私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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あと、いくらなんでも一章が長くなりすぎて章の意味をなさなくなっていたので、色々分割してみました。現在は「大元帥法」編です。


第30話 此処で会ったが

「や、久しいね。藤原尊」

 

「げ」

 

 

 ()()()は、あの時に見た軽薄な笑顔そのままに私に呼びかけて来た。

 額の傷こそないが、私にはすぐに分かった。

 雅な着物を身に纏い、漆のような黒髪を流した、麗しい見目の美女────私の前に、全くの無警戒で姿を現したこいつは。

 

 

 平安最悪の呪詛師、羂索。

 

 

 私の知る限り、一、二を争う腕前の術師。

 

 そして目下、私が最も会いたくない存在であった。

 

 

 私とこの女が数年ぶりの再会をするに至るまでの経緯を語るには、時間を少し巻き戻す必要がある──。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 伯父上と父が共謀して「大元帥法」を計画しているという情報を受け、潜入調査の任務を与えられた私は、実に四年ぶりにかつて暮らしていた邸に戻って来た。

 伯父上の余命は、晴明翁の見立てではあと一ヵ月といったところだそうだ。父は伯父上が亡くなった後の内裏事情に首を突っ込むための端末として、私を女御に仕立て上げるつもりのようだが……。

 

 

「久しいな。よく帰って来た、尊」

 

「お父様も、お元気そうで何よりでございます」

 

 

 邸に戻ると、父は私のことを出迎えた。

 

 現在地は、父の所有する邸の広間。

 私が相対しているのは、三〇代半ばほどの神経質そうな細男だ。顔色は悪く、目つきも鋭く尖っていて非常に陰気な印象がする。眉や髭も濃く……なんというか、私は母親似なんだなと感じた。何とは言わないが。

 

 私は社交辞令で父のあいさつに応え、しずしずと頭を垂れる。ここ数年とんと埃を被せていたが、この家で受けた淑女教育はまだ私の中に根付いている。このくらいの猫被りならば全然余裕である。

 礼儀を弁えた私を見て、父は満足そうに頷いて、

 

 

「あの愚弟にオマエの身柄を奪われた時はどうしようかと思ったが……無事に取り戻すことができてよかった。呪術師としての生活は筆舌に尽くしがたい苦痛だったろう」

 

 

 ……白々しい。

 というか、元はと言えばオマエが私に見切りをつけたのが始まりだろうに。"途干支衆"に所属させて上役に圧力をかけて危険な任務を押し付け続けて。そういうことをしているから、叔父上や晴明翁がつけ入る隙になるのである。結果四年も娘をよその家に放逐しているのだから救えない。しかもまだ代わりの娘は生まれていないらしいしな。

 

 

「は……。父上には、あの場所からわたくしを引き上げて頂き感謝の言葉もございません」

 

 

 しかし、内心での蔑みは一切見せない。

 私は、この家に潜入調査の為に来ているのだ。今の私は、術師としての生活に嫌気がさし女御の誘いに渡りに船と乗っかった一般的貴族女性。話をつけてくれた父に感謝し、従順に対応するまでである。

 

 

「その節は、呪術を学びたがるオマエにきつく当たってしまったな。随分怖がらせてしまったことだろう。詫びの言葉もない。だが、娘を危険な目に遭わせたくなかったのだ。聡明なオマエなら分かってくれるね?」

 

「は、もちろんでございます。分不相応な望みを申した幼いわたくしをお許しください」

 

「いい、いい。あの時は儂も頑なだった……。今は違うぞ、呪術師の配下も幾人かいる。オマエの興味も満たせることだろう」

 

 

 ……ほう? 呪術嫌いの父が術師をな……。どうやら本当に、伯父上が呪詛に倒れたのが効いているらしい。ひょっとしたら私に呪詛に対する守りを期待しているのかもしれんな。そこまで面倒を見てやる気はさらさらないが。

 

 

「いや、それにしても呪術というものは凄いな。儂もこの歳にして、新たなことを学ぶばかりだ。オマエが興味を持ったのも頷ける……」

 

 

 そう言って、父は私の方を見てにいと笑みを浮かべる。あからさまに悪巧みをしていますって感じの顏だ。なんだ? おそらく、配下の術師から入れ知恵をされたのだろうが……。それを私に披露しようとかか?

 心の中でだけ怪訝に思っていると、父は自信ありげな表情のままこう続けた。

 

 

「聞けば、術師たちは"縛り"という誓約を己に課すらしいではないか。それによって力を増すと……その代わり、破れば不利益が発生するらしいがな。尊は大丈夫なのか?」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。しかし他者間の"縛り"ならともかく、個人で完結する"縛り"ならば、特別に設定していない限りは"縛り"によって得た力を失う程度で済むものですので、ご安心を」

 

 

 縛りか……。

 この話の流れからして、私に縛りを結ばせようとしているとかか?

