第24話 来客
「失礼します。あさり先生はいらっしゃいますか?」
午前中の授業が終わり、生徒にとっては待望のお昼休み。ある者はお弁当の蓋を開け、ある者は食堂へと駆け出し、ある者はコンコン、と二回の軽いノック。あたしはまず来ないプロデューサー科の職員室のドアを昨日ぶりに恐るおそる開けて、ずらりと並んだデスクに向かい合う先生達に向かって訊ねた。すると、自分を呼ぶ声に振り返ったあさり先生が、あたしを中へと手招きしてくれた
「藤田さん?どうかなさいましたか?お説教はもう昨日の内に済ませましたよ?それとも…ひょ、ひょっとして昨日の夕方の花海さんとの一件はやっぱり…!?」
「ち、違います違います。お説教については、そりゃもうありがたくも反省させてもらいました。咲季との喧嘩については…」
「け、喧嘩!?」
「じゃ!なくってぇ〜!虫を追い払ってくれた事については、まぁ昨日の時点で多分水に流れた事なんでいいんです。ただ今日は、ちょっと聞きたいことがあってですね」
「聞きたいこと、ですか?えぇもちろん、私がお教えできる事なら何でも…」
ここまでは世間話みたいなモノで、あさり先生の人柄もあってこそ、まずもって頭ごなしに追い返される事はないと思っていた。あたしにとっての本題はここから、と一つ呼吸をして先生に訊ねた
「姫崎莉波…先輩は、今日学校に来ていますか?」
「姫崎さん…というと、生徒会の書紀を担当している彼女ですか?であれば、3年1組を訪れた方がよっぽど早かったかと思いますが…」
「あぁはい、もう行ってきました。でもそこでは見当たらなくて。だけど三年生は一日中選択授業の日もあるって聞いて、たまたまあたしが教室で見つけられなかっただけで、本当は来てるんじゃないかって。思い、まして……」
「・・・なるほど、何やら訳アリのようですね。しかし1年A組の担任の先生は昨日に引き続いてお休み中…それで少しは関わりもある、私のところを訪ねて来たと。まぁ酸いも甘いもある学生時代、人により事情もあるでしょう」
おずおずと遠慮がちに訊ねたあたしに対して、あさり先生は背筋を伸ばして、担当科目も違うあたしを、あくまでも一人の生徒として見てくれた。右の人差し指を頭に当てて、しばしの間うーんと口から溢して悩んだ末に、一つ呼吸を置いてからあさり先生は言った
「分かりました、姫崎さんの選択授業から、今日の分の出席を見てみましょう。但し、本当はそんな易々と他科の教師が閲覧していいモノでもないので、そこだけは今後分かってくださいね?」
「は、はい!ありがとうございます!」
よかった、と。あたしはホッと胸を撫で下ろすと同時に、心の中で昨日のお説教をほぼ聞き流した事について謝罪した。しかしあたしの心の中の声なぞつゆ知らず、あさり先生はデスクのPCをカタカタと操作し始める。あたしが固唾を飲んで見守る中、エクセルのページを開いて、ゆっくりとスクロールしながらジイっと見つめた後に、先生はあたしに向き直った
「───藤田さん。残念ですが、今日は姫崎さんはどの授業にも出席していないようです。今日は体調不良で学校をお休みしているかもしれません。もし何か用があったのなら、後日改めて声を掛ける方がいいかもしれません」
「・・・・・・・・・・そう、ですか…」
としか、あたしの口からは出て来なかった。さっき訪ねた3年1組には、彼女の姿も、有村真央の姿も見えなかった。今日、学校に、来ていない。それだけで、それが何を意味しているのか、あたしには分かってしまう。俯いたまま気の抜けた返事しか出来ないあたしの顔を、あさり先生が心配そうに覗き込んでくる
「藤田さん、大丈夫ですか?何か人間関係のトラブルでしょうか?自分で解決しなければならない事ももちろんありますが、私で良ければ話を聞きますよ?」
