Fate/starlight   作:小仏トンネル

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第28話 Luna say maybe

 

「───ッ!?キャスター!後ろ───!」

 

白い魔術師の影のように現れた人影は、等しく影だった。音もなく、呼吸もなく。そこに在ったのはただ二筋の銀の光。故に、反射的にランサーは敵であるはずのキャスターに向かって叫んでしまった。彼女の叫び声に、踏み出した足を捻らせてキャスターが振り向いた、刹那。二筋の玉鋼の刃は、まるで地から夜空へ飛び立つ翼のように交差して、彼の白いローブとその肉体を切り裂いた

 

「ヅゥッ!?あ゛あ っ ───── !?」

 

ブシャァッ!ビシャアッ!斜め十時に切り裂かれた傷口から、勢いよく噴出した二つの血飛沫もまた交錯する。筆舌に尽くし難い痛みを歯を食いしばって堪えるも、喀血した血潮がその歯の間からも溢れ出て、キャスターはむせ返った

 

「死に候らへ…死に候らへ…。この身は影。我が刻むは『怨』の一文字…」

 

其処に現れた影は、シャリィンッ!と、こびり付いた血を削ぎ落とすように、二振りの刀の刃を重ね合わせて甲高い音と共に滑らせた。厚底の下駄をカツカツと鳴らして歩み寄る、狐を模した白い仮面。後頭部で太く尾のように束ねられた長い黒髪。影のような存在を包んで光る武士の如き甲冑。その人物…そのサーヴァントは、女性と思しき声色で、呪詛のように呟きながら闇夜の淵から姿を見せた

 

「こ、これは…まずったね…まさかこんな形で乱入者が現れよう、と、はッ……ぐっ…!?」

 

突如として現れた謎の仮面のサーヴァントに切り伏せられたキャスターは、苦痛に顔を歪め、大きく切り裂かれた胸の傷を左手で庇いながら、ジリジリと懸命に後退る。不意打ちの瞬間、まるで身を案じるように彼のクラスを叫んだランサーは、しかし彼が敵だという認識はそのまま、キャスターの下に駆け寄ることはなかった

 

「こ、子イヌ!アイツ…アイツは一体何なの!?ライダーなの!?それともアサシンなの!?」

 

けれどそれは駆け寄らなかったのではなく、駆け寄ることで謎のサーヴァントに少しでも近づくことを無意識の内に避けていた。それほどまでの異質。仮面越しでも感じる、まるでこちらを呪い殺すかのような視線。カツン、カツンと下駄を鳴らして忍び寄る影のようなサーヴァントに、ランサーは槍の切先を構えて牽制するので精一杯だった

 

『・・・わ、分からない…!サーヴァントであること以外、まるっきり分からない…!何なのこれ…こんな嫌な魔力…普通じゃない!!』

 

従えるサーヴァントと同じく、彼女のマスターもまた、機械じみた音声にノイズが走るような震えた声で言った。魔術で隠している姿を、このサーヴァントには既に見透かされているのではないかとさえ思ってしまっていた

 

「藪を突いて蛇を出すとは、この事かな。大手を振って出て行ったのに、蓋を開ければこのザマだ…すまない。どうか応えてくれ…ボクの、マスター……」

 

「焔よ、此処に。悪鬼、必滅───!!!」

 

肩口まで深く肉を抉るように切り込まれ、失血して震える右手を持ち上げて、キャスターはパチン…と力なく指を鳴らした。二刀を持つサーヴァントが掲げた二刀に猛々しい紫炎が宿り、夜空を浮かぶ三日月を燃やし、切り裂くように振り下ろされたのと、キャスターの指の音が鳴ったのは、ほとんど同時だった

 

彼の行為を理解する者はその場におらず。人知れない場所で、しかし知るべき人が確かにいる場所で、一輪の白い小さな蕾が花を咲かせた

 

 

───────────────────

 

 

「───れ、令呪を以て申し上げます!今すぐ私の所へ帰って来て下さい!キャスターさんっ!!」

 

 

────────────────────

 

 

「───ふふ、ありがとう。私の主」

 

キィン!と、一際甲高い音がして、激しい魔力の渦がキャスターの身を包んだ。そして更に激しい光が明滅したかと思えば、影のサーヴァントが振り下ろした恩讐の刀に手応えを残すことなく、虚しく空を切って通り過ぎていた

 

「き、キャスターが、消えた……今のもひょっとして、このサーヴァントがやったの…?」

 

『いいや違う…多分、マスターが令呪で退却を命じたんだ。見るからにキャスターが負わされたのは手酷い一撃だったし、この状況では勝てないと踏んで…』

 

「・・・逃げたか、臆病者めが。主よ、指示を」

 

「じょ、冗談じゃないわよ…!別にキャスターと組んでいたわけじゃないけど、今からコイツの相手を私一人でしなきゃなんないワケ…!?」

 

