Fate/starlight   作:小仏トンネル

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4日目
第29話 決戦の朝


 

「ふああああああ〜〜〜……ぁ?」

 

窓から差し込む朝陽に誘われるようにして、あたしは目を覚ました。大きく伸びをして、大口を開けてあくびをする。そして何度か瞬きをして、まだ寝起きで薄ぼんやりとした目を凝らすと、部屋の空気感がいつもとはまるで違うことに気づいた

 

(んぁ?あ、そっか。昨日は全員あたしの部屋に泊まったんだった…)

 

セイバー、アーチャー、ライダー。つまりあたし達も含めた三つの陣営が、アサシン陣営の討伐の為に協力し合う同盟を組んだ夜は、そのままお泊まり会兼女子会(若干の男子アリ)兼作戦会議へと移り変わり、あっという間に夜が更けて気づけば全員、各々が用意した布団へと潜り込んでいた

 

そして迎えた今朝。セイバーは野戦の武士のように部屋の隅で壁に寄りかかり、胡座で腕を組みながら規則的な寝息を立てて肩を上下させている。アーチャーとライダーは霊体化しているのか、そもそも部屋の中に姿が見えない。その中で清夏とリーリヤは床でいわゆる雑魚寝になっていて、お互いを抱き枕にするように二人で暖を分け合いながら眠り続けている

 

(・・・はは、仲良すぎだろ。てか、バイトとか戦いとか、疲れること特に何もしないで寝たからか、流石に体軽いなぁ…にしても、まだ6時かぁ。起きるには少し早いか、な……)

 

心中で一人ごちって、あたしはベッドからそ〜っと音を立てないように身を出そうとした時に気づいた。昨夜、一緒にいたはずの咲季の姿がない。少し慌てて部屋を見回すと、部屋の脇に彼女が持参した布団とパジャマが、きちんと折り畳まれて置かれているのを見て、あたしは彼女が今どこに…どこを走っているのかを察することが出来た

 

(あ、あいつ…こんな状況でも早朝ランニング欠かさねぇのな。にしても、勉強できて、アイドルとしてのレッスンも成績良くて…ってのは、今までの認識だったけど、そこに魔術の鍛錬まで加算されることになるとは…咲季って実は魔術で1日36時間くらいまで引き延ばしてるんじゃねぇの…?)

 

な〜んて。咲季の弛まぬ日頃の努力に、多少引き気味にはなりながらも、やっぱり凄いヤツなんだなと実感する。折角早起きしたんだし、あたしも…ランニングはちょっと厳しいけど、外の空気くらい吸うかと思い、今もまだ寝ている人たちを思って抜足、差足、忍足で足音を立てないようにパジャマ姿のまま洋室を出て、そのまま自室のドアを開けて外に出た

 

「う〜わっ!?寒ぅっ…!?もう6月になるってのに、なんでこんな寒いんだよ…!」

 

びゅうっ。と、あたしが部屋を出た瞬間に、まるで悪戯心があるかのような北風が吹いた。両手で体を抱えるように摩りながら、廊下の塀に近づいて身を乗り出すと、丁度咲季がランニングから帰ってきたのか、クールダウンのために寮の前に横たわっている歩道を小さく往復して歩いているのが見えた

 

折角なら水でも持って出迎えに行くか。そう思ってあたしは一度部屋に戻ると、冷蔵庫から天然水が入った未開封のペットボトルを2本出して脇に抱えて、もう一度静かに部屋を出た。そして廊下から階段を降りて、寮の玄関から出ると、丁度クールダウンも終えたのか、咲季が寮の門を超えて敷地内に入った所にかち合った

 

「おう、おはよう咲季。昨日は雑魚寝だったけどよく寝れた?」

 

「えっ?あら、ことね?驚いたわ、あなたってこんなに早く起きれたのね。まぁ流石に床で寝たから、今朝は少し身体が硬い感じがしたけど、ランニングで体を暖めたらいつも通りの感覚に戻ったわ」

 

「ははは…あたしいつも登校してくんの遅刻ギリギリだしね。まぁ流石にあたしも昨日は疲れることしなかったから、溜まってた疲労も結構取れたのか、体軽い感じするよ。ランニングはちょっと無理だけど。って訳で、はい水」

 

