「・・・願いを叶えるため」
「は、はい?今なんて?願いを叶える…?」
深く息を一つ置いて、有村真央は口元で手を組みながら言った。ことねはその返答が聞こえてはいたが、あまりにも突拍子のない話だったので思わずそのまま復唱すると、麻央は何かに呆れたように瞼をゆっくり閉じてから口を開いた
「ごめんごめん、大事なことを話し忘れてたね。聖杯戦争っていうのは、その名の通り、マスターとサーヴァントが聖杯を求めて戦う儀式なんだ。そしてその勝者には、あらゆる願いを叶える願望機…聖杯が与えられる」
「あ、あらゆる願いを叶えるぅ!?」
「嘘みたいに聞こえるだろうけど、本当のことだよ。それだけの見返りがなければ、誰も好き好んでこんな命懸けの戦いに身を投じたりなんてしない。そういうことさ」
「つまり聖杯戦争とは、七人の魔術師がマスターとなって、七騎のサーヴァントを召喚することで、あらゆる時代、あらゆる国の英雄が現代に甦り、覇を競い合う殺し合い。そして勝ち残った最後の一組には、聖杯が…全ての願いを叶える権利が与えられる。それが聖杯戦争だ」
「じ、じゃあ咲季も何か叶えたい願いがあって…って聞こうとしたけどやっぱいいわ、何となく分かるし……」
「え?なんで?私、ことねに何かお願い事とかしたことあったかしら?」
「いーやない。だから逆に分かんの。どーせ『私は勝つことにしか興味ないの!聖杯?まぁ貰えるものは貰っておくわ!使いたくなったら使うだけよ!私はこの聖杯戦争で1番になればそれでいいの!』…とか思ってんでしょ。どーせ」
「わ、私ってばそんな分かりやすいかしら…ねぇちょっとアーチャー、あなた今吹き出して笑ったでしょ。バレてるわよ」
「へぇ〜、咲季のサーヴァントはアーチャーなんだ。これはいいこと聞いちゃったナ〜」
自分のモノマネをしながらことねに言われた咲季は、少し気恥ずかしそうにしながら頬を掻いた。それから左隣の虚空を睨みながら言ったが、今のことねにはそれが独り言ではない事は分かった上で、彼女の視線の先にいるのが、アーチャーのサーヴァントだと分かってニマニマした顔で言った
すると咲季はやっちゃった!と分かりやすく書いてあるギョッとした顔をした。それから徐々にわなわなと肩を振るわせ、思いっきりことねから顔を背けながら言った
「ええそうよ!私のサーヴァントはアーチャーよ!でもいいのよ!私だけがことねのサーヴァントはセイバーだって分かってたのは、フェアじゃないんだから!但し真名は絶対に教えないわよ!この聖杯戦争の説明が終わったら私たちは、もう恨みっこなしの敵同士なんだから!分かった!?」
「はーいはい、分かってるって。やっぱり咲季ちゃんは優しいナ〜」
「ちょ、ちょっと待ってことね。花海さんのスタンスを聞いて忘れ掛かってるかもしれないけど、ボクの説明ちゃんと理解してるかい?これは生半な勝負や競い合いじゃない。正真正銘の殺し合いなんだ。ことねが望めば令呪とサーヴァントを監督役に譲渡してマスター契約を破棄して、聖杯戦争から降りることが出来る」
「確かにことねは召喚したてのセイバーの初陣で、見事にランサーを撃退してる。でもその後ボクの所に辿り着けたのは、右も左も分からないことねに花海さんが情けをかけてくれただけだ。普通、他のマスターなら本気でことねを殺しにかかってくるんだ」
「それにこのまま戦いを続ければいつかきっと、殺されるという局面だけじゃない。ことねが相手を殺さなければならない局面が、いつか必ず訪れる。その覚悟があるのかい?」
これまでも神妙な面持ちと空気感をを崩さなかった麻央だったが、こと更に真剣な眼差しでことねの瞳を見つめて、彼女を問いただした
「・・・やぁ〜。そりゃあたしだってセイバーさんを召喚するまでは、あのランサーとかいうサーヴァントに殺されかけてたワケで、そりゃ本気で殺されそうになったのなんて初めてでしたし、なんならこの歳になって本気で泣いたしあり得ないくらい怖かったですよ。もし聖杯戦争が魔術師にとってのワールドカップみたいな位置付けで、優勝することに意味がある…みたいな大会に巻き込まれたってなったら速攻で辞めてました」
「それなら…」
「だけど、どんな願いでも叶うって見返りがあるなら話は別です。麻央先輩が心配してくれてるのは分かります。だけど、あたしにだって叶えてほしい願いがあります。他人が聞いたら鼻で笑うような願いかもですけど、それでもあたしにとっては大事な願いがあるんです。それならこれは、あたしにとっては願ってもないチャンスです」
