Fate/starlight   作:小仏トンネル

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2日目
第13話 日常


 

「ヤッバ〜!遅刻遅刻ぅ〜!」

 

なんてテンプレな台詞を言いながら、寮から校舎への一本道を爆走するあたし。流石にあの激動の1日を過ごした後で、深夜3時寝からの7時起きは不可能だった。目が覚めた時には時計の短針は8時を指していて、仮にもアイドルを目指す身にあるまじきノーメイクとボサボサの髪に私服の適当なシャツとスカート、パーカーで身を固めて、教材の入ったバッグをひったくるようにして部屋を出た

 

あたしの去り際にセイバーが「おいことね!工房は儂が勝手に作っとくからな!てか、学舎まではそう距離は離れてねぇが、何かあったらどうすんだ!」と言われたので、あたしが中等部まで使っていた、寮内のWi-Fiと繋げたお古のスマホをセイバーに手渡した

 

しかしそれだけでなく「おい!令呪は何かで隠せよ!マスターなんてどこにいるのか分かったモンじゃねぇんだからな!」と言われ、顔はノーメイクの癖に、右手の甲だけは厚めのファンデでご丁寧に化粧を施し終わったところで「行ってらっしゃい!魔術師とサーヴァントとついでに車に気をつけろ!」なんて聞き慣れない言葉についズッコケた

 

それどころか、昨日の一件でランサーに大破させられたあたしの自転車が駐輪場にあるはずもなく、余計に時間を食って遅刻寸前で校門まで自分の脚で全力で走り抜けるしかなかった

 

「ま、間に合ったぁ〜!」

 

「おはようことねっち〜。今日はまた一段と滑り込みだね」

 

現在時刻8時半。朝のホームルーム開始のチャイムの音と共に教室に滑り込んで自席に着いたあたしに、清夏がにししと揶揄うような笑い声で話しかけてきた

 

「いや〜流石に間に合わねぇと思ったわ〜。清夏ぁ、悪いけど水ないかな?未開封でも、なんなら開封済みでいいから買い取らせて。マジでほぼ着替えただけで出てきたからさぁ」

 

「マージ?あぁでも今はあたしもちょっと水は持ってないかなぁ」

 

「マジかぁ、喉渇いて死にそぉ…少なくとも一限終わるまでは我慢しかないかぁ…」

 

「・・・ほら。水、開けてない。お金はいいから、さっさと飲めば」

 

その話に聞き耳でも立てていたのかと思わされるタイミングで、あたしと清夏の会話に割って入ってきたのは、いつもより数倍は機嫌が悪そうな手毬だった。しかし遅刻寸前だったあたしに水を差し出してきたその言動は、機嫌が悪いとか以前に、普段の手毬だったら想像もつかないもので、あたしはすっかり呆気に取られてしまった

 

「あ、あんがと手毬…急にどしたん…?」

 

「・・・別に。ただの気まぐれ。そのボサついた髪くらいなんとかすれば、みっともない」

 

「はーい、皆さん席について下さい」

 

捨て台詞のように残して、手毬は水を置いてあたしの席から去っていく。普段から一匹狼の手毬が自分から歩み寄って水を差し出すなんて、何が起こっているのかとあたしは清夏を見つめたが、彼女もまた不思議そうに両手を広げて首を傾げる。丁度そこに先生の声が入室と共に響いてきて、清夏を含め席を離れていた生徒がゾロゾロと移動して自席へと戻った

 

「皆さん、おはようございます。今日は担任の先生が体調を崩してお休みされてます。なので今日は私、根緒亜紗里が臨時で担任と、4限目の日本史を担当いたしますので、よろしくお願いします」

 

根緒亜紗里。あさりちゃんの愛称で学園内ではお馴染みの美人女性教師。普段はプロデューサー科を担当している教師だが、高校教諭の資格もあるのか、こうした時に全教科通じて助っ人として現れることがままある

 

