「・・・お、美味しい。え、これ…マジ…?」
金床を片付けてから出したテーブルの上に置かれたのは、焼いた鮭の切り身、だし巻き玉子、ほうれん草の胡麻和え、豆腐とわかめのお味噌汁、白いご飯と、典型的な和食たちだった。セイバーが出した料理を一口ずつ味わった感想は、勝手に口を突いて出た。ほとんど呟いただけだったあたしの声を聞いたセイバーは、したり顔で口角を上げていた
「どうでぇ。中々のモンだろう。たんと食べろ」
「・・・なんかちょっと悔しい。まぁでも出された物に罪はないし。いただきます!」
鮭の切り身もただ焼いただけではなく、下味を何か足したらしい。あたしがただ焼いて食べる時とは比べ物にならない旨味だ。だし巻き玉子も食感がふわふわで、口の中で軽く解けて思わず頬が落ちてしまう。とにかく全てに感想を言っていたらキリがなくなるほどの夕食を次々に口へ運んでいく
部屋を丸ごと鍛冶場にするような鍛治バカだと思っていたが、思っていたよりは家事もできるのか、なんてダジャレのようなことを考えている内に、部屋の内装からメニューまで含めてまるでタイムスリップしたかのような気持ちのまま、あたしはセイバーの料理にまんまと舌鼓を打たされて綺麗になった食器の前に両手を合わせた
「ご馳走様でした。大変美味しゅうございました、お見それしました」
「おう。お粗末さん」
「あ!片付けはあたしがやるから」
「の、前にだ。腹が減っては戦は出来ぬ、なんてのはよく言った諺だ。じゃあ腹が膨れた今、儂らは今夜の戦について話さねぇといけねぇと思うんだが、どうだ?」
「・・・うん、そうだね。でもちょっと食器に水溜めておくくらいはさせて」
真剣な顔で話を始めようとしたセイバーには申し訳ないが、食器をまとめながら、あたしはスッと立ち上がった。一度洋室を出て、扉を閉める。台所に立ってシンクへと食器を下ろし、蛇口を捻って水を貯める。段々と食器ごとに滝が出来るようにして水が落ちていき、丁度溢れ出しそうになったところで水を止め、あたしは深く息をした
日常に浸るのは、ここまでだ。そう自分に言い聞かせる。この夜から、あたしにとって譲れない願いを賭けた戦いが始まる。まずそのための選択だ。セイバーに頼りっぱなしだった昨日のままではなく、これから作戦から何まで一緒に考えて行動しようと、もう一度扉を開いた
「お待たせ、じゃあ始めようセイバー。今夜の聖杯戦争について」
「・・・なんだか妙に腹が据わったような言い方しやがんな。まぁ覚悟決めるに越したこたぁねぇが、それならどう出るかは決めてんのか?」
「まぁざっくりと分けて、街かこの辺の山岳を練り歩いて、会敵したら戦うか、あたし達が陣地を構えて襲ってくる敵を迎撃するか、他の陣営が敷いた拠点を暴いて奇襲をかけるか…って感じかな?」
「まぁ、そうなるな。んで、ことねはその三択ならどれでいこうと思ってんだ?」
セイバーに訊ねられて、あたしはしばらく考え込んだ。策らしい策と呼べるものはないし、三択とはいうが、実際は攻めるか守るかの二択だ。そもそもの話、あたしにそういう策士めいた閃きがない。となれば、あたしにとっての最善なんて、どれだけ考えても無駄でしかない
「ごめん。あたしには決められない。でもそれは、優柔不断とかそういうんじゃない。結局あたしは、他のマスターと違って戦える魔術師じゃないから、戦いはセイバーに任せることになる。だから、セイバーに決めて欲しい。セイバーが一番やりやすいと思った戦い方に、あたしは従う」
「ま、当然っちゃ当然の帰結だな。妙に気負ってるようだったが、状況自体は正確に判断出来てて感心するぜ。なら儂からすりゃ一択だ。ひたすら散策して、会敵した奴と戦う。これが儂にとっちゃ最善だ」
「一応、理由を聞いてもいい?」
「まず陣を敷いての防衛戦だ。儂ぁ確かにそれなりの結界と陣は張れるが、根が刀鍛治だ。居を構えて戦う上で罠を貼るだとか、有利な地形を作るだとか、その手の技術がねぇなら防衛戦をやる旨味がねえ」