「それに今のあたしには、頼りになるセイバーさんだっているし。まぁとりあえず戦ってみて、死にそう!やっぱ無理!…ってなったら、潔く戦いから降りて麻央先輩に護ってもらいます。相手を殺さなきゃいけない展開については…まぁ、再起不能になるくらいまでボコボコにするって方向で!」
「・・・はぁ。花海さん、これってボクの伝え方が悪かったのかな?」
覚悟が決まったような顔をして語ったかと思えば、自信満々にシャドーボクシングをしながら言うことねに、麻央はお手上げだと言わんばかりに頭を抱えてため息を吐いた。そして彼女に代わって咲季が鬼気迫る表情でことねに話しかけた
「ことね。言っておくけど、本気で聖杯戦争に参加するなら、私は止めないわ。だけどそのつもりなら、私があなたを見逃すのは今夜までよ。コレ以降、私とあなたは敵同士よ。遊びでも冗談でもなく、あなたをなんの魔術も扱えない素人だと分かった上で手加減せずに殺しにかかるわ。コレが最後通告よ。いいわね?」
「・・・分かった、いいよ。どこからでもかかって来いよ。元よりあたしだって、何もせずに人生逆転出来るなんて思ってねーし。咲季にはアイドルの成績も、魔術の知識も負けてるけど、願いに懸ける想いの強さだったらあたし負けねーから」
「・・・だ、そうですよ麻央先輩。多分ですけど、ことねはもう私たちが何言っても聖杯戦争から降りるつもりないですよ」
ほとんど脅迫とも取れる咲季の言葉に対し、ことねは八重歯を光らせながら、大胆不敵に笑って答えた。それを見た咲季は、ほんの少しだけ面白がるように口角を上げた
「はぁ。分かった、そこまで言うなら承諾しよう。あくまでボクは監督役だ、参加者の自由意思まで捻じ曲げるわけにはいかないからね。ただし、参加するにあたってことねにはいくつかの条件と約束を守ってもらうよ」
「一つ、聖杯戦争のことについては他言無用。二つ、サーヴァントを無闇に人前に晒す行動や、人目につく時間や場所における戦闘行為の禁止。三つ、聖杯戦争が終わるまでの期間のバイトの禁止。精神、身体共に万全の状態で臨むこと。以上の三つだ。今後この条件を守れないような行動が見られた場合、聖杯戦争への参加権をボクの判断で剥奪させてもらう。いいね?」
「・・・あの〜前二つの条件は分かると思うんですけど、最後の一つはひょっとしなくてもあたし以外の人には出されてない条件ですよね?ちなみに三つ目は絶対に守らないといけない感じだったりします…?」
「仕方がない、ルーラー。彼女を抑えておいてくれ。令呪を強引に引き剥がすしかないみたいだ」
「じょーだん!冗談ですって麻央先輩!流石のあたしも命のやり取りしなきゃいけない期間にバイトなんかしませんって!」
「安心しな嬢ちゃん。マスターの疲労は儂自身にとっても問題だ。不必要な働きに出るようなマネしたら儂が止めるさ」
げぇ、コイツ。とでも言いたげなことねの表情と視線に、セイバーは強かな笑みを見せた。一先ずサーヴァントとの関係性だけは良好なようだと、麻央は安堵しながら呼吸を一つ置いて席を立った
「それじゃあ、今夜はこれでお開きにしよう。ボクはここに張った結界を解除して、聖堂教会の方に今日の商店街で起こった戦闘の事後処理の連絡をしてから自室に戻るよ。二人は先に自室に戻ってゆっくり休んで。忘れてるかもしれないけど、明日は…というか日付が変わってるから厳密には今日だけど、寝て起きたらいつも通り学校で授業とレッスンがあるんだよ?」
「うぇ…てかそうじゃんもう夜2時回ってんじゃん…あたし明日の授業起きてられんのかなぁ…」
「私も流石に聖杯戦争の期間中は早朝のランニングの時間ずらそうかしら…あと麻央先輩、片付け手伝います。何かできることありますか?」
「気にしないで花海さん。これがボクの仕事だから。聖杯戦争においてボクはただ行く末を見守るだけの監督役だけど、二人は命懸けで戦う主役なんだ。今はゆっくり休んで、これからの戦いに備えないと」
「・・・でも、それは元はと言えば私が麻央先輩を頼ったから…」
「それでいいんだよ花海さん。今日君がしたことは、魔術師の誰もが出来ることじゃない。これから先の聖杯戦争がどんな展開を迎えるかはボクにも分からない。だけどどうか花海さんは自分が取るべきと思った行動を、そしてすべきと思った戦いをして欲しい。出来るね?」
「はい。ありがとうございます。必ず精一杯頑張って、私はこの聖杯戦争を勝利で飾ってみせます」
咲季の肩に手を置きながら言った麻央に、咲季は真っ直ぐな意志と視線で答えた。ことねは二人の関係性がここまで深いものであることを初めて知るのと同時に、魔術師というのはやはりただならぬ関係なのだということを悟った
