私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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第32話 毒を食らわば

「そういえば、私の入内はいつの予定だったか」

 

 

 藤原の家に戻ってから、はや数週間が経過した。

 

 傍に控えている羂索に、私は何の気なしに問いかけた。

 

 羂索は、歴戦の呪術師とは思えないほど慣れた調子で仕えてくれる。

 あれから話を聞いてみたが、羂索の現在の身体の名は藤原糸姫というらしい。元は藤原北家傍流にあたる家の娘で、父の正妻の姪にあたるんだとか。幼くして頭角を現した才女で、最近まで内侍司(ないしのつかさ)博士命婦(はかせのみょうぶ)として、春日祭の祭事を任されていたとのこと。

 ……本来なら才女とはいえ命婦の地位──即ち(低級であっても)官位を、傍流のそれも幼い娘が得ることはほぼ不可能に近いのだが、博士命婦という職だけは別だ。

 この博士命婦の職掌は藤原氏の氏神を祀った神社「春日大社」(大和国(奈良)にある)の例祭への従事が含まれるのだが、この職掌はもともと、藤原氏が独自に選出した幼齢の女が斎女(いつきめ)という職について担っていた。ひと昔前にこの斎女という職が廃れて内侍司の職掌として吸収されていたのだが、この時の名残で、博士命婦については例外的に特に若い女性が任じられやすいのである。

 もっとも、内侍司の上の尚侍(ないしのかみ)なんかは帝のお妾的な要素も持っていたのでこっちも若い女性が多いし、後宮の役職に若い女性がつくことなど珍しくもないのだが……博士命婦については"ガチ"だ。なんせ平安京ナンバーワンの藤原氏の氏神関連の祭事だ。お妾攻勢とか一切関係なく、大真面目に若い女性を任命しているのだった。(神職ってことで処女じゃないと駄目って制約もあるし)

 で、そんな博士命婦をやっていた藤原糸姫さんだったが、そろそろ良い年齢ということで里に戻されて、結婚相手探しも兼ねて女御をやっているという訳である。……まぁ、中身は例のメロンパンなのだが。

 

 ……っていうか、羂索が藤原の氏神を祀る神社に通じていたって事実、冷静に考えてみるとかなり怖いよな……。

 流石に私も春日大社に呪術的なギミックがあるかどうかまでは知らないが、もし何かあったとしたら、このツギハギ女房のことだ、確実に何かしら仕込んでるだろう。……あーいやだ。もし何かあったら、十中八九私も巻き込まれるじゃないか。せめて私が生きている間には発動しないでほしい。鎌倉時代とか戦国時代とかにやってくれ。

 

 

「皐月の中頃だね。準備については恙無(つつがな)く進んでいるから安心してくれていいよ」

 

 

 私の問いに対し、羂索はきわめて実務的な答えをあっさりと返した。

 

 入内には色々な準備がある。

 まずは私が入ることになる内裏の殿舎の選定。入内してすぐ私の住まいになるので、準備は必須である。私は裏で手を回して頓挫することを知っているが、父はそんなこととは露知らずに準備しているからな。

 それから嫁入り道具の支度だ。この時代の嫁入り道具は色々あり、後宮で身に纏う衣装、漢詩の書かれた屏風、御帳(みちょう)(寝床に設置する敷居のようなもの)、櫛、化粧道具、香壺(こうご)、鏡、小刀、棚、そして小物を入れるための箱達。もちろんこれらの嫁入り道具は金をかけて立派な細工が施されたものが準備される。一応私は右大臣の娘なので、こういうところをちゃんとやらないと父の面目が立たないわけだ。しょうもな。

 

 で、これらの支度は基本的には後見である父が差配する訳だが、当然その方針は当事者である私が色々と口を出さねばならない。そしてこの選定にこそ、これから帝の后になる私の教養が出るという訳だ。ここで妙なものを持って来れば、私は入内して早々内裏の笑いものになってしまう。どうせ入内の話は頓挫するのだからどうでもいい──というには、父と結んだ縛りもあるのでやることはきちんとやらねばならない。

