Fate/starlight   作:小仏トンネル

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第21話 篠澤 広

 

「・・・ひ、広…?なんで…?」

 

「アンサズ。炎のルーン魔術。今の、私がやった。これで分かるはず。私が今回の聖杯戦争の、マスターの一人だってこと」

 

今夜二度目の邂逅。新たなる聖杯戦争のマスター。その少女、篠澤広はじれったいほどの間をおいて喋る、同級生の女の子。いつもと同じコートを夜風に揺らし、アルビノと見紛うほどの白い素足をホットパンツ一枚で晒している。しかし、そのミステリアスな佇まいがむしろ腑に落ちる魔術という単語を彼女が口にした時、あたしの中で全てが繋がった

 

「・・・な、なるほど。流石のあたしもちょっとずつ慣れてきた。もう学内のヤツが何人魔術師でマスターでも、ちょっとやそっとじゃ驚かねぇわ。と、とりあえず今のはあたしを助けてくれたって解釈でいいんだよな?一先ず礼は言っておくよ、ありが───」

 

「違う。助けたような形になったのは、結果的にそうなっただけ。私はただ、最優のセイバーが、自害なんてつまらない形で退去するのは、勿体ないなと思っただけ。どうせなら私は、戦ってみたいなって、そう思っただけ」

 

突然の参戦と、まだ同じ初星学園の生徒がマスターがいた拭いきれない驚愕に、あたしが頬を痙攣させつつ言うと、感情がこもっているのか分からない、平坦な口調のまま広が続けた

 

今もなお二人のサーヴァントから睨みを効かされているのに、その困り眉は動く気配すらない。どころか彼女を前にした二人の方が、怖気付いているようにさえあたしには見えていた

 

「おいことね、アイツは一体何モンだ?魔術師でマスターで、儂と一戦もやれねぇのが勿体ねえってのは百歩譲っていいとしてだ。あの白い娘は相当に相当だぞ。そもそも、サーヴァントがすぐそこに二体もいる戦況に、マスター自らが横槍を入れるなんざ、正気の沙汰じゃねえ」

 

「えと…あの子は篠澤広。クラスは違うけど、あたしと同じ一年生。魔術師なのも、聖杯戦争の参加者だったのも当然知らなかったけど」

 

「チッ、また知り合いかよ。存外に狭いモンだな、世の中ってヤツぁ」

 

舌を打って、鼻で笑いながらセイバーは言った。戦いの火蓋が切って落とされる前兆はないが、逆にいつ暴発してもおかしくない緊迫感に、セイバーが右手の抜き身の刀をほとんど拳を作るようにして握った時、口を開いたのは莉波先輩だった

 

「広ちゃん、これは一体どういう───」

 

「一つ言うと、その眼、私には無意味だよ。解呪のルーンを使ってるから」

 

「───ッ」

 

返す刀で広が言うと、莉波先輩は見るからにムッと苦い顔をした。あたしの心の内をあの眼で掌握して、セイバーを自害させようとしたのは何となく覚えている。莉波先輩が持つその眼を見てなお、広は平然としていた

 

「・・・なら、もう単刀直入に言わせてもらうね。広ちゃん、余計な横槍を入れないで。これは、私とことねちゃんが始めた事なの」

 

莉波先輩の声と表情は、あたしが今夜最初に会った時のような険しいモノと同じだった。常日頃の彼女からは想像も出来ないような、美人ゆえの凄みが視線のキツさに表れている

 

「それについてはごめんなさい。だけど私としては、莉波先輩のやり方がどうにも我慢ならなかった」

 

「それは広ちゃんが文句を言うことでもないでしょう?私には私なりの戦いと、それに準じたやり方があるの」

 

「・・・それはそう。じゃあ莉波先輩も、私のやり方に、文句は言わないで、ね」

 

一段と苛烈を極める口撃の中でも、その焦れったい喋りを崩さない広は、徐にホットパンツのポケットに片手を突っ込んだ。何か武器を出す気なのかと、あたし達四人が身構えるのを余所に広がポケットから手の平に取り出したのは、八芒星が刻まれた小さな金メッキのピンバッジだった

 

そのピンバッジを見て、あたし達はただソレに何の意味があるのかと首を傾げるか、戸惑った視線を向けるだけだった。けれど唯一、莉波先輩だけは血相を変えて荒々しい口調で言った

 