キャスターがその場から退去し、仮面のサーヴァントは二振りの刀を扇のように広げて、奥にいるランサーへとその視線を向けながら、呟くのとは別に、虚空へと問いを投げた。対してランサーは、同じサーヴァントだというのに、それ以上に得体の知れない異質な雰囲気を醸し出す眼前の影に、声を震わせながら額に冷や汗を滲ませていた

 

『・・・構えて、ランサー。どの道この状況だと、ヤツを出し抜かない限りはこの路地からは抜け出せない。いざとなれば令呪を切る。けれどそれは、退却のためじゃなく、あのサーヴァントの打破の為に他ならないことを分かっておいて』

 

「───いいえ、まりちゃん。そんなに頑張る必要はありません。ここは私と手を取り合いましょう」

 

『・・・・・・・・・・・ぇ?う、そ……』

 

夜のしじまの向こうで、鈴のような音の声がした。裏路地の角から、月明かりを背景に、主への主従を示すように一人でに跪いた仮面のサーヴァントの傍に姿を現したのは、一人の少女だった。その姿に、その声に、目と耳を疑ったのは、まりちゃん、と。そう呼ばれたランサーのマスターは、聞き間違いだと、見間違いだと願うかのように呟いた

 

「姿を見せて下さい、まりちゃん。人と話す時は、きちんと相手の目を見て。小学校の先生に、そう教わったでしょう?」

 

「え?な、なによコイツ。このサーヴァントのマスター…?ていうか、まりちゃんって…子イヌ、アンタの知り合いなんじゃ……」

 

ゆったりとした声で、ワガママな子どもを諭す様な口調で…初星学園の制服に身を包んだその少女、秦谷美鈴は言った。出会ったことも、記憶にもない少女との邂逅に、ランサーは槍を向けたまま視線だけを相手から切って、自分の後方へと向ける。その先で、聖杯戦争が始まって以後の夜、月村手毬は初めて姿隠しの魔術を解き、月明かりの下にその姿を晒した

 

「・・・美鈴。こんな状況で私の前に姿を見せたからには、正直に答えて。今回の聖杯戦争は、セイバーの召喚を最後に七騎のクラス全てが埋まった。そのサーヴァントはいったい何なの?ソイツから感じる魔力は普通じゃない。どうして此の期に及んで、美鈴がマスターになんてなったの?」

 

「ダメですよ、まりちゃん。そんな相手を威嚇する様な口調で話しては。中等部時代の私たちのユニットが解散したあの日から、何も学んでいないんで─────」

 

「私の質問に答えてって言ってるの!!」

 

おっとりとした口調で、発言の真意が、底が見えない器量で話し続ける美鈴に、手毬は激昂したように語気を荒げた。一瞬の静寂の後、美鈴は細く息を吐いてから答えた

 

「はい、そうです。今回の聖杯戦争では、既に基本7クラス全ての席が埋まりました。その中でまりちゃんが知らないサーヴァントは、ライダーとアサシンだけ。そして私が召喚したこのサーヴァントは、ライダーでもアサシンでもありません」

 

「んなっ!?ど、どうして美鈴が、そんな事まで知って……!?」

 

「簡単です。まりちゃんの事が心配で、ずっと見ていたからですよ。そして居た堪れなくなって、私も参加しようと思った時には、既に七つの席は全て埋まっていました。だから七つの基本クラス以外のサーヴァントを召喚する必要が…召喚できるようにする必要がありました」

 

「紹介しましょう。彼女のクラスはアヴェンジャー。基本7クラスには含まれない、エクストラクラス…復讐者のサーヴァントです」

 

美鈴に手を差し向けられ、跪いていた仮面のサーヴァント、アヴェンジャーは静かに立ち上がった。手毬がずっと感じていた、普通のサーヴァントの魔力とは違う、違和感。その存在そのものが、呪いを帯びているかの様な、異質なオーラを帯びたサーヴァントのクラス名。復讐者を冠するその名に、手毬が生唾を飲み込んでいると、彼女の横にいるランサーが口を開いた

 

「ふぅん。復讐者、ね。じゃあ何かしら?そんな仰々しいサーヴァントを召喚したってからには、アンタは私の子イヌに何かしらの復讐でもしようって───」

 

「儂の主が、いつ。貴様に発言を許可した?」

 

フォンッ!ビシャアッ!!と。アヴェンジャーが握る刀の一振りが空を切る音がして、鮮血が飛び散る音が連続した。下駄を履いているとは到底思えぬスピードでアヴェンジャーはランサーに肉薄し、そのまま彼女が槍を握る右手ごと切り落とし、カランカラン!という鉄が地面を叩く音と、ボトッ…という肉々しい音もまた連続した

 

「ぎ、い゛っ!?ああああああああああああああああああああーーーーーーっっっ!?!?」

 

「らっ…!ランサーッ!!?」

 

「動くな。さもなくば、怨の一文字、貴様もその身に刻まれようか?」

 

右手首からスプリンクラーのように鮮血が飛び散り、激痛に叫ぶランサーの元へ駆け寄ろうとした瞬間、彼女の血に塗れた刀をそのままに、アヴェンジャーは手毬の首下に突きつけながら言った

 

