「や、やったの!?」
「・・・そう簡単にいってくれれば、こっちも楽なんだけどね。アーチャー、手応えは?」
『うつけが。火縄銃に手応えもクソもあるわけなかろう。黙って煙が晴れるのを待たんか』
絨毯爆撃と呼ぶに相応しい100を超える火縄銃による一斉射撃。あたしは思わず立ち上がって叫んだが、その威力もさることながらアスファルトをも爆ぜ飛ばした土煙と火縄銃の硝煙で、その中心にいる広は視認できなかった
隣で待機していた咲季も念話が繋がっているのに、そのまま声に出してアーチャーに問いかけると、冷静な返答が返ってきて、あたし達は生唾を飲み込んだまま煙が空気と溶け合うのを待った
「・・・ごめん、アサシン。全然気が付かなかった」
「謝罪は不要だ、契約者よ。幽谷より喚ばれた我が身、この程度で朽ちる道理もない」
しかし。その先に待っていた光景は、丸くなった広をその巨躯で包み込み、膝立ちのまま自らの身を盾にしたアサシンだった。彼の鎧と骸骨の仮面の欠片が弾け飛んで散乱し、その下にあるであろう生身まで貫通したらしく、悍ましい量の鮮血も飛び散っていたが、骸骨の騎士は絶命には至っていなかった
「ありがとう。だけどそうは言っても、軽く見られるダメージでもない。すぐに回復させるね。令呪を以て、命ずる。我が崇高なる暗殺者に、祝福の光を」
サーヴァントとして召喚された自らの誇りに賭けて、マスターである広を無傷で守り抜いたアサシンに、主人は覆い被さる彼の身体の中でゆらりと右腕を持ち上げ、その腕自体に螺旋状に刻まれた、何画にも重なった令呪を呪文と共に赤く光らせた。途端、みるみる内に傷と防具が修復され、アーチャーの開戦の一撃から完全に回復したアサシンが、全身から殺意を放ちながらゆっくりと立ち上がった
「────チッ!なるほど、確かに話通りの怪物サーヴァントだわ。それに麻央先輩から引き剥がした監督役の預託令呪まで…!仕留め損なったわ!サーヴァント全騎!直ちに接敵!遠慮は要らないわ!二人まとめて消し飛ばすつもりでかかりなさい!!」
最も効果が見込めるハズだった不意の一撃が徒労に終わり、咲季は険しい顔で舌を打った。そして肉声越しの念話でサーヴァント全員に指示を下すと、学園側の樹木の枝を蹴り飛ばしたライダーが、気合いの叫びと共に木刀を振りかぶって飛び込んだ高さのまま突撃した
「うおおおおおおおおっっっ!!!」
「其処か」
ガアンッ!!ライダーが両腕で懸命に振り下ろした木刀の一撃を、アサシンは右腕一本で振り上げた両刃の大剣で受け止めた。宙に浮いた身体の全体重を掛けてライダーが木刀を押し込み、アサシンがそれを弾き飛ばそうと右腕の根本を軋ませた瞬間、左側から駆け込んできたセイバーの鈍い銀色の一閃が光った
「ぜぇあああああああっっっ!!!」
「───シャアッ!?」
唐突に襲い来る左からの攻撃。アサシンはライダーの一撃を受け止める右腕をそのままに、左掌でセイバーの刃を掴み取ろうとした。しかし、たとえ銘のない抜き身の刀剣でも、それは名工村正の一振り。すらり、と。まるで豆腐でも切るかのようにアサシンが纏う鉄の籠手と左腕そのものへと切り込み、セイバーが斜め上に刀剣を振り切った瞬間。暗殺者の左腕の肘から先がズルりと落ちて鮮血が噴き出した
「───アサシ──ッ!」
「のう小娘、おぬしも喰うてみるか?わしの火縄を」
アサシンの左腕が落ちたまさにその瞬間を見た広は、不意の一撃を見舞われてなお変わらなかった顔色を、初めて驚愕で染めた。そしてその驚愕は、上空から火縄銃の軍団と共に自身とアサシンとの間に、割り込むようにして舞い降りてきたアーチャーによって、新たな驚愕で塗り替えられた
