「佳子の強み? ……それ、なんで私に聞くんですか」
問われた少女は、分かりやすく表情を顰めた。
手ぬぐいで汗を拭った少女──藤原尊は、面白くなさそうにしながら"こちら"の方へ向き直る。
「「弱み」ならいくらでも挙げられますけど……すぐに調子に乗るところとか、戦略を組み立てて動かないところとか。基本的に味方がいると思って動いてるから、動きに穴があっても「尊が補ってくれるからいいや」で穴がある前提で最大化した動きをとろうとする癖があるんですよ、アイツは」
おそらくそれで何度となく尻拭いをさせられているのだろう。尊はこれ見よがしにため息をついて、
「つまり、アイツは自分一人で完結した戦闘ができないんです。詰めが甘いといってもいいですね。予知があるのに……」
憂うように言って、尊は俄かに視線を逸らす。
──本当に強みはないのか? そう問われた尊は、面白くなさそうに唸ってから、
「……強いて言うなら、格闘能力。予知とは無関係に、佳子って意外と身体能力が高いんですよね。……いや、正確に言えば、身体制御能力が高いって言うべきかもしれませんが」
尊は拳をゆっくりと振るいながら、
「普通、予知の情報があってもそれに適うように"動きを作る"ことって難しいんですけど、佳子はその形に合わせるように正確に動くことができる。六眼による精密性が関係しているんですかね。だから組手をしてても、佳子の相手はやりづらいです。術式抜きでも」
ぱしっ、と。尊は振るった拳を自分の手のひらで受け止める。
「そこに、六眼仕込みの精密さで予知が叩き込まれる。「確定」と「否定」を使い分けられるわけですよ。……ああ、そうそう。
そこまで言ってから、尊は気まずそうな表情を浮かべながらこう続けた。
「…………これ、佳子には言わないでくださいよ。調子に乗るので、絶対」
◆ ◆ ◆
破戒僧──雷火は、まず小手調べとばかりに自分の口の中に手を突っ込んだ。
雷火にとって、歯は小手調べに最も有用な武器だ。
失ってから再生するまでのラグが格闘能力に影響しないし、小さい物質は格闘のアクションに紛れての投擲を容易とする。
(初撃!! それへの対応で術式を見極める!!)
何より、大雑把かつ強力な破壊。呪力強化術による防御では防ぎきれない威力を予感させるその威容に、たいていの術師は初撃を警戒する。そして己の持つ術式で以て対応しようとするのだ。つまりそれで「一手」消耗することになる。この圧倒的破壊力と反転術式によるしぶとさを盾に戦闘のリズムを奪うのが、雷火のスタイルだった。
そしてそのスタイルゆえに──雷火は一般的な術師の範疇を超えない呪力量でありながら、呪術全盛平安の世にて貴族の庇護を得ないまま呪術師として活動を続けることができていた。
抜いた歯を、腕の振りに合わせて投擲する。
相手の白髪の少女は、こちらの出方を伺うように動きを止めていた。後退しないということは、爆発に対応できる自信があるということ。つまり防御のアテがあると判断した雷火は、その防御をかいくぐるような近接戦の組み立てを始め、
ドッ!! という衝撃があった。
直後、雷火の視界は床と、それから点々と散る赤に切り替わっていた。
(!?)
その光景が、自分がくの字に折れ曲がって床を見下ろしているために起きていることに気づいたのは、雷火が反射的に後ろに飛びのいた後だった。
飛びのいたことで視界に収めた白髪の少女は、雷火のことを追撃する様子もなくただスッと人差し指を雷火の方に向けていた。
「
激しい動きで靡かせた白の長髪の間から蒼い瞳を覗かせた少女は、全てを見通しているみたいに雷火の方を指さし、こう続ける。
「早く吐き出さないと、死にますよ」
──そのとき、雷火は気づいた。
抜いたはずの歯が、爆発していない。
仮に白髪の少女が歯を躱して肉薄したとして、爆発は彼女の背後で発生していなければおかしい。にも拘らず、爆発自体が
いや、それだけでなく、この口の中に残る異物感は──
(馬鹿な!? まさかそもそも……歯は抜き終わっていない!? その前に攻撃を受け、く、口の中に!? まずっ)
反射的に、雷火は歯を横合いに吐き出す。
しかし直後、
ドパッッ!! と。
吐き出した歯が起爆する。ぎりぎりで吐き出せたとはいえ、一メートル程度のところで爆風を浴びた雷火の顔面は、熱と光で一瞬にして焼け爛れた。通常ならば死は免れないほどの重傷だが、強力な反転術式を持つ雷火はすぐにそれを治療し──しかし、敵はそれを待たなかった。
白髪の少女の前蹴りが、雷火の喉笛に突き刺さる。
呼吸器を破壊された雷火は、そのまま転がって逃げようとするが──追撃は続く。顔面の修復を完了させた雷火が前を見ると、その時彼の視界に少女の姿はなかった。
無理もない──白髪の少女は壁を駆け上がり、雷火の死角から踵落としを繰り出していたのだから。
「!!」
一瞬早くその動きを感知してスウェーすることで回避した雷火だったが、少女の攻撃はそこでは終わらなかった。空振りした踵落としは板間を破壊し、剥がれた板材はまるで飛沫のように鋭く尖って雷火の喉に突き刺さる。
「ぎごっ」
(コイツ……!! また喉を!! 反転術式使いに慣れてやがる!?)