「あぁ、悪いけど遠慮するわ。私には共有スペースの冷蔵庫にSSDが…って思ったけど、わざわざ私のために一人で部屋から降りてきてくれたのよね?ならその厚意は無下にすべきじゃないわね。ありがたく貰っておくわ」

 

「おう。そうしろそうしろ」

 

「・・・ことね。あなたの口調、なんだか少しセイバーに似てきてるわよ」

 

「え?ま、マジ?流石にちょっと嫌だなぁ〜。あたしまだ女子高生なのに、あの爺さん口調になったらギャップヤバすぎるって」

 

「ふふっ。まぁ同じような時代に生きていたであろうアーチャーを傍に置いている私も、少しばかり気をつけないとね」

 

あたしの手から水を受け取った咲季は、そんな冗談を言いながらパキッ!とペットボトルのキャップを開けて、そのまま腰に手を当てて豪快にゴクゴクと飲み始めた。あたしもとりあえず朝起きたまま乾いてる喉を潤そうかなと、ペットボトルのキャップに手を掛けた時の事だ

 

「ぜえ!はあっ!ぜえ!はあっ!はあっ!うっ!がはっ、げほっ!ぜひゅー…はぁっ!ぜひゅー…」

 

まるでフルマラソンのゴールテープでも切るかのように、学生寮の門を超えて敷地内に走ってきたのは、月村手毬だった。尋常じゃない程に、それこそ本当にフルマラソンでも走ってきたのかと思うほどの息の乱れ方で、膝に手をついてあわや倒れ込みそうな手毬を見て、あたしが反射的に駆け寄ろうとしたが、咲季が踏み出した一歩の方が早かった

 

「ちょっと手毬、あなた大丈夫?どんな走り方したらそうなるのよ?この前も言ったじゃない。いくらトレーニングとは言えど、オーバーペースでランニングしたところで、却って体に負担を強いるだけで逆効果よ」

 

「はぁっ!はぁーっ!う、うるさいな…私が…どう、走ろうと…あなたには、ぜぇ…関係ないでしょ…」

 

全身から滝のように流れている汗をそのままに、懸命に息を整えようとしている中で、咲季に話しかけられた手毬は、息も絶え絶えで、ぶっきらぼうな口調ながらも律儀に返事はしていた。それに対して咲季は呆れたようにため息を吐くと、今も懸命に肩どころか全身を上下させて息をする彼女に手を差し出しながら言った

 

「もう、そういう問題じゃないでしょう?流石にそんな今にも倒れ込みそうな人を放ってなんて置けないわよ。ほら、とりあえずその辺に座りなさい。手を貸してあげるから」

 

「あぁっ!もう!うるさいなっ!気安く私に触らないでっ!関係ないって言ってるでしょう!?いいから放っておいてよ!!」

 

「・・・・・・・・え……?」

 

自分に向けられて差し出された咲季の手を、膝に付いていた右手を振り上げて、バチン!と痛々しい音を立てながら手毬が弾いた。手を焼く狂犬の世話でも見るかのように、咲季がもう一度…しかし今度は少し腹を立てたようにため息を吐いた

 

そして直後、あたしが目を疑ったかのような重い一音で呟くと。それが聞こえていたのか、咲季が少し怒りっぽい口調であたしに訊ねながら振り返った

 

「なに、どうかしたのことね。痛くないって言ったら嘘になるけど、私は別に平気だから」

 

「・・・ち、違う…手毬…お前…………」

 

「何?言っておくけど、中等部から赤点続きの劣等生に心配される覚えなんて…」

 

「何で、だよ…その…右手っ……!?」

 

「───────────ッ!?!?」

 

咲季の手を弾いて、再び膝の皿に戻った、手毬の右手。そこには、まるで三日月を模ったような、赤い入れ墨が確かに刻まれていた。そしてそれが、入れ墨でないことを、あたしはよく知っている

 

震えた指先で手毬の令呪を指して、震えた声であたしが言った瞬間、手毬の瞳が大きく見開かれた。そして一瞬だけ驚愕の表情を浮かべた後に、狼のような鋭い目つきと歯を剥き出した顔に変貌して、手毬はあたしと咲季を睨みつけながら身構えた

 

「ことねっ!退がりなさいっ!!!」

 

(なんて不始末…!昨日の美鈴との戦いが終わってから認識阻害の魔術をかけ忘れるなんて…!この二人のサーヴァントはアーチャーとセイバー、流石に私一人じゃ分が悪すぎる…!どうする…!この状況をどう潜り抜ければ……!?)

