私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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第25話 病床に伏したるは

 それから少し後、私は晴明翁に付き従って、内裏へと足を運んでいた。

 

 内裏とは、簡単に言うと帝の住まう住居である。このように説明すると豪邸のようなイメージを感じさせる言葉の響きだが、実際にはそんなものではない。

 南にある門──建礼門の外から覗く内裏は、まるで一つの大きな校舎のようだった。建礼門のさらに内側にある承明門は学校でいうところの昇降口のような役割を果たしており、そこから屋内に入ることができる。そこを抜けると、その先には細かい丸石が詰められた中庭が広がり、中庭の中央に二本の木が植えられていた。さらにその奥に視線を走らせると、何棟かの平屋が立ち並んでいるのが見える。

 今やすっかり修繕された神泉苑を通り抜けて門をくぐると、流石の私もピリッと雰囲気が変わったのを感じた。

 

 

「…………結界ですか」

 

 

 六眼を持たない私は、基本的に呪力を()()することができない。

 もちろん視認さえすれば呪力は見えるし、残穢についても凝視せずとも確認可能だ。ある程度強力なら呪いの気配を感じることもできる。だが、見えていない呪力を位置まで正確に把握することはできないし、私がそこまで正確に把握できるほどの呪力があるとすれば、それはもう明確に「何かある」と考えた方が良い。敵の罠とかな。

 これは私が呪力感知の才に乏しい訳ではなく、六眼が特別なのである。他の連中は残穢を意識しないと視認できないというレベルのヤツもいるし、私はそういう中では勘が良いほうだと言えるだろう。

 そして──そんな十人並みの感知でも、結界については割合明確に察知できるものである。帳が下りれば術師ならすぐに分かるものだ。何なら、非術師でも勘のいいヤツなら「何か悪寒がする」という反応を示したりするくらいだし。

 

 内裏の中も、呪術的に重要な施設の御多分に漏れず結界が展開されていた。確か高専も結界が張られていたくらいだし、こういう施設には結界が張ってあるのかもしれないな。

 入った瞬間に感じた"呪力を舐められるような感覚"からして……おそらく、登録してある呪力と照合してイレギュラーな来訪者かを判別しているのだろう。それだと羂索のような肉体を乗り換えるタイプの術師に対応できないし、たとえば私は元は藤原氏の所属だから登録されている訳だが、そんな私が裏切ったりしたら素通りだ。そういう意味では脆弱性のある仕様だが……いや、対象の移動速度や方向、呪力量も計測しているのか? これは。まぁまぁよくできているな。

 

 

「尊よ」

 

 

 何にせよ、良く練られた結界である。感心しながら晴明翁の三歩ほど後ろを歩いて付き従っていると、不意に晴明翁が私の方へ問いかけて来た。

 

 

「はい」

 

「オマエはこの結界、どう見た?」

 

 

 ……? 問いの意図がよく分からんな。何か綻びでもあるということか? 脆弱性は確かにあるが、内部にも優れた近衛の呪術師がいることを考えれば十分だろう。あまり結界を高精度に練り上げ過ぎても、縛りの関係で持続コストがかかるし。経常的に運用する結界ならこのくらいが技術水準的にも限界ではなかろうか。

 もうちょっと術式について詳しく分析する時間があれば、「私ならこうする」というアイデアくらいは出るかもしれないが……まぁ別に帝に対して義理がある訳でもないしな。そこまで肩入れする必要性も感じられない。

 

 

「良く練り上げられた、素晴らしい術式かと」

 

 

 なので、私は偽らず高評価を伝えることにした。それにまぁ、一応此処は帝のお膝元だ。妙なダメ出しをして近衛の誰かに聞かれていたりしたら相当気まずい。

 晴明翁は興味深そうに私のおべっかを聞いて、それから楽しそうにあご髭をしごいた。……なんだ。何をそんなに面白そうにしている?

 

 

「そうかそうか。……いやなに、尊が目新しい反応をするもので、ついな。うはは」

 

「どういうことです?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だがオマエは、随分平静を保っているものだと思ってなぁ」

 

「あっ」

 

 

 し……しまった! 「凄すぎてビビる」のが正解の反応だったか……!