プロデューサー科を教えるだけあって、アイドルプロデューサーとしての腕もあるらしく、果たして彼女は何者なのか?という疑問は当然のことながら、ほぼ都市伝説化している噂もある。まぁネタ半分なモノもあるが、それも相まって学園内では嫌いな生徒はいないと言える程の人気教師だ

 

「皆さん、昨日は中間試験でしたね。結果はどうでしたか?入学からひと段落ついて、今の自分の実力がどの程度か分かったと思います。昨日の結果を基に、次の期末試験も頑張って下さいね!それでは、一限目は英語の授業ですね。始業までに準備を整えておいて下さい。それではまた後でお会いしましょう」

 

一度礼をして、あさり先生が退室する。一限の授業開始は10分後だ。あたしはその間に手毬から貰った水をがぶ飲みし、お手洗いでロクに触れてもいなかった髪を整える。席に戻ってバッグから英語の教材を取り出したジャストタイミングでチャイムが鳴り、英語の先生が入ってきたところで起立、礼。着席

 

(・・・ヤバ、ねっむ…さ、流石に無理……)

 

昨夜、殺されかけて生き延びて、マスターとなったあたしですが、たかだか5時間程度の睡眠で、あの激動の疲れから来る眠気からは逃れられる訳もなく。あたしの意識は図太く、そして脳内はおめでたくも一限目から授業とオサラバすることになったのでした

 

(・・・ねぇ、ちゃん)

 

声が、遠く聞こえる。靄がかかっていて、微睡の中で妹達にまた遊ぶのをせがまれて体を揺すられていることに気づく。だけど、あたしはまだまだ眠くてしょうがない。分かってるよ。今からアンタらも、お腹いっぱいご飯食べれるお金が手に入るから、もう少し待っていて。だから今は、どうかお姉ちゃんを寝かせて…あぁ、今日は気温も丁度よくて、昼寝にはもってこいの日だなぁ

 

(・・・ね、さん)

 

「んぁ〜、なぁに?お姉ちゃんまだ眠いよ〜」

 

「藤田ことねさん!!!」

 

「は、はいっ!!!」

 

自分の名前で怒鳴られた事に気づいて、あたしは寝言混じりの微睡から飛び起きた。教卓の前にはあさり先生が呆れたような怒ったような顔で口をへの字に曲げていて、周りの同級生達はクスクスと笑っている。バイトの疲れから授業中の居眠りはしょっちゅうだが、流石のあたしもここまで盛大に怒鳴られて起こされるのは久方振りで、焦りで目は一気に冴えて冷や汗が滴り始める

 

「藤田さん、あなたの机に出ている教材は何の授業の物ですか?」

 

「・・・えと、英語…です……」

 

「私は今日朝のホームルームで、代わりに授業をすると言っていた教科と、それが何限目だと言っていたか覚えていますか?」

 

「えと、日本史…4限目です……」

 

「今日他の教科の先生達からも聞きました。まさかとは思いますが、1限目から4限目まで寝続けていたんですか?」

 

「き、記憶にございませんので…まぁ、はい…」

 

目を泳がせたあたしが裏金を横領した議員のように答えると、あさり先生は大きくため息を吐いた。だって眠いモンは眠いんだからしょうがねえじゃん!昨日マジでヤバかったんだから!なんて心の中で反論していたが、じゃあ同じ境遇にいた咲季は?と思い、周囲に目を配らせると、あたしとは違ってちゃんと起きてこちらを白い目で見ている。やめて、その視線であたしの心に穴開いちゃう

 

「まぁ体調が優れない日もありますから、とりあえずは大目に見ますが、では代わりに今の日本史の問題に答えて下さい。『鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ホトトギス』この句で性格が語られる戦国武将は誰でしょう?」

 

「・・・えと、織田信長…?」

 

二度目のあさり先生のため息。そして周囲のクスクスという笑い声。その中で咲季だけは何故か咳払いしていた気もするが、そのままあさり先生は正解を続けた

 

