聖杯戦争二日目の夜。花海咲季は昨夜と同じジャージ姿で初星学園アイドル科校舎の屋上にいた。生徒も教師も須く消えた21時。転落防止用の柵の向こう、縁に腰掛けて片足を投げ出す形で、僅かなポストライトの明かりを除いて闇夜に包まれた校舎全体を、夜風に吹かれながら彼女は見下ろしていた
「アーチャー」
「わしを呼んだか、マスター」
霊体化を解き、亡霊のように潜んでいた姿を表したのは、黒い外套のアーチャーだ。彼女もまた咲季と同じように屋上の縁ギリギリに立ち、夜の初星学園を見下ろした
「始めるわよ、準備はいい?」
「佳い。じゃが当てはあるのか?」
「あるわ、それもこの校舎内にね」
彼女達の会話はとても淡白なモノだった。しかしそれは険悪な仲だからというワケではなく、互いが互いにそれで十分だという認識の上での会話だった
「ほう?察するに、また性懲りも無くランサーが此処に現れると?」
「いいえ、多分違うわ。これはいわゆる果たし状でしょうね」
「果たし状、か。また面白いものを受け取ってきおったな」
「まぁね。今日私が登校してから、いつ頃のかは定かではないけれど、中庭に横たわってる小川の中流辺りに、何らかの魔術を行使した魔力の残滓があったわ。それも、気づけよと言わんばかりのヤツが。おそらく近辺にランサー以外のサーヴァントを従えたマスターがいて、ソイツが昨日の交戦の跡に気づいたか、それかどこかで観ていたのよ。だから、此処なら私達かランサー達の目に留まると踏んだんでしょう」
「昨夜は一貫して姿すら見せなかった聖杯戦争のお手本のような立ち回りから、目撃者を躊躇なく消そうとした、実に魔術師らしい言動からして、ランサーのマスターならこういう事はしないハズよ。つまりこれは可能性があればキャスターのサーヴァント、もしくはその他のマスターからの『次はコッチとやろうぜ』ってメッセージなのよ」
「好戦的なのか、ハナッから負ける気がしないのか、もしかしたら罠の可能性があるかもしれないけれど、それならそれでいいわ。罠ごとぶっ潰してやるだけよ。ただ、警戒は怠らないで。私も罠を看破する類いの魔術は専門分野じゃないけれど、最大限サポートするわ」
「分かりやすいな。わしとてそれは望むところじゃ。しかしそうなると、今宵の敵はセイバーのマスターと同じく、この学舎の生徒ないしは教師であるということか?」
「いいえ、そうとも限らないわ。別に日中なら清掃から食品関係の業者だって出入りするし、芸能関係者も出入りする学園だもの。一応受付は通る決まりだけれど、あからさまな不審者でもなければ来る者は拒まないから、学内の人間と決めつけるのは早計よ」
「それにあの小川は学外から流れてきてるの。川の流れに任せて時限式で魔術の起動を誘発するか、郊外から遠隔で魔力の残滓だけを残すことも出来るから、一概には言えないわ。まぁ、私もいる学内でそんなことをされるのは、少し気に食わないけどね」
「・・・くっくっ。なるほどなるほど。相変わらずわしのマスターは分かりやすくて佳い。それでこそ興が乗るというものじゃ」
「私が?分かりやすい?どういう意味よ」
一通りの説明を聞いたアーチャーは、夜風に揺れる外套をそのままに、腕を組みながらくつくつと笑った。その笑いの意図を咲季が読み切れずに訊ねると、軍服の弓兵は口角を上げながら言った
「どういう意味も何も、おぬしそれで日中から機嫌が悪かったのであろう?夕暮れ時には残滓とやらに気づきもせんかったセイバーのマスターに掴み掛かり、注意まで促してたのう。ランサーとの交戦後に金髪の小娘の世話を焼くどころか、仕留められる時に仕留めんとは、わしのマスターは相応に甘いだけかと思うておったが、しかしそうではないらしい」
「・・・そうよ。私は勝負する以上、相手にもベストの状態で来てほしいタチなの。けど勘違いしないでアーチャー。私がことねを今日含めて二度も見逃したのは、今回の果し状を叩きつけてきた陣営に気づきもせず、ただ罠にハマってあっさり負けるくらいなら、私が真っ正面から叩き潰してやりたいと思って言っただけよ」