「ごめんアサシン、少し離れる」
しかし、既にルーラーとバーサーカーを単騎で葬った規格外のアサシン。そのマスター、篠澤広もまた規格外の魔術師。一瞬で自分が追い込まれた窮地を正しく冷静に理解し、トン…と細い両足で緩く後ろに飛んで、より広い足場がある車道へ出ると、右手の人差し指を持ち上げて空中にルーン文字の軌跡を描きながら呪文を呟いた
「
橙色の薄い光を帯びた文字の軌跡を中心にして、広の目の前に一面が水底の波紋のように揺れる半透明の壁が現出し、一呼吸ない内に放たれた横一直線に並んだ火縄銃の射撃を、全てあらぬ方向へと弾き返した。しかしアサシンとの間に空いた二人の間合いこそが、この接敵の最初の狙い─────
「何処だ」
「うおおっ!?チッ!コイツぁ儂の炉の炎にするには熱すぎるな…!だが……!」
「引き剥がしたっす!マスター!!」
「ありがとセイバー!ライダー!」
左腕の肘から先が落ちた痛みに怯んでなお、アサシンは右腕の腕力だけでライダーの木刀を大剣で押し戻した。そして青白い視線から発火する豪炎でセイバーを退かせる。そして大きく体勢を崩したライダーが叫ぶのと同時に、火縄を展開するアーチャーと広との間に清夏が投げ込んだのは、5枚のトランプだった
「フラッシュ!!!」
5枚のカードが織り成す、ポーカーで一般に知られるその役の名前を、学園側の樹木から身を踊らせた清夏叫んだ瞬間、等しく閃光弾のような激しい光が5枚のカードから放たれた
「う、わ…!?」
その光を前に、アーチャーは制帽を深く被って視界を閉ざしていた。だが広が瞼を閉じたのは、爆発的な光に眼球を焼き尽くされた後だった。痛々しい表情で眉間に皺を寄せて瞼を強く閉じた彼女の懐に向かって、道路側の茂みから飛び込んで来た咲季が、魔術で強化された渾身の左ストレートを振り抜いた
「はあああああああっっっ!!!」
「─────痛っ…」
ビキィッ!ガシャアアアンッ!!気合いの雄叫びと共に、咲季の左拳が広のルーン魔術で展開された、見えざる壁に炸裂した瞬間、魔力で編まれた不可視の壁は、甲高い音と共に脆く崩れ去った。自分の体への直撃こそ防いだものの、まだ威力が余りある一撃の余波の風圧に広はたまらずよろけた。まだ視界が酷くぼやけている彼女は、周囲の状況も分からないままロクな受け身も取れずに、尻餅を突いた痛みに小さく呻いた
「もういっぱ……!」
「ダメ!!咲季っちストップ!!!」
「
倒れ込んだ広に追撃を仕掛けようと、今一度一歩を踏み込もうとした咲季を、清夏の懸命な声が引き留めた。一瞬の後、広のその身体が記憶していると言わんばかりに、目を閉じたまま空中をなぞった指先がルーン文字の軌跡を描いたかと思えば、咲季が踏み込もうとしていたその空間一帯に爆炎が巻き起こった
「くっ…!もう少しだったのに!!」
「だけどこれで…リーリヤの言った通り……!」
仕留められるものならばこの一合で決めたかった。それが咲季の本音だが、しかしこの展開もまた昨晩の泊まり掛けの会議で描かれたシナリオ通り。清夏は概ね想定通りの現状にニヤリと笑みを浮かべた
大橋から見て一番手前にセイバー、次にアサシン。その少し先にアーチャーとライダーが並び、二人の英霊とほとんど背中合わせで咲季と清夏が、主従関係のアサシンを引き剥がして一番奥へと追い込んだ広を睨みつけていた
「せ、成功したっ!!」