 いや、確かによくできてはいるけど、私は天元の結界とか死滅回游とかの「世界の最高峰」を知ってしまっているので、その辺の上限値が高いというかな……。時間をかけて組めば私でもできそうとか、そういう風には……ちょっとしか思っていないぞ。

 

 

「申し訳ありません。主上のおわす御家に対し不敬でした」

 

「いい、いい。オマエの器はそれだけデカいということが分かっただけで良い収穫だ! それに結界を張っているのは帝じゃない。こんなものは不敬でもなんでもないさ。うははは!」

 

 

 晴明翁は相変わらず上機嫌だったが、私としては戦々恐々だった。

 ついうっかり不敬な態度が出てしまった。これから病床の帝の元へ行くのだ。この調子で不敬をかましてしまったら立場がヤバイ。途干支衆から除籍してもらうように働きかけてくれた晴明翁と叔父上には本当に感謝だな……。

 

 

「帝がいらっしゃるのは「清涼殿」だ。もう少し歩くぞ」

 

「……勝手に進んでしまっていいのですか? 一応此処は帝のお住まいなんでしょう?」

 

 

 この「内裏」は、ひとくちに帝の住まいといっても性格的にはお役所の方が近い。

 内裏の北側に位置する「七殿五舎」という帝の后が住まう一二の家屋もそうだし、南側は帝が日常の政務を行う為の施設も幾つも存在する。高貴な人が長時間大勢いる場所なので、安福殿のような薬師が詰める場所も存在している。

 当然、来客に対して対応するための人員もいる訳で……そういう連中を素通りして清涼殿(帝が普段住んでいるところ)に直行するのは、色々と問題なんじゃなかろうか?

 

 

「心配要らん。向こうに話は通っている。……それに、帝は今病床に伏されているからな。それも"疱瘡"。「穢れ」を恐れて、誰も同行したくはないだろうよ」

 

 

 吐き捨てるように、晴明翁は言った。

 まぁ疱瘡といえば伝染病だからなぁ……。誰だって怖いだろう。それに、この時代にはマスクもないのだ。ノーマスクで伝染病患者のところに行く。治療ということは長時間同じ部屋にいるということだろう。八月なので換気が十分なのはいいことだが(そもそもこの時代の住居は密閉性が低いので常時換気しているようなものだが)……それでも怖いものは怖い。

 私だって、晴明翁が傍にいなければ御免だっただろう。特に疱瘡は、たとえ治ったとしても醜い出来物ができてしまう、女としてはあまりにも嫌な病気だしな。

 

 

「了解しました。で、帝の病状ですが……」

 

「あまり悪くはないと聞いている。死病の類ではない。だが、疱瘡だからな……。帝の御身に何かあってからでは遅い。だから俺が呼ばれたわけだ」

 

「……なるほど」

 

 

 承明門から屋内に上がり、木張の廊下を歩いていく。

 安福殿の横を通って進んでいくと──やがて、物々しい内裏の中にあってさらに物々しい区画に差し掛かった。

 ……すぐに分かった。此処が、清涼殿──帝の住まう場所だ。

 

 

「さぁ、着いたぞ。尊、失礼のないようにな。まぁ問題ないとは思うが」

 

「はい」

 

 

 晴明翁に従って清涼殿に入ると、中は木目の床が広がった広い一室になっていた。

 横長の空間には幾つかの(ふすま)による"仕切り"が配置されており、これで疑似的に部屋を分けている。そして幾つかの部屋の向こうに、御簾(みす)によって遮られた空間が存在していた。

 

 

「安倍晴明、参上いたしました」

 

「…………来たか、晴明」

 

 

 御簾の向こうから聞こえて来たのは、まさに声変わり中といった調子の少年の声だった。

 ……晴明翁が敬意に溢れた態度を取っているからてっきりもっと年上かと思ったが……まぁそうか。一〇一六年に跡継ぎを産んだのなら、そのくらいの年齢計算になるか……。

 

 ずんずんと進んでいく晴明翁についていくと、晴明翁は御簾の前まで行くと膝をついて頭を下げた。

 私もそれに倣って、少し後ろで両膝を突いて平伏する。

 

 

「……? 横に誰かいるようだが……」

 

「は。私の従者として、術師を一人連れてまいりました。腕前は保証いたします」

 

「そうか……。名を名乗れ」

 

「……藤原尊にございます」

 

 

 名乗れと言われたので名を名乗ると、御簾の向こうで帝が息を呑んだのが分かった。

 

 

「……! まだ子どもではないか。大丈夫か? 晴明のことは信頼しておるが……」

 

「問題ございません。治療の担当はあくまで私。それに、この娘は結界術にかけては既に一流の術師をもしのぐ腕前……先ほども内裏の結界を見て「よくできている」などと言っていました」

 

「!! 晴明様!!」

 

 

 馬鹿野郎! オマエいきなりなんてことを告げ口しているんだ!? これで帝の不興を買ったらどうしてくれる!?