「残念、正解は徳川家康です。織田信長も戦国三英傑の一人ではあるため、惜しいといえば惜しいですかね。では続けて二問目です。幼い頃に右眼を失明し隻眼となった『独眼竜』の異名を持つ、仙台藩の初代藩主となった武将の名前は?」

 

「・・・えと、織田信長…?」

 

「・・・藤田さん。まさかとは思いますが、歴史上の偉人で知ってる人が織田信長しかいないとか言いませんよね?」

 

その顔から怒りは消えて、呆れ顔100%のあさり先生の指摘、というかツッコミにもはや周りの同級生は笑い声を隠さなかった。清夏なんてもう机叩いてるし、咳払いしていた咲季も大分むせ返ってる。そんな喧騒を隠すようにして、4限目終了のチャイムが校内に鳴り響いた

 

「はぁ…もう授業も終わりの時間ですね。藤田さん、このお昼休みにプロデューサー科の職員室の私のデスクまで来なさい。いいですね?」

 

「えっ!?あ、あたしがお昼食べる時間は…?」

 

「そこまで時間は取らせませんから。いいですね?」

 

「・・・はぁい」

 

あたしのゲンナリとした返事の後に、起立、礼の号令。みんなが思い思いの昼食スペースへと足早に移動する中、あたしはあさり先生の後をトボトボ追跡してアイドル科の校舎を出て、プロデューサー科の校舎にある職員室へと辿り着いた

 

「さぁ、とりあえず座りなさい藤田さん」

 

「はぁい」

 

こういう時の為か、簡易的なパイプ椅子を出されて、あたしはあさり先生のデスクの目の前で座らされた。怒られるのは普段から慣れっこだけど、プロデューサー科の先生なんて顔も名前も知らない人ばかりで、この人達の前で何を言われるのかなぁ、なんて視線を運ばせながら怯えていると、あさり先生が話を始めた

 

「藤田さん。念の為聞きますが、体調が優れないという訳ではありませんよね?」

 

「はい。まぁ…決して良いとはいえませんケド。風邪をひいてるとかそういう訳ではないです」

 

「睡眠は健康の上で大事な資本です。その上で成長期にあたる今の高等部の皆さんの体が、普段よりも多くの睡眠を求めることも教師として分かってはいます。ですが、今日の藤田さんはそれを加味した上でも寝過ぎです。それは分かっていますね?」

 

「・・・はい、分かってます」

 

「確かにアイドルを目指す皆さんがこなすレッスンが、とても大変だということは分かっています。ですが、それは学業を疎かにしていい免罪符にはなり得ません。残酷なことを言いますが、この学園にいるアイドル科の生徒全員がアイドルになれる訳ではありません」

 

「そして仮にアイドルになったとしても、そのアイドル、芸能という職業だけで人の一生を食い繋いでいける人は、更にほんの一握りです。いざ自分がアイドルになれなかった時、アイドルを引退してその後がなくなった時、自分を助けるのは教養です」

 

「私達プロデュース科からしても、学業だけが出来ても売れないというのは百も承知です。ですが芸能の素養として、どうすれば良いアイドルをプロデュース出来るか、こんな時にどう行動するのが正解か、という選択を迫られる場面が来た時、手助けになるのが教養から得た知識です」

 

話半分に聞き流す。実際、この手のお説教は日常茶飯事だ。流石に他学科の職員室で他学科担当のあさり先生に怒られるのは初めてなので、いつもよりは幾分か真面目に聞いている。けれど、それでもやっぱりどの先生も同じようなことを言うので、まぁその通りなんだろうなとは思いつつも、結局は早く終わんないかなぁという思いが先行する

 

「つまり、疲労から眠くなってしまうのはままあることです。私達教師も、多少は大目に見てるつもりです。結局後で困るのは寝ていた本人ですから。ですが、流石に1限から4限ノンストップ居眠りは目に余ります」

 

「は、はい…そこは流石にごもっともだと思ってます…あたしの居眠り史上の中でも一番よく眠ってた方だと思います…」

 

