「り、莉波先輩がどうしてこんな所に…っていうか、今そのサーヴァントのことバーサーカーって…てか、それって…!?」
「ちったぁ落ち着けことね。なんだ、向こうのマスターは知り合いか?」
莉波の姿を前にして取り乱すあたしに対し、セイバーはバーサーカーに向けた刀と敵意を下さずに、背中越しでことねに訊ねた。バーサーカーの放つ威圧よりも、夜の挨拶の以後、一切の口を開かない莉波の佇まいに生唾を飲んだことねは、震える声のまま言った
「し、知り合いも何も…あたしが尊敬する先輩。昨日話した麻央先輩とも仲良しで…十王会長に手を焼くあたしを見守ってくれてて。確かに咲季もまだ学園内にマスターがいる可能性を考慮しろって言ってたけど…なんで…なんでよりにもよって、莉波先輩が…!」
「・・・昨日話した、ね。ことねちゃんにとっては、その認識って事なのかな。まぁ、聞いてみないことには分からないよね」
莉波は取り乱すことねと違って、あくまでも平静に。それを装っているのかは定かではないが、何かをぶつぶつと呟いていた。しかしその瞳だけはことねの視線と完全に重なっていて、彼女はそれがまた不気味に思えた
(・・・なんでぇ、よく分からねえマスターだな。マスター同士が知り合いなのか、狙いがハナッからそっちだけなのか何かは知らねぇが、儂の方なんざロクに見やしねぇ。それに加えてコイツも…)
夜目も見えやすくなってきたところで、セイバーはもう一度相対するバーサーカーを見た。狂戦士。読んで字の如く怒り狂う戦士。しかし月明かりに見事な業物の刀を携え、凛とした武士足らん佇まいの彼女に、その兆候は全くと言っていいほど見られなかった
(コレのどこがバーサーカーだってんだ。儂なんかよりよっぽどセイバー然としてんじゃねえか。普通ならバーサーカーってのは、狂気で理性を失う代わりにステータスを底上げしてるモンだろうが。それがなんだって流暢に会話までして、こうして敵の出方を窺える?狂化が薄いのか?それとも…このナリで既に狂気に塗れてるとでも…?)
「ねぇことねちゃん、正直に聞かせて?麻央をどこに連れ去ったの?」
青藍の瞳が放つ視線を外さないまま、莉波はことねに向かって訊ねた。訊ねるというよりかは、話せと相手に強いているような口調だった。それに対してことねは、小首を一つ傾げて戸惑い気味に答えた
「ま、麻央先輩を…連れ去った…?あたしが?って言われても、そんなの何のことだか…昨夜会ってからは何も…ていうか、麻央先輩の身に何かあったんですか…?」
「・・・ふぅん。お昼に会った時は、昨夜会ったなんて一言も言わなかったのに?それから麻央がどうなっているのかは、ことねちゃんが一番知っているんじゃないのかな?」
嫌な感じがした。ぞわり、と背筋をなぞるような悪寒。普段の莉波からは想像もつかないような、冷酷なオーラが一帯を支配している。というよりもまるで、彼女に従えと言われているような、そうしなければならないという危険信号を本能が訴えているようにことねは感じていた
「い、いや!あたしは本当に何も!ていうか、り、莉波先輩こそ辞めてくださいよその変な感じ!そ、そりゃあこれは聖杯戦争で、あたし達はこの場で戦わないといけない関係かもしれませんけど!それにしたってあたしは同じ学園の莉波先輩とはせめて後腐れなく戦いたいというか…そもそも、そんなあたしが監督役の麻央先輩をどうこうする人間だって決めつけてるみたいな言い方で…!」
「違うの?」
ただ一言だった。確認を取りたいのか、もはや莉波本人からすれば尋問をしているのか。ともかくその一言で、ことねは完全に硬直してしまった。莉波が敵となった事へのショック、疑いの目を向けられているショック、そして何より、まるで自分を喋れるモノとしか見ていないような視線を向けられ、完全に敵として認知されていることに、ことねは恐怖していた
「・・・チッ。これじゃどっちがバーサーカーだか分かりゃしねぇ。おいことね!しゃんとしろ!敵は目の前だぞ!事情があんのかなんなのかは知らねぇが、向こうさんはとっくに事を構える気概だ!深く呼吸して腹に力溜めろ!そんで儂から離れるな!」