「そ、それ…!麻央が制服に着けてる寮長の証のピンバッジ…!?どうしてあなたがソレを持っているの!?一体麻央に何をしたの!?答えて!アサシンのマスター、篠澤広!!」

 

「大丈夫、殺したわけじゃない。今はまだ疲れ果てて寝てるんじゃないかな…?さっき監督役の令呪を無理やり引き剥がす手術をした時、かなり痛そうだったから。ただ聖杯戦争でやりたい事がある私には、監督役は少し邪魔だから、まだ解放するつもりはない。後は、そうだね」

 

「麻央先輩は、意識を失う直前まで、泣きながら必死にあなたに助けを求めていた、よ」

 

血の気が引いた。篠澤広という魔術師は、否。篠澤広という人間は、こんなにも淡々と容易く人を害する事ができる人間だったのかと、あたしにとって目の前の白い少女が酷く歪んで見えた。しかし、あたしの血の気が引いたのは、それだけではなく

 

「・・・ツを……って……!!!」

 

本来なら目に見えないはずの魔力という力の波が、莉波先輩の絹のようなライトブラウンの髪をゆらゆらと宙に浮かばせている。心優しい彼女の面影が、原型を留めないほどにまで怒りに歪み、ギリギリと歯を食いしばり、青藍の瞳の奥に秘められた魔眼で射殺すかのように広を睨みつけて。夜のしじまに、かつてないほどの怒号が響き渡った

 

「アイツを討って!!バーサーカー!!!」

 

「委細承知、いたしました───!!!」

 

それが明確な開戦の合図。バーサーカーを中心に紫の豪雷が爆裂し、どこからともなく現れた長弓を握って三本の矢を番え、構えてから一瞬の間も置かずに三筋の紫の雷は放たれた

 

「アサシン、お願い」

 

「請け負った、契約者よ」

 

巻き起こったのは凄絶な爆風。最初は広に雷を纏った三本の矢が直撃したかに思えた。しかし彼女の一声で巨大な骸の剣士が闇夜の影から姿を見せ、その眼窩でぼんやりと灯る青い火の玉が、一際不気味に煌めいた瞬間、理もなく青い爆炎が燃え上がり、三筋の稲妻を爆風と共に撃ち落とした

 

「うわああああああぁぁぁぁぁ!?!?」

 

「チッ!退くぞことね!奴らの狙いはもう既に儂らでなく互いだ!こんなめちゃくちゃな戦場にいても巻き添えを喰うだけだ!!」

 

暴力的な魔力の余波に、吹き飛びそうになるあたしをセイバーは強引に肩に担ぎ上げた。握っていた刀を虚空へ溶かして、あたしを落とさぬように両手で支えながら、人ならざる迅さで踵を返して一目散に駆け出した

 

「アサシン、そこを退きなさい。私のマスターはあなたではなく、貴方のマスターの所業に怒っているのです。私もまた彼女の母たる者として、そこな小娘に躾をせねばなりません」

 

「ならぬ、狂戦士よ。今の我は、契約者の写し身。生者の影にして、彼の光を灯す者。我が最奥の契約者を穿たんと欲するのなら、まずは我を前に、存分に荒れ狂うがいい」

 

「戯れ事を…!日陰者の分際で!!我が娘の麗しい腕を焼いたその愚行!命でも贖えぬ大罪と知れえええぇぇぇっっっ!!!」

 

ギィンッ!!バーサーカーの持つ童子切と、アサシンの無銘の大剣が激しい火花を散らして交錯する。それがあたしの見た、莉波先輩と広が繰り広げた戦場の最後の光景だった

 

「ちょ、ちょっと待ってセイバー!あの感じ、莉波先輩は行方が分からなくなった麻央先輩をずっと追ってたんだよ!その過程で昨夜一緒にいたあたしを疑っただけで、実際は広がその犯人だったんだ!莉波先輩は何も悪くない!むしろあたし達が味方してあげないと…!」

 

「んなこたぁ儂だって掻い摘んで聞こえた話の内容だけでも分かったっての!あの莉波って娘のバーサーカーは、真名を看破した儂なら分かる相当の強者だ。だがあのアサシンと広って娘だけは、無策で挑んでいい相手じゃあねぇ!」

 