「い、いえ…そんな…あさり先生の気にする事じゃないですから。お手間とお時間を取らせてすみませんでした、ありがとうございます。失礼しました」
それだけ言い残して、なおも心配そうに見つめるあさり先生からあたしは顔を背けて、そのまま踵を返した足で職員室を出た。ガラガラと引き戸を閉じて、とぼとぼと1年1組の教室へと歩き出す
(・・・い、いや何もそこまでしたって決まったワケじゃ…昨日、広が自分で言ってたじゃんか。麻央先輩は殺したわけじゃないって…)
じゃあ、莉波先輩は?アレだけの敵意を剥き出しにして来た相手を、あの闇よりも深い黒の暗殺者のサーヴァントを従えて、人の営みに如何にも無関心そうな顔をした少女が、襲いかかって来た莉波先輩を生かしておく理由が……
「それでね!その時お姉ちゃんがさぁ〜…」
「まぁ!やっぱり花海さんのお姉様は素晴らしいお人ですわね!」
「やっぱり、あの2位の人はとっても面白い。あの料理も飲み物も含めて」
「─────!!!」
一年生の教室が並ぶ廊下。お昼休み、食堂から帰って来たのであろう三人組。補修組と称して仲睦まじく話している倉本千奈、花海佑芽、篠澤広の三人が、あたしの傍を今まさに通り過ぎようとしている
「し、篠澤……ひ、ろ…………」
呟くようにしか動かなかったあたしの口と声に、お喋りに夢中になっていた佑芽と千奈はてんで気付かなかった。但し、その中で一人。最も廊下側に立っていた篠澤広だけは、あたしを横目に一瞥して、しかしそのまま視線を逸らし、肩がぶつかりそうになるだけの距離にいたあたしの真横を、全く意に介さず、共に歩く二人と一緒に通り過ぎていった
「・・・・・はっ」
まだまだ騒がしい学園の昼休み。口々に喋り倒す女子達の話し声が、教室から漏れ出している廊下の中心で、あたしは一人自嘲するような笑い声を口端から出してしまった
「学校では凡人のフリ…ってか…?それとも、あたしなんかに興味ないって…?」
思えば、昨夜もそうだった。広はあたしと莉波先輩と相対した時、アイツ曰くあたしを助ける形になっただけと言った時でさえ、アイツはセイバーと戦いたいだけだと、セイバーにしか興味を示さなかった。あたしの名前なんて、ただの一度だって口にすらしなかった
「そもそも、あたしなんか眼中にないってか…!」
分かっている。あたしは自分が素人だと分かった上で、この戦いに身を連ねたことも、あたしなんかがこんなところで恨み節を重ねても、麻央先輩も莉波先輩も帰ってこないことも、全て分かっている。それでもあたしは、一丁前に悔しがって拳を握って、歯なんかを食い縛ってしまうのを、辞められそうになかった
けれど、そんな事をしても現状は何も変わらない。あたしが明日の朝起きたら超がつく天才魔術師になるわけでもなければ、麻央先輩と莉波先輩が自力で窮地から戻ってくる訳でもない。動ける者が、動ける限り動くしかない。出来る限りを尽くすしかない
昨日までは、非日常的な戦いに参戦したことに満足して、何となくで戦っていたかもしれない。願いが叶えばいいな、セイバーと一緒ならあたしでも何とかなる…そんな思いで戦っていたのは否めない。けれど今のあたしには、それ以上に戦わなければならない理由が、勝たなければならない理由が出来た。その上で、今のあたしが勝つために必要な選択は、一つしか残されていなかった
「───咲季、ちょっといい?」
「・・・あらことね、どうかしたの?私に何か用事でもあるの?」
1年1組の教室前の廊下まで戻って来たあたしは、丁度お手洗いから戻ってきた様子の咲季に話しかけた。彼女は昨日あたしに、学内では友人として接してくれると言った手前、いつもと変わらない表情と声色で返してくれたが、今のあたしが求めているのは、アイドル科の学生としての咲季ではなかった
