「ほ、本当に行ってしまうのですか?キャスターさん?」
間も無く日付が変わろうかという程に更けた夜の事。同盟関係にあったバーサーカーと姫崎莉波が、アサシン陣営に無念の敗北を喫した次の日の夜。初星学園の近くに居を構える倉本家の別荘。その豪奢な家の中に自室を持つ倉本千奈は、その自室の窓から今まさに外へと出ようとするキャスターへと声を掛けた
「んん〜。まぁ私としても、マスターを置いていくのは大変心苦しいのだけれどね。同盟関係にあったバーサーカーとそのマスターであるレディ莉波がああなってしまった以上、状況は思っているよりも芳しくない。私が戦場に赴かねば事態は好転するものもしなくなってしまう」
「それは、そうかもしれませんが…キャスターさんは魔術師で、あまり戦いは得意な方ではないのでしょう?でしたらこのまま…」
「あぁ、もちろん無理をするつもりはないよ。適当にその辺をブラついて状況を観察して、満足したら帰ってくるさ。たださっきも言ったように、もし私にとって不測の事態が起きたら千奈に渡したその蕾の花を咲かせる。そうしたら迷わずに令呪に向かって、私の退却を願って欲しい。出来るかい、千奈?」
「・・・はい。頼りないとは思いますが、キャスターのマスター、倉本千奈。確かに仰せつかりました。キャスターさん、どうかご無事で。武運を祈っております」
まるで初めてのお遣いに出向く子どもをあやすようにして、キャスターは千奈に言った。その手の中に握り締めた、一輪の白い蕾を胸に抱き、倉本千奈はしっかりと両目を見開いてキャスターを見つめ、凛とした声で言うと、キャスターは心底意外そうに何度も目をパチクリと瞬かせた
「こ、これは驚いた…あはは。千奈はいつの間にか私が想像してるよりも、立派なマスターになっていたんだね。いやぁ最初に出会った時はあんなに小さかったのに。う〜ん感慨深いなぁ」
「も、もう!わたくし別にキャスターさんの娘になった覚えはありませんわ!それに背が小さいのは元からですわ!」
「あはは、何も背丈のことだけではないよ。君という存在が、私の中で大きくて頼りがいのある存在になったというだけさ。それでは、名残惜しいけれど行ってくるよ。お土産に期待しておいてくれたまえ」
「い、行ってらっしゃませ!どうかお気をつけて!キャスターさん!」
千奈の見送りの言葉を最後に、キャスターは窓際からその身を踊らせた。夜風を切って飛び出した2階もなんのその、華麗に着地して足下に花を咲かせながら、飛ぶようにしてその脚を大きく踏み込み、浮遊の魔術を自身に付与して飛び上がった
「さぁ、これで今宵の夢の幕開けだ。然るべき時が来たら、夢のように片付けよう」
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「ねぇ子イヌ〜、まぁだ〜?」
『まだ。ていうか、それと同じことを3分前も聞かれたわ。いいから黙って待ってて』
初星学園からそう離れていない市街地。最寄りの駅から少しだけ離れたビルの屋上に腰掛け、ブラブラと両足を遊ばせるサーヴァント、ランサー。ある少女が迎えた運命の夜にセイバーから手痛い一撃を貰った彼女は、その傷の治癒とマスターの魔力の回復に一日を費やしてから、再び同じ夜の街を見下ろしていた
「それを私の方こそ3分前にも聞いたわよ〜。そして3時間も同じセリフを聞いてるわ」
『仕方ないでしょ。見張りにはこの位置が最適なの。その上で敵の姿が見えないのなら、待つ以外の選択肢はない』
夜の街を見下ろす視線を切り、バッタリと屋上に倒れて夜空の星を見上げながら、彼女はなお虚空へと喋り続けた。その声に応える彼女のマスターは、闇夜に完全に溶け切っており、機械音声のような無機質な声に、夜を迎えてからというもの、一向に口を閉じようとしないランサーへのイラつきを滲ませていた
「それはこの市街地周辺だけの話でしょ〜?二日前のアーチャーは学園に現れたんだから、この前と同じように学園とその周囲の山岳地帯に張った方が、まだアイツと出会える可能性があるわよ〜」
