Fate/starlight   作:小仏トンネル

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第2話 英霊召喚

 

「おめでとうございます。花海咲季さん、A判定です」

 

「ありがとうございました!」

 

午前中の授業を終え、午後の特別教育棟のレッスン室。相対するは試験官の3人。ダンス、歌唱、ビジュアル。それぞれの部門のエキスパートが揃った3人の前で最初にダンス、次に歌唱を披露して、そこに関わるビジュアルまで含めて点数を付けられる

 

その結果、日頃の努力が実を結び、花海咲季は一学期中間試験の実技試験で見事に最高評価のA判定をもらった。この判定結果を基に、学園側は授業料免除等の特待生選考を行ったり、プロデューサー科の生徒はスカウトするアイドルを選ぶ一つの指標にする

 

では学期につき二度まである試験で結果を出せば、アイドルへの道を約束されるのかと聞かれればそうとは限らない。この結果が良かったからと言ってプロデューサーにスカウトされるとも限らず、芸能事務所とのパイプが出来る訳でもない。あくまでも一つの足がかりに過ぎないが、この試験で結果を出せない事にはまずお話にならない。時には冷静に結果及び現実を突きつけなければならないという意味も帯びた試験となっている

 

「花海。お前が覚えてるかどうかは知らんが、お前の編入試験の実技でダンスを見た試験官も私だった。あの時から他とは一線を画してたが、学園に入ってレッスンを受けて更に磨きがかかってるな。これが今回の実技試験の詳細な結果だ。目を通して今後の練習の参考にしてくれ。この結果に慢心はしてくれるな。これからも厳しくレッスンするから覚悟しておけ」

 

「はい!これからもご指導ご鞭撻のほど!よろしくお願い致します!」

 

日頃からダンストレーニングを指導してくれている女性のトレーナーに言われ、試験結果の記載されたプリントを受け取る。咲季は思わず顔がニヤケそうになるのを我慢し、元気溢れる返事と共に頭を下げて、レッスン室を出た。各部門の評価点と、改善点がそれぞれ記載されている。言うまでもなく結果は良かったが、個人的にはまだまだ伸ばせる項目がある。そう思うだけで、一層練習に身が入るというモノだ

 

しかし、今日は中間試験という行事もあって、レッスンを行ってくれるトレーナーは全員試験官として駆り出されているし、そもそもレッスン室が試験会場とされているので全て貸出中になっている。となれば今日はダンスと歌唱を我慢して、ランニングでもしようと考えた咲季は、試験を受けたジャージを着たまま特別教育棟を出て、下校中の生徒を横目に走りながら校門を出た

 

そしていつもの朝練のランニングコースへ行こうと学園前の大橋が伸びる交差点に差し掛かった時、背後から彼女を呼ぶ声が聞こえた

 

「お〜っす咲季。今日はランニング?」

 

「こんにちはことね。今日はトレーナー室が中間試験で空いてないから自主練よ」

 

藤田ことね。中等部からの内部進学で高等部に入った、咲季と同じく1年1組のクラスメイト。フワフワした髪質の長めの金髪をお下げにしている彼女は、学園内にいるアイドル科の生徒とも、一般科の生徒の誰とでも仲が良いフレンドリーな性格をしている

 

そんなマトモで人格者なことねだが、時たま彼女とレッスンが被った時には、ほぼ毎回どこかでミスが出て、トレーナーから厳しい苦言を呈される場面を見ていることから、結果の面では芽が出てない生徒だと思っていた。しかし噂では学園トップの『一番星』こと十王星南にスカウトされてるという話も聞く、侮りがたい生徒だと咲季は認識していた

 

「それより今日の試験はどうだったのよ。私?私はもちろんA判定をもらったわ!これで私が目指す最強無敵のアイドルに一歩近づいたってものだわ!」

 

「聞くんだか自分のこと話すんだかどっちかにしろっての…とりあえず、それはおめでとう。ちなみにあたしは赤点。E判定。『Eroor』の『E』。せめて試験内容がレジ打ちなら、私もB判定くらいなら取ってみせるんだけどね」

 

自虐的な台詞で言ったことねに、咲季は特段何も思わなかった。生来あらゆるスポーツや学術で勝負を繰り返してきた咲季にとって、色んな理由を付けて負け惜しみを言う人間はごまんと見てきたからだ。それでも咲季は、この藤田ことねという人間をレッスンで見ていて、中等部の頃から苦言を呈され続けていたのだろう様子を見て、それでもここまでしがみついて来た彼女のガッツをそれなりに認めてきたつもりだった。