 

状況を理解した咲季が、あたしを守るようにして手毬との間に割って入り、腰を低くして身構えた。彼女もまた目尻を尖らせ、手毬と視線を重ねて静かに睨み合う。まさしく一触即発。まるで全ての音が消えたかのような朝の空気の中、手毬の荒々しい息だけが聞こえてきて

 

「ちょ…!?ことね、あなた何して……!?」

 

気づけばあたしは、咲季の脇をすたすたと歩いて通り過ぎていた。あたしの背中に向かって、咲季が手を伸ばして呼び止めようとするが、その時には既にあたしは、身構えた手毬の手がすぐ届くような位置まで歩み寄っていた。そしてあたしは、すっかり呆けた顔になっている手毬に、右手に持っていた水のペットボトルを差し出しながら言った

 

「・・・ほら。水、開けてない。お金はいいから、さっさと飲めば」

 

「は?はぁ?な、何を…言って……」

 

「あたし、今何となく分かった。手毬お前、ランサーのマスターだろ」

 

「なんっ…!?」

 

「二日前の朝だったかな。あたしが息切らしながら登校してきた時、こんな感じで言って手毬の方が水くれたの。今思えばアレって、多分だけど、前日の夜にランサーとアーチャーの戦いを見たあたしを、セイバーを偶然に召喚して間もないあたしを、本気で殺そうとした罪悪感からの行動だったんじゃないの?」

 

「・・・・・・・・・別に、そんなんじゃない」

 

あたしの問いかけに対して、手毬はたっぷりと十秒以上逡巡して、焦れったくなるほどの間を空けてから答えた。まだ何かを警戒しているのか、それともあたしの真意を測りかねているのか、頑なにあたしが差し出した水を受け取ろうとしない手毬に、あたしは今一歩近づいて、あっけらかんとした態度で言った

 

「あっそ。まぁそんならそんでいいや。したらこれは、単純にあの時の水のお返しってことで。すげぇ〜助かった、あんがと。これであの時の貸し借りは無しってことで」

 

「そんでこっからは、あたしの独り言。あの夜はマジで怖かった。お前だけは絶対許さん。たかだか水一本くらいで帳消しに出来ると思ってんじゃねえ」

 

「・・・・・・・・」

 

「ただ、あの夜があたしにセイバーとの出会いをくれた。そこだけはありがとう。但し、次に人気のない夜中にあたしの前に姿を見せる時は、決死の覚悟を抱いて来い。手加減なんかしねーから。正々堂々一対一で、ガチでやろう」

 

「・・・・・・ふんっ」

 

黄色の瞳で、真っ直ぐな眼差しを向けたまま、あたしは独り言を終えた。そして手毬は荒々しく鼻で息を吐いて、あたしの手からペットボトルを引ったくるようにして取ると、そのままバキリッ!と強い音でキャップを開けたかと思えば、中の水をあたしの顔面にぶっかけてきた

 

「ちょっ…!?」

 

「精々その首を洗って待ってなよ、ことね」

 

「負けてもキャンキャン吠えんなよ、手毬」

 

その行動は流石に予想外だったのか、咲季があたしの背後で裏返った声を上げた。手毬が吐き捨てるように言ってあたしの前から去る際に、あたしも水に顔を濡らしたまま、八重歯を出した憎らしい笑みを浮かべて言った。あたしの顔と声に手毬は隠すことなく舌打ちして、まだ少し水が残っていたペットボトルを地面に叩きつけるように投げ捨てて、ズカズカと歩いて寮の玄関へと入っていった

 

「手毬っ!あなたちょっと待ちなさい!たとえ今のをことねが許しても!私が絶対に許さないわっ!!」

 

「いーって咲季。あたしは別にへーきだから」

 

「良くないっ!私だって、手毬がどういう性格してるかは大体わかってる!だとしてもあの言動は、手毬が魔術師だったどうこう以前に、一人の人としてあり得ないわ!!」

 

「分かってる分かってる。だけどあたし的に見るにあの態度とセリフは手毬式言語だと………『分かった。今後はあなたをセイバーのマスターとして見る。戦う時には容赦しない。それと…気を遣ってくれて、ありがとう。』ってな感じだから」