今もなお道路側の茂みに身を隠しているあたしは、思わず小さい声を漏らした。最優のセイバーを単騎で配置、アサシンを挟むようにしてアーチャーとライダーを配置。そして全方位に攻撃可能なアーチャーを、ライダーがアサシンの攻撃からカバー出来れば、マスター側に分断された広も撃てる、まさしく一挙両得の配置
「す、すごい!これなら……!」
この配置が理想系だと言い切ったのは、アーチャーとの戦いで手痛い思いをさせられたリーリヤだ。彼女もまた学園側の樹木の中に姿を隠したまま、自ら打ち立てた作戦の成功に右手の拳を手繰り寄せていた
『・・・此方は三対一、ということか。分断されたようだな、契約者よ』
『そう、みたいだね』
同盟を組んだ三つの陣営からは預かり知らぬことだが、アサシンと広もまた念話で繋がっていた。アサシンはセイバーを二つの青い鬼火の視線で威嚇しつつ、背後にいるライダーとアーチャーも只ならぬ威圧感で牽制している。視界がようやく回復してきた広は、ゆっくりと膝に手をついて立ち上がると、そのまま念話でアサシンと会話した
『その上でそっちは挟撃だね、アサシン。左腕も落とされちゃったけど、大丈夫?治癒、しようか?ただ止血はあっという間に出来るけど、腕の再生には、少し時間が………』
『このままで申し分ない。我にこの目と剣を振るう腕が一本でもある限り、殺してみせよう』
『・・・ん、分かった。多分あのアーチャーの真名、織田信長。かなり手強い。あの火縄銃を展開する能力でこの状況だと、アサシンを撃ちながらでも、私を狙える。つまりこれは、あのアーチャーの射撃能力を攻撃の中心に考えて敷かれた陣形』
『いざとなれば令呪を使うけど、あのルーラーを倒すのに、気配の完全遮断と、宝具の威力の底上げに二画使って、監督さんから貰ったのをさっきの傷の回復で一画使ったから、私自身の残りと預託を合わせて、令呪はあと六画。あまり無駄遣いも出来ない』
『私はこの二人のマスターが何とかなりそうだったら、アーチャーを狙ってみる。セイバーのマスターは、戦場には出てこないと思うから。そっちもサーヴァント二騎とアーチャーを。なんとか、出来そうかな?アサシン』
『請け負った。背中を押せ』
「・・・ふふ。いいね、三対一。聖杯戦争、ままならないね。少しだけ、楽しくなってきた」
互いに息を呑むような念話の最後、広は無感動だった表情を、自分の意思で初めて緩ませた。呟くような声量で言って、会敵して尻餅を突かされてもなお、常に眠たげだった視線に熱が込められたような光が宿った
「・・・いっそ怖いくらいに上手くいったけれど、ここまでは手筈通り。この陣形の配置に成功したからには、私達の攻撃の要はあなたよ、アーチャー。基本はそっちのサーヴァントとの戦いに集中していいけど、こっちの援護もお願いするわ」
「是非もない。今宵初めて、アーチャークラスのわしの全力を試せそうじゃ」
「ライダー、そっち任せたよ。アーチャーのこと、しっかりカバーしてよね。治癒や令呪のバックアップが欲しくなったら遠慮なく言って」
「OKっすマスター。だけどそっちのマスターも、話通り尋常じゃなさそうっすね。いざとなったらそっちもカバーするんで、どうか無理はしないで欲しいっす」
分断したアサシン、広と向かい合いつつ、サーヴァントにはサーヴァント、マスターはマスター同士という聖杯戦争のセオリーに則る形になって向かい合った咲季と清夏は、それぞれ背中合わせになった自分が従えるサーヴァント達に言った
