「アーチャー、動きはどう?」
ついに迎えた、聖杯戦争4日目の夜。同盟を組んだあたし、咲季、清夏、リーリヤ、セイバーの五人はあたしの部屋のテーブルの前で待機していた。咲季の魔術でどのマスター、どのサーヴァントを問わず全員に念話を繋げた状態で、彼女は自ら使役するサーヴァントに訊ねた
『生憎じゃがまだ一切動きはない。ライダー、そちらはどうなっておる?』
『あー、こちらライダー。同じく動き無しっす』
「了解。二人ともそのまま監視を続けて」
時刻は現在22時。あたし達は何事もなく迎えた今日の放課後から、霊体化させたアーチャーをピッタリと広に追跡させ、そのまま寮内の自宅部屋に戻ってからも警戒態勢を敷いていた
昨夜と違って服装や装備を整えた状態で咲季達はあたしの部屋に集まり、そのまま広の部屋のベランダを視認できる山岳側にアーチャーを、ドア側の廊下の端にライダーを共に霊体化した状態で偵察隊として配置して、夜目を慣らすために一切の明かりを消した月明かりだけが差し込む部屋の中、広が自宅を出て今夜の戦闘行動に移るまでの時間をひたすらに待ち続けていた
「篠澤さん、今夜は外に出ないんでしょうか?」
「どうかな〜。ただ、あたし達の狙いが広っちにしかない以上、こうして出方を窺う以外に方法はないんだよなぁ」
戦闘に適した動きやすい格好ということで、普段のダンスレッスンの練習着姿になったリーリヤと清夏は、その人柄が現れているかのように、リーリヤはテーブルのクッションの上で正座で待ち続け、清夏は脚を広げてリラックスした姿勢で話していた
「・・・ひょっとして、もうバレてたりすんじゃねぇの?広って、なんかこう凄い魔術師なんでしょ?瞬間移動的な方法で移動してたり…」
「そこまでの大魔術を単独で為すのはまず無理よ。姿を消す、透過させるのは簡単だけれど、ドアを開ける、窓を開けるといった事象までは誤魔化しが効かない。放課後から監視を続けて部屋に入ったのを確認した以上、それを見逃していない限りはまだ部屋にいるはずよ」
同じく練習着のTシャツと半ズボンに着替えたあたしが聞くと、もはや見慣れたジャージ姿の咲季が答えた。その間、セイバーはずっと部屋の隅で刀を砥石で何本も、まるで自分の精神も研ぎ澄ますかのように研ぎ続けている
「なぁ。じゃあもういっそ広の部屋に踏み込んでいいんじゃね?戦闘被害が出ても、監督してる教会がちゃんと元通りにしてくれるんでしょ?」
「あら、いいアイデアだわことね。じゃあ稀代の天才魔術師が、聖杯戦争中も拠点にしている自宅にどんなトラップを仕掛けているか玄関越しに全て看破した上で、ご近所の皆様方にすいません、今から隣の部屋で殺し合いが始まるんですけど気にしないで下さい。って許可取ってきてもらえる?」
「・・・サーセン、冗談です」
『───ッ!こちらライダー。監視対象に動きあり。玄関のドアを開けて外に出たっす』
ライダーからの念話。瞬間、あたしの部屋にいる全員の顔が引き絞られ、ピリリと空気が張り詰めて全員が立ち上がり、そのまま清夏がライダーに念話で続いた
「了解ライダー。広っちの姿とアサシンは見える?」
『篠澤広は今もまだ肉眼で確認できるっすが、アサシンの姿は確認できないっす。霊体化しているか、実体化していつつも気配遮断スキルで潜伏している可能性もあるっす』
「OK。広っちの行き先は…って、この状況なら聞くまでもない思うケド」
『っすね。そのまま階段を降りて一階の玄関から外に出る模様っす』
「了解、ライダーは敵に気取られないように広から離れて。後の監視は視野が広いアーチャーに引き継がせるわ。アーチャー、広が玄関を出た行き先を視認できる?」
『見えておる。いや、見えておるんじゃがの。あの広とかいうマスター、宙に椅子でもあるかのように浮かび上がりおったぞ?』
「・・・なるほど。霊体化、ないしは気配遮断スキルを使用したアサシンの肩に乗って、そっちの脚で移動しようってね。アーチャー、見失わないように注意して」
『いやそれはいいんじゃが、アレを見失えという方が無理な話じゃ。おそらくおぬしの言う通り、マスターを肩に乗せているであろうアサシンじゃが、ごくごく普通の速度で歩いておるぞ?そのまま寮を出て学舎の方へ向かい、まぁ順当にいけば市街地を目指していると見える」
「・・・了解。全員、作戦行動に移るわよ。待機位置は第二プラン。アーチャーは上空を移動しつつ監視を続けて。もし仮に広の移動速度に変化が見られたら、その都度指示を出すわ。臨機応変に対応して。いいわね?それじゃあ全員、行動開始」
『『『「「「了解」」」』』』
全員の声が重なり、あたし達四人のマスターとセイバーは靴を持ってベランダへと向かった。先陣を切ったのは咲季。軽々とベランダの格子に飛び乗って、そのまま身体強化した脚力で飛んでいく
「リーリヤ、しっかり掴まって!」
「う、うん!お願い清夏ちゃん!」
