「ぶ~~!!」
邸に戻って少ししたら、別の任務から帰って来た佳子のブーイングが私を襲った。
平然と私の部屋の扉を開け放って飛び込んで来た佳子を押しのけ、私は渋い顔をしながら言う。
「なんだ藪から棒に。あと勝手に部屋の扉を開けるなと言っただろう」
「任務ですよぉ! 聞きましたよ。天才の佳子さんを差し置いて、何を勝手に帝の治療なんてやってるんですかぁ! しかも反転術式の出力まで習得したらしいじゃないですか!」
「情報早いな……」
「天使が教えてくれました」
キャンキャンと喚く佳子の声を堪えるように頭に手をやりながら感心していると、佳子は急にスンとしながら答えた。……ああ、確かに天使には事の次第は説明した。あの人なら嬉しそうに佳子に私の成長を話すだろうな……。
合点がいった私に畳みかけるように、佳子はさらに続ける。
「どうして尊ばっかり! 佳子さんは反転術式の出力もバッチリなのに!!」
「不敬をはたらかれると思ったんじゃないか? ちょうど今みたいに」
「佳子さんのどこが無礼!? こんなにも品行方正を絵に描いたような淑女を捕まえて!?」
「………………オマエの自信の溢れっぷりがたまに恐ろしくなるよ」
この分だと、おそらく佳子が帝と接点を持つことはないだろうな……。ま、元藤原の私はともかく、佳子は赤ん坊の頃から安倍氏で育っていた(しかも、六眼ということは菅原の血族だろう)訳アリ物件である。あまり中央の政治とは関わり合いにならない方がいいだろう。
ちなみに、今回私が呼ばれたのは単純に反転術式のレクチャー目的であって礼儀云々は関係ないとは思う。
「というか、オマエの反転術式って大した出力ないんじゃなかったか。仮に呼ばれても治療の役には立たないだろ」
「この天才たる佳子さんをナメてはいけませんよ。実演の為に傷をつけるのは痛いし痛そうで怖いからやってないだけで、本当にお腹に穴が空いた程度なら何とでもできます」
……は? コイツこの二年、反転術式の実演を頼んでも「まだそこまで上達してなくてぇ~……」とか「あの時は火事場の馬鹿力でぇ~……」とか言ってなかったか?
「……嘘を吐いていたのか?」
「え? あっいやっ! だってできるって言ったら尊普通に指とか切り落としそうで怖かったですし……! そもそもちゃんと実演するような重大な負傷になんて出くわさなかったじゃないですかぁ!」
「嘘を吐いたな? 私に向かって」
「うう、だって尊が痛そうなことしそうだからぁ~……」
あのな、流石に私も反転術式があるからって戦闘でもないのに自分の指を切り落としたりは……、……多分しないぞ。というか、私ってそこまで呪術の為になりふり構わない人間のように見えていたか? 確かに今も術式の理論について色々と書き留めているし、邸にいて佳子の相手をしていない時間はほぼ鍛錬か術式の理論について思索しているが……。
そうか……。あの自己顕示欲の塊みたいな佳子が自分の実力を低い方向に偽るレベルで、私ってどうかと思われていたのか……。それはそれで、普通にショックだが……。
「……まぁいい。反転術式のやり方はもう分かったしな。あとはもう練磨を繰り返すのみだ」
「練習とか言って自分の指とか切り落とさないでくださいよ?」
「そんなこと自分からやる訳ないだろ……」
流石にそこまではやらないぞ、多分。
そもそも生得領域という絶好の実験ゾーンがあるのだ。その中で試せばいい。現実に指を切り落とすなんて危ないことをしなくても、生得領域の中で指を切り落とせばノーリスクだしな。
「信用ならない顏をしてますが……いいとしましょう。で、今何をしていたんです??」
「切り替え早いなオマエ……」
ずい、と私の書き物を覗き込んで来た佳子に、私は隠すように書面を手で覆った。なんで人の研究内容を当たり前の様に見ようとするんだこの馬鹿?
