私の術式があまりにも産廃すぎるんだが?   作:家葉 テイク

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二か月も放置しててすみませんでした。
電撃小説大賞に応募するために、カクヨムに新作を投稿しておりまして……。


第39話 報い

 邸の中が、バタバタしていた。

 下男やら下女やらが廊下をはしたなく駆け回る中、私は自室の中に座って待機している。最早ライフワークと化している呪術理論のとりまとめをつらつらと紙に綴っていると、戸を開けて羂索が入って来た。

 羂索はスッと戸を閉めると、

 

 

「いやー、蜂の巣をつついたような騒ぎとはまさにこのことだね」

 

「そりゃあそうだろう。張本人たる父が大騒ぎで邸中を漁り回っているのだからな」

 

 

 あれから、私達は羂索の術式によって程なく父の邸に戻って来た。

 そしてその足で破戒僧──雷火を洗脳し、戦闘の痕跡を隠滅した訳である。ちなみに、羂索にはこの間証拠隠滅のための準備をさせておいたので、洗脳の一部始終は目撃されていない。佳子には感づかれたかもしれないが……まぁ佳子には良いだろう。

 

 で、父はというと、頼みの綱だった大元帥法が解除されず、手元に「刀津貴」がやって来ないことに慌てて自陣に戻り──そして千切と雷火が姿を晦ましていることに大激怒しているのだった。

 父は私のことなど忘れて二人の行方を探す様に指示し、そして何か自分の不利益になるようなものが持ち出されていないかの再確認に必死である。

 …………普通に考えて真っ先に私の裏切りを疑うべきだし(まぁ縛りのことがあるのと、根本的に私のことをナメているからそういうのも頭にないのだろうが)、そうでなくとも「刀津貴」ありきで陰謀を巡らせていたのだから、犯人捜しや被害確認の前にまず今後の身の振り方を考えるのが優先だと思うが…………ま、所詮はしょうもな父である。こういう時にスマートに動けないから、先帝を退位させるという陰謀の核を担ったのに大したポストを得られなかったのだろう。

 

 

「しかし、勝利の確信が崩れた人間っていうのはああも脆いものかね」

 

 

 そう言って、羂索はまるで父をからかうように笑った。

 そこに、悪意は感じられない。本当に面白いものを見たような、そんな純粋な笑みだ。ただし方向性としては、頭をねじ切った虫がじたばたするのを見て笑う子供のようなそれだが。

 

 

「期待が全て無に帰したんだ。そんなものじゃないか?」

 

「そうかな? 私の知る術師なら──たとえば彼の娘なんかは、もうちょっと聡かったと思うがね」

 

 

 私をあやつの娘として当て擦るなよ……。

 

 

「……オマエの前で、勝利の確信が崩れるような窮地に追いやられるようなことあったか?」

 

「あるある。ほら、私、滂沱と知り合いだし」

 

 

 …………滂沱……って、あのクラゲ頭の特級呪霊か。戦闘中にも名前を出していたが、やっぱりコイツとつるんでいたな、あの呪霊……。……っていうかこのアマ、本格的に此処で殺しておいた方がいいんじゃなかろうか……。

 しかし、そうか。

 千切がどうやって私の術式情報を知ったかについて思案したことがあったが、こいつと滂沱がつるんでいたとなると、滂沱は他の呪詛師とも絡んでいると考えるのが自然だ。やはり滂沱経由で私の術式情報が呪詛師に流れている可能性が高いな……。

 

 

「滂沱から、君と滂沱の戦闘の様子は聞かされていたよ。隠し玉の「極ノ番」で始末してやったはずだ、って」

 

「はずだ、か……。じゃあ当然だが、ヤツも私の生存は知っているか」

 

「というか、私がその場で教えてあげた。"尊がその程度で死ぬはずがない"とね」

 

「腹に風穴空いてるって説明されたはずだろ、何で私の生存を信じてるんだよ……」

 

 

 ……いやまぁ、六眼を持った術師がほぼ無傷でその場にいる上に、一〇分もする頃には晴明翁が到着しそうな状態でなら、腹に風穴を開けた程度では死なないと考えても不思議ではないのだが。

 にしても、こっちの能力を高く見積もってくれるなぁ……。敵に回ったら全く油断しなさそうで、とてもやりづらい。

 というか。

 

 

「……滂沱のヤツ、あのザマで祓われていなかったのか。半死半生だったが」

 

「まぁ、そのへんしぶといのが特級だからね。頭でも残っていれば、しばらくすれば元に戻るよ。まぁアレは三年は完全復活までかかる感じだったけど」

 

 

