(せ、セイバーから離れないように…離れないように…)
ついにセイバーとバーサーカーの戦いが始まった。あたしはセイバーの背後に身を隠して、彼らの戦いから一定の距離を取りつつ、巻き込まれないように着いていけばいいと思っていた、ハズなのだが…
(ちょちょちょ!セイバー速すぎ!?あたしの事ちゃんと考えてんの!?てか、サーヴァントのマジってこんななん!?これでついて来いとか離れるなとか言う方が無理でしょうが!?)
刀と刀がぶつかり合う剣戟の火花。そしてセイバーとバーサーカーが繰り出す尋常でない一挙手一投足を、あたしが目で追うのはほぼ不可能だった。目で追うのが不可能なモノにあたしが追いついていけるはずも…
と思いきや、それでも戦っている本人達にも休みが必要なのか、剣戟の最中にもインターバルのようなモノがあった。その間に必死で追いつき、またサーヴァントがぶつかり合う。そしてその動きがひと段落しようかというところだった
「ぜぇ…はぁ…ぜぇ…ちょ、もう無理……!」
何分もったかは記憶にない。あたしは気付けば膝に手をついて肩で懸命に息をしていた。どうやらセイバー達もそれはそれで長い休憩…というよりは語らいを始めたようで、一先ず助かったと思いたいが、戦いそのものが終わりそうな空気はてんでなかった
(き、キツイ…!何がキツイって、あのバーサーカーの殺気の中…少しでも気を抜いたら殺されるかもしれないって…この空気の中にいるのが一番ぶち抜けてキツイって…!)
緊張感で渇いた唇を舐めながら、あたしは思った。普段から学校の授業やアイドルのレッスン、バイトで疲れている体なのは否めない。しかしそれでも日頃のランニングやトレーニングで、体力は並以上にあるハズだ。しかしそれを全て帳消しにする、殺し合いの只中にこの体があるという緊張感に、あたしは否応なく辟易させられている
「あぁもう、クソォ〜。こんなんだったら、咲季と同じくらいの走っとくべきだったのかぁ」
「・・・ことねちゃん、大丈夫?」
「ひゃいっ!?」
またサーヴァント二人が攻防を開始したのか、激しい音が耳に木霊してくる。膝から手を剥がして顔を上げたその時、ほぼ真横から話しかけられた声の主、姫崎莉波を見て、あたしは思わず疲れた体から出るとは思えない声と脚力で飛び退いた
「大丈夫?まだ聖杯戦争は始まったばっかりだよ?そんな感じでこれから先もちゃんと戦っていける?」
莉波先輩は、あくまでもあたしを心配しているかのような声色と態度だった。お淑やかに腰の前で手を組んで、あたしの目線に合わせようと少し屈んで話している。これだ。これがあたしが知っている莉波先輩だ。しかし、それで先ほどまでの威圧するようなあの話し方が脳裏から消えるわけではない
「・・・良いんですか、莉波先輩。自分で言うのもアレですけど、あたし結構やれる方ですよ。そのあたしに対して、わざわざ不意打ちでなくて対話から始めて。挙げ句には心配するような真似までして、莉波先輩もそれだけの魔術師ってことですか?」
莉波先輩の瞳を真っ直ぐに睨み返して、あたしはグッと全身を強張らせて身構える。そして張れるだけの虚勢を張りながら口を開いて、少しの効果しか見込めないとは分かっていつつも、相手への牽制を試みた
「でもそれは、こうして話を聞いてくれてることねちゃんも同じことでしょう?結構やれるっていうその魔術で、今すぐ私をドーンと撃たないってことは、発動に条件があるのか、ことねちゃんも私と同じで、心配してくれてるってことでしょう?まぁ、勿論後者だと私は嬉しいけど」
「て、手加減しろって暗に言ってるつもりですか?だとしたら生憎ですけど、あたし今日まで戦ってきた敵の口は全員封じてきてるんで。この意味、同じ魔術師の莉波先輩なら分かりますよねぇ?」
「違う違う。そんなんじゃないよ。ひょっとして、対サーヴァントの状況は初めてかな?それともひょっとして…魔術に関わることそれ自体が初めてだったりするのかな?」
ドキリ、と心臓が大きく跳ねた。妙に勘が鋭い人というのはいるものだが、それにしてもあたしの虚勢に勘付くまでが早すぎる。しかし、この駆け引きまで含めて殺し合い、聖杯戦争だ。これではい、あたしは魔術の素人です。なんて言おうものなら、その時点で莉波先輩は躊躇なく襲いかかってくるに違いない