『あぁもう、うるさいな。常識的に考えて、学園なんて出入りする人が限られてる空間より、市街地の方が会敵できる確率が高いに決まってる。今はまだ時間が浅いだけ』
「じゃあもう今日は帰りましょうよ〜。それか路上ライブ!ゲリラライブをするってのはどう!?そうすれば、私の美声にサーヴァントが釣られて姿を見せるハズよ!ソイツが私の声に聞き惚れてる間に、霊核をサクッと一突きにしてやれば…」
『却下。サーヴァントが釣れる前に、まず誰一人として脚を止めるワケがない。可笑しな格好した女がクスリか何かキメて騒いでるって、騒音被害で通報されるだけ。そういう冗談はせめて私より歌が上手くなってからにして』
「ぬわぁんですってー!いくら私のマスターと言えど、今の発言は許されな…!」
『・・・来た、ランサー。気を引き締めて』
姿を消したままのマスターが、張り詰めた口調で言った瞬間、先程までの談笑じみた会話が嘘だったかのようにランサーが飛び起きた。彼女はそのまま青い瞳を秘めている目尻を鋭く尖らせ、夜の街の隅々へと睨みを効かせ始めた
「・・・子イヌ、視認は出来そう?」
『いいえ、まだ魔力探知に引っ掛かっただけ。この動態だと、霊体化は解いてない。加えてサーヴァント一騎だけで出向いてる。魔力の感じからだと、二日前のセイバーやアーチャーとは別のサーヴァント。気配が感じられるということは、気配遮断スキルを持つアサシンでもないハズ』
「つまりキャスター、ライダーのどっちかね?バーサーカーは昨夜の時点でマスター共々敗退したんでしょう?」
『あくまでも教会からの情報だと、ね。アサシン陣営の仕業のようだけど、気掛かりなのは、その割にアサシン陣営の情報が少なすぎること。誰にも気づかれずあっさりとマスターもしくはバーサーカーの暗殺に成功したのか、もしくは……アサシン陣営が教会側を抱き込んでいるかのような不気味ささえある』
『そのアサシンも、気配遮断スキルを使って私の魔力感知を潜り抜けて、既に街に潜伏してる可能性もあり得る。そっちの警戒も怠らないで』
「はーいはい、分かってるわよ。だけどとりあえずは、今街に来た方を狙うって算段でいいのよね?」
『それでいい。今はまだ街に入ったばかりで罠が張りやすい、ないしは戦いやすい地形の場所を探して練り歩いてるように見える。相手が好む位置に着く前に、完全に人気のない路地に入ったら、その周囲も含めて人祓いを敷く。最初に私が使い魔のカラスでソイツを牽制するから、その隙に近づいて接敵して。後はそのまま開戦よ、存分に暴れてきて』
「はっ。一昨日もそうだったけど、本当に文句無しのマネージャーね。後はそのあまりにも素直じゃない性格と口が何とかなれば完璧なんだけど、まぁそれはこの際大目に見ましょ」
『減らず口はそこまでにして。始めるわよ』
「OK。それじゃあ、今宵のファーストナンバー!ブチ上げていくわよ!」
漆黒の魔槍を手に取って、ゴスロリ調の服を着た自称アイドル、ランサーは闇夜の摩天楼から飛び、冷たい夜風を切りながら市街地へと降りていく。彼女の視線は、まるでペンライトのように光る街並みに対する敵意を剥き出しにし、敵を屠る楽しみに口元を緩めていた
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(さぁ〜て。どこかいいロケーションはないものかな?出来れば的を絞りやすい一本道なんかが好ましいんだけれど〜……)
倉本家から単独で市街地へと出たキャスターは、日付が変わる頃の深夜でもまだ喧騒の止まない繁華街から少し外れた、オフィスや企業ビルなどが立ち並ぶ通りの裏路地辺りに目をつけて、その周辺をひたすら練り歩いていた
(・・・お?この路地なんか結構いいんじゃないかい?そこそこ広いし、あまり人目にもつかなさそうだし、この辺りいじれば、ブービートラップには最適……)