「うん、それじゃあおやすみ。また明日ね二人とも。セイバーも、どうかことねをよろしく」
「はい。おやすみなさい麻央先輩」
「おやすみなさーい」
「おう、言われるまでもねぇことだ。嬢ちゃんも体冷やせねぇようにして寝な」
咲季とことねとセイバーが机を離れ、手を振りながら共有スペースを後にしていくのを見送った。そして、三人の背中が完全に視界から消えたのを確認すると、今まで自分達が座っていた角の机から見てちょうど対角線上にある一番奥の机へと視線を向けて、やがて険しい表情と声で口を開いた
「───そこに隠れているのは分かっているんだ。サーヴァント達の目は欺けたようだけど、寮長であるボクの目は誤魔化せない。不意打ちを考えているのなら諦めた方がいい。大人しく姿を見せたらどうだい」
人気のない学生寮の大広間。草木も眠る丑三つ時。本来なら自分ですら立ち入ることのない空間だとしても、有村麻央はそこに眠る微かな違和感を逃さなかった。十を超える長机の内の一つ、その真下から。まるで怪異のようにゆらりと揺れながら、その人物は姿を現した
「驚いた。私の姿暗ましを見抜けた人は、彷徨海の人達の中にも、ほとんどいなかったのに。麻央先輩、すごいね」
篠澤広。暗がりの中で白い髪と肌を晒し、篝火のような橙色の瞳は、まるで亡霊のようだった。驚いた、とは言いつつも平坦で抑揚のない口調で喋る彼女に、麻央は眉間に皺を寄せて腕を組んで話し始めた
「齢14にして魔術協会三大部門の一角である彷徨海を出た、稀代の天才魔術師と呼ばれた篠澤さんからお褒めの言葉を頂戴できるとは、我ながら恐縮だよ。しかしこの場所を選んだボク達にも非があるとはいえ、盗み聞きとは感心しないな」
「それで、アサシンのマスターである篠澤さんがボクに何の用かな?悪いけど、特定のマスターには肩入れ出来ないのが監督役のルールなんだ。アイドルについての指導ならいざ知らずだけど、篠澤さんには必要ないんじゃないかな。おおかた、聖杯がこの近くに降臨する噂を聞きつけてこの学園に編入したのは間違いないんだろうし」
「ううん、それは違う。アイドルには本当になりたいと思って、この学園に来た。実際今は、アイドルを目指すままならない日々を、楽しく過ごしてるよ」
おっとりとしてどこか掴みどころのない広に対する麻央の態度は、どこか冷たく彼女をあしらうかのようなモノだった。しかし彼女のソレに対して広は特段怒るでもなく、また悲しむでもなく、ただ淡々と話し続けた
「聖杯戦争についてはただの偶然で、面白そうだなと思って、参加してみた。だけどルールとか実際あんまりよく分かってなかったところに、他の人に説明してたから、ちょっと聞いてただけ」
「白々しいな。別に隠す必要はないよ。君の狙いは、ボクの腕にある『コレ』だろう?それくらい、何となく分かる」
そう言って麻央は自分のパジャマの袖を捲り、右腕の肘から上を露出させた。そこに刻まれていたのは、紅く歪曲した線が幾重にも連なって螺旋を描く、何画あるのかも分からないほどの令呪だった
「・・・やっぱりあった。監督役が受け継いでる、歴代聖杯戦争のマスター達が余らせた令呪。私がちょっとだけ使いたいから、それ、貰ってもいい?」
「残念だけど、それは出来ない相談だ。これはボクが聖杯戦争の監督役を、お父様に代わって任された時に託されたモノだ。おいソレと他人に渡すわけにはいかないよ」
「・・・そう。なら、仕方ない、ね」
広の周囲を漂う空気が、彼女の掴みどころのない雲のような佇まいが、変わる。感情の見えないミステリアスだった言葉の中に、ほんの少しだけ混じる敵意。それを感じ取った麻央は、出していた腕の令呪をしまい、ただでさえ険しかった口調にさらにドスをきかせつつ言った
「監督役であるボクを襲うのは、言わずもがな聖杯戦争において重大なルール違反だ。そうなれば、ボクとしても君を全力で叩き潰さなければならない。その覚悟が出来てるかどうかは、聞くまでもないことかな?」
「うん、大丈夫。魔術師なら常識。死人に口なし。それは私も、あなたも、同じ」
「ッ…!ルーラー!!」
「はい!マスターは退がって下さい!」
張り上げられる声。霊体化を解き、どこからともなく一瞬で姿を現した見目麗しい金髪の女性サーヴァント。彼女は主人である麻央を守護すべく前に立ち、先端に布が何重にも巻かれた、槍のように先端の鉄が尖った長柄の武器を両手に持ち、広を牽制するように構えた