「次に相手の拠点への奇襲だが、まず儂らには敵の拠点を見破る、ないしは特定する術が特にねぇ。もし仮に敵の拠点が分かったとしても、儂にアサシンのような奇襲能力がねぇ以上、むしろ敵の拠点に張られた罠にまんまと嵌りかねねぇ」
「となると結果的に残るのは、最初のひたすら練り歩いて、同じように会敵を試みてる敵と出会い頭に戦うしかねぇだろうな。まぁ他には今日に限らず此処でひたすらナリを潜めて、他の陣営が潰し合うなり、令呪の消費なりをひたすら待って、他の参加者が減って疲弊してるところで本格的に参戦して漁夫の利、ってのもアリだろうが、どうだ?」
「え?あ、そっか…ひたすら待つのも一つの手なんだ…」
あまりに単純すぎて完全に抜け落ちていた。というより、あたしがセイバーを偶然に召喚してそのままランサーと戦ったことや、身近にいる咲季が戦うことしか念頭にないのを見ていたのも相まって、そんなこと考えもしなかった。確かに選択肢の一つとしては大いにアリだと思ったが、それでもあたしの中で迷いはなかった
「ううん、戦おう。あくまでも、セイバーがいいんならだけど」
「理由は?」
「あたしたちの目標は、初心者だからとか関係なく、聖杯戦争に勝つこと。その為に今必要なのは、待つことよりも戦うことだと思う。アイドルの本番なんかもそうなんだけど、ここ一番で最も信頼できるのって、結局はそこに至るまでの努力と、培ってきた経験、乗り越えてきた場数に裏付けられた、揺るがない自信だとあたしは思うから」
「アイドルとしても、マスターとしてもまだまだのあたしが言えることでもないけど。だけどじゃあこのまま聖杯戦争があたし達ともう一組になるまで待ったとして、その時までただ待ってただけのあたし達は、絶対にその一組には勝てないと思う」
「無謀かもしれないけど、あたし達が勝つためには何も足りてない。ならそれを勝ち取って、積み上げていくために、あたし達は戦わないと。他でもなく、最後までこの聖杯戦争で勝ち残るために」
真剣な眼差しで言ったあたしに、セイバーも視線を逸らさずにただジッと聞いてくれた。あたしが吐き出した言葉を、果たしてセイバーは飲み込んでくれるだろうか。しばらくして、赤髪の青年は組んでいた腕を解いて、彼を象徴する鍛冶場の中心でニヤリと笑った
「おう、いい覚悟きまってんじゃねぇか。儂ぁそれで構わねぇぜ。そうと決まりゃあ、話しておかなきゃいけねえのは、儂の宝具についてだな」
「宝具…昨夜の説明でも出てきた、サーヴァントが持つ必殺技ってヤツだよね?やっぱりセイバーも持ってるの?」
あたしが聞くと、セイバーはあからさまに苦い顔をして、先ほどまでとは打って違って自信なさげな声色で口を開いた
「あるにはあるんだが…儂の場合、自慢にもならねぇんだが、宝具が強力すぎるんだ。だから一度でも使っちまえば、今の儂の体を形作る霊基が耐えきれなくなって現界を保てなくなる可能性が高い。いわゆる自爆技みてぇなモンだ」
「ってことは…あるにはあるけど、使ったら消えちゃうから、実質ないのと同じってこと?やっぱり、あたしがマスターとして未熟だから…」
「あぁ勘違いすんな、ことねが未熟だからじゃあねぇ。これは儂自身の問題だ。実際のところ生前に儂が鍛えた刀の一振りが宝具になってるんだが、刀鍛治の儂なんかが到底振っていいモンじゃねぇんだ。だから使うにしたって、最後の最後、それこそもうコイツが最後の敵だ!って場面で使うくらいしか出来ねぇってことだ」
「・・・なるほど。じゃああたしが不用意に令呪で宝具を使え、って指示したりしない方がいいって事か。分かった。そもそも戦うのはセイバーなんだから、使い方も使うタイミングも、セイバーに任せるよ」
あたしが頷きながら言うと、セイバーはまた少し怪訝そうな顔をした。何か気に障ることを言ったかな、とあたしは首を傾げた