続いて靴を履いたリーリヤを清夏が背負って、彼女の膝を両脇に抱えて、リーリヤがガッシリと清夏の背中から抱き着く。そして同じく身体強化した清夏がベランダから飛び出して、残るはあたしとセイバーだけになった
「セイバー、お願い」
「応。しっかり掴まってろよことね」
セイバーは少し屈んだあたしの臀部を、その筋肉質で逞しい腕に乗せて持ち上げた。そしてあたしは彼の肩回りに両腕を輪っかにして掴まると、彼はそれをヨシと見て一息で飛び上がった
「〜〜〜〜〜ッ!!」
二日前の夜と同じ三階からのフリーフォール。しかしあの時とは違って、今回は明確に狙う敵がいて、気取られてはならない以上、お粗末な悲鳴なんて上げられない。あたしが奥歯で舌を噛みながら、必死で恐怖を噛み殺していると、耳元でセイバーが囁いた
「バカッ!舌を噛むぞ!」
「ご、ごめ…!」
ダンッ!!と鈍い衝撃。あたしが反射的に口を開いたのと同じ瞬間にセイバーは着地した。どうやらあたしが舌を噛まないよう、謝るのに口を開くのも込みで予想して、叱るタイミングを合わせてきたようだ。それにあたしが気づいた頃には、セイバーは暗闇に包まれた山の中を疾駆していた
『アーチャー。敵の動きは?』
『変わっとらん。言うまでもない速度でわざわざ歩道を歩き続け、学舎の正門を超えようかというところじゃ』
『・・・了解。全員、最初の指示を継続。第二プランの待機位置に着いて合図を待って」
咲季とアーチャーの念話が途切れた瞬間、セイバーは大きく踏み込んで、山岳地帯を一足踏み切っただけで飛び出した。そして学園の領内に着地したが、そのまま学園内をものの数秒で駆け抜けて校庭を囲う塀も飛び越えた
そして学園の横に架かる大橋との交差点の少し手前。学園側とはちょうど対面になる歩道の、更に奥に生い茂っている植え込みの茂みの中に音を立てないように忍び込んで、既に待機位置に着いていた咲季の傍にあたしを降ろした
「ありがとうセイバー。気をつけて」
「分かってる、ことねも気をつけろ。アーチャーのマスター、後は任せるぞ」
「ええ。セイバーも手筈通りの位置に移動して」
囁くような声量で会話して、セイバーは咲季の言葉を最後にその場を去った。そしてあたしが咲季の隣で膝立ちになって間も無く、まるで見えない空中ブランコにでも乗っているかのように、宙に浮いて座りながら滑るように移動してくる広の姿が見えた
『こちら咲季、ことね。道路側マスターの指定位置に着いて目標を肉眼で確認してるわ』
『こっこちらリーリヤ、清夏!学園側マスターの指定位置に着きました!同じく目標を肉眼で確認しました!』
リーリヤの動揺が隠しきれていない念話を聴いて、あたしは対岸を見やる。その先には、あたしの背丈より一回りくらい高い学園を囲む塀の奥に森があり、その森の中の樹木の一本。塀よりも高い位置に伸びている枝に忍者のように飛び乗って待機しているのが視認できた
『こちらライダー。学園側サーヴァントの指定位置に着いたっす。目標を肉眼で確認っす』
『セイバーだ。道路側サーヴァントの指定位置に着いた。目標も見えてる』
そしてあたし達よりもう50メートルほど大橋寄りの学園側の森の中にライダー。道路側の植え込みにセイバーが着いたことが念話でつたわってくる。つまりあたし達は、ざっくり縦50メートル、横30メートルほどの長方形の四つ角にそれぞれマスターとサーヴァントを配置し、広と霊体化しているであろうアサシンを囲い込んでいた
『・・・了解。全員無事に指定した位置に着いたようね。アーチャー』
『分かっておる。全て手筈通りじゃ。四つの指定位置の中心。地上から100メートル』
念話を聴いて、あたしは夜空を見上げた。視線の先には、月明かりを背にして、豆粒大の黒点になったアーチャーの姿が。彼女は自らの能力で顕現させた、彼女の意志一つで空をも飛べる火縄銃一丁の砲身の上に二本の足で立ち、地上に陣取って待ち伏せるあたし達とその中を何食わぬ顔で移動する広を見下ろしていた
『・・・了解。3カウントでいくわ。全員、準備はいいわね?』
『『『了解』』』
咲季の問いかけに、彼女を除いたサーヴァントも含め6人全員の声が重なる。聖杯戦争の開戦から4日目。ついに始まる、あたし達にとって乾坤一擲の大勝負。あたしが固唾を飲んで広を凝視する中、全員の頭に咲季の3カウントが響いた
『・・・3…2…1…!!』
ガチャンッ!!ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
3カウントが終わりを告げた瞬間。虚空より出たのはゆうに100を超える火縄の砲門。宙に浮かぶ広を覆い囲うように、ドーム状となって展開されたアーチャーの火縄銃は、持ち手もいない中、一人でに引き金を引いてその銃口から火を吹いた
もはや目で追えないスピードと量で撃ち放たれた鉛玉は、篠澤広と霊体化して彼女をその肩に乗せているであろうアサシンへ寸分の狂いなく、アスファルトの地面すら弾け飛ぶ凄絶な威力と爆音でもって襲いかかった