「気をつけてルーラー。教会からの報告通りなら、彼女が使役しているサーヴァントはアサシンだ。高い気配遮断スキルを持つ暗殺者で、どこから襲いかかってくるか分からない。十分に注意して」
「そして篠澤広。彼女は魔術師だけど、その技量の程はサーヴァントでも楽観視していいレベルじゃない。とはいえ彼女としても、サーヴァントは警戒せずにはいられない恐怖だろう」
「だからルーラーは、むしろ彼女の相手をしてほしい。アサシンの潜伏はボクが魔術で暴く。能力以外は非力なアサシンクラスのサーヴァントなら、ボクでも十分に相対できるハズだ。その間、ルーラーは篠澤さんの牽制を頼んだよ」
「はい、心得ました。マスター」
「───ねぇ。鐘の音、聞こえる?」
「・・・・・?」
戦いの始まりを予感させる、ピィンと張ったピアノ線のような緊張感の中、ルーラーを前にしても、広は身動き一つ見せないままだった。麻央はルーラーと共に身構えて、衣類のポケットに仕込ませてある宝石を手に取り、臨戦体勢に入った時、広はじれったい喋り方で何かを呟いた。しかし、口が動いたのかも分からなかったそれに、麻央が不信に思っていると、広はそのまま続けた
「そう。私が選んだサーヴァントはアサシン。暗殺を得意とする、魔術師殺しのサーヴァント。だけどその気配遮断スキルは、同じ霊体を持つ他のサーヴァントの目には勘付かれる。そしてアサシンは総じてサーヴァントとしてのステータスが低く、同じサーヴァントを相手にするのは難しい」
「だけど、私のアサシンは違う。いつの時代、どんな場合においても、これはこう、というセオリーがあるということは、つまり」
『───神託は降った』
「───例外も、ある」
悪寒。背筋を凍らせながら冴える第六感。見えない何かが迫っている。否、何かは分かっている。アサシン。暗殺者。闇に紛れる殺人鬼の恐怖が、麻央とルーラーに忍び寄っていく。しかし、まだ見えない。そして分からない。否応なく二人の体は強張り、脂汗が肌を伝い始めた
『聴くがよい。晩鐘は汝の名を指し示した』
「───ッ!マスター!危険です!私の傍に!」
先にその予感を察知したのはルーラーだった。広と向かい合っていた体を返し、後方にいた麻央の方へと踏み出そうとする、その一歩。その一歩が、裁定者である彼女の命運を、更に裁定している者がいることを、麻央に確信させた
「ち。違うルーラー!アサシンの狙いは初めから君だ!君の令呪を使っ…!」
遠く聞こえた鐘の音が一つ。故に、足音はなかった。その者は暗殺者だというのに、マスターの麻央を捨て置いた。そしてその正面、その英霊は自らのクラスに求められるそれとは真逆。ルーラーの真正面に、尾を引く黒い霧の中から忽然と現れ…否、舞い降りた
『───告死の羽。首を断つか』
知覚する全てが停滞したように見える麻央の視界に、音もなく舞い降りた暗殺者は、しかし暗殺者を思わせる姿をしてはいなかった。全身に纏う漆黒の鎧は、その節々に鋭利に尖った骨や髑髏が死を連想させる。しかし特筆すべきは、相対したルーラーとその半身はあろう巨躯。そしてその手には、巨躯に見合うだけの暗殺者にあるまじきおぞましい両刃の血塗られた大剣
そして鬼のような一対の角を生やした、骸骨を模した仮面の眼窩のその奥で、青白い鬼火が灯った。見る者全てが恐怖せざるを得ない、見た者全てを焼き尽くし、殺し尽くしたであろう大剣が振り上げられ、無慈悲なる死神の羽根が一枚、ゆっくりと地に堕ちた
『
悲鳴はなかった。切り分けられた喉笛から先は、既になくなっていたから。血飛沫はなかった。振り下ろされた大剣が通過した断面が、あまりに鮮やかだったから。残されたのは雪のように舞い散る純白の羽根と、死を祝福するかのような鐘の音
刎ね飛ばされた聖女の首がゆっくりと宙を舞って堕ち、死を告げる天使の大剣の切先が地面に突き立てられたその時。静かな夜の断罪は、その痕跡を何一つ残す事なく。晩鐘の残響と共に終わりを迎えた
「ジャッ…!ジャンヌッ!!!」
あまりにも唐突すぎる聖女の死。麻央は英霊の垣根を超え、親しき仲にあった彼女の名を思わず叫んだ。しかして友人との別れを惜しむ間を、眼前の強大な敵が許す訳がない。麻央はグッと歯を食いしばり、手にしていた三つの蒼い宝石を、アサシンの顔面に向かって投げつけた
「
巻き起こる凄絶な爆風。麻央が投擲した宝石は、彼女が叫んだ呪文に呼応するように内側から蒼く目映い閃光を放ち、髑髏の仮面の前で爆発を引き起こした
(一体あれのどこがアサシンなんだ!?悪い冗談にも程がある!いや、そもそも問題はクラスじゃない!サーヴァントとしての格そのものが───!)
