「どうして此処に……とは聞くまい!」
突如乱入してきた佳子だったが、私はそちらの方には一切視線を向けなかった。
今この場に佳子が乱入できた理由なんて、考えても仕方がない。大方、「ギリギリで女御として捻じ込むのがこのタイミングになった」とか、「女御として捻じ込めなかったけど伯父上死去で状況が動いたのでどさくさに紛れた」とかそのへんだ。結局「この後は事態の解決まで一刻を争う」という点に変わりはない。
そして──
「此処は任せてもいいか?」
私は、爆破の破戒僧が守っていた隠し部屋を強く意識する。……爆破を扱う術式を地下の隠し部屋の番人として配置したのは、なかなかの妙手だ。
密室に対して爆発を仕掛ければ、酸欠や爆圧による攻撃で成す術もなく死んでしまうからな。呪力による防御にも限度がある。なので、コイツを倒さない限り隠し部屋は探索できないが、肝心のコイツは爆破術式を運用する関係なのかけっこう強力な反転術式を使う(はず)。要するに、時間を稼ぎまくる為の布陣というわけである。
ただし、こちらには佳子がいる。破戒僧のお守を完全に任せることができれば、私は何の憂いもなく探索に集中することができる。
「えっ……まぁいいですけど」
私の問いに対し、佳子は不服そうに答えてから、蹴っ飛ばした破戒僧へ追撃に向かって行った。
何で渋々なんだよ。共闘できるとでも思っていたのか? こっちだって忙しいんだよ。手数が増えたら手分けして動くに決まってるだろ。
……さて、佳子のドロップキックによって父の居室の外まで豪快に吹っ飛ばされた爆破の破戒僧が戻って来ないうちに、探索を済ませるとするか。
気を取り直した私は、畳を蹴って散らす。
「未来の女御がやるには、少しばかりはしたないね」
「ならオマエが代わりにやればいいだろ、女房」
軽口を叩く羂索をあしらっていると──畳の下に土で出来た階段があった。
けっこう深いな……。やはり隠し部屋の情報に間違いはなかったようだ。
さて……、
「一応偵察だけ先に済ませておくか。「
私は、先ほど引き抜いた髪の毛を地下室へと放る。
直後、ズボォッ!! と一〇メートル程度の
「おや、以前見た時と比べて随分細身になってるね。式神の扱い変えたのかい?」
「先輩が達人でな。嫌でも扱いは身に着く」
「にしても器用だ。私も使ってみようかな、式神」
──式神術において、式神の発現には
"基本的には"と言ったのは、術式自体が式神術を内包している天使の「邪去侮の梯子」や日車の「誅伏賜死」、乙骨の「
私も、実は以前までは事前に用意した呪符を媒介として「
そこで、私は式神の媒介に使用する物質を呪符から自分の頭髪に変更した。自分の肉体の一部を媒介にする場合、発現時にいちいち式神を構成しなくてはいけないという欠点はあるが──そこは式神術の運用に長けていれば問題にはならない。現に習熟した今は、呪符を使っていた頃よりもやや発現速度は早いくらいだった。
むしろ、肉体の一部を使用する"縛り"によって発現する式神は強化されるし、今回の様に式神の細かいディティールも発現ごとに調整することだってできる。……細かいマイナーチェンジだが、防御や攻撃を式神に依存することの多い私としてはかなりの強化である。
「
「内部は安全だ。行くぞ」
私は羂索にそう言うと、「
とっとと探索を済ませないと佳子にぶつくさ言われそうなので、小走り気味だ。中はだいぶ狭苦しく、背を丸めながらでないと入っていくのも難しい有様だったが、幸いにもトラップの類はなかった。……まぁ帳簿があるということは日常的に利用しているということだし、そこの心配は要らないか。
そうして進んでいくと、すぐに一番下まで到達した。念のため残穢も含め呪力の有無を確認してみるが……問題なし。此処には人っ子一人いないようだ。
まるで映画に登場する独裁者が最後に閉じこもる地下室のように、閉塞感をおぼえる部屋だった。
部屋の奥に文机があり、その横に文書をしまう棚が設置されている。床は粗末な布が敷いてあるだけで畳も何もなく、父が此処で活動していたとは到底思えない有様だった。
「氷室みたいだね。少し肌寒い」
「地下だからな。冷蔵しているのは……食材ではなく押書の類だが」
そう言って、私は棚を開け放って中の文書を取り出す。
これが目当ての文書である。私はさっと目を通して──それから、少し固まった。
無造作に手に取った書類に書かれていたのは、確かに父の取引の記録だ。律儀にも役人相手への賄賂の記録が書かれているので、あまり表沙汰にしたくない内容が書かれているのは間違いない。……が、別にこの時代に政治倫理なんてありはしないし、こんなもの表沙汰になっても何も困らない程度のものだ。
それより重要な、術師関連の取引情報。そこについての押書が、ない。ついでに言えば、書類の数自体も全体的に少ない。何か、直前に抜き取られたかのような……。
「……尊。これを見てくれ」
予想外の事態に思考を巡らせていると、羂索がそう言いながら一枚の紙きれを手渡してきた。
紙が貴重なこの時代、紙切れにメモをとるようなことはない。これはおそらく、手帳か何かから落丁したものだろう。その中には、殴り書きでこんな内容が書かれていた。
