「……むふふん」
「壺」の中に低級呪霊を放り込んでいる私の横で、佳子は上機嫌そうに笑っていた。
──術式反転を習得してからしばらく。
私は、「逆贄」の性質について検証を重ねていた。一見すると何の特殊効果も存在しないただの肉塊を生み出す術式効果だったが、色々と調べれば何か分かるかもしれないからな。
ついでに、「簡易領域」抜きでも術式反転や反転術式を使えるようになるために掌印や呪詞の省略も研究していた。
この検証作業は、基本的に隠れながら行っていた。
理由は単純で、私が術式反転を使えるということ自体を秘匿したかったからだ。そもそも現時点で使い物になるかも不明というのは前提として、もし使い道があるのなら、その情報を土壇場まで伏せておくことには戦略的な意味がある。そういう訳で、晴明翁に話を通しつつ夜中に中庭の隅にある「壺」に溜めていた毒液を使って「逆贄」の検証を行っていたのだが……、
昨日の夜、ついに佳子に私が秘密で術式反転の検証をしていることがバレた。佳子は私が夜な夜な起き出して中庭で何やら作業をしているのにここ数日で気付いたらしく、それで私が術式反転の検証をしていることを知ったんだそうだ。……一応尾行には注意しておいたんだがな。
で、なんでその佳子が私の横で腹立たしい笑みを浮かべているかというと。
「まぁ気にしないことですよ。術式が使いづらくたって、尊は天才である佳子さんの次くらいに頭がいいので、きっと使い道が見つかると思いますし!」
六眼で「逆贄」の術式効果を知った佳子は、あまりにも使いづらい術式を手に入れた私のことを、一丁前に慰めようとしたりなんかしているのだ。
もちろん、優越感を全面に押し出したり、私の術式の使いづらさをバカにするようなおちゃらけではない。佳子なりに真面目に私のことをフォローしようとしている。だが……それが却ってムカつく。端的に言って、踝に重点的に蹴りを入れたい気分だ。
「あとほら……食べたら美味しいかもしれませんよ?」
「既に試したよ。筋だか脂だか肉だか軟骨だか分からない食感と味だ。食えなくはないが、進んで食べたい味じゃないな」
肉質も、お世辞にも良いとは言えなかったな。前世の記憶がない私には分からないが、イメージ的には「映画に登場するマズイレーションってこんな感じなのか?」という具合のマズさだった。
そんな良く分からないものに思いを馳せながら答えると、言い始めた張本人である佳子の方が何故か困ったような顔をして、
「えっ試したんですか……」
何で引くんだよ!? 何の変哲もない肉だぞ!? 食用できないか考えるだろ!?
「逆贄」を解除する方法があれば、食用として相手の体内に入れた後に毒液に戻して体内を溶かし殺すことだってできるかもしれないし……。まぁ、「逆贄」で作り出した肉は再度「壺」で毒液化する以外では毒液に戻すことはどうやってもできなかったが……。
(もちろん、食べたのは絶対に肉を毒液に戻せないと確認した後のことである)
「検証というのはそういうものだ。解除できるか、呪力を流して反応があるか、時間経過や射程、破壊したときの挙動、操作の可否……とにかく想定できる観点は何でも試すんだよ」
「はえー……」
「逆に、なんで同じ呪術師なのにオマエは今の説明でピンと来ないんだ……?」
オマエの術式だって別に相伝って訳じゃないだろう。というか菅原家の本流から外れてるんだから相伝術式がどうとか分からないだろうし。
……あー、六眼か。そういえば見ただけで術式のこととかまで分かるんだったな……。本当にチート能力極まれりだ。
「……まぁいい。気が散るからよそに行っててくれないか? 私はこの後も作業を続けるから」
「いや、わたしも見ててあげましょうか? わたしの眼なら尊の検証の手助けになると思いますし」
「………………、」
こういうのは自分で検証するからいいのであってな……と言い返しそうになって、私は直前で思いとどまる。
私の目的は「逆贄」の実用化に繋がるものを見つける為の検証なのだから、六眼の知見が得られるならそれは願ったりだ。此処で自力での検証に拘るのは、もはや意固地になっているというほかない。
私の術式情報が佳子(つまり口の軽いガキ)に流れてしまうというのはかなりデメリットだが、まぁ経験上、私の術式って口で説明しようとしても伝わらないからな……。佳子の頭では、そもそも私の術式情報が「伝わる」レベルで説明できないだろう。
「……頼んでもいいか?」
「そうこなくっちゃ!」
私が頼むと、佳子は嬉しそうに笑って力こぶを作るジェスチャーをする。調子のいい……。呆れてため息をついてから、私は任務で生け捕りにした低級呪霊どもから一匹を掴み出し、別で用意した「壺」の中に放り込んでいく。
