「……で、どうしてオマエが此処にいる」
あてがわれた自室にて。
私は、畳に座りながら羂索にそう問い質していた。
聞きたいことが幾らでもある。どうやってこの家に女房として入り込んだんだとか、頭の縫い目はどうしたのかとか、このタイミングでやって来た目的は何だとか。
だが、いずれにしてもろくなことではないのは分かり切っている。──正直なところ、羂索がこの件に絡んでいると分かった時点で私の任務は完了したと言ってもいい。これ以上は私の職分としては手に余るからだ。羂索──即ち特級レベルの呪詛師が藤原家の中枢に潜り込んで暗躍している。これほどの情報を握ったなら、あとはもう死なずにその情報を晴明翁に伝えるのを最優先に行動すべきだ。
──が、此処で先程結んだ縛りが立ちはだかってくる。私が藤原の娘としての責務を放棄してこの場から脱出すれば、父が結んだ縛りは無効だ。そうなれば父がどう動くか分かったものではない。父が羂索を羂索と認識してあてがっているのか、それとも父すら出し抜いて羂索が藤原に潜り込んで来たのか、どちらかは分からないが、いずれにせよ状況を刺激するべきではない。
幸い、羂索はすぐには私のことを消さないだろう。むしろ、私に積極的に接触してきたと考えるのが自然だ。縫い目が消せるなら、顔を変えて私のことを欺けばいいだけの話だからな。そうしていない以上、羂索は羂索として私に接触する意図がある。
「異なことを聞くね。……いや、そうか。そういえば確かに、君には私の目的を話していなかったかもしれないな」
壁に寄りかかって、女房にあるまじき自然さでリラックスしながら、羂索は腕を組む。
女房装束でラフな姿勢をとるのは、普通なら違和感の塊になりそうだが──不思議と堂に入った自然さがあった。
「だが、なに。大したことはないよ。今の私は──そうだね、見聞を深めている最中、と言おうか。私を作る材料。それを掻き集めているんだ」
己の掌に視線を落としながら、羂索は言う。
……おそらくは芯を食った発言だろうが、はぐらかしているな。肝心の具体的な目的には触れていない。
「奇遇だな。私もまだ修業中の身だ。自分を作る材料を掻き集めている真っ最中だよ。だが、それが回答になっていると思っているのか?」
「はぐらかされてはくれないかな?」
「「大元帥法」か?」
会話の主導権を渡していてはいつまで経っても話が進まないので、私は無視して本題をぶつけてみた。
──「大元帥法」。
今から一〇〇年以上前、具体的には承和六年から続く大法の一つ。毎年正月に、大元帥明王を本尊として、外寇退散、逆臣調伏、国家安泰を祈って行われる儀式とされている。が、その本来の姿は大元帥法を始めたとされる"入唐八家"
──
「父上と伯父上が、「大元帥法」を狙っているのは知っている。その背後にオマエがいるのなら……、」
「待ってくれ待ってくれ。誤解だよ。彼らの陰謀に私は関わっていない。というより、私も接近して初めて知ったというべきかな。むしろ困っているんだよ。国家的呪術なんてものが関わっていたら、私を知る者がいたら確実に私が手を引いていると考えるからね」
それはそうだ。私だってそう思ったし。だが……。
「証明できるか? "嘘をついていたら不利益を被る縛り"を、今この場で結べるなら信じよう」
「……、……構わないけど、その場合は真実だったら君が私に何かを与える縛りも併せてでないと。縛りというのはそういうものだよ、尊」
「…………、」
……無理か。此処で羂索の証言の真偽を見極める根拠を手に入れるのは今の私の経験値では難しいな。
おそらく、完璧な嘘は言っていないはずだが……全てが真実という訳でもないと思う。根拠はゼロだが、おそらく父と伯父上が勝手に始めた陰謀を嗅ぎつけて食い付いた、くらいじゃないだろうか。
「分かった。縛りは良い。今はオマエの言うことを信じよう」
「くくっ、助かるよ。……さて、私個人の目的としては、朝廷との接点を手に入れることでね。内裏の中に入れる身分が手に入れば万々歳だったんだが……」
