「清夏ちゃんっ!!!」
ダンダンダン!!ダダダダダ!!!と度重なる銃声。それは今も交戦中のライダーの方から聞こえて、リーリヤが必死に叫んでいた。清夏が何が起きたかを確認するため、バッと咲季に向けていた顔を上げた瞬間。飛び込んできたのは綺麗に欠けた三日月と、何故か一人でに宙を浮かんで銃口を向けた猟銃だった
ダァンッ!考えずとも分かる。炸裂音。散る火花。煙の香り。目の前の猟銃が深淵から弾丸を放ったのだ。清夏は訳が分からぬまま必死で目を瞑ったが、伝わってきた感触は、痛みではなく湿り気だった。頬へと付着した生暖かい液体が、自分に覆い被さって庇おうとしたリーリヤの血であることもまた、考えずとも分かった
「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁーーーっ!!!」
「リーリヤッ!?な、なんでっ!?」
慌てて意識が堕ちた咲季へのスリーパーを解いて、彼女を退かして激痛に叫ぶリーリヤを抱き留める。肩からの出血。急所ではないが、弾が貫通したのか、甘く見られる血の量ではなかった。強化した脚力でバネのように跳ね起きて、そのまま銃声の方角から距離を取るべく後ろに飛ぶ。リーリヤの肩の傷を確かめながら着地したのと、カバーしてくれるようにライダーの背中が清夏の視界に割り込んで来たのに時差はなかった
「ライダー!その傷は…!?」
「悪い、マスター。あのサーヴァントを…アーチャーの弓が意味するモノを見誤った…!」
頬の切り傷から滴る血、そして左肩と腰あたりにも出血があった。いつの間にか手傷を負わされたライダーの、舌を打って睨みを効かせた視線の先には、まるで魔法のように支えもなく空中に浮かぶ、三人に砲身を向ける十数をゆうに超える数の猟銃…否、火縄銃があった。更にそれを自力で展開していると物語るように左手の刀を下ろし、右掌を差し向けている軍服のサーヴァントの姿があった
「清夏ちゃん…アーチャーは…あの英霊は……!」
「・・・うん、あたしも何となくわかった。あの量の火縄銃、多分だけど間違いない。戦国時代、長篠の戦い。戦国最強と謳われた武田軍の騎馬隊を、火縄銃を用いた画期的な戦法で破った逸話。この国で歴史を学んだ人間なら、誰もが知ってる。あのサーヴァント、アーチャーは戦国三英傑の一人!第六天魔王、織田信長!」
清夏は怪我を負ったライダーヘと魔力を集中させ、魔力で編まれた霊体の彼を治癒しながら、今も睨みを効かせているアーチャーの真名を口にした。撃たれた肩を庇うリーリヤもまた、日本で歴史を学んだ訳ではないが、創作物等においてもあまりに有名な彼女の逸話と真名に、確信を抱いて畏怖していた
「・・・マスター狙い。アンタも人のこと言えなくなったっすね、アーチャー。それとも真名で呼んだ方がいっすか?騎乗スキル持ちの俺に対して嫌に効いてくるその銃の弾丸、もはや疑う余地はないっすよ」
無数の火縄銃の銃弾が、果たしてどのタイミングで装填されるのか。そもそも装填の手間が必要なのか。まずあの火縄銃は何丁まで展開可能なのか。何も分からない状態で相対するライダーは、清夏から魔力が供給され傷口が自然に塞がっていく中、冷ややかな口調で言った
「是非もない。そして返す言葉もない。じゃが卑怯とは言わせぬ。最初にマスターを狙ったのはそちじゃが、それも含めてうぬらの策略は見事であった。此度はわしのマスターの落ち度、もといわしの落ち度じゃ」
アーチャーもまた、冷ややかな口調で首を振りつつ、左手の刀を鞘へと仕舞い、火縄銃を展開した右手も下ろして空になった両腕を組んだ。すると展開された火縄銃の一丁がゆらりと動いて、今も気を失って眠る咲季の元へと辿り着いて止まった。そして床尾を彼女の腹部へと向けると、ドゴッ!という鈍い音と共にギロチンのように振り下ろされた
「ぐふぅ!?ゔっ!げぇっ!ごほっ!ぇほっ!」