「咲季。レッスン後の自主トレのランニングが終わったらでいい。今夜、あたしの部屋まで来て欲しい」
「・・・ことね、私は言ったはずよ。仏の顔も三度までだって。今の私達はもう敵同士、この会話も誰に聞かれてるかなんて分からない。その上で、あなたの部屋に来いですって?冗談も休み休み言いなさ───」
あたしの言葉を聞いて、真剣な眼差しを重ねた咲季の顔つきと口調が、一変して引き締められる。鋭い視線のまま続けて言ってくる咲季の言葉を遮るようにして、あたしは自分の右手の甲を見せながら言った
「今のあたしに咲季への敵意はない。だけど咲季がその気なら、この右手にある令呪、今は学校だから厚めのファンデで隠してるけど、まだ二画残ってる。あたしだってその気になれば、ここにセイバーを呼べる。一般人の前で無闇にサーヴァントを出す行為がルール違反だってのは、百も承知。その上でもしコレがあたしの冗談だと思うなら、試してみればいい」
「・・・ことね…あなた昨日の晩、一体何があったっていうの…?」
鏡もないので分からないが、あたしの表情は昨日までとは比べ物にならない真剣なモノだったのだろう。それくらいの自覚はある。少しだけ目を丸くして、慎重に訊ねてきた咲季に、あたしは右手を下ろして、なお真剣な表情で言った
「───お願いがある。力を、貸して欲しい」
────────────────────
「ま、適当に上がってよ。お茶でも用意するから、先に部屋で待っといて」
「お、お邪魔します…」
18時。夕暮れも過ぎようかという放課後。あたしは昼休みに、家に来てくれる了解を取り付けた咲季と共に、彼女の自主トレのランニングにも付き合ってから寮の自室へと招いた。玄関で二人で靴を脱いで、あたしはキッチンでお茶を用意する
まだ敵としてあたしを見ていて、罠である可能性を疑っているのか、それとも人の部屋に入る事にあまり慣れていないのか、少し遠慮がちに部屋に上がった咲季が、おそるおそる洋室の引き戸を開けると、セイバーと…一面鍛冶場の洋室が彼女を出迎えた
「お、おいでなすったな。見ての通り手狭な部屋で悪いな、アーチャーのマスター」
「・・・なに、これ…?」
「見りゃあ分かるだろ、儂の鍛冶場だ。炉と金床以外は何もねぇ場所だが、まぁゆっくりしてくんな」
「ゆっくりしてくれって言うなら、とりあえず金床しまってテーブルでも出してよセイバー」
「あん?おお、言われてみりゃそれもそうだな」
何の悪びれもなく、また彼自身の感覚がズレているのだという感覚もないまま話すセイバーに、咲季が面食らっているままあたしが言うと、セイバーはまだ金槌が乗っている金床をそのまま持ち上げて、代わりに四つ足を広げながら1メートル四方のテーブルを持ってきた
「こ、これはその…なんと言うか…中々オシャレな部屋してるじゃない!ほらこの、壁に架けられた金槌なんかがイイ味出してて…!」
「お世辞とか慰めならいーから。いや本当に。あたしが一番現状よく分かってっから。この景色にたった一日でちょっと慣れ始めてるあたしが一番やべーって、分かってるから…うん……」
どこか諦めたような口調で言って、麦茶の入ったコップを三つ置いて、鍛冶場が出来たせいでクローゼットに追いやられた適当なクッションを出して、あたしがテーブルの角の一番奥側に座ると、咲季も続いて手前側に座って、最後にセイバーがあたしの右手側に座った。あたしはとりあえず麦茶を一口飲んで、喉を潤すと、呼吸を一つ置いて真剣な面持ちで話を始めた
「それじゃあ、話すよ咲季。昨日あたし達が一体誰と戦って、一体何が起こったのかを…」
────────────────────