「別に何でもいいだろう。勝手に覗くなよ」
「えー? それこそ別にいいじゃないですか。天才の佳子さんですよ? 助言とかできるかもしれませんよ?」
「いや、絶対に無理」
ふざけたことを抜かす佳子に、私は断言した。
助言? できるわけないだろう。「ぎゅりりっとやってぱあ」の女に一体何ができるというのだ。驕るなよ感覚派。
「なんでそんなことを言うんですか!? 天才ですよ!? 呪力操作の達人たる佳子さんの知見を授けてあげると言っているのに!」
「では反転術式のコツをどうぞ。さんにーいち」
「ぎゅりりっとやってぱあ」
「駄目じゃねーか!」
狙ってやってんだろそれ! 持ちネタにしてんじゃねーよ!
「むぅ……せっかく術式反転のコツも教えてあげようと思ったのに。へーんもう教えてあげませーん」
バシ! とツッコミを入れると、佳子は露骨に拗ねて見せた。……が、それよりも重要な、聞き逃せない部分があった。
…………何だと?
いや、反転術式を覚えている以上、術式反転が使えてもおかしくはないのだが……佳子が順転を使っていた記憶がない。順転よりも先に反転を覚えるなんてことがあるのか……。まぁ、佳子は反転術式と親和性が高いのであり得る話ではあるか。
「「……一旦話を聞かせてみろ」」
とりあえず興味が湧いたのでもう少し話題を掘ろうと、佳子に呼びかけたちょうどそのタイミングで、佳子も同じように私の口調を真似してきた。
一言一句口にした私ははっとして佳子が私の台詞を同時に言ったことに気付いた。
…………呪力の起こり。
コイツ今、術式を使ったな? 思考の先読み?
だとすると、思考の先読みは違うな。
……時間の巻き戻し? それで私の発言を聞いた上で時間を巻き戻し、同時に私の台詞を言った……? だが、時間の巻き戻しなんて真似がそんな簡単に可能なのか……?
「ふふん。一泡吹かせられたようですね。これが佳子さんの新たなる力、術式反転「
「………………」
……き、気になる。凄い気になる。いったいどういう術式効果なんだろうか?
流石に時間の巻き戻しがこんなカジュアルにできるはずがないから、何かしらの縛りがあるはずだ。精神のみの逆行とか? いやそれでもだな……。
記憶情報を過去に送る……過去の改変ができたら縛りが釣り合わない気がする。過去に情報を送る術式、術式発動時点までの歴史を変えることは通常は不可能、変える場合は何らかの縛りが必要……とかなら今起きた現象との辻褄も合うが……。
そう考えると、術式反転としてはかなり使い勝手が悪い気がするな。まぁ、知っている術式反転のレパートリーが「無下限呪術」と「
佳子も不憫だな……。せっかくの術式反転がこうも使い勝手の悪い代物ではな……。まぁ、ヤツの術式は普通に反則だから、反転まで強かったら出来過ぎではあるが。
「……あっ、なんか勝手に納得して興味をなくした気配がしますよ!? 失礼ではありませんか!?」
「というか、いつの間に覚えたんだ、術式反転なんて」
憤慨する佳子は無視して、私はそんなことを問いかけた。
術式反転の習得なんて、佳子の性格上隠しておくことも難しいだろうが……コイツは私に無茶をさせたくなくて反転術式の実力を隠していたからな……。術式反転の習得から逆算して反転術式の力量もバレると考えて、習得を隠していた可能性もある。
このタイミングで口を滑らせたのも、私が反転術式を習得したと知って無茶をする心配がなくなったと考えたからか。……むしろ、反転術式を習得した
「ん……、反転術式を覚えた時ですね。やってみたら使えるようになってました」
「流石の天才ぶりだな」
二年前から、か……。確かに、呪詞も掌印も既に省略できている。そのくらい前から習得していたというのは自然な流れだな。
感嘆と共に短く言ってやると、えへへ~と照れてみせる佳子。別にこれは褒める意図で言っている訳ではないのだが……。
……しかし……そうか、二年前から既に佳子は術式反転が使えたのか。……いや別に、佳子が術式反転の習得を私に黙っていたことについて含むところはないが(そもそも手札を他人に教えるのは愚の骨頂である)、呪術の力量において佳子に置いて行かれたまま二年も経過していたという事実が、シンプルにショックだ。
そんな風にほんのり衝撃を受けていた私に向かって、増長した佳子は得意げに胸を張りながら言う。