『大元帥法の発動準備
関白を殺害後 大和国へ』
…………この
そしてこの内容から察するに、伯父上を殺した父の部下は、そのまま大和国へ向かって大元帥法の発動準備に入る──という筋書きのようだ。……一応伯父上にも術師の守りはいたはずなので、その術師を排除した上で追加の行動がとれるとなると、大分凄腕ということになりそうだ。
さて。
「…………おい羂索」
紙切れを奪い取りながら、私は羂索を睨みつける。
羂索の話では、父は伯父上殺害のあと腹心を連れて氏長者及び関白就任のための諸処理に宮廷へ向かったということだった。そして、自身の失脚に繋がりうる術師の取引にまつわる押書は懐に隠したままにしてあると。
だが実際はどうだろうか。確かに父は宮廷に向かっているのかもしれないが、腹心は大和国へ大元帥法の発動準備へ向かい、父の失脚に繋がる帳簿もまた持ち出されている。
帳簿がないこと自体はいい。佳子がこっちに来たということは、叔父上や晴明翁ももう証拠を待つ気はないということだ。最悪証拠が失われたとしても、呪い合いに勝利すればゴリ押しで父を失脚させられるという目論見もあるのだろう。
「これはどういうことだ。帳簿も見つからなかった。幾つかの書類もだ。……完全に、こちらの思惑がバレているじゃないか」
問題は、父が完全にこちらの手を読み切っているというところだ。
破戒僧の足止めはまだ保険の範疇だったが、父が帳簿というリスクを外に持ち出しているというのは、明らかに捜査の手が自分の懐に及ぶことを警戒した動きである。
つまり、無警戒の横っ面を叩くつもりが、最初から警戒していた動きをしていたということになる。
…………おかしい。
父は「縛り」を結んだから私を信頼しているはず。それが私の読み違いで、父は「縛り」を結んでなお私の裏切りを警戒していた……という可能性も、なくはないが……何か微妙だ。今までの父からブレる気がする。何か、外的要因が紛れ込んでいるような……そしてその外的要因を見切らず動くことが、危険な状況を招くような……。
「多分、君の父上の腹心の仕業だね。
…………「再契象」って、レジィ・スターじゃねーか! ってことは、さっきの爆破の破戒僧も黄櫨で確定か!? 確か、あの二人は生前からの知己っていう雰囲気だったしな……。……その割には、レジィは黄櫨のことを生前の名前で呼んでいなかった気がするが。
とにかく、「用心深い父は失脚の元となる帳簿を自分の懐から動かさない」という読みは外れた。そして伯父上を殺害した術師は「大元帥法」の封印解除に向かったというところが重要だ。
……叔父上や晴明翁もこの事態は認識した上で佳子を動かしている気がするが、どうすべきか……。正直、此処から大和国へ向かったとしても封印解除には間に合わない気がするが…………刀津貴の解放は免れないとして、今から対策を練っておいた方が良いか?
いや、考えるべきはそこか?
重要なのは、羂索を頼りにして構築していた盤面に読み違いがあったという点じゃないか? この女がただ私に協力するとは思えない。今回の父の動向にしろ、コイツが何かしらを隠して盤面操作をしていたという可能性だって否定できない。……佳子が合流した以上、私は孤立していない。刀津貴の解放までが羂索にとっての規定路線なら、コイツをこのまま私の横で自由にさせていたら……不味くないか?
……私が今この状況で考えるべきは、
「……………………」
「安心してくれ。「彼」──千切に追いつく策はある。術式は、なるべくなら見せたくなかったが…………四の五の言っている場合じゃないか」
敵対か黙認の二者択一に思考を馳せていると──羂索はそんな私の疑念になど気付かず、そんなことを言った。
…………この局面で私の疑念を警戒しない? つまり、裏切りではなく単純な読み違い……? いや、そう見せているだけという可能性もあるが…………何にせよ、「大元帥法」の封印解除を阻止する目がまだ残っているのであれば、その路線に乗る価値はある。
…………羂索を切るとしても、それは「今」ではない。
ただでさえ一刻を争う状況で、明確な格上と争っている場合じゃない。そんなことをしているくらいなら、のちのちの裏切りを織り込んだうえで「大元帥法」の阻止に動いた方が良いだろう。
「分かった。晴明様の動きが不透明な状況では、「大元帥法」の封印維持が最優先だ。移動は任せた」
「ああ、もちろんだとも。読み違いがあったからね……。名誉挽回と行こうじゃないか」
そう言って、羂索はコキリと首を横に振った。
直後。
ズイ──と、まるで残像の様に、
どこか見覚えのある術式。
とある呪霊が使っていたその術を前に、私の脳裏に様々な可能性が巡っていく。最悪の可能性を幾つか脳裏に挙げながら、私は絞り出すように言うしかなかった。
「…………使えるじゃないか、式神」
「まぁね。結構便利だよ。瞬間移動とかできるし」
…………。
なんで四年前に私が祓った犬島の呪霊の術式を平然と使ってるんだよ!!!!!!
次回は佳子vs黄櫨(仮)をやります。