Fate/starlight   作:小仏トンネル

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第14話 夕暮れ、家路

 

「はい、そうなんです。申し訳ございません。いえいえ、来週には何とかしますんで。そんなそんな、ありがとうございます。はい、失礼します〜」

 

ピッ。と、スマートフォンの通話終了ボタンを押す。午後の授業とレッスンも終わり、あたしは一先ず今日バイト予定だったアイス屋さんから、ファストフード店、引越し業者まで全て季節外れのインフルエンザということで、1週間ほどのお休みの電話を入れていた

 

残すは、商店街のお肉屋さん。そう、何を隠そうあたしはその商店街でセイバーとランサーの大暴れを引き起こした張本人でもある。あたしが昨日咲季の後を付いて行った時には、まだまだ荒々しい戦いの爪痕が残ったままだったが、果たしてどうなっているのか。そんな思いを抱いて恐るおそる、スマホの電話帳からお肉屋さんへの発信ボタンを押した

 

『はい、もしもし。肉の矢島です』

 

「あ、おばちゃん。ことねです、お忙しいところにすいません」

 

『あらやだ、ことねちゃんだったの。今日はわざわざ電話でどうしたの?』

 

「すいません、実は季節外れでインフルエンザに罹りまして…出来れば1週間ほどバイトをお休みさせて下さい」

 

『やだ!それは大変ねぇ。体冷やしてなぁい?おばちゃんに出来ることがあったら言ってね。バイトのお休みなんて気にしないで、そんなのゆっくり治して元気になってからでいいんだから』

 

命懸けの戦いに身を投じるのでお休みします。とは口が裂けても言えないので、全てのバイト先に仮病の電話を入れる度に、罪悪感であたしの心は押し潰されそうになるが、中でも肉屋のおばちゃんの心配が一番心にきた。ぐおおおぉ、本当にごめんなさい…と心の中で呻きながら、あたしら一番気になっていた事をおばちゃんに訊ねた

 

「そういえばおばちゃん、昨晩あたしが店に行ってから何か変わった事とかなかった?例えば、お隣の骨董品屋さんとか、商店街全体の事とか…」

 

『変わったこと?特になかったと思うけどねぇ?何かあったのかい?』

 

おぉ、魔術ってやっぱスゲェや。あたしはてんで分からないけど、麻央先輩が監督役してる教会が事後処理もするって言ってたから、壊れた物を元通りにする魔術か何かを使ったんだろう。なんて感心しつつ、人的被害も無さそうであたしはホッと胸を撫で下ろした

 

「ううん。ないならそれが一番いいの。あたしが今日インフルエンザを発症したから、誰かに移してたりしないかなぁ、なんて心配になっただけ」

 

『もう、やぁね。そんな心配要らないわよ。ことねちゃんが元気になれば、あたし達商店街の人間は自然と元気になるんだから。今はどうかゆっくり休んでね』

 

「うん、ごめんおばちゃん。ありがとう。それじゃあ、また元気にバイト入れるようになったら電話するね。忙しいところごめん、商売頑張ってね」

 

『えぇ、何も心配しないで。それじゃ』

 

通話終了。我ながら本当に心が痛む。スマートフォンをポケットに入れて、レッスンもバイトも終われば、内部進学以来、バイト以外の選択肢がなかったあたしが、直帰するしか選択肢がなくなった。自転車もないため、寮までの夕暮れ道を歩いて帰ろうとした時、自主トレのランニングを終えて蛇口の水を顔から被っているジャージ姿の咲季を見つけた

 

「おっ。おーっす咲季。お疲れ様。相変わらず精が出るね」

 

「・・・ことね、ね。お疲れ様。どうかした?」

 

なにか含みがある言い方であたしの名前を口にして、咲季は蛇口の水を止めて振り向いた。昨晩の説明で、綺麗さっぱり敵同士だと言い張った手前か、気丈に振る舞っているように見えたあたしは、声をかけたからには正直に彼女の耳元で小声で話し始めた

 