「自覚があるなら…まぁヨシとしましょう。但し、自覚があるのならなおのこと、自分の生活リズムを見直して下さい。夜間は動く時間ではなく、基本的には眠る時間です。良い身体、良い精神は、良い睡眠からなり得るモノです。いいですね?」

 

「はい…昨日は流石に夜更かしし過ぎだったと思います…反省してます…」

 

おっけー。我ながらいい感じにショボくれた返事が出来たと思う。俯きながら体を縮こまらせる演技まで。アイドルは演技で魅せるのも仕事だし。数秒静かに待って薄目を開くと、あさり先生が柔和な笑みであたしを見ていた。その顔を見たあたしは勝利と終わりを確信した

 

「では藤田さん、コレをどうぞ。ルイボスティーです。ルイボスティーには神経の興奮を抑えて、精神を安定させる効能があります。入眠の1時間前くらいに飲んでみて下さい。栄養面からアイドルを支えるのも、我々の仕事ですから。先生、応援してますからね」

 

「は、はい。ありがたく頂きます。わざわざお時間ありがとうございました」

 

完全勝利。なんなら戦利品も獲得。あんまりルイボスティー積極的に飲まないけど、貰える物に罪はない。あたしは先生から手渡されたペットボトルを受け取り、そのまま一礼をして職員室を出た。ふぅ、と一仕事終えて深く息を吐いていると、背後から柔らかい声が掛けられた

 

「ふふ、お疲れ様。今日も大変だね」

 

「あ、莉波先輩」

 

姫崎莉波。高等部アイドル科の三年生。初星学園生徒会執行部の書記を担当している。あたしより一回り背丈があり、ライトブラウンのロングヘアーのゆるりとしたお団子が、物腰柔らかな彼女の特徴。品行方正な人格者で、同じ女性のあたしから見ても憧れるグラマラスな体型とお化粧も乗って眩しく光る白磁の素肌も含め、どこか包容力のあるお姉さん感がある

 

毎度のこと生徒会長である十王先輩の熱い…いやもう熱すぎるスカウトを躱わし続けるあたしや、麻央寮長から門限破りを咎められるあたしを、莉波先輩は何かと気にかけてくれている。あたしにとっても、一般生徒にとっても優しい先輩で有名だ

 

「珍しいね、プロデューサー科の先生に何か粗相でもしちゃった?」

 

「いや〜、臨時で授業見てくれてたあさり先生の授業で大爆睡しまして。お説教と活動支給品をありがたく頂戴したところです。ところで莉波先輩は?ひょっとしてついに誰かプロデューサーが付いたんですか?」

 

「そうだったら嬉しいんだけどね。私は普通に生徒会の用事でプロデューサー科の先生に伝達事項があっただけだよ。そういえば、さっきなんだか1年1組の教室の方を通りがかった時、なんだかヤケに騒がしかったよ。何かあったの?」

 

「うぇ〜、また厄介ごとかよ…いやぁ、あたしもこの昼休み直後にここに連行されたんで、それ以降のことは分かんないですね。でも、情報提供ありがとうございます。これから直で食堂行ってなるべくゆっくり教室戻りますわ〜」

 

「ふふ、賑やかで良いクラスだね。そうだことねちゃん、麻央をどこかで見なかったかな?今朝から姿が見えないの。話したいことがあるんだけど…」

 

「麻央ちゃん先輩ですか?あ〜、あたし今日マジで遅刻ギリギリに起きて、1限から4限まで通し居眠りだったんで…見かける余裕というか、見かける暇すらなかったですね。てか、先輩たち同じクラスじゃありませんでした?」

 

「うん。そうなんだけど、3年生になってからは朝のホームルームも出席は自由だし、大学受験に進路をシフトする人もチラホラ出てくるから、選択授業も増えるんだ。人によっては同じクラスなのに一日中合わないこともあるの。それで今日みたいに探してる日に限って、全然会えないこともあるんだよね」

 

「へぇ〜3年生になると色々自由がありそうでしたけど、それはそれで大変ですね。とりあえず麻央先輩をどこかで見かけたら、莉波先輩が探してたって伝えておきますね」

 