 

 

「ははははは! げほ、ごほ! ……ふぅ、ふぅ。良い、良い。威勢の良い娘だ、気に入った。オマエも同席することを許そう」

 

 

 慌てて晴明翁に抗議しようとした私を見て笑ってから、帝はそう言って場を収めてくれた。

 許された……。いやほんと、これでこの野郎ふざけんなみたいなことを言われたら…………、……まぁ、言われないから晴明翁も軽口を叩いたのか。私の心臓には悪かったが……。

 

 

「では、治療を開始します」

 

 

 そう言って、晴明翁は御簾をどける。どかされた御簾の内側では、帝が畳の上で横になっていた。

 やはり、幼い少年だ。大人びた口調ではあったが、その表情には死への不安がありありと浮かんでいた。……それはそうか。疱瘡は、下手をしたら死ぬ病気だ。確か、噂だと二人に一人は死ぬと言われていたはずだ。

 さらによく見てみると、帝の横顔に()()()()のようなものが浮かび上がっているのが確認できた。間違いない、帝は疱瘡にかかっている。

 

 

「尊、オマエはそこから近づくなよ」

 

 

 そう言って、晴明翁は私を制止した。おそらく、感染防止のためだろう。

 じゃあ晴明翁は感染しないのか……と思ったが、そこで私は合点がいった。そうか、晴明翁は既に感染済みなんだろう。確か、感染症の中には一度かかってしまえば抗体ができるものもあったはず。詳しくは知らないが、疱瘡も同じなのだろう。

 しかし、だとしてもどう治療するのだろうか。

 反転術式は毒やウイルスの除去に向いていない。向いていないだけで理論上は可能なのだが、それは毒やウイルスのことを科学的に認識している場合に限る。それこそ、術式効果か何かで毒やウイルスの存在を特定しながら反転術式を回すとか、全自動で反転術式が回っているとかでなければ不可能な話だ。

 まして反転術式のアウトプットでそれを実現するなど、夢物語といっていいだろう。……だが、この晴明翁の自信、何かあるのだろうか……。

 

 

「……私の術式の名は、()()()()と言います」

 

 

 ……赤血操術!? 晴明翁、加茂家の祖先だったのか!? いや……それ以前にこれは、術式の開示!?

 

 

「その名の通り、己の血を操る術式にございます。穢れを操る術式……余人からはそう見られるものですが、しかしこの術式はそれに留まらない力を発揮します。現に私も、この術式によって命を救われた……。……実を言うと、この術式は私の生来の術式ではないのです」

 

 

 帝はいまいち説明にピンときていないようだが、おそらくこの開示は私に向けてのものだろう。

 晴明翁は、構わずに続ける。

 

 

「かつて、私は己の失敗の為に死に瀕しました。しかしそこで、私の師によって生かされた。その師が操っていた術式こそ、赤血操術だったのです」

 

 

 師の術式……? ってことは、術式の模倣が晴明翁の術式ということか……?

 

 

「死に瀕した私は、血を失いすぎていました。そんな私を救う為、師は術式によって操った己の血を私の中に入れたのです。それも、三日三晩。師の呪力を帯びた血で三日三晩命を長らえた私には、気付けば師の術式が刻まれていました」

 

 

 ……! 赤血操術ならば、確かに輸血は可能……!!

 そしてそうか。虎杖が宿儺の呪力に浸されて術式が刻まれたのと同じように、数日も誰かの呪力に浸されていれば、術式が刻まれる可能性はある……。……そう簡単にはいかないだろうが、血液という全身に巡るものに他人の呪力が含まれていれば、可能性は大いにあるだろう。

 もっとも、それを可能にするだけの膨大な血液量があればの話だが……呪力を血液に変換することができれば、十分可能か。別に特異体質でなくても、反転術式を使えば可能だろうし。

 そして……。

 

 

「今回使用する治療も、この方法となります」

 

 