「いやさ。ぶっちゃけ聞きたいんだけど、今夜からあたしも聖杯戦争に本格参戦するってワケじゃん?実際のところ、どうやってけばいいのコレ?」

 

「どうやるも何も、索敵しながら市街地の路地裏辺りを警戒して回るか、居を構えた自分の陣地で敵を待ち構えて迎撃するかどうかの二択よ。昨日も言ったけど結局のところ、人目につくところで戦おうとするのは聖杯戦争では御法度だから」

 

「それより、どんな状況だろうとサーヴァントは連れて歩きなさい。同じ学内にいる私とことねがそうだったように、マスターとサーヴァントはどこにどんな形で潜んでいるかなんて分からないわよ。もしかしたら、私たち以外にもまだこの学園にマスターがいる可能性だって0じゃないんだから」

 

「い、いやぁそれがさ…ウチのセイバー、あたしがマスターとして未熟なせいで霊体化できないらしくて、サーヴァントなら一息でいける距離だからって、緊急時に連絡できるスマホだけ持たせてあたしの部屋に置いてきたんだよね」

 

「───ッ!!!」

 

瞬間。咲季が眉間に皺を寄せ、歯を食いしばった怒髪天を突いたような強面であたしの胸ぐらに掴みかかった。その力み具合を表すように、咲季の左手を中心にしてあたしのパーカーに皺が出来る。突然の出来事に、胸ぐらを掴まれた苦しさをよそに呆けた顔しか出来ず、口も開けないあたしに咲季は言った

 

「ことね。私は昨日言ったわよ。もう私たちは敵同士だって。その敵に向かって、サーヴァントがいないことどころか、サーヴァントがどこにいるかまで教えた現状、正しく理解してるの?今すぐに私のアーチャーをあなたの部屋に向かわせて、奇襲を仕掛けることだって出来るわ」

 

「ちょ…!咲季、ギブ…!し、締まってる…締まってるから…!」

 

「当たり前よ、締めてるもの。緊急時のためにスマホを持たせた、ね。じゃあ言わせてもらうけど、今この瞬間、私に胸ぐらを掴まれた状態で電話を掛けてる間、それからセイバーがすっ飛んでくるまでの間に、私は余裕であなたの首を五回はへし折れるわ」

 

「く、くるしっ…!?ほ、ほんとに待って…!」

 

「言ったはずよ、これは正真正銘の殺し合い。世間話の感覚で自分の陣営の状況を話してたら、あっという間に死ぬわよ。セイバーすら連れずに、突然にでも来るいざという時に対応できないなら、死ぬのが少しでも怖いなら、学校なんて休みなさい」

 

「ちょ、ちょっと花海さん!藤田さんに一体何をしてるんですか!?」

 

あたしが胸ぐらを掴まれてる今この瞬間を見たのか、あさり先生が血相を変えて叫びながら飛んできた。咲季は背後から勢いよく迫ってくる足音に対して、口中で小さく舌打ちすると、あたしの胸ぐらから手を離して、スンッと表情を楽にしてあさり先生の方へと振り返った

 

「すみません、あさり先生。ことねの服に留まっていた虫を取ろうとして、勢いよく掴みかかったようになってしまいました。勘違いさせるような形になってしまってごめんなさい。もうことねには謝ってます」

 

「あ、あぁそう、そうなんです!あはは、咲季ってばやっぱり漢気あって思い切りがいいから!あたしは虫触れないし助かったんですよ!あはは!」

 

瞬時に頭を下げた咲季の意図を汲み取って、咳き込みそうになるのを必死で抑えたあたしも続いてたははと、他愛も無さそうに笑って言った。あさり先生は急な展開に少し面食らったように目を瞬かせていたが、やっと頭の中で状況を整理し終わって言った

 

「・・・え?あ、あぁ…虫ですか…そうでしたか。それは私の方も勘違いしてすみませんでした。ですが、それはそれとして花海さん。条件反射的な行動で仕方ないかもしれませんが、アイドルにとって体は資本ですよ。それは藤田さんも変わりません。たとえ服で見えないところだとしても、アザが出来ないような強さを心がけて下さいね?」

 