「それは残念だったな。私の入内準備は調査の為の偽装だ。晴明翁と叔父上が裏で手を回して、なかったことにする手筈になっている」
「らしいね。残念だよ」
あーあ、と言って両手を挙げて嘆息する羂索。
此処までの流れは、呪詛師であれば何もおかしくない動きである。私のような公的立場のある呪術師と違い、呪詛師には公的立場が存在しない。だから何かしらの方法で貴族に取り入り、取り立てられて生活の保障を手に入れる。それが、この時代の呪詛師の在り方である。
だから、羂索の「正体を偽り女房として生活の保障を手に入れる」という動きは、羂索の術式と併せて考えても何ら不自然な動きではない。むしろ正道。京に属する術師としては、治安を乱さない形で生活の安定を目指す羂索の在り方を支持するべきですらある。
だが…………この女がそんな平和な展開を目指すはずがない。そこだけが、あまりにも気持ち悪い。
「だが、本当のところどうなんだい? 君も確かもう一二歳だろう? 藤原の一員なら、西洞院の子の三男を通して女御になれるんじゃないか?」
「生憎、
西洞院の子というのは、おそらく祖母のことだろう。
若くして亡くなったらしい私の祖母は、土御門大路北・西洞院大路東の一町に邸宅を有していて、そこで過ごすこともあったらしい。
「今はそれよりも、呪術師としての腕を磨くことが優先だ。私はまだ未熟だしな」
「へえ。特級を祓ったと聞いたが、まだ向上心があるとはね。いいことだ。感心感心」
「どの立場の発言だよ」
そこまでツッコミを入れて──そこで何か違和感をおぼえた。
なんだ……? 何か、今までの会話に引っかかりがあった気がする。何かが……?
「……どうしたんだい? 私の顔に何かついているかな?」
考え事に集中していたせいか、じいっと羂索の顏を見つめていたせいで、羂索は怪訝そうな表情を浮かべて問いかけて来た。
しまった。此処で不審に思われるのはよくない。何とか切り返さないと……。
「……縫い目」
そこで、私は当初から気になっていたことを口にした。
視線を備え付けられた文机に落とす。私の為に設えられたらしき文机には、既に書き物をする為の道具が揃っていた。
視線を上げ、改めて私は羂索を直視する。薄ら笑いを浮かべた怜悧な女は、真っ直ぐに私のことを見据えていた。その額からは、確かに初めて会った時に見た縫い目がなくなっている。
「そういえば、縫い目はどうした」
──最初に私と遭遇したとき、羂索の額には確かに縫い目が存在した。
確か、公式ファンブックか何かで羂索の縫い痕が残っているのは縛りの関係だという提示があったはずだが……だとしたら、今は一時的に縛りを解除しているということになる。縛りの解除が可能なのかについては疑問が残るが……。
もし、羂索が何かしらの無理をしてまでこの場にいるのであれば。
それは、羂索にとってそれをするだけの理由がある『何か』があるということだ。少なくとも、『原作』では常に維持していた縫い痕がないということは、それだけイレギュラーな状態だと思う。
「ん? ああ、目敏いね。いやなに、京の術師に私の縫い目のことは知られていたから。それを逆手に取ったまでだ。
そう言いながら、羂索はすう──と指で額をなぞる。すると、うっすらと額に傷痕が見えた。……白粉で傷痕を隠しているのか。だとしても、おそらく縛りは「治療しないこと」ではなく「傷痕が分かるようにすること」だろうから、何らかの不利益は背負っているんだろうが……。
…………これについても、考えても仕方がないな。
この期に及んで、羂索には緊張感がない。私が此処で羂索と対峙しても凌ぎ切れる自信があるのだ。加えて、私がそこまでして強硬に羂索と対立する気がないことも見抜かれていると考えて良い。…………実際、京が荒れて困るのは確かだが、父や伯父上がコイツの陰謀のあおりを受けて傾いてもそれ自体は全く困らないからな。
極論、藤原が落ちても、佳子や晴明翁──安倍の家にいる人達が揺るがなければ、それで。
「それとまぁ……
……羂索も、私に何らかの縛りを解除していることが気付かれたことに気付いたはず。