「は、はいっ!!!」
莉波の威圧を払拭するように、セイバーにほとんど怒鳴られる形で言われたことねは、反射的に授業中にあさりに怒鳴られたような形で返事をした。しかしおかげで緊張は完全に解けたようだった。深呼吸をして、セイバーの背中だけを真っ直ぐに見据える。その様子を見た莉波は、あからさまに訝しんだ…否。不思議そうな表情で身構えた
「如何しますか、マスター。私から見れば、敵はシラを切っているか、本当に何も知らぬとお見受けできますが?」
「・・・ううん。まだ効いてない可能性がある。でも本人から阻害されてる感覚はないし、元から効きづらい体質なのか、高い対魔力を持つセイバーと契約したのが影響してるのかも。もう少し様子を…というより、正面から二人で話をしたいな。お願いできる?」
「委細承知。では、これより私。サーヴァント・バーサーカー。推して参ります!!」
「おいおい、いきなりかよっ…!?」
ゴバアッ!と爆音がして。山肌がポッカリと消し飛んで、バーサーカーはセイバーの懐へ入り込み、その勢いのまま切り掛かった。まさに稲妻のような速さで眼前まで迫ったバーサーカーに、セイバーはほとんど虚をつかれた形だった
しかし刀を構えた姿勢のままだったのが功を奏し、最低限の予備動作の後、ギィンッ!と鉄が激しくぶつかる音がして、セイバーは咄嗟の判断で迎撃に成功し鍔迫り合いに持ち込んだ
「はっ!むんっ!せいやっ!!」
バーサーカーはそのまま競り合った刃を流して、怒涛の勢いと速さでセイバーに刀を振り下ろした。しかし刀の扱いであれば、そこはセイバークラス。剣の扱いを得意とするクラスの彼が、難なく連撃をその刀ではたき落とす。邂逅から迎えた初の剣戟は互角に見えてしかし、セイバーの表情は何色を示していた
「チッ!冗談キツイぜ…オラァッ!!!」
バギィンッ!飛び散る剣戟の火花の中、一際強い輝き。文字通りセイバーの刀の鉄が爆ぜる音と、彼の怒号と右手の一振りがバーサーカーを押し返した。しかし男性のセイバーに対し、女性ながらも体格で勝るバーサーカー。その一合では少し怯むだけに留まった
「・・・・・・・ほぅ」
セイバーの手元に光っていた抜き身の刀剣が折れたのを好機と見たのか、バーサーカーは今一度踏み込んで切り掛かろうとした。しかし空いているハズの彼の左手が、既にそこに何かを持っているようにゆるりと空気を握っているのを見て、彼女は反射的に後ろへと飛び退いた
「・・・おいおい、なんで大して芸を見もしねぇ内から分かりやがんだ。大抵の武士ならあのまま踏み込んで今一歩踏み込んで来るところだぞ。そのあまりに冷静な理性のどこがバーサーカーだってんだ畜生め」
「何にでも例外は存在するということです。しかしあなたが…もといセイバーの刀がこうも簡単に砕けた時に直感するべきでした。あなたの虚空を握る左手を見ていなければ、きっと手痛い一撃を喰らっていたのは私です」
「おまけに慢心までしてねぇと来た。儂の勝ち筋は残ってるんかねこりゃあ。そもそも刀の時点で儂はかなり驚かされたがな」
「・・・驚いた、というのは?」
眉一つ動かずに訊ねたバーサーカーに対し、セイバーは一先ず徒手になった右手に虚空から生成した刀剣を握って肩に担ぎ、熱い眼差しで、そして何か嬉しいことでもあったかのような笑みを浮かべた口元で話し始めた
「驚いたなんてモンじゃねぇ。『童子切安綱』だろ、その刀。儂でなくとも刀を見る人間なら一目で分かる。とんでもねぇ業物だ。魔の領域に片足突っ込んでやがるな。まさかこの身と刀で打ち合える日が来るたぁ、聖杯戦争も捨てたモンじゃねぇ」
「ったく参ったな…なら尚のこと、なんだって儂がセイバーで手前がバーサーカーなんだ。刀の扱いどころか、振ってる刀そのものまで儂よりよっぽどじゃねぇかよ」
「そんで次にアンタだ。その刀を握った人間ってぇのは歴史が言うにはかなりの人数だが、女なのが本当に分からねぇ。だが安綱公ご本人じゃねぇこたぁ見てとれる。振り方に、というか戦い方が身に染み付き過ぎてる」