「刀を下ろしなさい、アヴェンジャー。ランサーへの攻撃は許可しましたが、まりちゃんへ危害を加える事は許しませんよ」

 

「い、一体何が目的なの美鈴!?私と戦う事が目的なら、素直にそう言えばいいでしょ!?」

 

「いいえ。私がまりちゃんと戦いたいだなんて、そんな筈がないでしょう?先ほども言いましたが、私の手を取って下さい、まりちゃん」

 

血飛沫が飛び散る殺伐とした状況の中でも、秦谷美鈴は一切口調や表情の変化を見せなかった。そんな彼女の顔から、態度から、空気感から、言葉から全てに苛立ちを覚えた手毬が激昂して聞くと、それでも変わらぬ口調で美鈴が手毬に右掌を差し向けた

 

「手を取る…?同盟を組めって言うの…?」

 

「・・・そうとも捉えられますが、それはこれからの私の質問に対する、まりちゃんの返答次第です。どうしてまりちゃんは、こんな危険すぎる戦いに身を投じたんですか?何かどうしても聖杯で叶えたい願いがあったんですか?」

 

「そ、それを私が美鈴に言う必要がどこにあるの?」

 

「まりちゃんが答えたくないと言うのなら、私はそれでも構いません。ただ、私は出来ればまりちゃんに、この戦いから降りてほしいと願っています。まりちゃんのどうしても叶えたい願いは、命を賭けるほどのことですか?」

 

「確かに私とまりちゃんは、あの日から喧嘩を続けています。それでも、悲しいです。命を賭けるほどの戦いをすることを、どうして私に一言でも相談してくれなかったんですか?どうして私を少しでも頼ってくれなかったんですか?」

 

「・・・どうして、そんなにも…まりちゃん一人で、頑張ってしまうんですか…?」

 

「─────────ッ!!!」

 

凍てついた視線で追い詰めているようで、どこか暗い声で追い込んでいるようで、しかし最後に手毬に問いかけた美鈴の声と顔は、悲壮に満ちていた。苦しそうに胸に手を当てた美鈴の、その胸中を、どんな思いが締め付けているのだろうか

 

仲違いの最中であっても、美鈴の幼馴染であり、親友であった手毬にはその思いがどういったものか想像はつく。しかしその想像が答えだとは限らない。様々な葛藤の中、彼女の目を見ていた視線を落とし、俯きながら唇を噛んで。やがて、絞り出したような苦々しい声で、月村手毬は答えた

 

 

「─────美鈴には、なにも、関係ない」

 

 

俯きながら言った手毬の表情は、美鈴には見えなかった。彼女がどんな想いでその言葉を口にしたのか、幼馴染である美鈴にも、分からなかった。それ以上、彼女の口から出てくる言葉はなかった。後に残ったのはただ、背を向けたような言葉の沈黙だけだった

 

「・・・そうですか。ではまりちゃんの聖杯戦争は、私がここで終わりにさせて貰います。ランサーを始末して下さい、アヴェンジャー」

 

「令呪を以て命ずる!今すぐにここから全力で飛んで!ランサー!」

 

幼馴染二人が従えるサーヴァントに指示を出したのは、全くの同時だった。重なり合って混声する音。ともなれば、刻まれた者の強い意思を汲み取って発動する令呪が先手を取るのは必定。手毬の右手に刻まれている三日月を模した赤い痣が一片の輝きを燃やして、ランサーの周囲へと莫大な魔力の渦を生んだ

 

「しっかり掴まってなさい!子イヌ!!!」

 

刹那。ランサーの背中に獰猛な蝙蝠の如き両翼が生え、彼女の腰回りに手毬が力強く抱きついた瞬間、ランサーは令呪が産み落とした魔力が許す限りの全力で一対の羽根を打ち羽ばたかせた。混声した指示を聞き落とし、行動の起こりが一泊遅れたアヴェンジャーが刀を振り切った時には、二人の少女は既に遠い夜空を泳いでいた。月影が映し出す彼女らの姿を見上げて一瞥したアヴェンジャーは、すぐさま美鈴の傍らに跪きながら言った

 

「我が主よ、今一歩の所で取り逃がしました。面目次第もございません。すぐに追跡し、今夜の内に彼奴らの首を奪ってご覧に入れます」

 

「・・・いいえ。その必要はありません、アヴェンジャー。まりちゃんが令呪を使ったのであれば、仕方がありません。どの道、あの早さの三次元的な移動手段では、私たちに追う術がないですから。今夜はもう、お休みにしましょう」

 

「・・・承知致しました。寛大なるお言葉と処置に、今一度の敬慕と感謝を。マスター」

 

「結構です。退がりなさい」

 

その言葉を最後に、手毬が去って行った夜空から視線を逸らした美鈴は、闇夜の街に背を向けて静かに歩き始めた。孤独に震えるように見えた彼女の背中。鼻水を啜って漏れる吐息。ほんの少しだけ唇を噛む。やがて美鈴の頬を伝い落ちる雫を照らした三日月の光だけが、彼女の想いの答えを、知っているのだろうか

 

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