「ことね。確かに戦いのことを儂に任せるという判断が間違いだとは言わねえ、儂もそれに従った。だが全部が全部人任せにはするな。所詮儂は死人、願いを賭けて聖杯戦争に参加することを決めたのはことねだ。だからもし今後、戦いの趨勢を分けるような大一番が来た時は、全てを儂に委ねるんじゃなく、自分で決めなきゃいけないこともあるってことを、ゆめゆめ忘れるな。いいな?」
なんだろう。セイバーの言うことは、妙に腑に落ちてくる。もちろん間違ったことは言ってないから当然なんだけど、今までのあたしだったら重荷に感じてたようなことも、その時が来たら迷わず出来るような気がしてくる。そんな不思議な、でも嫌じゃない感覚にあたしは少しだけ笑いながら頷いた
「・・・うん、分かった。あたしが決めるべきことは、あたしが決める。約束する。ありがとセイバー。たとえ偶然でも、あたしを助けてくれて、一緒に戦ってくれる人が、セイバーで良かった」
心からの言葉、そして感謝。こんなのじゃ足りないくらい。多分今後もっと感謝することは増えるだろうけど、その言葉はすっとあたしの心から降りてきた。セイバーは少しむず痒そうに後ろ頭を掻いていたが、それでも悪い気はしてないように見えた。だけど漢気溢れる彼のことだから、それをあたしに見破られるのが嫌だったのか、誤魔化すようにパン!と両膝に掌を強く打って立ち上がった
「うし!そんなら鉄は熱い内に打てってな。早速殴り込みに行くとするか!ことね!」
「え、うぇえ!?も、もう行くの!?ちょっと早くない!?まだ9時だよ!?」
「なんでぇ。さっきまでの覚悟決まった顔のことねなら、当然に乗ってくると思ったんだがな。まぁ早すぎる気がしないでもないが、とっとと出て体と夜目を慣らす分には丁度いい。ほら、行こうぜマスター」
「いやぁ、その…やっぱりまだ実際のところ心の準備がと言いますか…食器も水溜めただけで洗ってもないし…一旦お茶でも飲んで心を落ち着けてからでも……」
「ええいまだるっこしい。皿なんざ食い物と違って腐りゃしねぇよ。心の準備にしたって、とっとと外の空気でも吸った方が決まるってモンだろうが!」
「うぇえええ!?ちょちょちょ!下ろして下ろして!流石に自分で歩くって!」
言いながらセイバーはあたしを脇から抱き上げ、そのまま腰を肩に乗せて担ぎあげた。そして慌てふためくあたしの声には耳も貸さず、そのまま窓を開け放ちベランダに出て、格子に直接足を掛けた
「いやいやいや!なんでわざわざベランダから出てくの!?普通に歩いて玄関から出りゃあいいでしょ!?言っとくけどここ三階なんですけど!?」
「あのなぁ、何度も言わすな。儂ぁ霊体化出来ねんだ。この寮を男連れで出歩いてんの見られて困るのはことねの方だぞ。だったらこうした方が手取り早いだろうが」
「い、命綱!せめてなんか命綱みたいなのあたしとセイバーに繋いでもらって…!」
「悪ぃな、そんなモンは儂が生きてた時代にはハナッからなかった!」
「うひゃあわあわあわぁぁぁーーー!?!?!」
夜9時。轟くあたしの悲鳴。地上約15メートルからのフリーフォール。セイバーに担がれたまま空中へと躍り出たあたし達の影は、ベランダが面している山岳の中へ、情けない悲鳴が尾を引くようにして闇夜に溶けるように消えていったのだった
「おし、この辺でいいだろ。下すぞことね」
自然豊かな山肌に着地してからしばらく。少しだけ学園寄りの方角へ目にも留まらぬ速さで草木の中を駆け抜けたセイバーは、草木が拓けた土の上へ、いつの間にやら持ち出したあたしの靴を置いて、あたしの両足がそこにすっぽり収まるように脇を抱えながら下ろした
「死ぬかと思ったわぁ!少しは遠慮しろぉ!体引き千切れるかと思ったわ!」