「・・・そう。ありがとう、助かるよ。それじゃあよろしくね。あんまり夜更かししちゃダメだよ?」

 

あたしを咎める意図なのか、莉波先輩は少し屈んであたしに目線を合わせ、何か含みがあるような口調で言った。青藍の瞳があたしをジッと見つめて、目が離せなくなりそうになる。何か不思議な引力がそこにありそうな、深まっていく青にあたしは見惚れそうになっていた

 

「姫崎さーん!お待たせしました!」

 

「あ、はーい!それじゃ、またねことねちゃん」

 

「あ、はい…また……」

 

伝達事項があったというプロデューサー科の教師だろうか。遠くから呼びかける男性の少し低い声が耳に割り込んできて、莉波先輩の視線があたしから外れた。青藍の瞳が視界から消えてハッとした時には、ライトブラウンの長髪の後ろ姿しか見えなかった

 

同じ性別のあたしですら虜になってしまいそうだったあの眼力があって、あれだけの美貌とスタイルと、優しいお姉さんのような品性の良さがあって、現在三年生でプロデューサーすら付いていないのだから、つくづくアイドルとはままならないのだなと思う

 

そんなことをぼんやりと考えながら、あたしは特別棟の食堂にたどり着いた。券売機の前で昨日失くしかけた二つ折りの財布を開いて、500円玉を投入。日替わり定食のボタンを押して発行された食券を手に取る。そのまま食堂のおばちゃんに券を渡して、水とお箸を取ってものの二分程度で鯖の味噌煮定食が出された

 

お盆を持ち上げ食堂の空席を探そうとしたが、お説教の時間のズレもあって空席は探すまでもなかった。10列ほどある長机の端の方に陣取り、手を合わせていただきます。付け合わせのサラダにドレッシングを掛け、箸を手に取りモソモソと食べ始めた時のことだった

 

「ご機嫌よう藤田さん!昨日の中間試験の結果はどうでしたか!?」

 

倉本千奈。倉本財閥の娘にして、生粋のお嬢様。つまり、常に家計が火の車だったあたしとは正反対のとんでもなく育ちがいい女の子。小柄な背丈と童顔っぷりはまるでハムスターのような可愛さで、細部まで手が掛かっている艶のある薄い茶色の髪は箱入り娘であることを疑う余地すら与えない

 

「ご機嫌麗しゅう千奈。あたしはちゃんとE判定だったぞ。中等部からよろしく今回も補修でぇ〜す」

 

「それは良かった。ちなみに私達三人も、全員E判定」

 

「ふっふっふ〜!これで補修組のメンツは保てたね!」

 

しかしその箱入りっぷりは、高等部編入試験最下位という点でも遺憾なく発揮されている。彼女は1組のあたしと違って1年2組に属しているため、詳しい事までは分からないが、今も一緒にいる花海佑芽、篠澤広と行動を共にすることが多く、三人で補修組やら、編入試験ワースト三人衆として仲良く行動しているらしい

 

かくいうあたしも、筆記試験も実技試験も赤点祭りなので補修は確定。もしもあたしが1年2組に入ってたらこの三人組に混じって行動してたのかな。なぁんて考えたりもする

 

「おい、広。良かったってなんだ。てか佑芽も、あたしをその不名誉なメンツに加えてんじゃねぇ!」

 

「でも、あたし達と同じ補修を受ける事実は変わらないよ!」

 

「内部進学組の藤田さんがいると心強いですわ!補修でもよろしくお願いしますね!」

 

常に無駄に元気よく喋る佑芽は、自慢げに言うことでもないのに、無駄に発育の良い胸を張って言った。続いて千奈もお嬢様仕込みの言葉遣いで、補修の何がそんなに嬉しいのかツッコみたくなるほどの明るい声で言って、あたしは釣られるように笑ってしまった

 

「ふっ。あたしはこれでも、中等部三年間も補修漬けだった補修のエリートだぜ?お前ら、あたしの補修に付いて来れるか?」

 

