「ま、マジでっ!?こ、この人…マジで織田信長ご本人様なの!?え、えぇ!?てか女ぁ!?ちょ、いやマジでバカのあたしでも知ってる!えぇ女だったの!?いやヤバいって!?織田信長は流石にヤバいでしょマジで!!!」
「・・・まぁこうなるかもとは思ってたけれど、何この…最推しの芸能人を目の前に連れて来られたファンみたいな反応。仮にも、鳴かぬなら殺してしまえ…の武将に取るべき態度じゃないわよことね…」
「くく、佳い反応だなセイバーのマスターよ。わしも名乗った甲斐があるというモノじゃ。これ以後もわしの名を知れたことを光栄に思い良きに計らえ、うむ」
まるで歌舞伎の見え切りのように言った、アーチャーの真名を耳にして慌てふためくあたしに、咲季は呆れて首を振った。そして当の織田信長公ご本人様は、あたしのリアクションを見て満足げに何度も頷いていた
「いや!これマジで大スクープでしょ!?あの織田信長が実は女でしたって!?写真撮って報道関係者に売るしかないでしょ!明日には大手全社の新聞の一面飾って!朝のニュースのトップヒット!SNSでトレンド一位の超大バズりで記事の使用料だけであたし達は億万長者に…!」
「バカッ!魔術の神秘の結晶とも言える英霊を!ていうか私のアーチャーを金儲けの為に利用しようモノなら、ゲンコツ一回だけじゃ済まさないんだからね!」
「・・・じょ、冗談だって。ごめんごめん…えっと、じゃあせめてチェキとかサインみたいなのとか…」
「どうせことねはそれ売ってお金にするつもりなだけでしょう!却下よ却下!」
「ケチ!ちょっとくらい良いじゃん!てか咲季だってぶっちゃけ欲しいだろ!織田信長直筆のサイン入り日本刀とか!サイン入り火縄銃とかさぁ!」
「欲しっ…!くないって言ったら嘘になるわよ!だけど神秘の隠匿はどこから漏れるか分からない以上!私のアーチャーとアーチャーの持ち物には指一本触れさせないわよ!!」
「キィーーーーーッ!!!」
「・・・ま、ことねっちの気持ちも分からないでもないけどね。昨日あたし達も実際に戦って真名を看破したには看破したけど、いやマジで?ってなったもんね、正直」
「あはは…色んなゲームだったり、史実を基にした創作物の主役になってるだけあって、スウェーデン出身の私でも知ってるくらい凄い武将だもんね。そんな人をちゃんとサーヴァントとして使役できてるなんて、花海さんもすごいなって思うよ」
咲季にお願いを悉く撃ち落とされ、悔しがってテーブルをバンバン叩くあたしに苦笑しながら、清夏とリーリヤもアーチャーを一瞥して言った。あたしの分も含め、その一言一言を聞くたびに、アーチャーの胸がどんどん踏ん反り返り、鼻が天狗のように高くなっているような幻覚が見え始めたところで、咲季が咳払いして言った
「んんっ!さ、これでとりあえず言い出しっぺの私とアーチャーの番は終わったわ。次はどっちにする?」
咲季に促されて、あたしから見て両端に座る清夏とリーリヤの顔を交互に見る。二人も互いに目配せをして何か通ずるモノがあったのか、一度だけ頷き合ってから清夏が口を開いた
「ま、言うと決めた以上はそんなに惜しむモンでもないし、次はこっちから言わせてもらおうかな。ってなわけでライダー。真名、名乗ってもらえる?」
彼女らしい明るい口調ではありつつも、最後の一言だけはそれなりの緊張感を込めたように清夏は言った。もう一人のマスターであるリーリヤも実直な視線で見守る中、ライダーはどこか自信なさげに、後ろ頭を掻きながら元々低かった物腰を更に低くしたような様子で言った
「・・・えと、サーヴァント・ライダー。真名はマンドリカルドっす。シャルルマーニュ伝説のローランって騎士も出てくるんすけど、狂えるオルランドっつー叙事詩やら本やらを適当に見てもらえれば、どっかしらには俺の名前が出てくるっす。こんなナリですが一応タタール人の王で、元冒険者で…まぁただ逆に言えば、それくらいしかない超どマイナー英霊っす」
「・・・・・・・・・・・・」
し、知らねぇ〜〜〜。ガチで1ミクロンも聞いたことねぇ〜〜〜。という所感をあたしは心の中で何とか押し留めた。聞く限りは海外の物語のようだが、ライダー本人が超どマイナーと言ったのが彼の謙遜によるものなのか、というのはあたしも含めたこの沈黙からは見破れなかった