「はい、分かってます。すみませんでした」

 

「はい、結構です。それじゃあ二人とも、気をつけて帰って下さいね」

 

もう一度咲季が謝罪と同時に礼をすると、あさり先生は納得したように頷いて、歩いてその場を去って行った。その背中をあたしと咲季は二人で見つめて、校舎内へ入り姿が見えなくなると、咲季はようやくあたしの方に振り返って鋭い視線と厳しい口調で言った

 

「・・・仏の顔も三度までよ、ことね。私たちはもう敵同士。とりあえず学内では友人としてそれなりに接してあげるわ。だけど、こと聖杯戦争のマスターとしてその件に触れるか…これ以後私の前に現れる時は、決死の覚悟を抱いてきなさい」

 

言い残して、咲季はあたしの返事も待たずに踵を返し、そのまま更衣室がある特別棟の方へとズカズカ歩き始めた。あたしにとって彼女の背中は、怒っているように見えるにはあまりに十分だった

 

しかしそれは、聖杯戦争への意識が足りてないあたしに対して怒っているようにも、敵同士だとは言いつつも、何度もあたしに情けを掛けてしまう自分に対して怒っているようにも見えた

 

だって、そうじゃなければ。あんな風に、自分が力一杯握りしめた拳の内側に、血が滲んでいるハズがないのだから

 

「・・・帰ろ」

 

一人呟いて、あたしはカラスが鳴く夕暮れの帰路をトボトボと歩き始めた。実際、咲季の言うことが正しいのには違いないのだろう。この夕陽が沈めば、もうじき夜になる。人々が寝静まる時間に、あたし達にとっての戦争が始まる

 

その時になれば、今の眼を向けてきた咲季はきっとあたしに手加減なんてしないだろう。魔術も何も知らないズブの素人のあたしを、本気で殺しにくる。彼女が言った決死の覚悟を抱いて来い、という言葉の意味と重みに、あたしは既に潰されそうだった

 

またこの瞬間にも、命のやり取りが始まるかもしれないという自覚も同時に湧いてきた。他のマスターかサーヴァントに襲われるのではないかという、胃腸を締め付ける緊張感の中、セイバーに繋がるスマホをポケットの中で握りしめ、周囲に目線を配りつつ俯き気味に自室の前へとたどり着き、安堵のため息と共にバッグから鍵を取り出してドアを開いた

 

「ただいまー」

 

「おーう、おかえりー」

 

ガチャリ、ドアを引いて気づく。今まで虚空に消えるだけだった、ただいまという言葉に、おかえりが返ってきたのは、実家に帰った時以外では初めてだった。そうか、今はセイバーがいたんだった。帰ってきて部屋の明かりが既に灯っているのも、なんだか新鮮だ

 

ついさっきまで戦うことの意味なんて考えながら、肩をガックリ落として帰っていたというのに、我ながら単純なヤツ。なんて思いながら頬を綻ばさせ、彼が待つ洋室の扉を開けた瞬間、そこは別世界だった

 

「な、なななっ!?なんじゃこりゃ〜〜〜!?」

 

扉を開けた瞬間、まず目に飛び込んできたのは堂々と広がる金床だった。続いて壁掛けにズラリと並ぶ金槌から鑢といった鍛治道具。そして窓際にはピザ屋かと見紛う程の立派な炉。傍には冷却水の入ったバケツまで。極めつけはカァン!カァン!という絶えず鉄が弾ける音の中心で、今も額に汗を滲ませながら平たい鉄に金槌を打ち続けるセイバー

 

登校してから下校するまでの間に、あたしの1DK6帖の洋室は、ベッドと勉強机とクローゼットの前を除いて、余すことなく鍛冶場そのものへと変貌していた

 

「おん。なんだも何も、要望通りに結界と工房を敷いといたのさ。いやぁ我ながら悪くねぇ出来だ。いい拠点を提供してくれてありがとなことね、おかげで儂の魔力も快復したぜ。あぁ鍛治の音については安心してくれ、こんなナリだが結界と工房としては一丁前だ。音もそうだが、蟻の子一匹通さねえ会心の出来だぜ」