 

「・・・そう思う根拠、あるんでしょうね?」

 

「あたしが中等部の頃に手毬と会った時から記憶してる限り…多分だけど、アイツ今初めてあたしのこと、名前で呼んだ」

 

「・・・・・はぁ。手毬の気性の難解さもそうだけれど…ことねもことねでかなりの大物ね。正直言うと、今のやり取りを見てて、私は生きた心地がしなかったわ」

 

「あはは、だよねぇ〜。あたしも流石に水ぶっかけられるとは思わなかったわ。今朝寒いし、流石に一撃で目ぇ醒めたわ。いっくし!」

 

自分でも自分に呆れるように笑いながら言って、あたしはパジャマの裾で濡れた顔を拭った。冷たい水と風で一気に肌の温度まで下がったあたしは、思わずくしゃみまでして鼻を啜った

 

「それもそうだけど、ことねは手毬のことをランサーのマスターだと見抜いて、それを宣言した上で、挙げ句ズブズブの素人が魔術師にメンチ切ったのよ?ついこの間までは学内でも素人丸出しだったのに、それがいつの間にか他人に対して私が言ったセリフの焼き増しまでするようになって…少しは自覚を持ってほしいわ」

 

「・・・てかさ、冷静に考えてウチの学園にマスター多すぎじゃね?聖杯戦争の参加者って、そんな一ヶ所に固まるモン…?」

 

「・・・・・た、確かに…!?あまりに自然すぎて全然気づかなかったわ…!聖杯の降臨する場所という観点から言えば、まぁ参加者の偏りはあるんでしょうけど。それでも、参加する条件に初星学園の生徒でなければならないなんて条件はないはず…なんだけれど、ね……」

 

「後あたし達が分かってないのは、キャスターのマスターだけ、か。ひょっとして……」

 

「・・・可能性がなくはない、というのが怖い話ね」

 

「・・・あたし、今日学校行くのやめよっかな」

 

「ま、まぁ同盟を組んだ以上は、学内でも私とアーチャーが守ってあげるわよ。もちろん、清夏とリーリヤも」

 

「あはは、あんがと。普通に1年1組で授業受けてたら、手毬から急に『父上の仇ーーー!』なんて襲い掛かられたりしたら、普通にヤバい」

 

「・・・三大騎士クラス、なんてユニット名で私たち三人でアイドルユニット組んでみたら、面白いかもしれないわね」

 

「おい、マジでゾッとしたわ。お前ら二人とユニットとか冗談でもやめろ。それよか学園のマスター全員集めて写真撮ったりして、学園アイドルマスター…とかってタイトルでこの聖杯戦争で起きたことライトノベルにでもして、あたしらの写真とか挿絵にして売り出した方が面白いって」

 

「あはは。それもいいかもね」

 

それからは、特に何も言うわけでもなく。ただ何となく寮の前のベンチに腰掛けて、晴れた朝の空を流れる雲を見上げていた。この状況で、全員集めて、なんて。どの口が冗談で言えるだろう。先輩に無事でいて欲しいのはもちろん本心だ

 

だけどそれ以上にあたしは、手毬も広も含めて、誰も殺したくない。死んでほしくない。というのもまた、本心だった。そんな言葉を、隣に誰よりも真剣に聖杯戦争に向き合っている咲季が隣にいる今、言っていいものかと口籠って、結局あたしは、言えなかった

 

「麻央先輩と莉波先輩、無事でいてくれてるよね?」

 

「・・・分からないわ。ただ一つ確かなのは、確実な勝ちを狙うのであれば、昨日は戦い自体を見送るのが最適解だった。ことね。昨晩の作戦会議でも言ったけれど…今夜の戦い、決して無茶はしないで。いい?」

 

「それ、こっちの台詞だから。咲季の方こそ、同盟の中で一番魔術師出来てるからって、気負いすぎないでよ」

 

あたしにとっては十分に切った張ったの大一番だった同盟会議の夜から一夜明けて、少しだけ憂鬱になった朝の空。この先、聖杯戦争が終わった時。その結果がどうあれ。同じ朝空を、晴れやかな気分で見上げられる日は来るのだろうか、なんて。そんなことを思った

 

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