 ……三年か。

 漏瑚は首だけだったのにそれよりも早く修復されていた気がするが……。やはり、戦闘中の回復の為に縛りを用意していたんだろうか。ただ、あれから二年余りが経っている。そう考えると、滂沱とも近いうちに再戦しそうだな……。アイツ、どう考えても私に個人的な恨みを持っていたし。

 

 

「まぁいい。それより……そろそろだと思うんだがな」

 

 

 佳子を安倍家への伝令として飛ばしてから、もう一刻は経つ。

 そろそろ、晴明翁や叔父上が動き出してもおかしくない頃合いだと思うのだが……。

 

 と。

 バタバタバタ! と、外の喧騒の中にもう一つ、新たな喧騒が加わる。

 とはいえ、その騒ぎは他の藤原家のシリアスな喧騒というよりは、何かコミカルな喧騒という感じで……。

 

 

「ちょっと! オマエ何なんだ!? 藤原の人間じゃないだろう! なんでここに……」

 

「失礼失礼! 佳子さんは安倍の術師です! 非常事態なのでご勘弁! ご勘弁です!」

 

「安倍の術師が何故……」

 

「気にしたら負けなのです!」

 

 

 ………………あのバカが……。

 

 喧騒の主(バカ)は、そのまま下男の制止を無視して私の部屋の戸を開ける。進み方も論外なら開け方も論外であった。コイツに女房教育を施そうと考えたヤツは大概無謀である。

 戸を開けたバカこと佳子は、そのままにっこりと笑みを浮かべ、

 

 

「尊! 帰りますよ! 諸々全部片が付きました!!」

 

 

 と、私に向かって呼びかけて来た。

 私は溜息を吐いて、

 

 

「オマエなぁ……」

 

 

 立ち上がり、書物を取りまとめる。

 一式をまとめて懐に抱えると、にこにこと待機している佳子の目の前まで歩み寄り、そして額を人差し指で突いてやる。

 

 

「いいか? いくら全部終わって父の失脚が確定したからといって、全部ぶっ飛ばして良いって訳じゃないんだぞ。いや、確かにこのくらいぶっ飛ばしても問題はないのだが……にしたって"お作法"というものがあるだろう。そういう慢心があるから、オマエはダメなんだ」

 

 

 とん、とん、とんと額を叩いてやると、その分佳子が小さくなっていく。

 私は羂索を横目に見て、

 

 

「ということらしい。女房仕事はいよいよ以てお役御免だな」

 

「残念。けっこう楽しめたのにな」

 

 

 そうかい。私は戦々恐々だったよ。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「やあ、父上殿」

 

 

 それから。

 私は佳子を邸の前に待たせながら、父の私室を訪れていた。

 私室で不機嫌そうに報告を待っていた父は、私の登場を認めて目を丸くする。

 

 

「……尊……!? 何をしている。部屋に戻っていろ」

 

「いやいや、潮目が変わったようでしたので。とりあえず挨拶をしようと思いまして」

 

 

 私は煩わしい単衣を脱いで、その下に身に纏っていた巫女服を露わにする。

 ……はー、重かった。まだ春だから良かったが、夏にあんなもの着ていられないな。

 

 

「潮目が変わっただと……? 一体何を、」

 

「「刀津貴」は手に入ったか? 父上殿」

 

「……貴様、」

 

 

 私の口調に、このしょうもな男もいよいよ違和感を覚えたらしい。

 遅すぎる。そもそも私室に軟禁状態の私がこうして自由に邸を闊歩している時点で、状況が致命的なことに気付けよ。

 

 

「ようやく気付いたようだな。保身に煩いわりに、よくよく脇が甘い男だ。それとも、娘のことは支配できているとでも?」

 

 

 私は鼻で笑って、

 

 

「できる訳がないだろう。オマエ程度の力量で。そもそも、最初の戦略の時点で誤っていたんだ。急場ごしらえで呪詛師を掻き集めたようだが、あの程度では物の数にもならないよ」

 

 

 そもそも、この呪術全盛の世で個人的憎悪から呪術師の手勢を用意してこなかった時点で、詰んでいるのだ、オマエは。

 そこに気付かず急場しのぎで呪詛師を雇ったところで、『本物』を相手にすれば鎧袖一触。佳子程度にも成す術もなく負ける技量の術師ではたかが知れている。

 叔父上の呪術的台頭を確認した瞬間に服従するのが、オマエにできる最善の行動だったというのに。そこを読み違えた時点で、遅かれ早かれこうなるのは決まっていたのだ。

 

 