「いんや、気遣ってくれるライダーには悪いけど、そっちは絶対そっちに集中して。多分あたし達が意図しない展開でこの陣形が瓦解したら、一気に戦況それ自体が瓦解すると思う。だから多少は無理も無茶もする。ごめんね」
「・・・了解はしたくないっすけど、了解っす。三流でどマイナーなサーヴァントの俺っすが、サーヴァントの意地に掛けて、あのアサシンを抑え込んでご覧に入れるっす」
「ふふ、期待してるよ。ライダーっち」
「まぁまぁ言い辛そうっすね。てか、読唇術とかで真名バレすんのも笑えないんで…まぁ絶対バレない知名度っすけど、お喋りはここまでで。武運を祈るっす、マスター」
「おっけー」
マラソン、ないしは徒競走でも始めるかのように、清夏は運動靴の爪先でトントンと地面を叩きつつ、ライダーと親しげに会話した。背中越しで顔は見えないとはいえ、容易に想像がつく互いの笑顔に、彼らは確かな信頼を心に覚悟を決めて、敵への眼光を尖らせた
「・・・本格的にやり合う前に聞かせなさい、篠澤広。麻央先輩と莉波先輩は無事なの?」
真夜中の初星学園の前。辛うじて互いの声が聞こえる程度の間合いが広がっている状況で、咲季は広に問いかけた。自らの窮地を、まるで楽しんでいるかのような笑みを浮かべていた広だったが、咲季からの質問に答えようと口を開いた時には、またしても頬と目元から笑みが削ぎ落とされた無表情で答えた
「監督役の人は、まだ生きてるんじゃないかな?知らないけど。身動きも取れずに、水も食べ物も、音も光もない箱の中で、元気に出来るなら、ね。バーサーカーのマスターなら、殺したよ。それが、どうかしたの?あなたも魔術師なら、命のやり取りの意味が分かっているはず」
「・・・別に私は気にしてないわ。魔術師の私は、その辺り一般人のことねと違って人の生死にはドライだから。麻央先輩も監督役として、莉波先輩もマスターとして、二人とも魔術師として、覚悟の上で戦っていたハズよ」
「ただそれはそれ。これはこれ。だから私はそこそこキレてるわ。私があなたの何が気に食わないってね…あなたがまるで自分の玩具のように!聖杯戦争を好き勝手に引っ掻き回して!この戦いに掛ける私たちの命と思いまで!弄んでいることに他ならないわっ!!」
明確なゴングはなかった。咲季は喉笛を震わせる怒号と共に叫んだ瞬間、広に向かって大きく一歩を踏み出して、臨戦体勢で臨んでいた総勢七人のサーヴァントとマスターを取り囲んだ緊迫感が音もなく弾けて殺意が溢れ出した
「清夏っ!!」
「分かってる!咲季っちに合わせる!」
身体強化魔術。花海咲季が得意とし、長年の研鑽を以て磨き上げた魔術。その起動とともに彼女の全身に薄らと魔術回路の薄碧い光が全身に浮かぶ
清夏もまた同類の魔術で脚部を強くするが、咲季のそれには速度も精度も遠く及ばない。がしかし、この場のマスターで最も恵まれた体格の良さ、素の状態からして洗練されて鍛えられている脚。その中でも現代魔術系統を広く使いこなす持ち前の器用さと小回りで、咲季のスピードに食らいついていく
「でぇやあっ!!」
「ガンドッ!!」
広の右側に咲季、左側に清夏が回り込んでの挟撃。咲季が気合いの咆哮と共に広の懐へと飛び込んで左拳を繰り出し、清夏が拳銃のようなジェスチャーの指先から、テニスボール程の黒い弾丸を発射した
広の体へそれぞれの攻撃が到達するタイミングは全くの同時。どちらかに対応すればどちらかは確実に食らう。それを分かってなお、広は彼女達のどちらにも目を向けず、ただ虚空を見て指先に橙色の光を灯して軌跡を描いた
