「倉本ォ!中間試験は明日だぞぉ!ドベが嫌ならもっと死ぬ気で踊れぇ!!」
「は、はいいぃぃぃ!!」
「篠澤ァ!そんなに休憩が恋しいか!三途の川を渡りたくなければその足で立てぇ!!」
「心ゾウ、が、バクはつ…する……」
「花海ィ!そのダンスは曲がそもそも違うだろうがぁ!バレエでサンバを踊る馬鹿がどこにいる!!」
「はい!あたし!ですっ!!」
倉本千奈がキャスターを何かの間違いで召喚してしまった翌日。つまり中間試験の1日前。千奈、広、佑芽の補修組は、最後の追込みレッスンにて、ダンストレーナーから鬼のような特訓を受けていた
「そこまで!」
「ひ、ひぇぇ〜…もう立ってられませんわ〜…」
「ふ、ふふ…床なのに、星がある…へんなの…おぇ…」
「あー!楽しかったー!」
ジャーン!と、ダンスの課題曲の終わりから一拍置いて、ダンストレーナーが終了の声を張り上げた。千奈と広は両手を膝について、ぜぇぜぇと息を切らしている中、佑芽だけは二本の足でしっかりと立っているどころか、まだまだ動こうとダンスの身振り手振りを繰り返していた
「・・・さて、では評価に移る。倉本、篠澤。お前達は本当に体力が無さすぎる。はっきり言って中等部の一年生以下だ。せめて一度でいいから曲を通しで踊れるようにしろ。場合によっては明日の中間試験、中等部も含めた学園中のビリをお前達二人で競い合う事になるぞ」
「ふふっ、そうでしょうとも。わたくし、とんでもなく甘やかされて育ってきた自信だけはありましてよ!」
「ふふ、私の今回の、試験の目標は、死なないで踊り切ること。よく、分かった」
「お前達…頼むからもっと危機感を覚えてくれ。それで花海、お前は身体能力だけなら一切文句ない。しかし今のダンス課題曲、全部きちんと、レッスンで教えた手本通りに踊れたと自分では思っているか?」
「はい!バッチリ!全力で踊り切れました!」
「そうか。良かったな倉本、篠澤。どうやらビリの席はもうコイツが予約済みらしい」
「えええええええ〜〜〜〜〜っ!?!?」
「当たり前だろうが!いいか、これは課題曲だ。私達トレーナーが、お前達に出す問題だ。筆記試験で言うなら、今のお前は数学の問題を国語の解答用紙に書いているようなものだ。そもそも採点基準に達してない。1点でも取れたら大したものだ」
「わっかりました!1点!なんとしてでももぎ取ってきます!!」
「・・・あぁ、もう分かったそれでいい。多分今どれだけ口で説明して詰め込んでも、明日の中間試験には間に合わないからな。どの道今日はもう時間がない」
ダンストレーナーは佑芽に対して呆れるのを通り越したように、もういっそ諦めがついたように呟いて首を振った。そして彼女は一度心を整えるため、大きく深呼吸すると、補修組三人に向き直った
「いいか三人とも。明日の中間試験では、私以外のダンストレーナーも採点者に回る。だがどのトレーナーが見たとしても、十中八九私と同じような採点と評価を下す事になる。つまり、お前達は誰がどう見てもまだまだだ、という事だ。明日の結果を受け取って、ショックを受けるなら学園を去って別の道を探せ」
「だか!それでもまだ、アイドルを目指したいと欠片でも思うのなら、言い渡された補修のレッスンを私の元まで受けに来い。アイドルになれる道までは保障できないが、それでもお前達が諦めるまでは、面倒を見てやる。返事!!」
「「「はいっ!!!(は、い……)」」」
「では今日のレッスンはここまでとする!解散!」
レッスン室にビリビリと伝播する張りのある声で締めの一言を口にしたダンストレーナーは、そのままレッスン室を後にした。それに続いて千奈が、そして広を背負った佑芽もレッスン室を出て、更衣室へと向かって行った
「ほ、本当にこんな調子で明日の中間試験は大丈夫なのでしょうか…」
「心配、ない。トレーナーが言った通りなら、私達の結果はもう、出てるのと同義。要するに、私達は現状より酷くなることはない。つまり、伸び代しかない」