「……前から気になってたんですけど、なんでいちいちバラバラにしてから入れるんです? そのまま入れて毒にした方が手間が少なくないです?」
「本当に今更だな……。というか、六眼で見て分からないのか? そういうの」
「
…………改めて凄まじいな、六眼の観察眼。
「「縛り」だよ。毒液化できるものの大きさは最大で鼠程度に制限してる。"切断"を実用的な水準の速度に引き上げるのに多少無理をしているからな……。
それと、毒液化の速度の問題だ。鼠くらいの大きさでも全部溶かすのに一時間はかかってしまう。だがこうやって細切れにすれば、一分程度で全部毒に変えられるんだ」
「なるほどー……」
「ちなみに今の術式開示で数十秒ほどまで所要時間が短縮された」
「そういうの有効なんですか!?」
意外と有効だぞ。『原作』でも、改造人間との緒戦で七海健人が虎杖悠仁に術式の開示をして呪力出力の底上げをしていた。
術式の開示というのはつまりリスクを引き受けることによって自身を強化することなので、開示相手が敵対者である必要は必ずしもないのである。まぁ、敵対者に開示した方がリスクは上なのでそっちの方が上昇幅が大きいのは確かだが。
「ん、そうこうしているうちに毒液化が完了したな」
「……けっこう毒液化も使える水準になってきてるんじゃないですか?」
「戦闘中に低級呪霊を取り出して「壺」の中に入れて一分間戦い続けるのか? 格闘しながら? 気が散るだろ。格下相手ならともかく、特級呪霊相手にそんな隙は晒したくないな。「毒液化」自体は、これだけだと微妙だよ。
「わたしがその分時間稼ぎますよ」
「……………………まぁそれなら毒液化を主軸にするのも悪くはないが……」
いやでも、その場合でも"切断"を軸に二人がかりで近接戦をした方が強いだろう。あえて「毒液」を主体にする理由は乏しい。やっぱり駄目だな。
佳子は私が「毒液」を生成した「壺」と、目の前にある空の「壺」を交互に見て、
「けっこう地味な作業ですね……。毒液化が完了した後で「壺」化を解除したら元に戻った容器は毒液の腐食対象になるから、一回毒液を作り終えたらいちいち保管用の「壺」に毒液を溜めておかないといけないんですか」
「まぁな。だからこうして空いた時間に毒液を溜める作業が発生するんだ」
毒液化の時短の為に、「壺」の中に毒液化対象を入れるたびに私は「壺」の解除と再発現を高速で繰り返している。屍骸が完全に死んだ後にこの解除と再発現を繰り返すと「蟲毒呪法」の術式対象外になってしまう。なので「蟲毒呪法」に丸ごと術式対象を突っ込む場合は一匹ずつ「壺」に入れる必要がある。
加えて、「壺」の中に毒液がある状態で解除と再発現を繰り返すと、解除した瞬間「壺」は「壺」でなくなるので、毒液の腐食対象になり、容器が破壊されてしまうから、毒液が完成した後は「壺」化を解除せずに毒液を毒液保存用に用意した「壺」に流し込む必要がある。
結果、低級呪霊を一匹ずつ「壺」に入れては一分待ち、毒液ができたら別の「壺」に移して呪霊を入れ……という面倒くさい作業が発生するのである。死ななければいいのだが……。
……あっ、そうだ。
「……そうだ。佳子、今度から私が鼠を大量に捕って来るから、首を切り落とした鼠に反転術式をかけてくれないか? これなら大量の鼠を生かしたまま同時に「毒液」にできる」
結局、「屍骸は術式対象外」という「蟲毒呪法」の制限がネックなのである。
ならば、反転術式のアウトプットで死ぬまでの時間を遅らせてやればいいのだ。それなら、「生きてさえいれば肉片も術式対象内」というルールによって毒液にすることができる。鼠はこの時代にも大量にいるから、これならわざわざ低級呪霊を捕まえなくてもよくなるし、手間も大幅に短縮できるぞ。
「いやー、流石にそれは天才の佳子さんでもドン引きですよ……」
「え、なんでだ……」
非常に効率的なアイデアだと思ったが……、……あ、そうか。佳子は鼠嫌いか。大量の鼠に反転術式をかけるとか、絵面がキツイのかもしれない。取った鼠を自慢げに私の枕元に置いてきそうなヤツのくせして、意外と繊細だな……。
「にしても、これだけやって用途が順転しかないっていうのももったいないですよねぇ」
ちまちまとした毒液化の作業をぼんやり眺めながら、佳子は何げなく呟いた。
保管用の毒液は、携帯性は全くのゼロと言っていい。つまり、これだけ作っている毒液だが、持ち運ぶことはできないのだ。順転の「禊浴」を使えば、呪力となった毒液は空間を無視して私に蓄えられるが──通常の方法で蓄えた毒液を毒液のまま持ち運ぶことはできない。