反転術式は、破壊を治癒したり失ったものを補完することに長けているが──物質の除外はその範疇外となる。たとえば喉を破壊された場合、その修復は容易だが、気道に流れ出た血の除去までは反転術式では行えない。そして窒息は、反転術式では対処できない(理論上酸欠のダメージを回復することは可能だが、雷火には出来ない)。
つまり喉の出血を強いられた場合、気道に入り込んだ血を除去しない限り窒息が雷火のことを襲うわけだ。
だが、雷火もその弱点を突かれた程度で止まるほど甘くない。
爪を引きはがした雷火は、あえてそれを自分の喉元で起爆する。
喉ごと血液も吹っ飛ばした雷火は、そのまま爪と喉元を修復し──
「隙、ですね!」
そこに対応を集中したことで、少女の次手を許した。
暴力の音が、連続する。
──そこで戦闘が終わらなかったのは、雷火の戦闘経験によるものだろう。
爆破によって吹き飛ばされた喉笛。
反転術式によって修復した肉片は呪力的価値が下がるため、「爆身御供」で引き出せる威力も激減する。しかし元の価値が高い部位であればそれでもほどほどの威力を保持することはでき──喉笛を爆破した時点で致命的な隙が生じることに気づいていた雷火は、おそらく追撃に来るであろう敵対者もろともに自分を吹き飛ばし──そしてその衝撃で意識を取り戻す算段をつけていた。
◆ ◆ ◆
──雷火は爆発によって
(なぜだ!? なぜ俺は
先ほど、雷火は佳子の打撃の連続によって気絶させられていたはずだ。
雷火はそれを見越して、気付代わりに喉笛を爆発させようとしていたのだからそれは間違いない。そしてだとすると、雷火は爆風の衝撃によって目を覚ましていないとおかしい──にも拘らず、雷火は爆発の瞬間を認識することができていた。まるで、
(それだけじゃない……! 今はもう、最初に歯を投擲した記憶自体が曖昧になってきている……! そもそも俺は本当に歯を投げたのか!? それを先読みされて膝蹴りを食らったんじゃなかったか!?)
爆風を受けて転がりながら態勢を立て直しているうちにも、記憶が揺れ動いていく。
しかしその当惑を、敵である佳子が待ってくれるわけもない。反転術式によって爆風の負傷を修復しながら、雷火は腕を上げて佳子を待ち構える。身を低くしながら接近してきた佳子は、喉への攻撃を警戒する雷火の足へローキックを叩き込む。
度重なる喉への攻撃に警戒の比重を誘導されていた雷火はその一撃で一気に体勢を傾がせ──直後、顔面への右ストレートを許した。
その一撃で決着がつかなかった理由は、雷火自身が直前に自分の失策を悟っていたからだろう。
右ストレートの軌道から佳子の狙いが顔面だと気づいた雷火は、全身全霊を以て呪力を顔面と首に集中させ、呪力強化によって佳子の拳を受け止めていたのだ。それでも鼻は見る影もなく叩き潰されるが──脳震盪による意識の崩壊という最悪は回避し、なおかつ拳の勢いを受けて吹っ飛び、佳子から距離をとることに成功する。
成功、したはずだった。
ガッ、と。
佳子に顔面を掴まれた時には、吹っ飛んだ事実など既に
「な、ばッ……いくらなんでもおかしいだろ!?」
「ご愁傷様。天才たる佳子さんの相手をした不幸を呪うんですね」
直前で拳を開いた佳子は、そのまま雷火の顔面を掴み上げ、そして上に向かって雷火の体を放る。
一回り以上も小さい少女によって上体を無理やり起こされた雷火は、しかし顔面にすべての呪力を集中させていたために次の一撃を防御できなかった。
すなわち、腹部への全身全霊を込めた──
黒閃!!
一撃。
無防備な体の中心に強力な呪力の衝撃を叩き込まれた雷火は、反転術式を回す間もなく意識を刈り取られる。
文句なしの勝利を収めた佳子は、しかし爆破によってところどころ弾け飛んだ周囲を見渡し、こう呟く。
「…………結構暴れましたけど、地下室崩れてたりしてませんよね?」
初手歯爆弾
↓
術式反転「藍」:歯投擲前に蹴りを叩き入れて投擲をなかったことに
↓
格闘戦
↓
喉笛爆弾、打撃コンボで雷火気絶、爆発
↓
術式反転「藍」:喉笛爆弾の時点で追撃中止、気絶がなかったことに
↓
爆風で吹っ飛ぶ雷火、佳子追撃で顔面グーパン、雷火吹っ飛ぶ
↓
術式反転「藍」:グーパン中止、掴んでトドメに移行
時系列はこうです。たぶん術式反転の習得を自慢したくて使いまくってたんだと思います。バカめ。