「
ギャインッ!左拳とガンドが弾かれる鈍い音。広がルーン文字を描いて呟いた瞬間、彼女を中心に、ガラスのような半透明の2メートル四方の立方体が彼女を内包し、強固な壁となって二人の攻撃を弾き返した
「〜〜〜ッ!この硬さの全周防御は流石に反則でしょうが…!!」
「次は、私の番。お手本、見せてあげる」
左拳を弾かれた鈍い痺れに咲季が顔を顰めて呟くと、広が抑揚のない声で言って、両腕をゆるりと持ち上げた。そして人差し指を二人に向かって突き出し、清夏が放ったソレとは比較にならない、長年の研鑽に裏付けられた速度と威力を誇るであろう赤黒い稲妻が迸る魔力の弾丸を放った
「ガンド」
「清夏!絶対に避けなさいっ!!」
「いやこの距離と速度で絶対は無理っしょ…!?」
襲い来る黒い弾丸に対し、咲季は空中で体を捻り、右脚を思いっきり振り上げて一蹴で空へと弾き上げた。一方で清夏は、反射的に左半身の魔術回路全てに魔力を通し、左半身全体をバネにして右に飛んだ。辛うじて直撃は避けたが、黒い魔力弾は彼女の左肩を掠め、確かな痺れを感じさせた
「あづっ!?いやこれ…!基本は相手の体調崩す呪いだって教わったけど、掠めただけでこれは流石に次元違いすぎ…!?」
「
「う、ぐ───っ!?」
ガンドを打った左手をそのままに、広はルーン魔術の軌跡を描いて唱えた。瞬間、清夏の体が縛り付けられたかのような歪な大の字で動かなくなり、彼女が苦悶の表情を浮かべる中、見えない糸に吊られているかのように宙に浮かび上がった
(なに、これ…!?体、ちっとも動かな…!?)
「ガン──────」
「でぇああああああっっ!!!」
ガンドを蹴り上げて着地し、咲季はすぐさま地面を蹴り飛ばした。空中に縛り付けられて身動きが取れなくなった清夏に向けて、今一度ガンドを放とうとする広に肉薄し、咲季はありったけの力を込めて右拳を突き出した
「─────
「いっ!?あ゛あああああああっっ!?!?」
広は清夏に向けていた左手を下ろし、咲季が飛び込んで来ている右側に意識を集中した。それがおそらく、ルーン魔術を行使する彼女が最も信頼を置いている攻撃手段なのであろう
ことシングルアクションの一途を極めたガンドを始めとするルーン魔術の中でも、特に目で追えない速さで軌跡を描きながら広は唱えた。刹那、咲季の右拳を蝋燭代わりに爆発した炎が灯り、瞬く間に右腕全体に燃え広がって服と皮膚が焼かれる感覚に、咲季は絶叫してアスファルトの上を悶えながら転げ回った
「咲季っち!?アーチャー援護お願い!!」
「チッ!撃てえっ!!」
アーチャーもアーチャーで、サーヴァント同士のアサシンとの戦いで苦戦もしくは拮抗を強いられているのであろう。アーチャーはアサシンと今まさに斬り合っているまま、清夏の叫び声に険しくも苦々しい顔で二人を一瞥して舌を打ち、そのまま左半身を捻って左掌を差し向け、十数の火縄銃の砲身を広へと向けて弾丸と火を吹かせた
「
ビシャアンッ!!轟く雷鳴。迸る紫電。広が宙にルーンを刻んだ瞬間、光の球が空間を裂くようにして閃き、アーチャーの火縄銃が放った弾丸が広の肉体に到達するよりも早く、稲妻が全ての弾丸に伝播して一粒も漏らすことなく撃ち落とした
「う、ああっ…熱っ…痛、い……!」
「咲季っち!!」
しかしいかに天才魔術師といえど、英霊の攻撃スピードに対応するには、そちらに全神経と集中を注ぐ他なく、広は無意識のうちに清夏を捕らえていた魔術を解除していた。その隙に清夏は稲妻が迸った広の脇を一息で通り抜け、今もまだ起き上がれない咲季をカバーするように傍へと駆け寄った。そしてアーチャーの火縄銃を迎撃してゆるりとこちらを見る広に、清夏は可能な限りの威嚇の意味を込めて睨みを効かせた