「それについては問題ない。その為の
だがまあ、それに関しては私もきちんと考えている。
「禊浴」で抽出した呪力が空間を無視して私のもとへやってくるのは何故か。呪力そのものに空間を超越する性質がある──訳ではない。そんな性質は呪力には存在しない。
つまり、空間を無視するのは「禊浴」に特有の現象だ。術式効果──とまでは行かずとも、「蟲毒呪法」という複数の結界を内包することが前提の生得術式の出力が強化された結果、複数の結界同士に空間の連続性が発生したのだと考えられる。
最初に私が「禊浴」を使用した時、私は領域を展開していた。つまり領域外の「壺」と私の領域に空間的連続性が発生し、その経路を介して呪力となった毒液が私のもとへやって来たのだと私は考察している。
そして、だとすれば。
「禊浴」の術式効果ならともかく──それによって
そう考えてこの二年で新たに構築したのが、拡張術式「
効果はシンプル、空間を超えて「壺」同士を繋げて、内容物を行き来させる通路を作り出すことができるのである。これを使えば、
「拡張術式を使えば、用意しておいた毒液を適宜取り出すことができる」
「はえー……便利なことしますね」
「拡張なんかしなくとも順当に術式を使えばそれだけで強い佳子と違って、私は工夫しないと本当に使い物にならないからな、術式が」
ただまぁ、日々の毒液の貯蓄と「蛇道虎穴」、それから順転「禊浴」によって、"切断"以外の攻め手が豊富になってきたのも確かだ。
最近は成長のお陰か、素の呪力量も徐々に上がって来たことだし、このまま順調に行けば、特級呪霊を相手取っても危なげなく戦えるようになる日が来るのもそう遠くないだろう。
「さて……そうこう言っているうちに毒液化が完了したか。佳子、これから術式反転を使うから、様子をその眼で見ていてくれ」
「がってんです!」
私が頼むと、佳子は胸を叩いて自信ありげに請け負ってみせた。
佳子の性格は本当にいい加減だが、眼の良さについてはこの平安で誰よりも信頼できる。佳子の眼で観察すれば、本当に術式反転の仕様について何か分かるかもしれない。
そんな期待を込めて、私はまず掌印を組む。
「……何してるんです?」
「「簡易領域」を展開してる。私はまだ補助なしで術式反転を一工程で実現できないんだよ」
「その補助に必要な技術の方がよっぽど高度じゃないです……??」
いいだろ、私にとってはこっちの方が楽なんだよ。
「"漆" "赤土" "蜷局の大蛇"」
我流 「簡易領域」
瞬間、私の周辺の空間が呪力で満たされる。
呪力出力、操作精度が向上されたのが肌で感じられた。私はそのまま呪詞を続けて唱え、
「"尾食" "波羅蜜" "逆巻く酒水"」
術式反転 「
直後、「壺」の中の毒液が名状しがたい肉塊へと変貌した。
私は「壺」化を解除し、中の肉塊を取り出す。
「……御覧の通りだ。術式反転を使用すると、毒液は肉塊に変わる。元が呪霊であろうと関係なく非呪物の肉塊だ。呪力も帯びていない。
おそらく、蟲毒呪法の「肉を毒液にする」術式効果を逆にした結果、「毒液を肉にする」効果になっているんだと思う。原理的に、通常の肉ではなく呪霊の肉にすることも可能じゃないかと試してみてはいるんだが……」
「あー、それは無理でしょうねぇ」
肉塊を見ながら、佳子が残念そうに答えた。
……分かるのか。
「多分、そもそも「蟲毒呪法」で呪霊を術式対象にできるのが例外挙動っぽいです。蟲毒って元々は虫を扱う呪術だから、呪霊のことを考慮されてないのは当然っちゃ当然だと思いますけど」
「……確かにな」
そこまで分かるのか。凄いな六眼。
だが、考えてみれば当然の話ではある。それでも呪霊が対象にできるのは……私の認識によるものか、あるいは呪力によって設定された能力だからか……。
何にせよ、プリセットでは通常生物の肉⇒毒液しかプログラムされていないから、反転術式では毒液⇒通常生物の肉のルートしか存在しないというのは納得がいく話だ。反転術式のさらに拡張術式……みたいな良く分からないことができれば呪霊の生成も可能かもしれないが……まぁ六眼レベルの精密さがないと無理か。
「だとすると、この肉をどう扱うかだな……。毒液の操作が無理な以上、肉の操作も無理だろう。せめてこの脂肪だか筋肉だか軟骨だか腱だか分からない肉質の塊をきちんとした形にできればいいのだが……」