「えへへ〜。あたしは出来ればお姉ちゃんと勝負したいけど、良い勝負になるのはまだちょっと先なんだろうな〜」
三人は更衣室へと入り、ロッカーから着替えを出し、そのまま備え付けのシャワー室へと直行する。仕切り板越しにシャワーからお湯が床と身体を叩く音が聞こえるのをそのままに、彼女らは会話を続けた
「それで、お二人はもう帰られますの?」
「私はもう少し休憩して、寮まで自力で歩けるようになったら帰る、よ」
「あたしももう流れでシャワー浴びちゃったから、今日は自主トレも無しにして帰ろうかな。千奈ちゃんはどうするの?」
「わたくしは生徒会の方で莉波お姉さまとお仕事がありますので、着替えたら生徒会室に行きますわ」
「あ!あたしも後で広報について、美鈴ちゃんに聞かなきゃいけないことがあったんだった!まだ学園にいるか連絡しなきゃ!」
「じゃあやっぱり私も、美鈴探しの旅に出ようかな。今日は天気が良くて、気温も丁度いいから、きっと美鈴はいい日向を見つけて、お昼寝してると思うから。私も、一緒させてもらう」
「あ、そっかー!えへへ、寝てたら電話しても出てくれないもんね。広ちゃん、頼りにしてるね!」
キュッ。とシャワーの蛇口を捻る音が疎らに三度続いて、三人は体についた水滴を落としつつ脱衣所に上がり、授業を受けていた私服と制服へと改めて着替え直した。それからロッカー室を出たところで、千奈は行動を共にする事になった広と佑芽と最後に向き合った
「それではお二人とも!明日の中間試験!一緒に頑張りましょうね!」
「・・・・・ねぇ、千奈。その……」
「はい?なんでしょうか、篠澤さん」
千奈は実に彼女らしい天真爛漫な笑顔を見せながら言った。中間試験を控えた明日までの、しばしの別れの挨拶を前に、広は千奈を呼び止めて、逡巡するように細い腕を持ち上げながら、何かを言い掛けたように見えて……しかし、そのまま小さくかぶりを振って千奈に言った
「ううん。やっぱりなんでもない。また明日、頑張ろう。千奈も生徒会のお仕事、頑張って、ね」
「バイバイ千奈ちゃん!補修でもよろしくねー!!」
「は、花海さん!まだ補修だと決まったわけではありませんわ〜〜〜!」
千奈のいつも通りの上品な言葉遣いでの悲鳴を最後に、佑芽が元気いっぱいにブンブンと手を振って別れると、二人は今いる特別教育棟の玄関へ、千奈は生徒会執務室への道を歩き始めた。同じ棟の中にあるということもあり、千奈はそう時間を置かずに生徒会室へと辿り着いて、ドアノブを捻って中へと入った
「お疲れ様です!倉本千奈、ただ今参りましたわ!」
「あ、千奈ちゃんお疲れ様。わざわざごめんね、明日は中間試験なのに」
「いえいえ!生徒会のお仕事ですもの!莉波おねえ様だけに任せるわけにはいきませんわ!」
「もぉ。莉波先輩でいいっていつも言ってるのに」
生徒会室で千奈を出迎えたのは、彼女と同じ生徒会執行部に所属し、書記を担当する三年生の姫崎莉波だ。学年も生徒会も含めて先輩にあたり、まるで実の姉のような包容力のある彼女を、千奈は敬愛の意味も込めてお姉さまと呼び慕っていた
「確か今まとめている書類は、体育祭に対する意識調査でしたわよね!」
「うん、そうだよ。ここに丁度、学園のみんなが答えてくれたアンケート、が……」
コの字に繋ぎ合わされた長机と、一辺に三つずつ並べられた椅子。その一辺の半ばの椅子に腰掛けていた莉波の左手側に、千奈が腰掛けようと、机の上に手を掛けた時の事だ
その背丈の低さに比例するように、小さく可憐な彼女の白さが目立つ右手の甲に、見開かれた本のような赤い入れ墨が刻まれているのを見た莉波は、思わず絶句して、反射的にガタンッ!と飛び退くようにして席を立った
「わぁっ!?り、莉波おねえ様…?もしかして、わたくしが隣に座るのはご迷惑でしたか…?」
「・・・ち、違うの…千奈、ちゃん…その、右手…」