咲季とアーチャー、そしてセイバーも同じく言葉を失っているが、それは想像以上の英霊が出た驚愕で言葉を失っているのかもしれない。それを確かめるために、あたしは咲季に訊ねた
「・・・えっと、咲季。あたし、マジで真名聞いてもライダーのこと1ミクロンも分かんないんだけど、魔術師界隈だったり、その手のマニアの人達にはそれなりに有名な英雄だったりすんの…?」
「・・・ごめんなさい、ライダー。シャルルマーニュ伝説と、騎士ローランだったらある程度は知ってるわ。けど正直に言うと…マンドリカルドなんて名前、本当に初めて聞いたわ…」
「え、マジ…?ひょっとしてわし、この知名度の奴に出し抜かれて苦戦させられたの…?」
「・・・あ〜、えっと。一周回って逆にアリでしょ!名前と逸話が知られてないなら、宝具を使っても即座に真名看破される恐れがないわけっしょ?弱点だったり亡くなった時の話だったりも、戦ってる最中だったら敵には絶対分かんないし!!」
「ぜ、絶対とは限らないじゃないですか!ひょっとしたら敵のマスターが歴史と物語にすごい詳しい人だったりするかもしれませんし、そもそもサーヴァントは現界した時に聖杯からある程度の知識を与えられてるワケで…!」
「でも聖杯から与えられた知識で知ってるってサーヴァントが言い張るのは、小学生が宿題のドリルを解答見ながら埋めて、ちゃんと解けたって言ってるのと同じ理論じゃないかしら?」
「うっ!?ううっ…!で、でもライダーさんは有名になってないのがおかしいくらいに、強くてカッコいい英雄さんで…!」
「いやいやリーリヤ、ぶっちゃけ最初に召喚してから真名聞いたあたしもリーリヤも『え、誰?ローランは?シャルルマーニュは?』ってなってたじゃん。てかその知名度って割と英霊の強さに補正かかるとこあるし、無駄に張り合わない方がライダーの為だって」
「もぉ〜!清夏ちゃんはどっちの味方なの〜!」
「い、いやマジでいいっすよリーリヤ。むしろこれで、じゃあマンドリカルドって何やった英霊なの?って調べられて実際に知られて『う、うわぁ〜…マジないわぁ〜…』ってなる事の方が俺的には一番恥ずいんで…」
あたしが何とかライダーの知名度のなさに対するフォローを試みるも、咲季と清夏の追い打ちにリーリヤが何とか抵抗しようと躍起になっていると、結局はライダー自身が彼女を諌めていた。最初に彼自身が言った超どマイナー英霊なる謙遜はその実、謙遜ではないという結論があたしの中でも出てしまった
「まぁ、ともあれ今重要なのは名乗ることだけよ。あなた達で最後よ。ことね、セイバー」
「・・・うん、分かってる」
咲季に言われて、あたしの部屋がしばし沈黙する。セイバーと過ごした部屋、鍛冶場。これを見たここにいる全員が分かっている事だろう。彼は生粋の鍛治職人であると。しかし偶然とはいえ彼を召喚したマスターのあたしでも、鍛治師だということ以外はセイバーについて何も知らない
ここにいるみんなと変わらない知識と理解、そしてここにいるみんなが知ってしまう彼の真名。あたしが初心者で未熟なせいとはいえ、セイバーに申し訳が立たないし、こんな形で彼に名乗らせてしまう自分が情けなくて仕方がない。戦えないあたしが苦肉の策で始めたこの同盟だけれど、結局は彼に迷惑を掛けてしまっているあたしが、もっと強ければと心から思う
「・・・聞かせてセイバー。あなたの名前を」
そして鍛治師なんてあたしは誰も知らないし、日本刀の知識もないから、ここで真名を聞いてもピンとは来ないだろう。それでもこんな弱いあたしの願いを叶えようと、奇跡のように出会った運命の夜からあたしを守り続けてくれて、一緒に戦ってくれている彼の名前を、深く心に刻もうと、あたしは姿勢を正してセイバーの言葉を待った
「サーヴァント・セイバー。伊勢国、桑名村の刀工流派、村正の刀鍛冶が一人。千子村正だ」
千子村正。と、アーチャーの堂々とした名乗りとも、ライダーの遠慮がちな名乗りとも違って、セイバーは淡々と真名を口にした。結局聞いてもあたしにはそれが誰だかピンとは来なかった。分かってはいても、やっぱり少しだけ残念だなと、でも彼を少しでも知ることが出来た嬉しさにあたしは口許を綻ばせた。そんなセイバーの名乗りに対して、最初に反応を見せたのはアーチャーだった