毒液の形状が問題なんじゃないかと「壺」の形を変えて試みてみたり、色んな種類のものを混ぜているからいけないんじゃないかと一匹から作り出した「毒液」を使ってみたり、皮だけ集めた毒液なら皮になるんじゃないかと試してみたり、とにかく色々やってみたのだが、結果生まれるのはいつも同じ名状しがたい肉塊であった。
お手上げ状態の私に、佳子はうーんと唸ってから、
「なんというか……空っぽなんですよねぇ」
と、良く分からないことを言い出した。
「空っぽ? どういうことだ?」
「このお肉がです。普通、生き物の中には魂があるじゃないですか。呪霊も同じですけど」
「いや、分からないが……」
原作で虎杖悠仁もやっていたが、私には一向に魂の知覚などできたためしがない。一応私も転生者なのだから魂の知覚くらいできてもおかしくないと思うのだが……まぁ現実はそんなに甘くないよな。
というか、佳子はこの口ぶりだと魂の知覚ができているのか。転生者の私はできないのに。六眼というのは本当に凄まじいな……。
「そういうのがあるんです! 呪霊にしろ生き物にしろ、死んでいても魂があった痕跡は残ってるんですよ。でも、このお肉にはそれがないんです。最初から魂が入る為の場所がないから、こんな風にぐちゃぐちゃになってるんじゃないですか?」
「それってつまり……」
真人の無為転変で作り出された改造人間みたいなものか。魂がめちゃくちゃになっているから──この場合はそもそも魂が存在しないから──それに伴って肉体の方も何か分からない肉の塊になってしまっている、と?
だとするならば、魂を認識して、その形を参考にしながら肉を生成すれば、きちんとした形の肉を生成できるということになるのか……?
…………。
「結局、魂を知覚できなければ肉の塊しか作れないってことじゃないか?」
「まぁそうなりますね」
べしん!!!! と私は謎の肉塊を地面に叩きつけた。ぐちゃ! と水っぽい音を立てて、肉塊が潰れる。
「無理じゃないか!! 魂の知覚なんてどうすればいいのか分からん! 佳子、拡張術式で自分の視界を共有するとかやれないか? 元が未来視の術式なんだからいけるだろ」
「無茶言わないでくださいよ! 尊はしれっとやってますけど、術式に縛りつけたり原理を読み解いたりするのって、普通にやれることじゃないんですからね! 変にいじろうとして普段の術式の使用感に変化が出たらどうするんです!」
「チッ……」
まぁ断られることは分かっていたが……。
「……いや、待てよ?」
そこでふと、私の脳裏に閃くものがあった。
あれは──そうだ。帝の治療の為に訪れた御所。そこの入口で体感した──結界。
あの時、御所の結界は侵入したものの呪力を感知する仕組みだったはずだ。私は咄嗟に自分の身体が舐められたような不快感をおぼえたしな。
侵入したものの呪力を感知。……呪力は感情から精錬されるエネルギーだ。そして感情は魂から生ずる。この仕組みを応用すれば、結界内の呪力から逆算して魂の形の輪郭くらいは掴むことが可能なんじゃないか?
「…………呪力を感知する結界を応用して、魂の輪郭を取得する。その輪郭を利用することで魂に合った肉を生成すれば……謎の肉塊を卒業できるんじゃないか!?」
「おお、良く分かりませんが、凄いんじゃないですか!?」
一気にテンションが上がった私に引きずられるように、佳子もテンションが上がる。
そうだろうそうだろう。全くの産廃だと思っていた「逆贄」だが……そう考えると、なかなか利用法も開けて来たような気がしてくるぞ。
「前提条件に結界が必要にはなるが、そもそも術式反転の使用に「簡易領域」の使用が必須なんだ。そこに新たに機能を追加してやればいい。これさえあれば、領域内にいる者の魂の輪郭を検知して、その肉体を作れるかもしれないぞ。肉体の部品を作って治療みたいなこともできるかもな……!」
使えないと思っていた分、興奮もひとしおだ。順転もまぁまぁ便利だったが、こうなってくると反転も相応に便利な術式なのかもしれない。やはり術式は使いようである。どんな術式だってきちんと運用してやれば最低限武器にはなるというわけ、
「でもそれ、反転術式でよくないです? 尊も使えるんですよね? 外部出力含めて」
「………………………………………………………………………………………………………、」
…………いやほら、部位の欠損とか、損傷が激しい部分とか、そういうケースへの治療にも対応できるかもしれないしさ……。
激しい戦闘中には使えないだろうから戦闘中の生存率を上げることはできないが、後遺症の治療とかには役立つかもしれないしさ……。
…………。
やっぱ微妙かも。
簡易領域の呪詞ですが、実は地味にどんどん縮まっています。技術の進歩ですね。