「例え儂とバーサーカーが束んなって掛かったとしても、あのアサシンは恐らくどうにもならねぇ。アレはそれだけ規格外の英霊だ。そしてあの広って娘も、まるで底が知れねえ…そんな中、マスターのことねを放っぽいて儂は戦えねぇ。バーサーカー達には悪いが、もう今はただ武運を祈るしかねぇ」

 

「そ、そんな……」

 

正直なところ、あたしも分かっていた。あのアサシンを、一目見ただけで分かった。あたしのセイバーがどれだけ強くて、どれだけ頑張ったとしても、多分アイツには勝てない。そう思わせるだけの覇気、殺意、風格…戦うまでもなく見えるモノだけで桁違いだった

 

そして、篠澤広。あたしと莉波先輩の前に発生させた炎の魔術。どういう原理なのかは全く分からないけど、初めて見る本物の魔術らしいモノを使ってみせた魔術師。咲季すらも一度も勝ったことが無いという麻央先輩を、一切の慈悲なく倒して、手中に収めているというあの台詞に、あたしは恐怖以外に感じられるモノがなかった

 

そのマスターとサーヴァントを、莉波先輩達は今から独力で相手にしなければならない。その選択を唯一覆せるセイバーを、セイバーの答えを、あたしの未熟さ故に縛らせてしまった。『マスターの』とセイバーは体良く言っているが、それが『戦えもしないマスターの』を意味していることを、あたし自身が一番分かっていて、悔しさを噛み殺すことしか出来ないまま、激闘の音はどんどん遠退いていった

 

「許しません!許しませぬ!よくも我が娘を!娘を!娘にキズをぉぉぉぉぉ!!!」

 

迸る紫電。地を這う稲妻、稲妻を宿した弓矢と刀というあり得ない物理現象を用いた猛攻を、アサシンは視線が放つ青い炎と大剣で捌いていた。しかして驚くべきは。彼は交戦を始めてからその間、一度も攻撃をその身に喰らうことなく、その上で一歩も動いていないという事実だ

 

「失せなさい!お覚悟!成敗ぃぃぃ!!!」

 

しかして、バーサーカーがその事実に気づいた素振りはない。ただマスターである莉波に傷を…彼女が言う娘を傷つけた広に一太刀を浴びせるべく、強固に立ち塞がる暗殺者にひたすら猛攻を浴びせていた

 

「鬼がぁぁぁ!火を吐く悪鬼が!またしても私の娘を…!その首繋がるのも今宵まで!!泣き別れた胴はぐちゃぐちゃになるまで切り刻み、その首は晒し首にして燃やし尽くします!そこな小娘!同じ女人だなどと思うな!人として見なしてもらえると夢にも思うてくれるなああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ば、バーサ…待って…ま…私のまりょ、く……」

 

「成程。正しく、狂戦士である。母は強しとこの国では謳う。我を前にして尚、果敢に挑むその覚悟、見事と言う他ない」

 

広を、アサシンを悪鬼と叫ぶバーサーカーの顔もまた、怒りに狂った悪鬼そのものであった。数々の神鳴りに撃たれたアサシンの周囲の地面は、もはや原型を留めていない。しかし暗殺者の足場だけを円状に残して、その領域は未だ健在だった

 

「然り。故にそれが汝を滅ぼす狂気なり、母よ」

 

木々が生い茂る山中が、山火事でも起きたような焼け野原になり始めた時、莉波は必死でバーサーカーに呼びかけたが、その声が聞き届けられることはなかった。やがて最低限の迎撃だけ鬼火と大剣を振るっていたアサシンが、厳かで鐘の音のような響く声で言った瞬間の事だ

 

「ガンド」

 

ドバァンッ!それは銃声と言うには、あまりにも重く激しい音だった。篠澤広が唱えた、か細い詠唱は一節のみ。単一の工程で放たれて良い筈のない威力を誇る魔術の弾丸だった

 

「ぐうううっ!?!?うああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっっ!!!」

 

ルーン魔術の赤黒い弾丸は、広がゆったりと持ち上げた人差し指の先から、莉波の胸元まで、音を置き去りにして駆け抜けた。いっそ耳障りな鮮烈すぎる悲鳴と、夥しい量の鮮血がぶち撒けられた

 

「なっ!?にが…ま、マスター!マスター!!マスター!!!マスタァァァーーーッ!!!」

 

「未熟だな。首を出せ」

 

「─────ッ!?」

 