半ば強制的な覚醒。咲季は鈍い衝撃に襲われた腹部を押さえながら、胃酸と唾液を嗚咽と共に吐き出して、右掌を突いて上体を起こそうとしたが、まだ視界も意識も定まらない中でそれは叶わず、体を横向きにして背中を曲げつつ、今もこう着状態の戦場へと視線を向けるのが限度いっぱいだった
「・・・あ、ちゃ…ごめ……」
「佳い。説教は後じゃ、マスターよ。業腹ではあったが、おぬしの言っておったここぞという時に火縄を抜いた。成り行きゆえ、必殺とはいかんかったがな。そしておぬしの言う通り、わしの残した戦歴と逸話は本当に有名らしい。彼奴ら、わしの真名に勘付いておる様子じゃ」
「い、いいわ…それしか手がなかった…私も令呪を使ってでもそうしようとした。それで今、敵は…?」
「攻めあぐねておる。考えるにこの一手で決着を望んでおった上で、外した時の対抗策もあったんじゃろうが、わしの火縄は想定外だったのであろう」
相手の出方を伺いながら、張り詰めた空気の中でこう着状態は続いた。小川がせせらぐ音が木霊する中、最初に動きを見せたのは、構えていた木刀を肩に担ぎ直したライダーだった
「・・・提案があるっす。アーチャー、ここは互いに手打ちにしないっすか?」
「・・・ほう?互いに、とは随分な言い草じゃな。わしはこの場で雌雄を決する事に何ら問題はないが?それとも、わしの火縄を文字通りその目に焼き付け、偉大なるわしの真名を前に畏れを成したと?戦に覚えのある王だと吼えた割に存外おぬしは腑抜けじゃな、ライダーよ」
「その辺はそっちの都合で解釈してくれて構わねえっすよ。まぁ俺は生前にイケイケどんどんやってやらかした後悔があるんで、同じ轍は踏みたくねぇだけっす。まぁこっち一人のマスターの傷は無視できねぇですし、そっちも本領発揮したとて、ロクに動けなくなったマスター庇いながらはキツいんじゃねぇかって話っす」
「易々とぬかすな小童。この戦法がアーチャーたるわしの本分ゆえ、別に大して動かずとも良いならマスターがどうあろうと問題ではないわ。付け加えてわしの真名を悟ったからには、おいそれと逃す道理もないというものよ」
「確かにアンタの真名は、聖杯に知識を与えられた程度の俺なんかでも容易に勘付けるっす。そこらの数えきれねぇ火縄銃も、これ以上出てくんなら捌ける自信はねェっすが、こっちも宝具はまだ切ってない。そっちの身動き出来ねぇマスターを手に掛ける隙を作るくらいなら出来るっすよ。無論この交渉を蹴るなら、俺も全力全開でやらせて貰う所存っす」
アーチャーの全身から放たれる威圧感と、火縄銃たちに見下ろされながらも、ライダーは眉一つ動かさずに言い終わった。ゆっくりと流れる時間の中、足元で今も息を乱したまた立ち上がれないでいる咲季を睥睨し、アーチャーはやがて肩と鼻で荒々しく息を吐いて言った
「佳かろう、うぬらの提案を受ける。疾く失せよ。しかして心せよ。次にわしらと相対した時、待ったは無しじゃ。その時まで精々わしを仕留め切れるだけの策を用意し、わしの威光とその武勇を語り草にしておけ」
「提案の承諾とご忠告、痛みいるっす。それと、今回の策を考えたのは後ろにいる銀髪のマスターっす。褒めるならそっちの子をよろしくっす」
「戯れ事を、何がマスターか。そこな小娘の策と言うのなら、確かにわしのマスターを首の皮一枚まで追い込んだのには感心するが、ロクな戦い方も知らんような小娘を、覚悟だけ見込んで的のように戦場に出すでない。大成する未来の方が惜しいというモノじゃ。その肩の銃痕を教訓とせよ。それとライダー、そこな異国出の小娘をマスターと呼ぶなら、精々咄嗟の呼び方くらい格好を付けてみせよ」
「・・・いや本当、忠告痛みいるっすよ」
最後の言葉を吐き捨てるようにして、アーチャーは赤い外套を翻し、展開した火縄銃が虚空へと消えて、己のマスターへと踵を返した。ライダーも木刀を霊体に戻して、戦う意志が互いに無くなったのを確認すると、背後のマスター達へと振り返った