「村正!村正とな!?異なる国、異なる時代の英霊と武を示すのが聖杯戦争とはいうが、しかしてこれはまた僥倖!よもやわしと同じ国の英霊と顔を合わせられようとは!そしてそれが彼の名工、村正とはの!これ以上ない名刀を鍛える刀工だとは聞いておったが、わしにはついぞ握る機会が訪れなかった故、同盟にあたり一振り献上させる約束、是が非でも楽しみになってしまうというものじゃ!」
「村正…なるほど、妖刀伝説の村正ね。室町時代から江戸時代の初期まで重宝された実用刀。しかも千子といえば、その流派の初代に当たる人物ね。細部にまで詳しい訳ではないけれど、それでもその逸話は知っている英霊だわ」
「ん〜。村正、ね。あたしはなんか聞いたことある…くらいかな。リーリヤはどう?」
「・・・歴史を題材にした創作物でも有名な話です。妖刀村正。時の天下の大将軍、徳川家に縁を持つ者に仇なすとされた妖刀。その刀の切れ味は凄まじいの一言で、岩や鉄すらも容易く切る名刀を打つ鍛治師だと聞きます。その初代様、本人に出会えるなんて、光栄です」
「・・・え、えっ?この反応、ひょっとしてセイバーって結構有名な英霊だったりすんの…?」
アーチャーに続いて咲季が、セイバーの真名になるほどと納得したように言った。そして清夏に続いて、日本のアニメや漫画に精通しているらしいリーリヤがどこか目を輝かせながらセイバーを見ていた。これはひょっとしてあたしがバカすぎるだけか?と気になって、誰に聞いた訳でもなかったが、咲季が少し唸りながら答えてくれた
「う、う〜ん。有名か…と聞かれると、有名だけれど、私のアーチャーほどの、歴史の教科書にも載っていて誰もが知る人かと聞かれると判断に困るわ。けれど、セイバークラスに相応しい刀剣にこれ以上ないってくらいに縁がある、凄い人であるのは確かよ」
「・・・あ〜、一応本人の為に、そこな異国出の娘が言ったことを訂正しておく。儂は確かに千子村正だが、性格と外見は本人じゃねぇ。村正って英霊は、確かに英霊の座に登録されちゃあいるが、現界するにはちと霊基が足りてなくてな。時間の概念がねぇ英霊の座から、儂と似たような体、精神、末路を持ったヤツの器を都合付けて、その人間と千子村正という英霊の人格を掛け合わせて現界したのが儂だ」
「つまるに、儂の真名は千子村正だが、儂という存在は千子村正って訳じゃあねぇ。下手すりゃあ村正本人以上なのかも知れねぇが、本人に出来たことが出来てねぇこともある。まぁ、そんなような存在だと思っててくれ」
「・・・なるほど。擬似サーヴァント、ないしは憑依英霊ということね。けれどそれは受肉しているのとは違うんでしょう?」
「あぁ。村正の霊基が入れられた器は、村正でもねぇ他人のモンだが、この体が魔力で編まれた霊体であることに違いはねぇ。だからアーチャーに打つ刀も、あくまで魔力で作る刀で、本物の刀は打てねぇ。そこだけは理解しといてくんな」
・・・なんだか、ややこしい話だ。あたしもそれなりには理解できたが、セイバーはその真名の人物本人ではないという事しか分からなかった。セイバーは咲季の質問に答えた後、急にあたしの方に向き直ってから口を開いた
「それと、ことね。今まで言えなくて悪かったな。真名を名乗った時に言おうとは思ってたんだが、お前さんが呼んだのは、そんなややこしい感じの刀鍛冶だ」
「・・・ううん、いいの。あたしにとってセイバーはセイバーだから。真名がなんであれ、今あたしの前にいる外見がなんであれ、人格が本人の物でなくても、あたしはあなたと戦うよ」
「・・・悪いな、恩に着るぜ。マスター」
「わっ、ちょ、ちょっともう。今晩まだお風呂入ってないからいいけど、普段のセットした後はそんな雑に撫でないでよー?」
あたしの傍に立っていたセイバーは、わざわざしゃがみ込んで、自分の目線を座っているあたしの合わせて、その上で頭を下げて言った。あたしはそんなの関係ない、と小さく首を横に振って言うと、彼は名乗る前と変わらない柔和な笑みを見せて、鍛治師らしい無骨な手であたしの頭をわしゃわしゃと撫でた
「・・・まぁ、情報交換はこんなところね。それじゃあ、本格的な行動開始は明日の夜からにするわ。今夜はみんなで作戦を考えて、ゆっくりと寝て英気を養うわよ」
やっと終わった、と言わんばかりに瞳を閉じながら口にした咲季の言葉に、あたしは耳を疑った。麻央先輩達を助けるための同盟。それが結ばれた今、役者も揃った上で動き出すモノと信じていたあたしは、思わず咲季に対して食ってかかるように言った