 

しかしそれをそういう風に言う人間に、少しガッカリした咲季は、アルバイト漬けの生活をしていると噂のことねが、いつもバイト先まで漕いで行っているという自転車のスピードと並走しながら、彼女とは顔を向けないままで話し始めた

 

「・・・それを分かった上で、今日そのままバイトに行くのね。とやかく言うつもりはないけれど、感心はしないわ。あなたもアイドルを目指したから初星学園に入ったんじゃないの?」

 

「いや〜ウチはそんなに裕福じゃないからさ。この学校に入れてくれただけでも感謝しなきゃ。中等部時代の学費は全部親が出してくれたんだからそれは返さなきゃいけないし、高校生になってバイト始められるようになったんだから、高等部からの学費だってちゃんと自分で払わないとじゃん?」

 

諸般の事情がある。とはよく聞く言葉だ。その人にはその人なりの事情がある。藤田ことねという人間がそれの悪い面に当てはまっていると、そしてその諸般の事情は決して他人には分からないと、咲季も理解は出来ている。誰もが自分のように出来るわけではない。だからこそ同情はしない。それが花海咲季自身のポリシーだった

 

「その心意気は殊勝なことだけれど、だったらなおのことアイドルとしての努力を欠かしたらダメじゃない。トップアイドルになって相応の仕事をすれば学費の支払なんて屁でもないわ」

 

「・・・そりゃあ、あたしの空っぽに近い脳みそだってそれくらい分かってるよ。でも結局さ、なれなかった時の事も考えて天秤にかけるワケ。咲季ほどの実力があればそんなアイドルになれなかった時の事とか、負けた時の事なんて考えもしないだろうケド」

 

そう、こういう事だ。諸般の事情は他人には決して分からない。バイトに勤しまなければならないことねの事情も、その裕福でない家庭もどの程度なのかも咲季には分からない。しかし自分の事くらいは分かる。だから少しだけ、相手がそうしたように、自分の境遇を話そうと思って口を開いた

 

「失礼ね、あるわよ。負けるかもしれないって考えることなんて。私は勝ちたいと思うことと同じくらい、負けた時のことをいつだって考えてるわ。私はどんな時も、勉強、スポーツ、芸術…なんだって負けること、負けた時の自分を殺してやりたくなるほどの悔しさを考えながら勝負に挑んできたわ」

 

「今までの私はね、結局逃げ続けてきただけなのよ。他の誰かに負けそうになる度に、他の何かに目を向けてきた。だけどアイドルだけは、私が勝てる…果ては世界一にだって成れると直感したのよ。だから私はこの学園にいる間は、アイドルとして勝つまでの間は、どんな努力も惜しまないわ。それがどんな形でもね」

 

「・・・そっかぁ」

 

少し喋り過ぎただろうかと咲季は思った。けれどコレが全てではない。ことねの何かに納得したような、憂いを帯びた返事に、咲季はもう何も言わずにおいた。私はこうだったからこうした、あなたもそうしろとまで無責任で身勝手なことは言わない。それでも級友として、競い合う相手として、今朝の紫雲清夏にも言ったが、可能性がある人間は心から勿体無いと思うのだから、結局はその思いを口にしてしまったほうが早いのだ

 

「それじゃあたし、こっちだから」

 

「ことね」

 

いつの間にかことねの自転車と並走している内に大橋を渡り終え、道路の分岐まで辿り着いていた。ことねは自転車のハンドルを切って、市街地へ続く道を行こうと、峠のランニングコースに向かう咲季に背を向け始めていた。その背中に向かって、咲季は呼び止めるように彼女の名前を呼んだ。振り返る彼女に、結局思ってしまった自分の本心を伝えるために

 

「ごめんなさい。さっきはバイトについてとやかく言うつもりはないって言ったけど、撤回するわ。あなた自身がどう思っているかは分からないけれど、私たちがアイドルになれる可能性に、まだ勝負はついてないハズよ。学費を稼ごうとするのは、その勝負が終わってからでも遅くはないハズだわ。それに、きっとあなたはいい勝負をする。編入試験をトップで合格した、この花海咲季とね!」

 

「・・・そう思う根拠は?」

 