「くくくっ、まぁそういう事にしておいてやろう。しかして今宵は大丈夫であろうな?昨晩のランサーとの交戦時のような、想定外の事態で戦いを止められるのだけは興醒めじゃぞ?」
「分かってるわ。昨日は結果的に目撃者のことねが、巻き込まれる形でセイバーのマスターになる例外だっただけよ。もし万が一同じような事があれば、次は厳粛に対処するわ」
「うむ、良きに計らえ。ではここらで一つ、果たし合いに応じようではないかマスター」
「えぇ、戦闘方針は昨日のままでいいわ。ただし、いきなり火縄に乗って飛んでくるのは止してよね!あと、着地だけよろしく!」
縁から投げ出していた右足を魔術で強化しながら持ち上げ、そのまま振り子のように振り下ろして校舎の壁を蹴り飛ばし、咲季は弾丸のようなスピードで小川に向けて一直線にその身を撃ち出した
強化の魔術を使わずとも素のステータスのみで跳躍してきたアーチャーも咲季の後に続いている。二人の体はグングンと空を切りながら降下していき、やがて小川の周囲に散らばる砂利を目の前にしてアーチャーが咲季の体を抱き留めて、そのままフワリと着地した…が……
「ちょ、ちょっと!何もお姫様抱っこである必要ないでしょ!?」
「む?まぁ別に佳いではないか。実際人を受け止めるにはまぁまぁ楽だぞ、この抱き方は。実際のところ、女人はこの抱き方が好みのが多かったぞ?まぁわし生前抱いた人の数なぞ男女問わず覚えとらんがな!あっはっはっ!」
「う、うるさい!とっとと降ろしなさいこの色ボケサーヴァント!言っておくけど、私は抱き方一つで堕ちるほど軽い女じゃないわよ!」
「ほ〜ん?ぬかしよるわこの小娘。他ならぬおぬしがわしに着地を任せたというものを。そこまで宣うなら、そもそも抱き方で文句など垂れるなと言うモノじゃが。のぅ生娘?」
「き、きむすっ…!?」
咲季をからかい終えるまで下ろす気がないのか、それとも興が乗りすぎて下ろす気がなくなったのか、抱き抱えた胸元で脚をバタつかせる彼女にアーチャーはニヤけた表情で言った。そしてアーチャーが最後に言った単語に、自身の髪色に負けず劣らずの赤に顔を染めた咲季は、次第に顔を歪め始めた
「ええいもうっ!これ以上下ろさないんだったら令呪使うわよ!あと、私はそりゃあ年齢の関係もあってき、きむ…だし!意中の人だっていたことないわよ!だけど、その主人を舐め腐った発言は必ず撤回させてやるから覚悟してなさい!」
「それは困ったの。果たしてどんな手で撤回される覚悟をすれば良いやら。よもや寝所も共にするわしら、生娘を掌で転がすくらい訳ないわしじゃがなぁ…いや楽しみじゃのぉ、えぇ?」
「〜〜〜ッ!令呪を以て命ず───!」
「・・・あの。俺もう霊体化まで解いてるんですけど、ちなみに気づいた上でやってます?」
せせらぐ小川の傍に、青年が一人佇んでいた。平均男性くらいの背丈、西洋風の鎧や籠手を身に纏っているが、下に着込んでいる洋服に合わせて若干の着崩している。長い前髪で右目はほとんど隠れ、横髪は外に向かってハネていることから癖っ毛であることが分かる
隠れていない左目はどこか澄んだ黒い目で、英霊のソレらしい殺伐としたモノは持ち合わせていない。しかし背中に背負った円形の盾と、肩に担いだ両刃の西洋剣を模した、刀身に鋲が棘のように打ち込まれた木剣を見れば、少なくとも戦うことを念頭に置いている英霊であることは明らかだった
「おお、貴様がここに果たし状を残した陣営のサーヴァントか。いやすまんの、まったく気づかんかったわ。わしのマスターが面白いくらいに予想通りの反応をする故、思わず揶揄うのに夢中になってしまったわ」
「しかしその気配遮断スキル、おぬし中々のアサシンよの。しかしそれに慢心せず、誘いを掛けての真っ向勝負とは。わしの時代にも忍びの者はおったが、そこまで大胆不敵な輩はおらななんだ。相当腕に覚えのある英霊とみえる」
「あぁいや、アサシンではないっす。気配遮断スキルがあり得るとすれば、それは天然モノっすかね…影薄いって言われること生前もそれなりにあったんで…残した逸話も言うて認知度低い上に、座に登録される程まで腕に自信があるってわけでも…うっす…」