「そんでソイツぁ、人に対してじゃあねぇな。刀の握り方に、切る相手への敵意というか、もはや憎悪とまで言える、怨念じみたモノが刀と持ち手に滲み出ちまってる」
「と来りゃあ話は簡単だ。童子切、その銘の逸話を作った本人に他ならねぇ。かつてその刀で切り伏せた日本三大妖怪の一柱、大江山の酒呑童子の首を刎ねた、平安最強の神秘殺し。源氏の棟梁『源 頼光』。違うかい?」
まるで名推理でも披露するかのように、セイバーは左手の人差し指をバーサーカーに向けながら語り終え、他でもない彼女の真名を告げて訊ねた。その問い掛けに答えたのは、丸く剥かれた紫紺の瞳、観念したような彼女の嘆息だった
「・・・私の方こそ、驚かされました。いつかは後世に伝わった性別の差異をも見抜かれ、真名を暴かれるのも覚悟せねばと思っていましたが、まさか一合終えただけで看破されてしまうとは。私も生前、それなりに刀剣に従事した自覚はあるのですが、普通ならそれだけで分かるモノでしょうか?」
「あぁ気にすんな、分からねぇのが普通で、儂が異常なだけなんだ。儂ぁ刀のことなら見れば分かる、打ち合えば確信するんだ。刀そのものも、刀の持ち手の事までな。言ってみりゃ特技みてぇなモンだ。あまり役には立たねぇがな」
「まるで役に立たないということはないでしょう。今も私の真名を見事に看破してみせました。こと聖杯戦争において、敵のサーヴァントの真名を先に見抜けば、その逸話を辿り攻略法を見出せるというもの。違いますか?」
「あぁ何も違わねぇな。違わねぇから儂ぁ参ってんのさ。アンタの真名が分かったところで儂が分かったことなんざ、残された数々の逸話も含めて、儂がアンタに勝てる道理が見出せねぇってことが分かったくれぇなんだよなぁ!!!」
そう言ってもなお、セイバーはバーサーカーに向かって間合いを詰める音速の一歩を踏み出し、彼女が構えた童子切安綱に向けて、抜き身の刀剣をぶち当てた。真一文字に襲いかかってきた一閃に、バーサーカーは縦一文字に構えた刃でそれを受け止め、左の籠手を棟に押し当てながら彼の勢いを抑え込んだ
「えぇ、えぇ。然らば、その意気やヨシと見るべきでしょう。真名を知られた以上、これ以上の対策を練られる前に、今宵は生かして帰す必要がないというモノ。では私『源 頼光』。全力でお相手致します!!」
バリィッ!と、地面から紫電が迸るという普通ならあり得ない現象が起こった。しかしそれは神秘の具現化、サーヴァントという奇跡を中心にして起きており、それがバーサーカーが生前に持ち合わせた業であることは明白だった
「ぐおおおぉぉぉっっっ!?」
電撃が刀を伝って全身が痺れる感覚に苛まれたセイバーは、電撃をモロに浴びてガクガクと震える全身に鞭打って、鍔迫り合った刀を引き剥がし、ダンダンと大きく足音を立てながら大きく後退して息を吸い直した
「ぶはっ!かの雷神、牛頭天王から雷の権能を携わったって逸話に嘘偽りなしってか!こいつぁ本当に参った!儂ぁマスターの面倒まで見ながら戦わなきゃならねぇってのに!平安最強からついでに雷神のお守りまでたぁ、流石に荷が勝ちすぎるぜ!」
「えぇ。それで結構です。マスターのお守りは、マスター同士ですれば良いモノ。元よりそれが、今宵の私の仕事ですから」
「───ッ!?まさか手前!ハナッから!」
言われて気づく。傍にいろと指示していたはずの藤田ことねの姿が、既にセイバーの周囲には見当たらなかった。そして、会敵した時から感じていた不穏な空気。そして実際に見て分かった。それは具体的に、彼女の視線。見た者の脳裏に強烈に焼き付く、麗しい青藍の瞳
「あの娘…『魅了の魔眼』か!!」
『魔眼』。読んで字の如く、魔術を封じ込めた眼。魔力を通した瞳からなる視線のみで、眼を合わせた対象者に魔術を行使できる、魔術行使におけるシングルアクションの完成形
セイバーが直感的に叫んだ時、バーサーカーの背後にいるマスター、姫崎莉波の腕の中に抱かれ、虚ろな意識と眼で囚われた藤田ことねを、鍛治師の青年はその視界に捉えた
「ことねえええぇぇぇーーーっっっ!!!」