監督役に任命され、この日の為に誰よりもサーヴァントについて学んだ麻央は分かっていた。この程度でサーヴァントを倒せる訳がない。故にその蒼く輝いた爆弾は攻撃ではなく、煙幕でしかない。ならばと彼女は全身の魔術回路に身体強化を施し、その場から一目散に退避しようと試みた
「其処か」
「うっ!?は、ぐっ───!?」
寮内の共有スペースの窓を突進で突き破って外に出ようとした麻央の前に、またしても巨躯のアサシンは音もなく姿を見せた。そして目にも留まらぬ迅さで動いた右手が麻央の首に掛かり、反射的に首を庇おうと動いた彼女の両手を左手で掴み取ると、矮小な体を軽々と宙に浮かせた
「かぅっ…は、なせ…!ふっ…!はぐぅ……!」
「待って。アサシン、殺しちゃダメ。その人が死ぬと令呪も消えるかもしれないから、締め落とす感じで、お願い」
「請け負った」
「んぐぅぅぅぅ!?!?!?」
脚を懸命にバタつかせ、必死に体を捩って無力に抵抗する麻央を見上げながら、広は特に何の感情も見せない顔でアサシンへと指示を出す。そして同じく無感動に二つ返事でそれを了解したアサシンは、躊躇いなく彼女の首に掛けた手に力を込めた
「ぐ、ぐるじっ…!?かはっ…はふっ……!?」
呪文を唱えようにも、彼女の口は酸素を求めて端に泡を溜めながらパクパクと空を喰むばかり。宝石を取り出そうにも、両手は死神の左手で強力に捉われている。為す術なく血中の酸素が薄まり、意識が混濁して視界が白一色に塗り潰される
「ふぎゅ…こひゅ…や、め……おねが………」
「やだ」
「怯えるな、監督者よ。しかし、慈悲はない」
「しょ、な………や……だぁ………ぃぅ………」
「・・・流石にちょっと可哀想だし、教えてあげよう。どちらかというと令呪はオマケ。本当の目的は別。私がしたい事に、ルールを守らせようとする人が、ちょっとだけ邪魔だった。そんな感じ」
本格的に失神しかかっているのか、麻央の動きは段々と静かになり、呻き声すらもか細くなっていく。そんな彼女を見上げながら、広は胸を張り、困り眉と目尻をほんの少し吊り上げて、自慢げに語った
「・・・り、なみ……たす。け…たすけぇ………」
「うん。聞こえてない…ね。それじゃあ、おやすみ。監督さん」
しかし今もなお極限状態の麻央がそんな話に耳を傾けられるハズもなく。ついに瞳から涙を溢した彼女に向けて、広は無表情でバイバイと子どものように手を振った
(・・・あぁ。莉波…ごめん……後は、たの……)
そして。己の運命を悟ったように、麻央は完全に抵抗を辞めた。静かに瞼を閉じ、唯一無二の級友へと想いを馳せながら、麻央の意識は闇へと堕ちた
この瞬間。全ての役者が揃い、幕を開けたばかりの聖杯戦争は、こともあろうに監督役が消失し、本来あるべき姿を失った形で、1日目を終えた。月明かりも闇夜の中で途絶え、黎明を待つ中、聖杯戦争は未だ見ぬ混沌と深淵へと至るのだった───