「エリートの意味が真逆ですわ〜!」

 

「じゃあ、ことねは私達にとっては先輩、だね」

 

「おぉい!その呼び方だとなんか補修の意味まで含めて留年してるみたいだからやめろや!」

 

上品な言葉遣いの割にキレッキレのツッコみ芸が光る千奈に言われ、あたしも負けじと広のじれったい喋り方と言われようにツッコむ。そんな談笑混じりに昼ご飯を食べ終わって、食器を片付けようと席を立ち、そのまま補修組の三人と別れた

 

あさり先生のお説教の時間も相まって、もうすぐ昼休みも終わりそうな時間に、ぼんやりとスマホでSNSをチェックしながら1年1組の教室目前の廊下へと歩いていた時のことだった

 

「───だから私は!美鈴のそういうところが嫌いだって言ってるんだよ!」

 

フロア内の端から端の廊下どころか、教室まで貫通してそうな怒鳴り声。手毬の怒号だと聞いただけで確信する。莉波先輩の言ってたヤツはコレかぁ〜。マジかぁ〜、だいぶ間開けて戻ってきたつもりなんだけどなぁ〜、なんて思いつつ、分かりやすいくらいに広がっている人だかりの中にあたしも身を連ねる。1年1組前の廊下に出来た喧騒の中心に立っているのは二人。一人はあたしの予想通り月村手毬。そしてもう一人は、紺色の髪をしたおっとりとした雰囲気の女子だった

 

「そういうところ、とはどういう所ですか?ハッキリ言ってくれないと、私の方からは分かりませんよ。まりちゃん?」

 

秦谷美鈴。まるで雰囲気そのものが凪いでいるような、性格から佇まいまでもがゆったりしている、高等部アイドル科1年2組の女子。あたしや手毬と同じ中学からの内部進学組で、噂程度には知っている。かつて中等部時代には手毬ともう一人と美鈴の三人でユニットを組み、学内でも有名なユニットだったが、トラブルで喧嘩別れし、そのままユニットは解散。手毬曰く今も喧嘩は継続中らしく、三人はそれぞれ距離を置いているらしい

 

それがこの昼休み中に何かあったのは、この場外乱闘も甚だしい状況から一目瞭然だろう。手毬は激昂に近い状態だが、美鈴は淡々としている。とは言っても二人は幼馴染らしく、二人揃って普段からそんな感じなのは否定できないので、あたしにとっては二人が何に対してどの程度の熱量で言い合っているかは推し量れない

 

「この暖簾に腕押しな感じ!私が何言っても、どうせ美鈴が自分が都合の良いように言いくるめようとしてるのは分かってる!いっつもそうだったから!もういい!一時休戦も今日限りだから!二度と私に話しかけないで!」

 

「───!な、なにもそこまで…まりちゃん!」

 

「退いて!!!」

 

美鈴への怒号をそのままに、手毬は彼女に背を向けてズカズカと人垣に突っ込んでいった。彼女の進路上にいた子達は、一人でに道を作って割れていき、手毬は1組のドアを轟音ともに開けて止まることなく教室の中へと姿を消した。後に残されたのは、手毬の背に向けて伸ばされた、虚しさが漂う美鈴の右手だけだった

 

一触即発を案じていたのか、はたまた単なる野次馬根性だったのかは分からないが、20人ほどの人だかりは、まさしく喧嘩別れで幕を閉じた二人の言い合いを見届けて散っていった。あたしも当事者ではないため、中等部時代から噂の絶えなかった二人を久しく見たが、結局何も変わってないなと少し呆れたように息を吐いて、手毬が入ったのと同じ教室へと戻った

 

程なくして午後の授業が始まり、春の終わり頃の心地良い風でカーテンが揺れる教室の中。美鈴に向かって今日限りだと叫んだ後の手毬の背中は、出会いと別れの春という季節の終わりを寂しく思っているのか。いつも一匹狼の彼女が少し儚げに、遠く鳴いているように、あたしの目には映っていた

 

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