「右手…?あぁ!これは違うんですのよ莉波おねえ様!これは入れ墨ではなくて、令呪といってですね。わたくしが聖杯戦争でキャスターさんのマスターになった証なのですわ!…と言っても、莉波おねえ様には何のことか分からないでしょうけれど、とにかく校則違反でも、わたくしがいわゆる不良に目覚めたというわけでも…」
「───ッ!?ご、ごめん千奈ちゃん!ちょ、ちょっとこっちまで来て!!」
右手の痣を左手で庇うようにして、千奈の必死の弁明を聞いていた莉波は、彼女の口が止まるのを待たずに血相を変えて彼女の手を取り、そのまま生徒会室の奥にある物置と化した備品用の空き教室の引き戸を乱雑に開け、その境界を千奈と二人で跨いだ瞬間にピシャリと締めて鍵まで掛け、千奈の目線に合うように軽く屈んで口を開いた
「り、莉波おねえ様…?一体どうなされたのですか?」
「いい、千奈ちゃん?今からする私の質問に正直に答えて。千奈ちゃんは、魔術師じゃないの?魔術師じゃないなら、その聖杯戦争の話は一体誰から聞いたの?」
「い、いえその…魔術師なのは、わたくしではなくキャスターさんですわ。それでその、聖杯戦争についてのお話も、わたくしが住んでいる倉本家の別荘で、お爺様の蔵書庫で調べ物をしている内に、偶然に召喚してしまったキャスターさんから……」
「なっ…!?なんて事なの…と、とりあえず麻央に連絡しないと…!」
「いやぁ私としたことが。なるほどなるほど。マスターに令呪を隠してもらうのをすっかり失念していたよ。しかしまさか彼女の通う学園内に同じくマスターがいるとは。いやぁ参った参った」
鈴のような澄んだ声がした瞬間、莉波はまるで悪鬼から娘を庇う母親のように千奈を壁の方へと追いやり、自分の背後に隠すようにして声のした方へと睨みを効かせた。そこには花の香りに包まれた、軽薄な喋り方の白い魔術師が、塔を閉じ込めた杖を片手に、足下に咲いた小さな花畑の中で佇んでいた
「き、キャスターさん!?どうしてここに!?わたくしが登校する時は、人に見られると困るので、自宅でわたくしの部屋にいていただければそれでいいと申しましたのに…!」
「いやいや、私としては流石にそういう訳にもいかなくてね。無断にはなってしまったけれど、こうして霊体化して学内で見守っていた所存さ」
「そんな訳で、初めましてレディ莉波。私の名前はキャスター。またの名を花の魔術師。出来れば私としては、同じ境遇なのに千奈を気遣ってくれる君のようなマスターと友好な関係を築きたくてね。その警戒を解いていただけると助かるのだけれど、どうだろうか?」
莉波の背中からキャスターの姿を覗き見た千奈が慌てふためいていると、キャスターはたははと笑いながら後ろ頭を摩りながら言った。それから彼は莉波に友好な態度を示そうと、その場からは動かずに右手を差し出したが、莉波はその右手の先にいる花の魔術師そのものを睨みつけながら言った
「・・・いいえ。私はただ、キャスター…生粋の魔術師であるあなたが、千奈ちゃんを誑かして、影で糸を引くようにして、魔術で千奈ちゃんを操ってるんじゃないかと疑っているだけよ。警戒を解くのは、その疑惑を晴らしてからでないと叶わないわ」
「ち、違いますわ莉波お姉さま!キャスターさんは決して!そのような魔術をわたくしに使っているワケではなくて…!」
「ううん、違うの千奈ちゃん。魔術っていうのはね、たとえそうでなかったとしても、そう思わせる事だって出来るの。だから、本人は操られていることにさえ気づかない。そしてそう出来るだけの魔術の知識と技量を、このキャスターは間違いなく持っている…!」
「おやおや、これは困った。初対面から随分と嫌われてしまったものだ。私はマスターである千奈に対して、なんの魔術も行使していないよ。きちんと敬意をもって、信頼を置けるマスターとして昨夜契約したばかりなんだ。確かに彼女はこれまでの人生で魔術に対して関わりを持ったことはないけれど、それに託けて彼女を操って囲い込もうとは思ってもいないよ」