心の中で独り言を呟きながら、待ち伏せに最適な裏路地を見つけたキャスターは、霊体化を解いて、道脇に放棄されたゴミや、エアコンの室外機などを見やった。そして既に電球が切れて灯りが落ちた街灯に向かって杖を一振りして、ライトを構成した素材を蘇らせ、仄暗い夜の一角が夜目を通さずともハッキリと見えるようになった瞬間のことだった
「「「カーッ!カーッ!カーーーッッッ!!!」」」
「おおっ、おお!?いやぁごめんごめん。ここは君達の住処だったのか、そうとは知らずに申し訳ないことをしたよ。けれどまぁ、君に対しては要らない挨拶かなっ!!」
「───ッ!?チィッ!」
真夜中に映える白いローブを着たキャスターを、自分達の目には眩し過ぎると、自分たちの色に塗り潰そうとするかの如く、5羽のカラスが彼の頭部へと群がり、白銀の長髪を敵意をもって啄もうとした
しかしキャスターはまるで猫にでも戯れ付かれているような感覚で、若干の笑みを浮かべていたと思えば、秒と経たない内に身体を強張らせ、カラスを振り払うようにして勢いよく身を翻し、低い姿勢から懐に潜り込もうと槍を構えていたランサーに向けて、その杖から青白い閃光を放つ魔力の弾丸を放った
「子イヌ!会敵した!多分キャスターよ!!」
不意を突こうとして、逆に不意を突かれる形になったものの、ランサーは瞬時にキャスターの攻撃を見極め、彼の閃光弾を槍で強く弾くことで事なきを得た。そして低い姿勢を保つことなく強く体を軋ませ、身の丈ほどもある長槍を地面に突き刺し、その柄をバネにして大きく跳躍しながら虚空のマスターへと呼びかけ、路地の奥へと着地した
「おやおや、これはまた素敵な格好のお嬢さんだ。いやこれは手強そうだね。サーヴァントでなければ、今頃は音楽界を席巻するほどのアイドルになっていたのかもしれないね!」
戦いの最中とは思えないほどの口端の笑みと共に軽口を叩きながらも、キャスターはしかとランサーの超人的な動きを目で追い、宙空に杖を振りかざし、先ほどと同じ魔力の光球を三つ現出させ、塔を閉じ込めた杖の先がランサーへと向けられた瞬間、大きさも相まったドッジボールのような球が、まるで宙を滑るようにして襲いかかった
「はんっ!多少は見る目があるようだけれど、私のスポットライトにしては安過ぎるわ!!」
身の丈ほどもある槍を軽々と振り回し、荒れ狂う風車のように回転するランサーの槍が、ガィンッ!ガィンッ!ガィィィンッ!と甲高い音で光球を弾き返した。かに思えたが、勢いよく弾かれた光球は路地を形成する建物の外壁で跳ね返り、まるで光球そのものが意思を持っているかのように、不規則な弾道を描いて再度ランサーへと向かっていった
「ちょっ!?このっ!鬱陶しいったらないわね!しつこいファンは嫌われるわよっ!」
「そんなそんな、人聞きが悪い。私にとってはこれがファンサービスだとも。まぁ戦闘自体が私のガラではないんだけどね。そーれ!!」
何度弾き落としても執拗に襲い来る三つの光球を、なおも槍で弾き返し続けるランサーに向けて、キャスターは両手で槍を持つように杖を構えた。その中心に青白い光を凝縮させたかと思えば、軽薄な掛け声と共に杖に集めた光を破裂させ、夜を切り裂く光線を放った
『ランサー!避けてっ!!』
「分かってるわ!!!」
見るからに壮絶な威力の一撃。そして光を苦手とするランサーの英霊としての側面を危惧した、彼女のマスターの痛烈な悲鳴が路地に反響する。しかしその一撃は光球を捌きつつもキャスターからは視線を外さなかったランサーには分かりきっており、もう一度強く体を軋ませて空中で身を捻って、突き出した槍の切先を壁に突き刺し、その柄に乗ることで光線の軌道から身を逃した
「おおおっ!?あはは、上手いなぁ。見たところ槍術の心得はあまりなさそうだったけれど、アイドルのような君には似つかわしくない、とてもランサーのそれらしい体捌きと槍捌きだ。では、少し追加させてもらおうかな!」
(チィッ!不味い、これ以上この路地であの光の魔術弾を増やされるのは…!)