「えっ!?ま、待って咲季!今夜から行動するんじゃねぇの!?さっきも言ったけど、こうしてる間も先輩達は無事でいる保証なんて…!」
「そんなこと!分かってるわよっ!!」
詰め寄るあたしを、咲季は怒号とも取れる一声でピシャリと一喝して沈めた。その声に、英霊も含めたその場にいる全員が軽く仰け反る。静まり返った空気の中、咲季は細く息を吐きながら冷静な口調で始めた
「ごめんなさい、怒鳴ったりして。えぇ、分かってるわよ。こうしてる間も、先輩達が無事でいる保証がないことくらい。だけど、私達が今から戦う相手は、その先輩達をいとも容易く倒した敵よ。万全を期さないと、その上で勝たないとこの同盟だって意味がないわ。もし仮に私達が全滅したら、先輩達は誰が助けるの?」
「私達が今持っている敵の情報は、敵が大剣と視線から発火する蒼い炎を使う規格外のアサシンであることと、ルーン魔術を使う天才魔術師の篠澤広がマスターで、麻央先輩が監督役として受け継いできた大量の令呪があるということ。これだけよ。三対一という数的有利にだけ満足して無策に挑んで勝てる相手かどうか、判断するにはこの情報だけじゃ少なすぎる」
「それにことね。自分じゃ気づいてないかもしれないけれど、深夜も動くって慣れない生活リズムと、命懸けの戦場に出るなんて事を、何の心得もなしにいきなり二日も連続で続けたせいで、今のあなたの顔色はあまり良くない。それで正常な判断が出来るようには見えないわ」
「どうせ戦わないあたしの体調なんか、ってあなたは言うでしょうけど、それでもその右手には戦況を一手でひっくり返すだけの令呪がまだ刻まれているのよ。少しは自覚を持ちなさい」
「・・・分かった。ごめん」
咲季が言っていることは、全て正論だった。つくづく、自分がいかに浅慮かを思い知らされる。あたしが俯いて謝罪すると、咲季は何故か笑みを浮かべてスッと立ち上がって言った
「いいえ、ことね!謝罪する暇があるなら、今夜私達に部屋とシャワーを貸しなさい!これから私達は作戦会議を始めるけれど、いい会議はいい雰囲気作りからよ!清夏、リーリヤ!一度自室に戻って持てるだけのお菓子とジュース、そして布団と着替えを持って来なさい!私も一度部屋に戻って着替えと布団と、作り置きの晩ご飯を持ってくるわ!」
「・・・え、ええっ!?ちょ、今夜の着替えと布団って、ウチに泊まんの!?」
「そうよ。この部屋の工房と結界なら、私達がどれだけ騒いでも音が漏れないもの。少し狭いけれど、お泊りには最適だわ!私、友達の部屋に泊まることに憧れていたの!さぁ、行くわよアーチャー!今日は文字通りの決戦前夜よ!」
「・・・やれやれ。わし、これでも天下の将軍なんじゃがな。まったく、人使いが荒いマスターよ」
「なるほどね、今晩は作戦会議兼お泊まり会兼女子会って訳か。行くよリーリヤ!ライダー!なんかあたしブチ上がってきた!」
「う、うん!お部屋、ありがとう藤田さん!私もなんだか楽しくなってきた!」
「・・・兼ねすぎでは?まぁ、俺はマスター達が楽しけりゃそれでいいんすけどね」
「ちょっ!ちょおっ!?あたしまだ許可してないんですけどぉ!?ねぇ!ねぇってば!?」
あたしの静止が全く耳に届いていないのか、部屋にいた5人はあっという間に立ち上がって、バタバタと部屋を出て行った。急激に静まり返った部屋に残されたあたしは、深くため息を吐きながらセイバーに話しかけた
「・・・ねぇ、セイバー」
「おう、なんでぇことね」
「あたし達、これで勝てるかな?」
「その為の作戦会議なんだろ。あの嬢ちゃん達も分かってらぁ。儂が思うにあの咲季って娘も、ことねを気落ちさせねぇタメにわざとああして明るく振る舞ってんだよ。本心ならあの娘自身も、不安で仕方ねえハズだ。だから今は、せめてこの雰囲気に浸っとけ。心配して俯いてるだけのやつに、お天道様は微笑んじゃくれねぇぞ」
「ははっ、何それ。昔のおじいちゃんみたい」
「バカ言え。儂は体が若えだけで、中身は限りなく昔寄りのジジイだっての」
「・・・そうだったね。うん、そうだった」
その一言を最後に、あたしも静かになった部屋の中で立ち上がって、またみんなが戻ってきた時のために部屋の整理を始めた。今夜のような明るい夜を、今度は助け出した先輩も含めて、みんなでもう一度、なんて。そんなことを考えながら、久しぶりの平和な夜は更けていった