「千切も雷火も、私の手に堕ちた。今となっては立派な私の手駒だ。もう少し縛りによる制御をした方がよかったんじゃないのか?」

 

 

 もっとも、雇われ呪詛師に無茶な縛りを課そうとすればその時点で離反を生みかねないからできなかったのだろうが。

 そのあたりも、そもそもの地力がなさすぎるのだ。だから自分が泥舟になっていることにも気付けないまま、延々と大洋を航海するハメになる。

 

 

「嘘だ……」

 

 

 しかし、目の前の愚かな男は、今度は現実の方を否定しにかかる。

 

 

「は、ハッタリだ!! しっ縛りを結んだはずだろう!! オマエは、娘として藤原に尽くすと……」

 

「何を言っているんだ。縛りの内容は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。縛りが制限しているのはオマエの行動のみであって、私の行動は何一つ制限されていない」

 

 

 けろりと答えてやると、父は唖然として黙り込んでしまった。

 術師を相手にして縛りで上を行こうとするからそうなる。生兵法は大怪我の基だと知らなかったのだろうか。

 

 

「それに、私は娘としての責務なら果たしていたぞ。オマエの計略に従い、逃げ出さずに女御として入内準備を受け入れていた。オマエの陰謀を挫いたのは、()()()()()()()()。娘としての責務には抵触しない。……それに、きちんと尽くしてはいるだろう? ()()()()()()()()()藤原の為にな」

 

「そ、んな……屁理屈……」

 

「縛りの設定の際に私の認識を確かめなかったのはオマエの方だ。私はその認識で縛りに臨んでいたぞ」

 

 

 術師の戦いとは、言ってしまえば屁理屈の上塗り合戦だ。

 そこを弁えずに表面だけ整えたメッキで私に挑んだ時点で、勝敗は決していたのである。私は目の前の男を嘲りながら、最後にこう付け加える。

 

 

「それより、父上」

 

 

 踵を返して、

 

 

「オマエはこれまで、私の幸せを祈ったか? 一度でも、その為に尽力したか? ちなみに、私が責務を果たしている以上、オマエにもそうする義務はあるんだがな……」

 

「まっ」

 

 

 後ろで醜い男が何かを言っているようだが、私は最早聞く気をなくしていた。

 親子の情を失って久しい男の妄言など、耳に入れる価値もない。ましてあの男は、もう失脚する他道はないのだから。

 

 そのまま外へ出て歩みを進めていくと、門のところで佳子の姿が見えた。……羂索は、もうどこぞへ消えているらしかった。まぁいい。あの女にはまだ聞きたいこともあったが、それについては今後会った時にでも確認するとしよう。

 

 

「尊、大丈夫でしたか? お父さんと話をつけてくるって言ったから心配したんですけど」

 

「ああ、もう終わったよ。安倍の術師としての立ち位置を確立しておいて良かったな……。あの男の娘としての立ち位置が強固になっていれば、今頃私の立場も多少微妙になっていただろうから」

 

「尊は相変わらず難しいことを気にしていますね」

 

 

 オマエが気にしなさすぎなんだよ。少しは政治を学べ。

 私は呆れて溜息を吐いてから、明確に門を通って藤原の邸を出る。

 生家だったその邸を一瞥し、それから私は帰路へと向き直る。

 

 

「…………そういえば、オマエ雷火との戦闘に乱入した時、どうやって残穢を感知させなかったんだ? やっぱり予知の『確定』か?」

 

 

 生まれ育った家への惜別の言葉は、ついぞ出ず。

 私の口から出て来たのは、横を歩く少女に対するどうでもいい疑問の言葉だった。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「はぁ……!! はぁ……!! 馬鹿に……馬鹿にしやがって……!!」

 

 

 ──そこは、男が特別に作らせた地下室だった。

 男はそこで、ろうそくの明かりだけを灯して部屋の隅に縮こまっていた。

 

 

 ()()()の言う通りにしていただけだったのだ。

 縛りとは、破れば罰の下る絶対の掟。それゆえに、立場を盾にこちらに有利な縛りを設ければ、術師など簡単に首輪を取り付けることができる──。

 そんな触れ込みだったからこそ、男は安心して娘のことを支配した気になっていた。

 その情報を吹き込んだ当人が娘の監視にあたっていたことも、その要因の一つだろう。

 

 

「ふざけるな……! 尊は安倍の囮だと!? 書物を持ち出せば問題ないだと!? 全く話が違うじゃないか!!!!」

 

 

 ──()()()()

 尊の女房役に置いていたあの呪詛師は、確かにそう太鼓判を押していたはずだったのに。

 面従腹背が目に見えている女御候補は、安倍晴明が用意したブラフ。本当の策略は、宮廷での工作の方である、と。それゆえに、「大元帥法」さえ手中に収めれば全ての陰謀を焼き払って男が宮中に君臨できると。