『ランサー!構わず突っ込んで!!』
「───!いいわ、任せたわよ!子イヌ!!」
光線を放った杖を、今一度宙をかき混ぜるようにして振るって、キャスターは更に二つの光球を闇の中へと奔らせた。光線を避けてなお健在の三つの光球と合わせて、五つの閃光が襲いかかってくる状況に、ランサーが舌を打った瞬間、彼女のマスターの機械音声が声高に叫んだ
その声に背中を押されるようにして、飛び乗った槍の柄を蹴飛ばしながら槍を引き抜き、その切先をキャスターに向けながら強く手繰り寄せ、ランサーは一直線にキャスターとの間合いを詰めた
『行けっ!!!』
「「「カアアアアアーーーッ!!!」」」
無機質な声の中に、確かな張りのある肉声。ランサーのマスターの声に続くようにして、暗闇に溶け込んでいた彼女の使い魔の五羽のカラス達が、黒い羽根を打ち震わせて、それぞれ狙いを定めた光球に向かって飛んでいく。そして例え彼らの闇のような翼が光に呑まれようと、その命を最後まで燃やすかのようにして、キャスターの光球の中心で彼ら自身の体を形作る魔力を爆散させ、青白い光を撃ち堕とした
「ええっ!?こ、この人でなし!軽薄主義者!鳥獣保護法違反!いのちだいじに!!」
「分かってないわね!子イヌのカラス達もこの私の豚として命も捧げられる、立派なファンだってことよ!あなたもその心臓ごと!今宵の私の歌声に捧げなさい!キャスター!!!」
勝利を確信した笑みの中に白い歯を光らせ、ランサーはキャスターとの間合いを詰め切った瞬間に、漆黒の槍を鋭く突き出した。しかし、しかしだ。思わぬ横槍で光弾の包囲網を突破され、慌てふためいていたキャスターは、白いローブの内側に杖を持つ右手とは逆の左手を徐に突っ込んだかと思えば、途端。
ギィィィン!!と、まるで鉄が打ち合ったかのような…否。まさしく鉄が打ち合った剣戟の炸裂音がランサーの耳を劈いた
「は……はああああああぁぁぁっっっ!?!?」
「いやぁ驚かせてしまったかな?何を隠そうこっちのが得意でね。何より呪文は噛むからね」
ランサーの口を裂いて出てきたのは、理解が追いつかない驚嘆だった。それもそのはず、キャスターのローブから飛び出してきたのは、あろうことか、そのクラスに馴染むはずのない銀光を放つ絢爛な両刃の西洋剣だった
翼のような楕円を描く金色の鍔と、まるで掴む者を自ら選ぶかのような柄。よもや彼の『聖剣』とも見紛うほどの美しい剣でランサーの刺突を受け止めたキャスターは、そのまま力任せに剣を押し込んでランサーを押し退けさせた
「こんの…!この間の刀で私の槍と互角にやり合ったアーチャーといい、そもそものセイバーといい…!この聖杯戦争には私以外セイバーのクラスしかいないわけ!?」
「まぁまぁ。キャスターが剣を使って戦うのもたまにはいいじゃないか。ペンは剣よりも強し、なんて格言があるけれど、私アレ嫌いなんだ。だってどう考えても、ペンが剣に勝てるわけないからね」
「み、身も蓋もなさすぎる…!アンタもうキャスター名乗るのやめなさい!!」
「いやぁあははは、これは耳が痛い。流石に反論の余地もないね。それでは一つ、本気を出すとしよう。さぁ、勝負はまだまだこれからだよ!」
ついには持っていた杖さえも魔術で夜の虚空へと隠し、キャスターは両手で剣の柄を握り締め、中段に構えながらランサーの懐に突撃するべく一歩を踏み出した。ダンッ!花を咲かせ、そして強く散らせながら。自らの背後に、新たな影が落ちたことにも気づくことはなく
「・・・子虫が、飛んでおる。鏖殺遂行。一切鏖殺。我は影なれば。悉くを、滅ぼして参る」