「面目ないっすマスター。俺の失態、そして俺の一存で、勝てたかもしれない戦いを不意に、そしてリーリヤに傷を負わせたっす。責任は全て、俺に……」
「やめてライダー。あと一歩のところで届かなかっただけで、咲季っちを仕留め切れなかったあたしにも責任はある。痛み分けのこの交渉だって、あたしでもそうする。今はそれよりも、この国なら誰もが名前を知ってる天下の大将軍を追い詰めたことを誇りにしようって」
「・・・っす」
「それより、リーリヤをお願い。交渉中に肩は治療したけど、まだかなり辛そう。身体強化とライダーの戦闘と治癒を含めて、あたしの魔力ほぼ無くなっちゃったから」
清夏は今も肩を支えていつつも、頬を苦しそうに紅潮させ、胸を上下させながら息をしているリーリヤをライダーへと託した。ライダーはリーリヤの身柄を受け取ると、両足の膝裏へと手を回し、優しく肩回りに腕を置いて、彼女の華奢な体を横向きで抱き上げた
「悪いリーリヤ。俺がついていながら…」
「い、いいんです、ライダーさん。元々私が立案した作戦ですから。それより、早く三人でお家に帰りましょう。清夏ちゃんなんて、ずっと土の中に隠れてて泥まみれで、私たちまだご飯も食べてませんから」
「・・・・・・っす」
傷は治っていても、肩を撃ち抜かれた痛みはまだ残っているのだろう。涙を溜めた瞳と、額の脂汗が如実にそれを物語っている。しかしリーリヤはライダーの腕の中で無理矢理にでも柔和に笑ってみせた。その歪な笑顔を見たライダーは、苦虫を噛み潰したような顔を更にくしゃくしゃにして、悔しさを滲ませながら小さく呟いて、学生寮への道を歩き出した
「・・・行ったようじゃな。わしらも帰るぞマスター。今宵の戦いはこれにて閉幕じゃ。この期に及んで文句はあるまい?」
「えぇ、助かったわアーチャー。それにしても本当に、やられたわ…まだまだ手足の痺れが取れそうにない。清夏の絞め方からして、この場で命を取る気まではなかったのかもしれないけど、それでもいつぶりかの死を覚悟するには十分だったわ」
「察するに、リーリヤもことねと同じ魔術を知らないズブの素人だけど、一貫してあの場から逃げなかった…あぁもう、最初のリーリヤのセリフを聞いて舐めてかかった自分に腹が立つわ」
「本来のマスターは清夏なんでしょうけど、それでもリーリヤは度胸あるどころか、尋常じゃないわよ…挙げ句向こうにアーチャーの真名まで看破されたのに、ライダーの真名は分からずじまい…本当に大した策士だわ、今夜のところは、私たちの…というか、私の大敗ね……」
「もう言わずとも佳い。懺悔なら今宵の寝床と湯浴みの時にでも出来よう」
川砂利の上に寝そべったまま、額に右手の甲を押し当て、乱れた息を整えながら夜空を見て、咲季は悔しさを滲ませながらライダー陣営との戦いを振り返った。すっかりと意気消沈した彼女を見たアーチャーは、まだ手足が痺れているという彼女に向けて手を差し出した
「ごめんなさいアーチャー、ありがとう。それと、ついでに肩を貸してくれないかしら。流石にまだ自力じゃ歩けないわ」
「強がりはよさんか、うつけめ。立てたところで歩けんのでは、肩なんぞいくら貸したとて意味はなかろう。今はこれで佳い。文句は言わせんがな」
そう言ってアーチャーは、咲季を抱き寄せるように肩回りへ右腕を回し、もう片腕を膝裏へやって彼女を一息で抱き上げた。すると咲季は息の乱れた力ない笑顔ながらも言った
「・・・アーチャー、さっきは文句を言ってごめんなさい。この抱かれ方、案外悪くないわ」
「はっ、小娘がぬかしよるわ。もう今後は頼んでもしてやらんぞ?」
「・・・そう。それは…少しだけ、残念だわ」
呟くような声量で。ほんの少しの笑みを含んで。名残惜しそうに言って。咲季はどこか安心したように、疲弊した体を預け、アーチャーの腕の中でゆっくりと目を閉じて寝息を立てた