 

 

「……残念だったねぇ」

 

 

 ふと気付くと、部屋の中央に一人の女が現れていた。

 女は男には見えない()()の上に腰かけて、膝に肘を突いて男のことを眺めていた。

 

 

「「大元帥法」。アレさえ解除できれば、君の寿命ももう少し延びていたんだろうけど」

 

「…………藤原、糸姫……!!」

 

「君も藤原だろ? わざわざ家名つけるの呼びづらくない?」

 

 

 そう言って、藤原糸姫──いや、()()()()()()()()()()()は嗤う。

 目の前の、破滅が確定した哀れな男のことを。

 

 

「いや、実際君はよくやってくれたよ。尊の成長を確認するのにちょうどいい手駒を用意して、「大元帥法」の解除に手を伸ばして弟君や安倍の注目を一身に集めてくれた。お陰で、私の策もだいぶ動かしやすかった」

 

「…………何を言ってる……?」

 

「あー、別に会話がしたいわけじゃないんだ。ただ、こういう種明かしは誰かに言わないとね。騙して上を行ってやった実感っていうのかな? ある種の勝利宣言みたいなものだと思ってくれていいよ。まぁ、それに見合う報酬はあげるから」

 

 

 羂索はそう言って、男の言葉を遮る。

 本当に、目の前の男には一ミリも興味がない──そんな冷たい軽薄さだった。

 

 

「君が盛大にコケてくれたお陰で、君が集めた「大元帥法」解除のための準備も私がまるっと回収できたしね」

 

 

 つまり、この一連の流れは単なる前座。

 藤原家の頂点二人が一気に墜ちた大政変も、この女にとっては大きな流れの中の一つの支流にすぎない。遠大な何かを虚空に眺めながら、羂索は笑う。

 

 

「安心したまえ。まだまだ弟君の一強では終わらないよ。まだ内裏には「中宮」が残っている。もう一波乱くらいは起こせるさ。君が生きてその光景を見ることはないが」

 

 

 羂索がそう告げた瞬間。

 ひんやりと、その場の空気が冷え込んだような錯覚がした。

 男が、大きく身震いをする。

 

 いや──その錯覚は、実は今に始まった訳ではなかった。

 そもそも、邸の主であるこの男が真っ暗な地下室の隅で震えていたのも、この錯覚に起因している。というより──男は逃げて来たのだ。この悪寒から。より正確には、『死の予感』から。

 

 

「しかしやっぱり、尊もまだまだだなぁ」

 

 

 呆れるように、羂索は語る。

 

 

「私の呪力誘導を分散させたことで安心したのかもしれないが……アレはあくまで、平常時の呪力漏出で行けばの話だというのに」

 

 

 羂索は当初、この邸を起点とした呪力誘導効果を持つ結界を展開しようとしていた。

 これによって呪霊を生み出すという作戦だったのだが、これ自体は尊に看破されたことによって、呪力の誘導先を散らばらせることで呪霊の生成を阻害するという対策を打たれてしまった。

 だがそれは、あくまで『通常の呪力漏出』の範疇の話だ。

 今日、この邸では佳子と雷火の戦闘があり、失脚を免れなくなった男の奔走があった。当然、邸にいる下男下女の動揺は大きく──そして失脚という形で大きく注目を集めた男に対する呪力の漏出も、通常時を大きく超えている。

 そしてそこに、縛りを破ったペナルティが加わる。

 

 一人の尊厳ある人間の将来を一方的に定め、そこからの逃走を許さないという強い制限をかけておきながら──その見返りに幸せを祈り、その為に尽力するという縛りすらもこなさない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 つまり。

 

 

「さて、此処までお行儀よく聞いてくれた報酬だ。……一〇秒はこの呪霊の動きを止めておいてあげよう。精々、必死になって逃げ惑うといい」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

記録──長徳元年5月8日

平安京 町尻殿

 

10日ほど前から病床に臥せっていた男性一名の病没が未明、途干支衆により確認された。

現場には呪霊のものと思しき残穢が確認されており、政争での敗北に伴う偶発的な呪霊の発生により男性が被害を受けた可能性が高いと見て調査を進めている。

なお、男性は病没の10日前に関白宣下を受けており、藤原及び平安京では権力の空白による混乱を最小限に抑える為、男性の弟を新たな関白とする方向で調整を進めている。

 

呪霊の被害者と目されている男性の死因は、調査の結果「疱瘡」と判明した。

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