勿論子供は自分が何をされたのか知る由もない。だがそれで良い。

 

「一応言っておくけど、私は君の『味見』を諦めたわけじゃないのよ? ……でも待ってあげる。君がコンフェッティアを救うか、あるいは途中で壊れて駄目になってしまうまで。だから頑張ってね」

 

 ――私に食べられてしまわないように。

 何時の間に現れたのだろうか、大小何十匹もの蛾が二人の周囲を取り巻いていた。羽搏くもの、壁や柱に留まるもの、(イリューシア)の肩や腕に纏わるもの。その何対もの触角と複眼は、全てペーパーに向けられていた。

 

 胸へのキスは所有の意。




 あのウミウシの絵はやっぱりそういう事なんじゃないかなーと。
 でも今後の展開で行動原理違ってたら笑ってやってください。
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