 そこで活躍するのが、私の女房である。

 羂索──というか一般的な女房は、主に私の意向をそれぞれの職人に伝達し準備を円滑に進める為のパイプ役のような動きをする。言ってみれば、現代で言うところの秘書みたいなポジションだ。この上私の身の回りの世話もしないといけないというのだから大変だ。話に聞くところによると、今内裏で権勢を振るっている中宮様は四〇人も女房を引き連れて入内したのだという。この激務を思えば、女房が四〇人いても全く不思議ではない。

 

 では何故仮にも右大臣の娘である私の女房が現時点で羂索一人なのかというと、此処には難しい政治の話が絡んでくる。

 まず今回の私の入内話自体、父がかなり強引に進めている話である。まだ正式な話すら出ていない状態で、伯父上が死にそうという政治的空白を突いて既成事実化させたいという父の思惑があるのだろう。

 そういう状況なので、大っぴらに女房を集めると「大入道殿の次兄殿が娘の入内を進めているぞ」とバレてしまう。一応伯父上はまだ昏睡しているわけではないので、この時点で入内を画策していることがバレれば二人の間に亀裂が生じてしまう。それはよくないということで、最小限の人員が選ばれたのだ。羂索のガワである藤原糸姫さんは幼くして内侍司に務めたキャリアを持つスーパーハイスペック才女であり、加えて父の正妻の姪という超身内。まさに逸材であった。

 なお、このあまりにもピンポイントすぎる偶然について「これはいつから練っていた絵図だ?」と聞いてみたところ、羂索は笑いながら「いやぁ私も家系図を辿って爆笑したよ。運命的だと思わないか?」と返してくれた。もし本当に偶然だとしたら、私は今後一生運命とやらに期待しないが。

 

 

「皐月か……。あと二月(ふたつき)弱。随分悠長だな」

 

「人員を増やす訳にもいかないからね。君の父も慎重に動いているんじゃないかな? ()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう言って、羂索はにんまりと口端を吊り上げた。

 

 ──現在、私は羂索と共闘関係にある。

 特級呪霊並みの強さを持つ式神に平安京を荒らされては困るという点で、利害が一致したためだ。私はもちろん、羂索が推し進めている計画的にもこの時期に平安京が荒廃するのはよろしくないのだろう。……おそらく、このタイミングで平安京が壊滅すれば、天元の守りが余計に固くなるからな。

 やるなら、天元の同化前。星漿体の居場所が特定できたタイミングだろう。そのタイミングで京に波乱が巻き起これば、羂索としては絶好の目くらましになる。

 

 ……正直、私は羂索の当面の目的──天元の星漿体同化阻止は、ぶっちゃけ成功させてもいいと思っているんだがな。

 だって、別に天元は星漿体同化に失敗しても自我が消滅する訳でもないしな。お得意の結界術で自我を保ち、そのまま存続できる。羂索が呪霊操術を手に入れていない現状なら支配される心配もないし、むしろ呪霊操術の持ち主が世に出ていない今のうちに天元に人間を辞めさせて、より強固に結界を作らせるよう仕向けるというのも一つの案だと思う。

 ただし……そうすると、天元周りの因果がどうなるか想像もつかないんだよな。天元が同化を必要としなくなることで星漿体と六眼が現れないとなると、後の世への影響が想像もつかなくなる。特に、五条悟が現れなかった場合、多分一〇〇〇年後に日本が終わる。

 ……私が死んでから一〇〇〇年後の未来などどうでもいいといえばどうでもいいのだが、受肉するとか呪霊になるとかした場合は満更無関係な未来とも言えないのだ。今この時点で一〇〇〇年後のバッドエンドを確約するのは早計な気がする。

 

 

「とはいえ、女房以外の人員の流入は少しずつ活発になってきているよ。具体的には、嫁入り道具の職人達か。それと──彼らに紛れて、野良の術師も入り込んでいるようだ」

 

「術師が?」

 

 

 問い返すと、羂索は素直に頷く。

 

 