クソっ、ただでさえ入内準備をしながら潜入調査をしないといけないのに、加えて羂索との腹芸か……。厄介だな……。
「しかし、「大元帥法」ね」
私が何も言わずにその顔を見ていると、羂索は不意に視線を横に逸らしてそう言った。
「あんな埃の被ったものを君が知っているとは。随分勉強しているね。晴明の入れ知恵かな?」
「……これでも一応、私は藤原だぞ。家にいた時から史書を漁って知っている」
「勉強熱心なことだね」
私が答えると、羂索は感心したように頷く。
そして、静かに腕を組んだ。
「アレは常暁が遺した呪いだが……君は常暁のことを知っているかな」
「……"入唐八家"。かつて唐に赴いて学問を学んだ術師と聞いている。「大元帥法」も、そこで会得したと」
「歴史はきちんと学んでいるようだ。だが、「大元帥法」については間違っている。アレは、彼が独自に編み出した術式だよ。──常暁は式神術の名手でね」
羂索は、まるで知人のことを紹介するように言った。……いや、真実彼女にとっては知人なのかもしれない。
天元は、確か奈良時代から生きていたはずだ。羂索も同年代の術師であるのであれば、現時点で既に数百年は生きている……。
「常暁は、彼自身の生得術式が焼き付き呪具化した式神を最強の武器としていた。知っているかな? 術式の構造に含まれている式神は最初から術式を帯びているものだが、そうではない後付けの式神であったとしても、同じ式を長期間使い続ければ術師の呪力に
「君のところでは、天使は術式自体に式神が組み込まれていたかな」──と羂索は語る。
まるで──というか真実講釈をするような羂索に、私は「そこまでは知らなかった」と首を横に振った。
呪具化した式神については「原作」でも例がある。九十九由基の式神「
……式神の呪具化、か。「
「「大元帥法」についてどこまで把握している?」
「……常暁が遺した
具体的に、呪具がどういう術式を有しているかまでは知らないが……」
「ふぅん。まぁ妥当なところか」
羂索は面白くなさそうに言って、
「常暁の術式は「
「厄介、か。戦ったのか?」
「いや? 私より強かったからね。上手く仲間に引き入れたさ。多少難のある性格ではあったが」
問いかけてみたら、羂索はあっさりと言い切った。
……羂索よりも強い術師、か。いや、羂索が最強ではないことは分かっているのだが……はっきりと明言されると、それはそれで複雑な気持ちだ。
そしてこの女、自分より強いと見るや戦って排除するとかではなく味方につけてくるのか。本当に最悪だな……。
「だが、一番厄介だったのはやはり彼の呪具化した式神だよ。──自律思考し、高い戦闘力を持って術式すらも行使してくる式神。ただでさえ多対一が基本の「毀式操術」の運用者が一騎当千の格闘を挑んでくるんだ。頭を抱えたくなってくるだろ?」
それは確かに……。
「常暁は、その式神に封印術を施したんだ。自分の死後も、己の式神がこの世に残り続けるようにする為にね。「大元帥法」が封印している「呪具」というのは、察しの通り呪具化した常暁の式神のことだ」
……羂索が厄介というほどの戦闘力を持った式神。
加えて、大軍を使役することすらできる術式「毀式操術」……。操作可能になる破壊の程度によっては、傷をつけるだけで傷つけた部位の操作すら可能かもしれないと考えると……確かに脅威だな。
あとは、術師の死体を式神にすることで、そいつの生得術式を運用することも可能かもしれない。羂索が自分より強いと言うほどの術師だ。そういう可能性も考慮した方が良い。
「式神の名は、「
…………なるほど、これは確かに、
特級レベルの呪具であることは覚悟していたが……こんなものを死に目の伯父上と落ち目の父が手にすれば、本気で平安京が瓦礫の山と化してしまうかもしれないぞ。
内心で警戒心を引き上げていると、羂索はどこか楽しそうに私の表情を眺めていた。羂索は笑みを浮かべながら、こんなことを提案してきた。
「なあ、尊。
……………………。
…………はぁ?
どの口で???