 

 

「うむ、安心したぞ。だが、儂らは親子であるにも拘らず愚弟と晴明の策により引き離されていた。親子の絆に疑念はないが……此処は一つ、呪術を用いて儂ら親子の絆を証明しよう」

 

 

 ほらきた。

 …………しかし無理のある論理展開だなぁ……。呪術的実力を蓄えた私に裏切られたくないのが丸分かりである。まぁ、私に拒否権はないのだが。

 それに、表情のわざとらしさからして無理があるのは父の方も承知済みらしい。こういう「拒否できない盤面」を作ってから無理を通すあたり、やはり父も不細工とはいえ平安の闇を泳ぐ貴族の一人ということか。

 ただ、この私に呪術で張り合おうなど一〇年早いがな。

 

 

「では、こういった誓いは如何でしょうか。わたくしが藤原家の娘として父上に従い精一杯御家の為に尽くしている限り、父上はわたくしの幸せを祈りその為にご尽力くださいませ」

 

 

 私は、先手を打って父に縛りの内容を提示した。

 内容を聞けば、私が従順に父の意向に従うことを対価として父はぼんやりとした義務を負うという非常に父が優位な"縛り"に感じることだろう。父が提示しようとした"縛り"もそう変わらなかったらしい。父は満足げに頷いた。

 

 

「文句のつけどころのない誓約だ。流石は我が娘よ。縛りの内容はそれでいい。……が、これはどうやれば成立したことになるのだ?」

 

「ご心配には及びません。もう既に、この時点で"縛り"は確定しております」

 

 

 ──ちなみに。

 この縛りには、当然ながら罠がある。

 

 まず、この縛りに私が遵守するかどうかを強制する文言は存在しない。あくまで、私に関する言及は「父が"縛り"を履行する条件」なのだ。私が藤原家の娘として精一杯家の為に尽くさなくても、父に「私の幸せを祈りその為に尽力する」義務が発生しなくなるだけで、私にペナルティは発生しない。

 加えて、私が精一杯尽くすのは()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()ではない。つまり、呪術師として父の命令に従わなくても父の履行義務はなくならない。

 入内は叔父上と晴明翁が潰すので、私は素直に父の命令に従っているだけでいい。つまり、"縛り"の条件は常に満たされているということだ。

 そして最後に、「私の幸せを祈りその為に尽力する」という契約。当然だが、父は私の幸せを祈ったりなどしない。私という呪術師を相手に軽率に縛りを結ぼうなどと考え、あまつさえその内容を大して精査もしないような素人だ。どうせ"縛り"の内容については「適当に義務をこなしておけばOKだろう」程度に考えているのだろうが……"縛り"で「幸せを祈る」と指定されたなら、本当に幸せを祈らなくてはならないのだ。果たしてこの男にそれが可能か? 答えはNOだろう。

 

 私は、大嫌いな父の下について、大して利点もない女御として家に尽くすことを誓った。そこから逃げ出すことも封じている(叔父上や晴明翁の影響は"縛り"の足し引きには関係ない為、普通に重い"縛り"ということになる)。対して、父は娘の幸せを祈りその為に尽力するだけ。圧倒的に父が有利な内容の"縛り"。仮にこれを破ったなら──父の方に、無視できない重さの罰が下ることだろう。

 まぁ、些細な嫌がらせである。

 

 

「そうかそうか。いや頼もしいな。今後はオマエの力も借りることになろう。よろしく頼むぞ、尊」

 

「はい、父上」

 

「ついては、オマエの入内に向けて世話係を用意した。入内の準備が整うまで、オマエの身の回りの支度をしてもらう」

 

「あ、それは……」

 

 

 世話係……女房か。

 平安時代において、女御(帝の后)の世話役は女房という女性が担っていた。いわば専属メイドのような存在だ。そして今回、私が偽装入内をする間の女房は既に佳子を選定してある。少し遅れはするものの、佳子も私を追って合流して、それから二人で潜入調査をする予定である。

 しかし、遮ろうとした私に父は笑いかけて、

 

 

「安倍家から用意された女房のことか? 我が家の后につける女房が一人だけというのはいかにもわびしいだろう? それに安倍家からの女房など、どこの家の者かも分かったものではない。今、安倍家に抗議して派遣を取りやめてもらうよう依頼しているところだ」

 

 

 いや、その娘菅原の血筋なんだが……。少なくともそのへんの貴族よりは全然貴い血筋なんだが……。

 ……だが、そうか。どうやら父は佳子の合流を妨害しているようだな。本来であれば一週間前後遅れての合流になるはずだったが、この分だともっと掛かりそうだな……。まぁ、その間は私の方で勝手に調査を進めておくか。

 それより、問題は私につけられる女房の方だな。十中八九、父の息がかかった女だ。変に監視されていては調査も進めづらい。佳子の合流が遅れるのであれば、さっさと対処しておいた方がいいかもしれない。

 

 

「……お気遣いありがとうございます。件の女房はいつ来るのでしょうか?」

 

「既に家にいるぞ。オマエの昔の部屋の前に控えさせているから、顔を合わせておくと良い」

 

「は、ありがとうございます」

 

 

 部屋の前に控えさせてるのかよ。まだ肌寒い時期だろうに気の利かない……。私は女房を不憫に思いつつ、佳子にこういう仕打ちを我慢できるかな……と今更心配になったりしていた。

 話は大体終わったので、その後は細かい予定について幾つか会話して、私は広間を辞した。……しかし、久々に顔を見たがこう、随分頬がこけていたような気がする。最後に顔を見たのが五年前くらいか。五年も経てば人も幾分か老いるものだ。それに、ここのところは叔父上の勢力が拡大しているから心が休まらないのだろう。全然同情する気にはなれないが。

 

 懐かしさすら感じながら廊下を歩いていると、かつて私の部屋があったところに一人の女性がいることに気付いた。

 張袴(はりばかま)唐衣(からぎぬ)の女房装束を身に纏った女性は、ゆらりと私の方へ視線を向けて────その瞬間、私は全ての動きを一旦停止せざるを得なかった。

 何故なら、()()()の顏に途轍もない見覚えがあったからだ。

 

 

「や、久しいね。藤原尊」

 

「げ」

 

 

 ──最悪の呪詛師、羂索。

 

 かつて、四年前に三条御所で出会った最高峰の術師が、何故か私の女房としてそこにいた。




「ヒロインは羂索」ってタグ、つけた方がいいかもしれない(?)。
(※羂索に縫い目がないのは仕様です。次回解説します)
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