「ああ。君の父もようやく術師の重要性を学んだんだろう。ただ、藤原の術師については既に君の叔父が管理権を握っているからね。仕方がなく、在野の術師を掻き集めているんだ。ほぼ盗賊みたいな連中までいたよ」

 

「そんな杜撰な……」

 

 

 そうせざるを得ないくらい追い詰められているということなんだろう。杜撰とは言ったが、そこの困窮っぷりは理解する。

 ……改めて、この時代の呪術師戦力の重要さを体感させられる話だ。丸腰よりは、盗賊崩れの術師でも抱えておいた方が安全という。……盗賊崩れでも術師からしたら取り立てられるチャンスなんだから、滅多なことはしないと思うが。

 

 

「名のある呪詛師も中にはいる。君も名前は聞いたことがあるかな? 千切(ちぎり)雷火(らいか)黒尼(こくに)に……」

 

「いや、誰一人聞いたこともないが……」

 

 

 私、まだ呪詛師を殺したことないんだよな。

 基本的に相手をするのは呪霊ばかりだし、それだけで手一杯だし。天使なんかはたまに呪詛師を倒したって話をしてくることもあるが、どうも私や佳子はその手の任務に手を出さないよう晴明翁に守られている感がある。余計なお世話だが──まぁ私が人を殺めたら、佳子が殊更に気にしそうだしな。そこは正しい判断だと思う。

 

 

「というか、よく術師かどうか分かったな。一応職人として紛れさせているんだろう?」

 

「面識がある連中は流石に分かるよ。それ以外の術師については──結界を張っていてね」

 

 

 ……結界?

 

 

「御所の結界はもう見ただろ? 原理はアレと同じだよ。術師は呪力の自然漏出が極端に少ない。その差を見極めることで術師と非術師を区別する訳だ」

 

 

 …………。

 

 私が今絶賛研究中の技術の応用を、当たり前のように……。

 

 

「……御所の結界は見た。だがあれは仕組みとしては真逆だろう。アレは術師から放たれる呪力を検知する仕組み。登録した呪力を読み取るものであって、術師かどうかを判別するものじゃないんじゃないか」

 

「ふむ、聞き上手と言っておこうかな」

 

 

 そして羂索の講釈を引き出す為にあえて私が抱えている本当の疑問点の一歩手前で躓いている振りをしたのも当然のようにバレている、と。

 

 

「君も分かっていると思うが、私が張った結界も御所の結界も原理は同じだ。呪力を感知するという点ではね。御所の結界が「侵入者に微弱な干渉を行うことで術師が反射的に発した呪力に対して登録済みか否かを判別する」のに対し、私が張った結界は単純に漏出した微弱な呪力そのものを読んでいるという違いはあるが」

 

 

 ……そう、原理的には同じということは分かっている。

 御所の結界の原理も分かっているし、羂索が張った結界の原理も()()()()()()。ただ──そこに至るまでの技術的な壁が高すぎるだけだ。

 呪力の感知というのは、感知可能な下限が存在するのだ。そしてそれは最低でも残穢レベルの濃さが必要になる。だから、御所の結界はあえて侵入者に一律で干渉して、術師が反射的に防御する時に発せられる呪力から個人を判定している訳だからな。

 当然、一般人から漏れ出ている微弱な呪力の漏出など、普通の結界では感知できない。それほどの敏感さを結界に与えるのは、結界術の原理では不可能なはず。()()()()()()()()()()()()()()()()()分からない。私の疑問点を正確に表現するなら、こうなる。

 

 

「……感知の精度を上げているのか? だが、微弱な呪力の漏出を感知するなんて……」

 

 

 一般人から漏出した呪力なんて、感情に流れて集まり呪霊となるだけである。微弱過ぎて感知などできないはずだ。

 …………いや。

 

 

「…………()()()()()()()()?」

 

 

 確か、犬島の呪霊は羂索が呪力の漏出を誘導する為に結界術を用いていたと言っていた気がする。

 通常ならば微弱過ぎて結界術では感知できない呪力の漏出も、呪力の漏出を誘導することができれば一方向に流れる方向がまとまることになり──感知が可能になるのでは?