上背があるセイバーを見上げながら、夜空にも届く勢いで怒号する。しかし、しかしだ。とうのセイバーは、既にあたしを見ていなかった。そして彼の纏う空気が、部屋にいた頃の暖かなモノから、視線から佇まいまでもが冷たく周囲を威圧するようなモノに変わっていたことに気づいた
「おう、ことね。切り替えろ。どういう訳かは知らんが、もう会敵したらしい。どころか向こうさんからすれば、儂らが出てくるのを待ってたみてぇだぞ」
「・・・え?」
言われて感じる、暗闇に包まれた山肌に生い茂る草木の中から近づいてくる足音。そして昨夜あたしが生身で感じたのと同じ、肌に刺さるような殺気。セイバーとあたしの正面から近づいてくるソレに、彼の背後にいるあたしは怯えてなるものかと歯を食いしばって身構える
ついに、始まる。あたしにとって初めての、自分から選択した戦いが。あたしごときが身構えてどうなるものでもないが、それでも戦えるという意思を全身で見せることは出来る。その意気をヨシと見たのか、傍目であたしを見ていたセイバーも、殺意が歩み寄ってくる方へと真っ直ぐに構えて、夜の中でも燃えるような赤を携える射籠手をした左手に抜き身の刀剣を握った
「おう、すまねぇがウチのマスターは年端もいかねえ小娘でな。どこの誰だかは知らねぇが、わざわざ名乗れとは言わねぇ。しかしそのてんで隠す気がねぇ殺気をちょいとばかし抑えちゃくんねぇか?わざわざ待ち伏せてたってこたぁ、こっちに何か不手際があったのかもしれねぇ。だがそんなん出されちゃおちおち話も出来やしねえ」
「えぇ、えぇ。存じ上げております。他ならぬ私のマスターがおっしゃられた事ですから」
しゃん、と鈴が鳴って。背丈がすらりと細身に伸びた、あわや地に着こうかというほどの紫紺の長髪の女性が姿を現した。薄紫の布とその細身の身体を張り詰めて覆う服の上には、黒い籠手や足鎧が夜の中でもキラリと輝いている。明らかな日本人の目鼻立ちの顔だが、一層に目を引かれるのは、母性を象徴するかのように揺れる巨大な乳房。そして虎の皮で覆われた尻鞘から抜かれた銀に閃く長刀が、彼女が只人ではないことを如実に表している
「私とて年端もいかぬ娘を脅すかのような真似は、誠に不本意であることは承知の上。しかしそこな金色の蟲が私のマスターの申した通りの悪虐を犯した害虫であるのなら、一切の情け容赦なく潰しますので、どうぞご容赦くださいね」
一目でサーヴァントだと分かる。あたしは息を飲んだのと同時に、彼女の言葉の節々に込められた刺さるような敵意が、セイバーにというよりかは、むしろあたしに向けられているような気がした。分かっている、マスターを狙うのも一つの戦い方。ここであたしがコイツの敵意に怖気付いたところで意味なんてない。震えそうになる声に根性で芯を込めて言ってやる
「金色の蟲ね、あたしの目にはそんなのがいるようには見えないケド。もしかして〜そんなデカいモンこれ見よがしにぶら下げてっから、視界が悪くなって余計なモンまで見えてきちゃうんじゃないのかナ〜?」
「・・・えぇ、えぇ。口が聞けるのは確かに蟲とは言えませぬ。しかし必要以上に口が悪い小娘のようですね。ですがそれを躾けるのもまた母の役目。手荒にはなりますが……」
「いいよ、バーサーカー。後は私に喋らせて」
新たな声がまた一つ、茂みの奥から聞こえてきた。ガサリと木枝を分ける音がして、土を踏む靴音が大きくなる。差し込む月明かりに照らし出されたのは、見紛うはずもない初星学園の制服。そして見紛うはずもない、あたしにとって先輩にあたる優しい女性だった
なぜここに。そしてサーヴァントの横に。という疑問と驚愕に打ちのめされて。あたしは両の目をひん剥いて彼女の名を呟くことしかできなかった
「莉波、先輩……!?」
「・・・こんばんわ、ことねちゃん」
姫崎莉波。その人は今夜、優しいお姉さんのような先輩の時からは想像もつかないような険しい声色と顔付きで、バーサーカーのマスターとしてあたしの前に立ちはだかった