「・・・なるほどね。私達と話した夜から行方が分からなくなった麻央先輩と、それを追っていた莉波先輩とバーサーカー。そして、その麻央先輩の身柄を拘束していて、今日登校して来なかった…莉波先輩達すらも倒したと目される、篠澤広とアサシン、ね………」
「とりあえず、現状はこんな感じかな。莉波先輩も麻央先輩も、寮の部屋を今朝あたしが訪ねて、インターホンじゃ応答がなくて、セイバーがベランダの方から確認してくれたけど、もぬけの殻だったって……」
「・・・そう。じゃあ今も無事である可能性はあっても、篠澤広の元で身柄を拘束されているか、そもそももう既に亡くなっている…って可能性も否定は出来ないわね…」
あたしが昨日起こった事を掻い摘んで説明すると、咲季はそれだけで色々な考えを巡らせてくれているようだった。話が一通り終わると、彼女は少し姿勢を崩して楽にすると、麦茶を一息で飲み干して空になったコップを、怒りを込めたようにダァン!と力強く置いて、あたしは思わず肩を浮かせた
「・・・許せないわ。何が狙いかは知らないけれど、私にとって麻央先輩は、初星学園に入学するよりも前から魔術についてだけでなく、人としてのイロハを注ぎ込んでくれた恩人なの。その先輩を拐かして令呪を奪っただけでなく、監督役が邪魔ですって…?聖杯戦争を私物化したようなその態度…篠澤広……噂には聞いていたけれど、まさか本人だったなんてね」
「噂っていうのは、広の……?」
「えぇ。篠澤広。魔術協会三大部門の一角である彷徨海…まぁ、魔術についての知見がないことねに分かるように例えるなら、魔術師にとっての東京大学…果てはハーバード大学みたいなところを14歳で卒業した稀代の天才魔術師だって、こっち界隈じゃ少し話題になったわ」
「彼女はルーン魔術を専攻して、幼くして現存する全てのルーン魔術を最高レベルで修得し、現代の魔術体系の中にはないオリジナルのルーン魔術の開発や、神代の原初のルーンの再現にまで迫ったと聞いているけれど…その辺までは定かじゃないわ」
「私は彼女の名前をあくまでも噂でしか知らなかったし、魔術師の顔写真なんてまず出回らないし、出回ってたところで本人の顔である確証もないから、学内でその名前を見た時も…まぁどの口がとことねは思うかもしれないけれど、そんな経歴を捨ててアイドルの養成学校である初星学園に編入してくるなんて、同姓同名の別人だろうぐらいにしか思ってなかったのよ」
「けれどその篠澤広が稀代の天才魔術師と呼ばれた張本人で、噂が全て本当なら、私じゃまず相手にならないわ。それどころか、一部のサーヴァントなら独力で相手取れるほどの実力でしょうね」
咲季が口にした篠澤広の経歴と、噂に聞く限りの実力だけで、あたしとは住む世界が違う人間なのだと分かった。けれど、その差が浮き彫りになったからと言って、それはお見それしました、なんて引き下がろうモノなら、あたしはそもそもこの聖杯戦争から降りるべきだ。そして無論、そんな選択肢はあたしの中にはなかった
「・・・うん。だからってのも話が違うだろうけど、あたしなんかの実力じゃあ、篠澤広には到底敵わない。だけど広に負けるとか、そもそも聖杯戦争に勝つとか以前に、麻央先輩と莉波先輩が少しでも生きてる可能性があるなら、あたしは助けたい」
「ほら、あたしはこんなバイトもして平気で門限破るような身だからさ。麻央先輩には迷惑かけてるし、その上でめちゃくちゃお世話になってる。莉波先輩も、麻央先輩のあたしに対するお説教とか、十王会長の熱すぎるスカウトの度にフォロー入れてくれたりして、本当に優しくて憧れる先輩なんだ」
「その先輩達が、明日もまだ無事でいる保証はないし、聖杯戦争を続ける上でいつか倒さなきゃいけない相手なら、今倒すべき相手だとあたしは思う。だから咲季、お願い。あたしとセイバーと一緒に、広とあのアサシンと戦って。アイツらを倒して、先輩達を助け出すのに協力して欲しい」