 ずるり、と。

 晴明翁の指先から、真っ赤な血が蛇の頭のように首をもたげる。

 血は、穢れ。平安時代の常識を身に着けた帝の表情が強張り、びくりと震えた。しかし、それしか助かる方法がないということも理解しているのだろう。それ以上の反応はなかった。

 

 

「赤血操術により操った血液を用いて、陛下の全身に私の血を巡らせます。そして陛下の体内に巣食う疱瘡を呪力の力で打ち消すのです」

 

 

 ……血液という細かい領域でなら、反転術式による病原菌の除去も確かに可能かもしれない。言ってみれば、SF作品に登場するようなナノマシン治療みたいなものと考えていいだろう。呪術でそれを再現するというのは凄まじいが……まぁ、晴明翁ならできても不思議ではない。

 ただ、確か血って血液型が合わないと駄目だったとかそういう話があったような気がするが……そこは、血液の成分や温度まで変えられる赤血操術なら問題ない……のか?

 

 

「分かった。細かいことは任せる」

 

「御意に」

 

 

 そう言って、晴明翁はスッと血が流れ出ている人差し指を帝に向けて、

 

 

「失礼ッ」

 

 

 拡張術式

 

 宮毘羅(くびら)

 

 

 直後、晴明翁の手から細く伸びた血液が、帝の身体に吸い込まれていった。

 

 ……しかし、晴明翁も凄いな。赤血操術を介した反転術式か。

 いくら赤血操術において血液も一つの臓器として認識されているとはいえ、そこから反転術式のアウトプットまで行くのは凄まじい。拡張術式の詳細も、それを可能にするための解釈の拡張だろうが……術式の使いこなし方が異常だ。

 赤血操術は原作でも多く登場していたからこそ分かる。戦闘方面ではなく治療法面にもスキルツリーを伸ばしている晴明翁の手広さが。……おそらく、他にも手札はあるはず。本当に底知れない翁である。

 

 

「先ほど、私の治療に三日三晩かかったと説明しましたが……ご安心ください。あの時の私はそれほどの深手でしたが、陛下の病状であれば即座に……治療してご覧に入れましょう」

 

 

 そして、帝の変化もまた劇的だった。

 どっと汗が噴き出たかと思うと、横顔に浮かんでいた()()()()がどんどんしぼみ消えていくのである。痕すら残らない。この疱瘡という病は、たとえ完治しても痕が残るものだというのに、だ。

 数十秒ほど、そうしていただろうか。

 

 やがて帝の身体から()()()と血が抜け出ていくと、晴明翁はそれを握り潰す様に掴み、そしてこう言った。

 

 

「疱瘡の治癒は、これにて完了しました」

 

 

 ……マジでやりきった。

 反転術式による病気の治癒。そんなものできるかと半信半疑だったが……本当にやりきってしまうとは。

 

 晴明翁に言われて、上体を起こした帝は額に汗しながらも気丈に笑って見せる。

 

 

「ああ、ご苦労。この褒美は……」

 

「いえ、完了したのは、あくまで()()()()()にございます」

 

 

 帝の言葉を遮って、晴明翁は鷹揚に続けた。……どういうことだ? あ、病気の治療は終わったけど体力は回復していないみたいな話か? 医者の常套句だ。

 

 

「今の帝の体力は、まだ病と闘った直後で弱った状態でおられます。なので……、」

 

 

 そこで言葉を区切り、スッ──と、晴明翁は私の方を指し示した。

 

 ん? 私?

 

 

「そこにいる尊が、陛下の()()()()()を担当させていただきます」

 

 

 そう言って、晴明翁はこちらの方へ振り向いてニカリと眩い笑みを浮かべた。

 

 

 は?

 

 私が、帝の体力を回復させるために反転術式を?

 体力の回復に反転術式って使えるのか? というかそもそも私は自分への反転術式すら使えたことがないんだが? それをぶっつけ本番で? 帝を相手に? いや、やり方は教わっているしおそらく使えるだろうという予感はあるが……。にしたって、……え?

 

 ………………。

 

 

 はぁ!?!?!?




「宮毘羅」は身体から切り離した血液と自分を呪術的に繋げる拡張術式です。要は、切り離した血液に呪力を供給したり反転術式を流したりできます。

晴明及び晴明の師は血液型の概念を知りませんが、経験則で血液の適合・不適合は知っている為、赤血操術によって血液型の変更が可能です。
なお、晴明は赤血操術による血液の性質変化を血液全体ではなく一部に留められます。
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