 

 

「ご名答。やっぱり君との呪術談義は楽しいよ」

 

 

 羂索は機嫌よさそうに笑う。

 

 

「私が呪力の漏出を誘導できるのは知っての通り。その技術を用いることで、非術師の呪力の漏出方向を一方向にまとめて、結界でも検知できる水準にしている訳だ」

 

「ちなみに、誘導した呪力はどうしているんだ?」

 

「…………誤魔化されてくれない?」

 

 

 無言で立ち上がると、羂索は両手を挙げて降参の意を示した。

 

 

「分かった分かった。漏出した呪力はこの邸の周辺四か所に滞留するように流しているよ。一週間もしたらそれぞれの場所で一級呪霊が同時発生するようにね」

 

「……何でそんな真似を?」

 

 

 問いかけると、羂索は露骨に残念そうに溜息を吐いた。

 

 

「点数稼ぎだよ。もちろん、君のね。一級呪霊が自邸周辺で同時に四体も現れれば、君の父の性格上慌てて手勢を使うだろう。そして大事な君はしまい込む。私はその機に呪霊に対応したこの家の術師の戦いぶりを観察して君に報告して信頼を稼ぐ。

 そして君の父の頑なさから察するに、その事件が起きれば君は今以上に身動きが取れなくなるだろう。安倍家の術師の女房入りも難しくなる。そうすれば君はより私という戦力に依存せざるを得なくなる……という筋書きだね」

 

「最悪だな」

 

 

 ゆ、油断も隙も無い……。

 何でコイツはこんな息を吐くように何かの行動の裏に別の策略を忍ばせているんだ……。しかも私を追い詰めるというよりも、私の懐に入り込むタイプの策略なのが怖すぎる。

 そして一番怖いのは、結果私は確かに孤立するものの、一応父の戦力は把握できるし、私にとってはマイナスとも限らないという点だ。羂索を信頼さえすれば、この策のデメリットはないに等しい。なので、強ち私に対する攻撃と断定することもできないのだ。…………羂索を信頼すれば、だが。そしてそんなことは絶対に不可能なのだが。

 

 

「当然、却下だ。誘導先は最低でも二〇に分散しろ。呪霊として結実もできないくらいの水準に落とすんだ」

 

「バレてしまっては仕方がないね。分かった、()()()()()

 

 

 羂索はあっさりとそう言った。

 

 

「……それは"縛り"か?」

 

「もちろんそうだよ」

 

 

 …………縛りで私の指示に従うことを明言した。これについては問題なし、か。

 ……裏でサブのプランが走っているのか、この程度は遊びなのでどうでもいいのか。あまりにもあっさりしすぎていて判断ができないな……。

 

 

「あまりそういうことをされると、調査報告の方の信頼度も落ちるんだがな……」

 

「それはそれだよ。今の君は私に頼るしかないんだから、そこは呑み込まなくちゃ」

 

「どの面下げて言ってんだ……」

 

 

 マジこいつ性質悪い。

 

 

「……で、「大元帥法」の件の進捗はどうだ?」

 

「ああ、昔のツテで、()()()への文書のやり取りが確認できた程度だね。それ以上の進展はまだないかな」

 

 

 ……大和国。春日大社がある国で、羂索は博士命婦の業務の関係でかなり関係が深い場所だ。

 そして、「大元帥法」の核となる呪具が安置されている秋篠寺が存在する場所でもある。

 

 偶然の符合か、あるいは……。

 

 

 私の懸念とは裏腹に、その後さらに数週の間は目立った報告もないまま時間が過ぎていく──。




なお、博士命婦に関する内容はおおむね嘘設定です。
斎女時代の話や内侍司への職掌の変遷は事実ですが、藤原氏の祭祀の仕組みを引き継いだという史料はないです。むしろ、更級日記には老女の博士命婦が登場してたりします。
もっとも、尊の時代には命婦は女房の名前や猫の名前(!?)にも使われているので、ファジーでもいいのかもしれませんが。

…………なんで呪術二次を書くのにこんな平安時代の考証してるんでしょうね?
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