あたしは真っ直ぐな瞳と言葉で言って、咲季に面と向かって頭を下げた。5秒ほど頭を下げて静止してから、ゆっくりと顔を上げると、咲季は悩ましそうにテーブルに両肘を突いて、口元を隠すように手を組んでいた
「・・・停戦協定、と同時に同盟の締結…か。なるほどね。セイバー、悪いけれどいくつか質問してもいいかしら?」
「応とも。儂に答えられることなら聞いてくれて構わねぇぜ」
「その広が連れて行たという件のアサシン、あなたの目にはどう見えたの?」
「・・・正直に言っていいんなら、規格外だ。やってる事はまぁアサシンなんだろうが、アサシンなんて名乗るのも筋違いの英霊だ。大剣と視線から発火する蒼炎で戦うって事以外、真名も何も分かっちゃいねぇが、儂ぁあの英霊と正面から切り伏せて勝てる自信はちっとも湧かねぇ。こんなモンでいいか?」
「それは、あなたの宝具を使っても?」
「・・・その場合はその限りじゃあねぇ。しかし向こうの宝具も儂は知らねぇ。儂の宝具を使っても倒せねぇとまでは言わねぇが、勝てるかどうかは話が別だ」
「じゃあセイバー、昨夜はバーサーカーもその場にいたと聞いたわ。そのバーサーカーと組んでアサシンを倒そうとは考えなかったの?」
「考えはしたが、状況が悪かった。あの広って娘とアサシンが乱入した時には、莉波ってマスターもバーサーカーも頭に血が昇ってたからな。儂はことねを護ることに専念した。だがもし仮にその場の共闘が実現したとして、バーサーカーの真名を看破した儂だから言えるが、あのアサシンとでも戦いにはなる。戦いにはなるだろうが…確実な勝ちを狙うならもう一声欲しい…ってところが本音だ」
「・・・そこまで言うのなら、差し支えなければ教えて欲しいのだけれど、バーサーカーの真名は?」
「源 頼光だ。童子切安綱、牛頭天王から授かったという雷の権能を儂は見た。なにより、本人が否定しなかった。間違いねぇさ」
「源 頼光…平安最強と謳われた神秘殺しにして、源氏の棟梁。普通ならまず文句無しのビッグネームね。そうと分かった上で、それでもまだもう一声を要求するのね?」
「言い過ぎに思えるかもしれねぇが、初日にランサーも撃退した儂だ。バーサーカーとも対峙して、それなりにサーヴァントの器ってモンを測れるようになった自覚はある」
「・・・・・なるほどね。個人的な戦いを優先してられる状況でもない、か…」
セイバーに対する質問を一区切りつけて、この部屋に来て咲季は何度目かになるため息をもう一度吐いて呟いた。すると彼女はテーブルの下から脚を出して立ち上がり、ベランダの方へと歩き始めた
「ことね、ベランダを貸して。アーチャーと話をするわ。まだ同盟を組むと決めたわけじゃないから、カーテンを閉めて、聞き耳は立てないと約束して」
「・・・分かった。約束する」
その一言で了承してくれたのか、同じく寮住まいの咲季は、勝手が分かっているベランダの鍵を開けて、そのまま近くに置いてあるサンダルを履いてそよ風が吹く、日が落ちたばかりの外に出た。それからあたしはカーテンを閉めると、いい返事が聞けることを祈りながらベランダに一度両手を合わせてから、テーブル前のクッションへと座り直した
「アーチャー」
「おぬしの考えを当ててやろうか、マスターよ」
ベランダに出て格子に手をかけた咲季の呼びかけ一つで応じ、格子に寄りかかった姿勢で霊体化を解いたアーチャーは、開口一番に言った。それに対して咲季は、隣に現れた彼女の方に向き直りながら口を開いた
「・・・いいわ。分かってくれているのなら、それでいい。あなたの意見を聞かせて。忌憚のないモノを要求するわ」