「な、何でそんな事…莉波先輩に教えなきゃならないんですか…?学内では先輩ですけど、今のあたし達は同じ聖杯戦争に参加する敵同士のハズです」
今日の帰り際に咲季に言われたことが頭で反芻する。私達はもう敵同士だと、そう言って胸ぐらを掴んできた、認識の甘さを説かれた時のことを思い出す。同じ学園の先輩だからとか、優しいお姉さんのような人だからとか、もう関係ない。あたしは今、この姫崎莉波とどうあっても戦うと覚悟を決めたのだ
「でも、それでもことねちゃんは私にとって大切な後輩だもの。敵同士でも、魔術を知らない相手を、全力で倒すだなんて私には出来っこない。ねぇ、だから私だけに教えて?ことねちゃんは、どんな魔術が使えるの?」
「そ、それは…その、あたし…実は巻き込まれる感じで聖杯戦争に参加しただけで。魔術なんて本当にからっきしどころか、存在すら知らなかったくらいで。昨日の夜、麻央先輩と会ってたのはその聖杯戦争と魔術について教えてもらうために…って感じで……」
(・・・あれ?あたし、なんでこんな莉波先輩の質問に丁寧に答えちゃってんの?敵同士だって、さっき自分で言ったばっか…)
「・・・ふぅん、それでか。それじゃあ、その場にはことねちゃんと麻央以外に誰かいた?」
「えっと、咲季が…あたしと同じクラスの…1年A組の子が…聖杯戦争に巻き込まれる感じでセイバーを召喚したあたしを助けてくれて、正直あの場で咲季が声掛けてくれてなかったら…今頃はどうしようもなかった感じで……」
なんでこんなにスラスラと、別に要らない事まで喋ってしまうのか。ただあたしの中で、まぁ別にいいか、というより、莉波先輩には正直に話さないとダメだという気持ちが強くなっていた。それは恐怖による話さなくてはならない、という強迫観念ではなくて
「それで、あたしは聖杯戦争についての話を咲季と麻央先輩に聞いて、参加を決意したんです。その後、あたしと咲季はそのまま部屋に戻ったんです。だから、麻央先輩が今朝から姿が見えなかったことについては、何も……」
「・・・そっか。じゃあ、多分ことねちゃんも、その咲季ちゃんって子も、本当に何も知らないんだ。少しアテが外れちゃったな。残念」
「───ッ!で、でも!あたし、こんなズブの素人ですけど、麻央先輩もお世話になった先輩ですし!麻央先輩の身にもし何かあったなら、心配して助けたいと思う気持ちは莉波先輩と同じです!あたしだって力になれます!」
この人に、愛想を尽かされたくない。どうかあたしをもっと、ずっと見ていて欲しいと、あたしは心の底からそう思っていた。縋りつくように言葉と視線で訴えたあたしに、莉波先輩は慈愛に満ちたような、しかしどこか儚げな面持ちで、あたしの肩に手を置いた
「・・・うん。ありがとう、ことねちゃんの気持ちはとっても嬉しい。でも、やっぱり本来は魔術師でもない普通の女の子のことねちゃんを、こんな目も当てられない殺し合いに参加してるのを黙認するだなんて、私には出来ないよ」
吸い込まれる。肩に置かれた手は、やがてあたしを抱くようにして、もう片手をあたしの腰に回して、莉波先輩は胸元まであたしを緩く引き寄せた。そして、眼が離せなくなる、溺れるような青。きめ細かい白磁の素肌も、艶がかった美麗な唇も、全てがその青藍の瞳を中心にして愛おしく感じてしまう。その全てが欲しいと、愛したいと、愛されたいと心から願ってしまう
「い、嫌だ…嫌です…!あたし!いつも莉波先輩のこと、お姉ちゃんみたいだなって!お姉ちゃんがいたら、きっとこんな感じなんだろうなって!ずっと思ってたんです!あたしの家族は小さな妹達ばっかりで、どうしてあたしだけお姉ちゃんがいないんだろうって!ずっと…ずっと…!」
「お願い…お願いします!あたしは莉波先輩の傍にいたいです!ずっと一緒がいいんです!ど、どうしたらいいですか…?なんだってしますっ!あたしは莉波先輩の為に何をすれば…!!」
あぁ、ダメだ。こんなに聞き分けのない女みたいに喚き散らして、強く縋り付いて。掴みかかった莉波先輩の制服が皺になっちゃう。こんなみっともないあたしのせいで、莉波先輩の姿が少しでも崩れるなんて、あってはならない。そう思った時、莉波先輩は。あたしに優しく微笑みかけて、けれど本当に哀しそうな顔で、ただ一言。四つの音で呟いた