 

「安心できるかぁ!ってか、あたしが想像してお願いした結界ってぇのは!こう…なんかよく分かんない魔法陣とかで囲まれて、その中心にいればセイバーの魔力が回復するみたいな、見えないバリアみたいな感じのことだってぇの!断じてこんな100人見て100人が鍛冶場だって分かる結界なんて所望してないから!」

 

怒鳴りつけるくらいの勢いで、あたしはセイバーにブチ切れた。いつだったか藤田家四姉妹の末っ子が家の壁一面にクレヨンで落書きしたことがあったが、キレ具合は正直その比ではない。今も轟々と炎を拵える炉が放つ熱気も相待って、あたしの怒りは膨らむばかりだった

 

「あぁ分かってる分かってる、この鍛冶場は所詮、儂の魔力で編まれたモンだ。儂が聖杯戦争を終えて退去する時には綺麗さっぱり無くなってる。それにな、昨日も言ったが儂ぁ鍛治師なんだぞ?鍛冶場がねぇとお話になんねぇだろうが。食事も睡眠も要らねぇこの身体、ことねが学舎にいる間は大人しく昼寝か瞑想でもしてろってか?そいつぁ土台無理な話だぜ」

 

「結界がもれなく鍛冶場仕様になるんなら最初から教えろっての!言っとくけどここあたしの寝床なんですケド!?昨日はとんでもねぇ疲れで気にならなかったけど、ただでさえ男のセイバーがいてかつこんなガヤガヤした鍛冶場の中であたしが寝られるかぁ!」

 

「・・・その割には、儂にはことねが家出た時より肌艶がいいように見えるけどな。まさかたぁ思うが、座学を子守り歌がわりに寝てきたとは言わねぇよな?」

 

「ギックゥ!?」

 

「それ見たことか、どこでだって寝れるんならどの道問題ねぇだろうが。それに、別に儂だって夜も構わず鉄を打つ訳じゃねぇんだ。騒がしくなけりゃ寝るのには困らねぇだろうが」

 

「・・・あぁうん、もういいわ。とりあえず、この鍛冶場を今後どうするかは後で考える…とりあえずシャワー浴びてご飯作るから、その間は瞑想でよろしく」

 

「あん?夕餉くれえ儂が作ってやらぁ。その方が瞑想なんぞよりよっぽど有意義だっつの。ことねはゆっくり体を洗っててくんな」

 

「え?セイバー、料理できんの?」

 

「おう舐めんな、鍛治師ってな手先が器用じゃなきゃ務まらん。料理くらいワケねぇぜ。食材さえありゃあ、後は手前で何か作らぁ」

 

これで咲季のトップアイドル養成ご飯のような見た目の食事か、SSDのような味の料理が出てくるかも、という一抹の不安を抱きながらも、セイバーの作るご飯に興味があるのも本当のことなので、とりあえずはお願いしてみるかと決意した

 

「・・・えと…じゃあお米が食器入れの戸棚の中にあるから、そこから出して炊飯器使って。あと冷蔵庫のチルドに鮭の切り身があって…野菜その他は同じく冷蔵庫のを適当に…調味料とか料理道具は大体水回りに揃ってるから…こんな感じでいける?」

 

「おう、任せとけってんだ」

 

「じゃあ、シャワー浴びてくる。言っとくけど、何か分かんなくても絶対の絶対に!脱衣所にも入らないこと!もしあたしがシャワー浴びてる途中に何かあっても、風呂場を出てから対処するからそのつもりで」

 

「はっ。もちっと歳食って女の色香ってモンを学んでから出直してこい」

 

「言ってろバカァ!!」

 

ほんと、失礼にも程がある。いきなり年頃の女の子の部屋を鍛冶場に大改造するなんて、ホントにありえない。この若造りにも程があるお爺さんみたいな喋り方の男。だけど、咲季が言っていた、殺し合いの中にいるのだという緊張感が妙に解れて、お兄ちゃんがいたらこんな感じなんだろうな、なんて思ったりした

 

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