「・・・その証拠は?」
「それを言われると弱いねぇ。何もないものを証明しろと言われても、それは悪魔の証明だよ。それこそ私は、こんな密室に私のマスターを連れ込んでいる君の方こそ、千奈を囲い込もうとしているのではないかと疑いたくもなってしまうものだよ。そうは思わないかい、レディ莉波。いや……マスター・莉波」
「・・・・・・・・」
長い沈黙の後、莉波はキャスターから庇うように立っていた千奈の傍からすっと離れた。そしてまるで袖を捲るような仕草で、自分の右手の甲に左手を滑らせていく。その下に見えたのは、今まで隠匿の魔術で隠されていたと思しき、一国の姫君の冠として輝くティアラを模したような令呪だった
「り、莉波おねえ様…!それは…!?」
「・・・隠すつもりはなかったの、ごめんね千奈ちゃん。私も同じ聖杯戦争に参加してるバーサーカーのマスターで、歴とした魔術師なの。さぁ、私は隠さずに素性を明かしたわ。次はそちらの番でしょう。花の魔術師さん?」
「う、う〜ん。そんなつもりは本当にないんだけどな〜。私ってそんなに胡散臭く見えるだろうか?そうだ、ではこうしよう!マスター・莉波。私達の陣営と同盟関係を締結するというのはどうだろうか?」
一向に警戒を解こうとしない莉波に、キャスターは杖を抱き込みながらう〜ん、う〜んと頭を振り子のように大きく左右に振った。しかしその丸くした右手をポンと左掌に打つと、変わらない物腰柔らかな口調で莉波に問いかけた
「・・・同盟。それをあなたと結ぶことによって私が得られるメリットは?」
「あなた、ではなくあなた達だよマスター莉波。私は魔術師、その職業通りにサポーターとしてならサーヴァントと比べても右に出る者はないけれど、前線に出ての戦いは不得手だ。故にバーサーカーのマスターである君の全面的な支援を約束しよう。そして君は私が千奈を籠絡していないことを確認するまで…もそうだし、他陣営のサーヴァントとマスターを倒して満足するまで、私達の支援を受ければいい」
「無論、私が何か不穏な動きを見せていると思えば同盟はいつでも破棄してくれて構わないし、使役するバーサーカーの力でその場で切り伏せてくれても構わない。要は私の支援を受けつつ、私を監視下に置いて、君が今一番気掛かりな千奈の身の安全を確保できる。この条件では、不満かな?」
「・・・はぁ。なるほど、分かりました。そこまで言うのなら、私はあなたを信じます。疑ってごめんなさい。同盟の話、私の方からもよろしくお願いします」
小さな深呼吸を一つ置いて、莉波は警戒して力を込めていた肩の緊張を完全に解いた。そして体の前で手を組んで、敵意はないことの証明として、深々と礼をしてキャスターの申し出に同意した
「いやぁ〜、良かった良かった。これでも納得してもらえなかったらどうしようかと思っていたんだ。では改めまして、私の名前はキャスター。またの名を花の魔術師。この度の同盟関係の締結、そして信頼に対する感謝と敬愛を貴殿に捧げます。バーサーカーのマスター、姫崎莉波」
「す、素敵ですわ!莉波おねえ様との同盟!こんなに嬉しい事があって良いものでしょうか!実はわたくし、聖杯戦争の話を聞いてから不安でしょうがなかったのですが、これで百人力ですわ〜!!!」
「あ、あはは。私、魔術師としてはそんなに腕が立つ方じゃないんだけどなぁ…。でも、そう言われたからには、精一杯頑張るね。それじゃあ同盟関係を結んだ訳だし、紹介するね。私の召喚に応じてくれたサーヴァント、バーサーカーだよ」
こうして。とある女子高生に運命の夜が訪れる前日。千奈と莉波は互いに手を取り合い、熾烈な聖杯戦争へと身を投じていく事となった。彼女達にやがて訪れる夜が、どんな結末を迎えるのか。きっと、誰も。知らないまま───