アーチャーにアサシンと呼ばれたサーヴァントは、しかし控えめにその呼び名を否定した。頭の後ろに手を置き、言葉の節に合わせてお辞儀のように首を下に振る様子から、アーチャーほど主張が強い人物と思わせるものはなかった
そしてサーヴァントと対峙した事により、アーチャーとの痴話喧嘩から、戦闘へとスイッチを切り替えた咲季は、抱き抱えられていたアーチャーの女性とは思えない平坦な胸板を押し退けて地面へ降りた
「ウチのサーヴァントが失礼したわね、ライダー。そうでしょ?私はセイバーとランサーを見てるし、あなたの姿はアサシンにも、キャスターにも見えない。加えてバーサーカーほど理性が狂っているようにも見えない。私たちの痴話喧嘩が終わるまでわざわざ待っててくれてありがとう。一応お礼を言っておくわ、あなたのマスターにもね」
「───葛城リーリヤ」
そう、何を隠そう。ライダーの背後、真夜中に一筋の白夜。初星学園の制服を着た一人の少女、葛城リーリヤ。花海咲季と同じ教室で学校生活を過ごすクラスメイト。彼女は、ライダーのマスターであることを名乗るには十分な立ち位置で、佇まいで、そして真剣な空色の瞳で咲季とアーチャーを見つめていた
「・・・お礼を言うのなら、その令呪とサーヴァントを放棄して、この戦いから降りてくれませんか?花海さん。私は出来れば、クラスメイトの花海さんを傷つけたくはありません」
「チッ、どいつもこいつも…」
リーリヤに言われた言葉に対して、咲季は表情を険しくして口中で舌打ちと共に小さく呟いた。それから彼女はライダーのマスターである少女を睨み付け、いつでも戦えるよう体内で魔力を編みながら口を開いた
「いいえ、悪いけれどお礼の品までは持ち合わせてないの。けれど少し意外だったわ、こんな相手を正面から吊り出すような真似をするような性格には見えなかったもの。ただ、最後の日和った台詞がなければ、私の敵として文句なかったわ」
「それだけが少しだけ残念ではあるけれど、じゃあこのあからさまな魔力の残滓を残した言動の不一致は何かしら?そこのライダーの指示?それとも、あなたを陰で操るブレーン役でもいるのかしら?」
「・・・驚かないんですか?私がこの聖杯戦争にマスターとして参加している事に」
「まぁ外部の人間である可能性も考慮はしたわ。けれど学内にこの誘いを仕掛けている以上、十中八九学内の人間だとは思っていたわ。あなただとは予想してなかったけれど、別に驚きはしないわ」
「・・・それなら、お喋りはもう辞めにしましょう。私はこの状況を作るために魔力の残滓を残して、花海さんはソレに乗ってきました。となれば、私たちの望みはお互いに戦う事のハズです。違いますか?」
咲季は思わず目を丸くした。先ほどリーリヤの口から出た台詞には舌を打ったが、やはり彼女の根幹を成すものは、敵を吊り出そうとした好戦的な面にあるのだと思い、咲季は口許を綻ばせて緩く身構えた
「そうよリーリヤ、それでこそ文句ないわ。アーチャー!ライダーの相手を任せたわよ!」
「是非もない。異なる国、異なる時代の英雄と覇を競い合うことこそ、この戦の醍醐味。さて先ほどは失礼したなライダーよ。真っ向勝負を望んだのはそちじゃ、わしもその誘いを受ける故、いざ尋常に仕合おうぞ」
「あぁ、気合い入ってるとこ悪いっすけど。俺はマスターの方バンバン狙ってくんで。まぁ、適当によろしくっす」
「───なっ!?」
一瞬だった。川砂利が弾け、踏み出した足音とがした時には間合いは消えていた。ライダーはアーチャーの横を駆け抜け、咲季の眼の前で大きく木刀を振りかぶっていた。そのスピードに驚愕して慄く彼女の脳天へ、ライダーは躊躇なく木刀を振り下ろした
「わしの目が黒い内に、つまらん真似で興を削ぐでないわ。うつけが」
ガインッ!と鉄がかち合う鈍い音がして、銀光が輝いた。咲季とライダーの間に瞬時に移動したアーチャーは、ライダーを射殺さんばかりの眼光と、青年を威圧する低い怒声で言って、戦いの火蓋は切って落とされた