「わしにとって忌憚のない意見も何も、おぬしのやりたいようににやれば佳いじゃろう。難敵を前にして同盟を組むなぞ、わしとて生前に経験しておる。まぁ一度死んで自分とこの国の歴史を俯瞰して見れる今となっては、組んだのがよりにもよってあの狸かとは思わなくもないが」
「・・・え?あ、そう…少し意外だったわ。てっきりあなたの事だから、『暗殺者ごときわし一人で十分に相手取れるわ!』…とでも言うと思ったけれど」
「それについては無論そうじゃとも。しかしてわしもおぬしと同様、そこまでして聖杯に望む願いがあるわけでもない。なれば此度の戦を、限りなく楽しめる側に付くべしというだけのことじゃ。それに、件の監督役とやらはおぬしの恩人なのであろう?なれば義理は果たすべきじゃ。かつて国すら統べたわしじゃ、それくらいは弁えておる」
「・・・ええ、そうよ。麻央先輩は聖杯戦争についてことねと話した夜に、自分が取るべきと思った行動を、そしてすべきと思った戦いをして欲しいって私に言ったわ。その言葉に則るなら、もう私にとって選択肢は一つよ」
「それで佳い。そもそもわしが同盟なぞ笑止千万とでも言い出そうモノなら、おぬしは令呪を使ってでもわしを従わせる腹づもりだったであろう?それくらい猿でも分かるわ、うつけめ」
「・・・ありがとう、アーチャー。私やっぱり、あなたと組めて良かったわ。なんだかんだで私のこと、結構気に入ってくれてるでしょ?」
「はっ、小娘が調子づきおる。最初に言ったであろうが。気に食わねば素っ首、胴と泣き別れるとな。その首と胴を仲良く繋げておきたくば、今後もわしの機嫌を損ねぬように努めよ」
「はーいはい、分かってるわよ。今回の同盟も、あなたには損をさせないように努めるわ。それじゃあとりあえず、ことねに返事してくるわ。同盟を組む以上、どこかで顔は見せなきゃいけないから部屋にはいておいてよね」
「あぁ、待てマスター。言い忘れておったが、同盟を組むにあたって一つ条件を付けろ」
「・・・え?」
カラカラカラ。ベランダの戸を引く少し軽い音が聞こえて、あたしは振り返った。サンダルを脱いで、ベランダを閉め直してカーテンを潜った咲季が席に戻る前に、あたしは立ち上がって勇み足で訊ねた
「ど、どうだった!?」
「・・・一つ、条件があるわ。セイバー」
咲季の返答をゴクリと生唾を呑んで待ち受けていると、彼女は視線と声をあたしからセイバーに向けた。セイバーもピクリと反応して、咲季の方を見上げて視線が重なると、咲季は少し呆れたように、しかしその口角は柔和に解けたままで言った
「・・・手狭ではあるが良い鍛冶場じゃ、練達の刀鍛治と見受ける。わしに極上の業物を一振り献上せよ…ですって」
「・・・なるほど。お安い御用だと伝えてくれ」
「ふふっ、交渉成立ね」
「・・・よ、良かったぁ〜〜〜……!!」
安堵感から、あたしはその場にヘナヘナとへたり込んだ。緊張が一気に解けて、全身の筋肉が力を緩める。そんなあたしの横を通り抜けながら、咲季はどこか少し楽しそうに口調と口角を上げながら続けた
「良かったも何も、まだ始まってすらないわよことね。ほら、早く準備しなさい」
「あぁ〜ちょい待ちちょい待ち。やっぱこういう同盟組んだりするのってそれなりに儀式とかあんの?誓いの言葉…みたいな、果ては署名とか、互いの血を飲む魔術儀式みたいな……」
「いいえ、違うわ。追加でお茶の準備よ。私達の分と他にもう二杯用意して、セイバーを立たせてクッションを後もう一つ。それとこの鍛冶部屋を可能な限り片付けておきなさい。大体2、30分くらいで戻るわ、今夜は賑やかになるわよ」
え、なんで?一体なんのこと?と言いたげに首を傾げたあたしに対して、咲季は普段の咲季らしからぬどこか悪戯っ子のような意味深な笑みで口角を吊り上げながら、あたしの部屋を出た