愛する娘の叫びを、聞いた母が止まれる訳がなかった。咄嗟に娘へと駆け寄り、背中を向けさ先の、死の足音。振り下ろされるアサシンの大剣は、ドシャッ!!と、重く苦しい音の一撃でバーサーカーの首を切り裂いて、大量の鮮血が噴き出し、濃く大きい血の池が辺り一面に広がった

 

「斬られる直前に、首に刀を当てて軌道を逸らしたか。自らの命だけは、狂気に染まらず守り切れたとは皮肉だな。即ち、命とその首より重い娘への愛ゆえの盲目であり、其れこそが貴様の狂気の源だ、狂戦士よ」

 

「がっ…あ゛っ…!な、ぜ………?」

 

間一髪で絶命を免れたが、痛恨の一撃であることに変わりはなかった。バーサーカーは愛刀を弾き飛ばされて血の池に倒れ、喉元から脇までを斜めに抉られた傷は、マスターの魔力供給で回復する予兆もなかった。空気が漏れ出す喉を懸命に鳴らして、うわ言のように喋る彼女に答えたのは、ピチャピチャと足音を立て、彼女を中心にした血の池に歩み寄ってきた広だった

 

「バーサーカークラスは、狂化で全ての能力が大幅に伸びる代わりに、理性と正常な判断能力が失われる。つまり、戦闘における制御が極めて難しい。あなたの稲妻の攻撃も含めて、マスターにとっては全力全開で暴れられると、サーヴァントに対する魔力消費が多くなりすぎる」

 

「生命力から変換される魔力が底をつけば、マスターはマトモに動けなくなるどころか、下手をすれば死ぬ。その寸前までいった無防備な状態のマスターを撃ち抜くのは、私にとってあまりにも簡単。だからこれは、あなたがマスターを気遣えなかっただけの、ただの自滅」

 

「・・・あ、あぁ…!あああああぁぁぁ……!」

 

バーサーカーの目尻から滴り落ちる、大粒の涙と、震える口から漏れ出る後悔と懺悔の力ない悲鳴。莉波の大事を思うあまり、他の何よりも愛すべき娘を見ていなかった愚かな母親。その事実に気付いた時には、あまりにも全てが手遅れだった

 

「ます、マスター…愛しの我が娘…申し訳…ごめんなさ…愚かな母を…どうか許して…ごめん、ごめんね……」

 

「・・・・・・・・・ぁ……」

 

胸元を撃ち抜かれ、傍らで意識と青藍の瞳が虚ろになっている莉波を見たバーサーカーは、震える腕を持ち上げて、ぽろぽろと泣きながら彼女の髪を掻き分けた。その今際の際、まるで心の底からその存在を渇望しているかのように。姫崎莉波は渇いた唇を動かした

 

「・・・・・・・・ま、ま………」

 

学園の誰よりも優しい彼女の、柔らかい寝顔を見ながら、まるで本当の母親のように、安らかな眠りを願うようにして、娘の頭を何度も撫でていたバーサーカーは、その場にいる誰よりもはっきりと、その呟きを聞いた

 

「あ…あ、あぁ…!ああ!ああっ!うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

彼女の虚な目の先にいる人物が、自分以外の母であること。即ち、莉波の本当の母親から愛する娘を奪ってしまったこと。その事実に気付かされた、何よりも残酷で、何よりも悲劇的な莉波の呟きを聞いた時、涙と嘆きでぐちゃぐちゃになった顔で、バーサーカーは発狂した

 

「首を断つか、契約者よ」

 

「・・・ううん、別にいいよ。マスターにもう魔力がない以上、バーサーカーの傷はもう治癒できない。二人とも放っておけば勝手に死ぬ。それよりも雨が降ってきたし、今日はもう帰ろう。このままだと、風邪を引いちゃうから」

 

「請け負った。此度の一撃、中々に見事であった。契約者よ」

 

「ふふ、ありがとう。アサシンからの褒め言葉、なかなか悪くない。まるでお父さんみたいだ、ね」

 

血の池で愛を育む二人の姿を無感動に見下ろして、広は踵を返した。アサシンが広の前に跪いて、その肩に乗っかると、暗殺者はゆっくりと立ち上がって戦場に背を向けて歩き始めた。やがて、ザアアアァァァ…と降り出した驟雨が血の池を洗い流し、残された二人の親娘の体は、氷のように冷たくなっていった

 

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