「ごめんね」
「───ッ!!!や、やだ…やだ!やだぁ!お願いします!見捨てないで!棄てないで!あ、あたし何でもしますから!ほ、本当に本当です!この体も、心も、あたしの全部を莉波先輩にあげますっ!!だか、ら…だからぁ!!」
「・・・じゃあ。私の言うこと、最後に一つだけ聞いて。右手を出して。ことねちゃん」
莉波先輩に言われて、あたしは右手を差し出した。セイバーとの契約で刻まれた令呪。だけどそれも、もう要らない。こんな右手で、莉波先輩が満足してくれるならと。必死に縋り付いて、泣きじゃくったあたしの顔を莉波先輩が優しくハンカチで拭ってくれて、あたしの右手をそっと両手で包んでくれた時、この世界に産まれてきて良かったと、あたしは本気で思えた
「それじゃあ、英語の授業みたいに、私に…お姉ちゃんに続いて復唱してね?」
「は、い………」
あぁ、分かってしまった。この令呪に、莉波先輩が、あたしに何を命じさせようとしているのか。だけどそれでも、構わない。恋は盲目だと言うのなら、あたしの目は、莉波先輩以外見えなくて良い。虚ろな目で、莉波先輩の艶めかしく動く唇だけを、あたしはじっと見つめて、ただ無感動に自分の口を動かした
「───令呪を以て命ずる」
「・・・令呪を以て…命ずる…………」
「ことねえええぇぇぇーーーっっっ!!!」
ふと、耳に聞こえた男性の声。あの日、あの運命の夜。あたしを死の恐怖から救ってくれたセイバー。振り返れば、あたしを求めて必死の形相で叫んで、手を伸ばしながら駆け出そうとしている。ありがとう、セイバー。きっと今も、あたしを助けようとしてくれてるんだよね。でも、あたしなら大丈夫。これは、あたしが選んだ道だから。あたしが選んだ、人生だから。あたしが選んだ、ヒトだから───
「自害して、セイバー」
「・・・自害して、セイ………」
莉波先輩の優しい腕と、柔らかな身体と空気に包まれながら、彼女と同じように口を動かして、あたしはセイバーに向かって告げるように、彼の死を、彼の安らかな最後を願おうとして、一筋の暖かな涙が頬を伝った…その時だった
「それは、ダメ。そんなつまらない終わり方、何も面白くない」
夜の山に木霊する小さくか細い声。しかし確かな存在感。瞬間、目の前の莉波先輩の瞳が大きく見開かれて、また次の瞬間、業っ!!!と荒々しい火柱があたしと莉波先輩の間に屹立して、咄嗟の判断でドンとあたしを突き飛ばした莉波先輩の左手に燃え移った
「ぁ痛っ!?」
「熱っ!だ、誰なのっ!?」
突然の出来事に、莉波先輩に突き飛ばされたあたしはロクな受け身も取れずに尻餅を突かされた。ジュウウ、と肌が焼ける音が尾を引く左手を庇って、莉波先輩は森の奥を睨みつけた
「ま、マスター!マスター!!マスター!!!あぁ、お体は大丈夫ですか!?その腕の火傷は痛みませんか!?あぁ!ごめんなさい!私が付いていながらこのような…!」
「・・・ううん、大丈夫。それよりもバーサーカー、警戒して。多分、もうすぐそこまで何かが来てる」
「ことね!無事かっ!!?」
「・・・せ、セイバー…?え?あ、あれ…?あ、あたし今…ごめん…あたし、今…!?セイバーになんてこと命令しようとして…!?」
「分かってる!あの娘の魅了の魔眼の影響だが、今一歩踏み止まった!儂がちゃんと見えてるな!?あぁもう仕方ねぇ儂に掴まれ!生憎だがまだ何も片付いちゃいねぇぞ!」
二人のサーヴァントが、それぞれの主人へと駆け寄る。バーサーカーは、ほとんどテレポートのように莉波先輩の傍に辿り着いて、火傷を負った莉波先輩の身を案じて、ただオロオロと彼女の周囲でモタついていた
そしてセイバーは、尻餅を突いて転けたあたしに目線を合わせて蹲み、転けた痛みもあって正気に戻ったあたしを口々に捲し立てた後、腕一本であたしを立ち上がらせた。あたしはセイバーに言われるがまま、彼の羽織の内側に入り、子どものように彼の腰回りにしがみ付いて、不安がるあたしの体にセイバーが護るように左手を添えた時、亡霊が闇夜に姿を現した
「こんばんわ。いきなりゴメンね。私も混ぜてもらえると嬉しい、な」
純白の美少女。篠澤広はゆったりとした口調で言った