「女の勘よ!」

 

自分の胸を握り拳で叩きながら咲季は言った。あまりにも裏付けがない根拠にことねが自転車ごと倒れそうになっている。それでも自分に期待してくれている人間がいると分かって、少し嬉しくなったのか、口角を少しだけ上げてから彼女はもう一度進路へと向き直った

 

「はいはいあんがと。まぁいつか咲季と同じレベルで勝負できる日が来ることを期待してるわ〜」

 

カラカラと自転車のペダルを漕ぎ始めたことねは、ヒラヒラと片手を振りながら去って行った。これでいい、言っても分からなければ結局それまでと、咲季もまた峠道へと踵を返した。空の色が自分の髪色と同じくらいの赤焼けた色に変わるまで走った時には、彼女のバイト先のファストフードもたまには食べようかなと、心の端くらいには思った

 

────────────────────

 

夜8時。花海咲季は日頃の4時起き、ひいては朝練のランニングの為に、この時間にはベッドに入って眠りにつくのが日課となっている。しかし、この日は例外だった

 

「・・・さて、行きましょうか」

 

既に夕食まで済ませていた彼女はクローゼットを開けて、練習着用のジャージへと着替えた。それからクローゼットの最奥に押し込めていたバッグを背負って、ゴルフクラブ一本用の細いケースのベルトを肩にかけて部屋を出た

 

彼女は今朝、寮長の有村真央に今夜の外泊を申請していた。加えて提出した外泊届けに記載した理由は、実家への帰省としていた。しかし寮を出た彼女が向かった先は、学園の周りを取り囲む自然豊かな山々の中だった。無論、ランニングの為などではない。そうでなければ歩道を乗り越え、こんな獣道まで自ら進みはしない

 

「・・・確か、この辺りだったわよね」

 

木々が無造作に生える山の道なき道を進んでしばらく。完全に外界から隔離されているとも思える、人気が失せた山の中に平坦に開けた場所があった。咲季はそこで自室から背負って来たバッグを下ろし、チャックを開けてゴソゴソと中身をまさぐり、手厚く装丁された一冊の分厚い本と、白い石灰で出来た…否。動物の骨で構成されたチョークを取り出した

 

「───消去の中に退去。退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲む…と」

 

花海咲季が本を読みながら、白骨で構成されたチョークで茶色い土の山肌へと描いていくソレは、何かのカルト宗教で使うような魔法陣だった。常人には理解できないような摩訶不思議な模様。一見して規則性がないようで、しかしそれにこそ意味があるような、フィクションの世界で言えば悪魔召喚のために使うような円紋様を、花海咲季は全くの正気のまま刻んでいった

 

「───ん。こんなところかしらね」

 

人気のない闇夜の中、誰も立ち入らないような山の中で1人、花海咲季は白い魔法陣を描いた。繰り返しになるが、彼女は正気だ。手にした本は召喚魔術の専門書。手にした動物の白骨製のチョークは、魔力を通しやすくする為の立派な魔道具だ。これらの要素から導き出される花海咲季の本性とは、そう………

 

魔術師。この世界においてお伽話やフィクションの中の存在とされていた彼らは、確かに実在している。火のないところに煙は立たないという。つまり魔術という発想、歴史がなければその存在が仄めかされることもなかった。つまるに、歴史の表舞台へと出たのが科学だというだけで、目に見えぬ世界を操る人間は、歴史から存在を隠匿し、影ながらその家督を親から子へ、子から孫へと、光の当たらない場所で連綿と繋いできたのだ

 

その歴史の影法師となった、数いる魔術師達の内1人が彼女、花海咲季。編入試験をトップの成績で合格し、自らをアイドルの卵とした彼女は表向きの顔。否、アイドルも魔術師も、彼女にとっては表裏ではない。自分という人物を構成する一面で、魔術は一般人には見せられない、その存在を隠匿するしかないというのが正しかった

 

そして今夜、満月の夜のこと。彼女はある目的のため、大衆に夢を魅せる笑顔輝くアイドルの顔付きから、常人には理解し得ぬ奇跡を体現する魔術を行使し得る魔術師の顔付きへと自分を変えた。それだけのことなのだ

 

「お願い…上手くいきなさいよ…!」

 