「どうでしょう、佳子さんが術式反転のコツを教えてあげてもいいですよ。佳子さんは術式反転免許皆伝ですからね」
「………………試しに言ってみろ」
「ぎゅるんっとやってすぅー」
「それでできたら苦労はしないんだよ」
あとやっぱオマエ、それ持ちネタにしてるだろ。
顏がムカつくんだよ、顏が。
◆ ◆ ◆
そんなこんなで佳子の馬鹿に付き合った私は、宵闇に紛れて邸の中庭に出ていた。
……此処には、私が用意した「壺」が一つ置いてある。
「壺」の持続時間に制限はないからな。こうやって、安全地帯に一つは「壺」を置くようにしているのだ。もちろん、中には毒液も溜めてある。
「蟲毒呪法」の術式順転──「禊浴」は、毒液から純粋な呪力を抽出する。
この際、抽出した呪力はたとえ距離が離れていたとしても、空間を超えて私のもとへとやってくる。この性質を利用すれば、安全な場所で蓄積しておいた毒液を任意のタイミングで呪力に変換することで、お手軽に呪力バフを得られるようになる訳である。
この「壺」全部の毒液を呪力に変換すれば、おそらく特級呪霊との殴り合いも優位に進められるレベルの呪力量を一時的に得られるだろう。……これだけやっても「一時的に」「優位」という程度なのが悲しいが。
加えて言うと、"方正質直の契"は私本来の呪力量にしか効果を発揮しないから、増やした呪力を"方正質直の契"でさらに倍……みたいなこともできないのが大分悲しいが。
で、私は現在──術式反転の訓練をする為に、毒液が溜まった「壺」までやってきていたのだった。
とはいえ、反転術式を習得した以上、同じ要領で術式反転も使えるようになっているはず。訓練というより試運転と言った方がいいかもしれない。
どんな現象が発生するかについては昼間の時点である程度目星をつけてはあるが、実際にどうなるかまでは分からない。とにかく実践あるのみである。まさか私の術式で爆発とかの派手な現象が起きるはずもないし、宵闇に乗じての試運転が衆目を集める心配もいらないだろうがな。
「……佳子にいつまでも差をあけられているのも癪だしな」
反転術式と術式順転は既に使用可能になっている。
術式反転をマスターすれば、習得技術の数で言えば佳子よりも私の方が上だ。……という意地がある訳ではないが、ただまぁ、佳子をイジるネタにはなる。
あの女、二年も前から反転術式も術式反転も黙っていたからな……。私は五年くらい術式反転が使えることを黙っておいて、アイツがからかってきたタイミングで暴露してやろうかな。………………いや、無意味か。そんなこと。
雑念を振り払い、私は掌印を組み、呪詞を唱える。
我流 「簡易領域」
まだ、陽転と術式の行使を一工程で修めるには「簡易領域」内部でないといけないからな……。いずれはこの欠点も解消したいが、今はそうもいかない。
それから……、
「"
呪詞を唱え、「壺」の中の毒液を対象に指定する。
呪力の陽転と、「蟲毒呪法」の術式の反転。「簡易領域」のバフを利用して、この二つを呪力操作プログラムによって一工程で実行していく。
不思議と、工程が進むにつれて私の中で確信が生まれていく。この術式の効果が分かっていく。この術式は──!
術式反転 「
術式の行使が完了した後。
「壺」の中にあったのは──
────まるで粘土を押し固めたみたいな不格好な形の肉の塊だった。
玄関先に置く狸の置物くらいの大きさの肉塊だったので、
試しにちぎってみると中から血が滲み出て来たが、特に内臓がある訳でもない。一応反転術式のアウトプットは可能なので「生物の一部」みたいな扱いではあるのだろうが……。
「……なにこれ」
端的に言って、「蟲毒呪法」の術式反転の効果は、「毒液をよく分からん肉塊にすること」であった。
私の脳裏に、昼間の一幕がリフレインする。
佳子も不憫だな……。せっかくの術式反転がこうも使い勝手の悪い代物ではな……。まぁ、ヤツの術式は普通に反則だから、反転まで強かったら出来過ぎではあるが。
……あぁ、人のことを言える立場じゃなかったな。
順転がちょっと便利だったからって忘れていたよ。
産廃は、逆さに振っても、産廃らしい。
蟲毒呪法の術式効果を紹介するぞ!
標準! 壺に入れた動物や呪霊の肉を毒に変えるぜ!
順転! 生成した毒液から純粋な呪力を抽出するぜ!
反転! 生成した毒液を特殊効果のない肉にするぜ!