そう祈りながら彼女は、自室から持ち出したクラブケースの中から一本の猟銃のような、けれどソレとは細部が異なる長大な鉄砲を取り出した。曰く『種子島銃』。一般に火縄銃と呼ばれるソレは、かつての日本人の営みが歴史として語り継がれて来た、日本史の1ページにも記載される名の通った時代に起こった、名のある戦で実際に使用されたとされる代物だ

 

咲季はその火縄銃を自ら描いた白の陣の中央へと置いた。触媒。魔術における召喚儀式を行う際に、ある特定の使い魔、ないしは英霊…この場合においては『サーヴァント』を呼び出す為に、その悪魔や人物に縁が深い物体を触媒にする事で、召喚確率を上げる為の代物だ

 

そして花海咲季は確信していた。これだけの縁があるモノ、後世までその逸話が残っている代物であれば、導き出される人物はただの一人。日本史の中でも特に名高いとされる戦国武将が現代に甦るハズだ

 

もう一度魔法陣の前へと立ち、咲季は自分の鮮血を溜めておいた小瓶を開け、左の掌へと溜める。そしてそれを緩く握りながら白の魔法陣へと一滴、もう一滴と垂らしていく。するとどうしたことか、白で刻まれたはずの魔法陣は、瞬く間に鮮血の色へと変わり、眩い赤で夜の暗闇を大地から照らし始めた。そして魔法陣全体に血の灯りが行き渡った時、咲季は大きく息を吸いながら瞳を閉じて、ゆっくりと召喚のための呪文を口にし始めた

 

「───告げる。素に銀と鉄。礎に契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

キィンッーーー!という甲高い音を発して、一際強く明滅する赤の閃光が、召喚陣の起動を確かなモノにする。普段なら全力で走っても汗が軽く額に滲む程度で済む無欠の体力の持ち主である咲季だが、今この時ばかりはこの呪文を唱えるだけで全身が汗ばんでいくのを感じていた

 

魔力。読んで字の如く、魔術を行使する為に使う力。それは咲季の身体に宿る体力、精神力、精力、免疫力、生命力などの、ありとあらゆる体内のリソースを基に構成される力だ。その魔力が、みるみる内に召喚陣に吸われていく。日々の研鑽により地力と体力をこれでもかと鍛え上げ、魔力の総量には自信があった咲季だったが、それをここまで奪われる英霊召喚の儀式とは、それほどの大魔術なのだと実感させられる

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

その一説を咲季が唱え終わった瞬間、フッ……と、明滅していた魔法陣の赤い光が安定した。繋がった。咲季は確信する。魔法陣を三次元的に捉え、目に見えるこちら側と、陣の奥に在る見えない空間にパスが繋がったのだ。後はその先にいる者を此方に呼ぶだけ。ゆるりと握っていた左手の拳を開き、掌を魔法陣へと差し向け、それを支えるように右手を手首へと添える

 

───ザワッ!山の木々が揺れ、小鳥達は瞬く間に飛び立ち、狸から鼠から、果ては虫や微細な生物まで、その場を立ち去り始めた。彼らの生存本能が、間も無く訪れる存在を察知し、自らの命を脅かしかねない目に見えぬ力に恐怖したのだ。その中で花海咲季だけがその場に留まり、深い呼吸を一つ置いて大きく口を開いた

 

「告げる!汝の身は我が下に!我が命運は汝の剣に!聖杯の寄に従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 

呪文を唱えていた咲季の瞳がカッと開かれ、語気にも力が入る。安定していた魔法陣の光は出力を上げ、光の中にバチバチと僅かな稲妻が地走っている

 

「誓いを此処に!我は常世総ての善と成る者!我は常世総ての悪を敷く者!汝三大の言霊を纏う七天!抑止の輪より来たれ!」

 

「天秤の守り手よ───!!!」

 

網膜を焼き切るような、視覚を奪われかねない凄絶な白い光。焼け付くような匂いがして、バチッ!バヂンッ!と雷と稲光が暴れている。やがて目映い光に閉じていた咲季の視界がぼんやりと戻り始め、最初に見えたのは余程の高熱に焼けたのか、狼煙のように登っていく白煙。そして陣の中心に立つ人影だった

 

成功だ。まだその名乗りを聞くまでは自分が喚ぼうと願った人物かまでは分からないが、英霊召喚の儀式には間違いなく成功した。花海咲季にとっての日常から非日常へと変わる物語は、今このサーヴァントとの出会いを以て幕を開けたのだった───

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