「・・・ごめん、咲季っち。あたし、ガンド一発撃つだけで精一杯だった。それなのに広っちが撃ったガンド掠めた左肩、まだ全然痺れ取れそうにないや…」
「気にすること、ないわ…私だって、結局一撃も当てられてない…んっ!」
脂汗が滲んだあまりにも苦しげな表情で、真っ赤に皮膚が焼けて、虫喰いのように筋繊維が剥き出しになった右腕の肩を、左手で抱きながら咲季は言った。しかし彼女が一度意識を集合させると、右腕に魔術回路の青白い光が走り、みるみる内に痛々しい火傷を負った右腕が再生していった
「う、ウッソ…マジで…?身体強化って、極めればそんな事まで出来んの…?」
「そんなに褒めることでもないわ。これはただ単純に細胞分裂の速度を瞬間的に高めただけよ。治癒魔術と比べて余計な手間と時間を省けるけれど、人間が一生で細胞分裂を行える回数は決まっているから、寿命を縮めているようなモノなの。そんな一度で何年、何十年と縮まるわけでもないけれど、まぁ出来ればあまり使いたくはないわね」
「それにしても、後でことねにお礼を言っておかないとね…同盟を組んでおいて正解だったし、なおかつ清夏がいてくれて良かったわ。こんな化け物、私一人じゃどうにも出来なかったでしょうね。同盟の中で一番の実力者…なんて言ってた自分をぶん殴りたくなってくるわ」
グッ、パッ、グッと咲季は再生させた右腕の調子を確かめるように、何度か拳を握り、掌を開くを繰り返して、焼け残ったジャージの右袖を左手で掴んで強引に引き裂いて、素肌を晒した右腕を温めるようにして摩った
「二人とも、凄い、ね。同じ学園の中に、ここまで出来る人達がいるとは、思わなかった」
「こ、この…嫌味かっての…!それは本来こっちのセリフっしょ…!」
(だけど不味いわね…こっちは二人掛かりだってのにこの戦況、想像よりも実力の差に開きがありすぎる。これじゃあ隙を作ろうにも……)
「・・・やむを得ない、わね…」
驚いた、とは言いつつも開幕の絨毯爆撃からアサシンとの距離を引き剥がした時ほどの焦りは広の顔からは見られず、涼しい顔で言う彼女に清夏はギリギリと歯を食いしばっていた。そして咲季は倒れていた体をゆっくりと起こすと、口中で小さく言った
「清夏、昨日の夜言ってたヤツを使うわ。協力して」
「えっ?ちょ、咲季っちマジで言ってる…?だってソレ、使うと反動で体ヤバくなって、その後何が起きても、しばらくは自力じゃ何も対処できなくなるから、基本は絶対使わないって言ってたじゃん。ぶっちゃけあたし、広っちのこと一人で相手取れる自信とか1ミリもないよ?」
「私だって、こんな化け物と一対一なんて願い下げよ。だけれど、私たちの作戦はそもそも広から隙を作り出すことが絶対条件。その隙がそもそも作れそうにもないんなら、多少のリスクを犯してでもやるしかない。一撃も当てられなかったなら、逆にその一撃を当てたタイミングに全てを賭けるわ」
「だけど、じゃあ…最初にあたし達の挟撃を防いだ全周防御のアレはどうすんの…?広っちにアレを作り出す魔力がある限り、そもそも一撃入れるも何も、隙なんて作り出せるワケが…」
「・・・そこに関しては、考えがあるわ。清夏、広が私達と会敵してから使った様々なルーン魔術を見ていて、何で?って思うこと、なかった?」
しっかりと立ち上がった咲季も腰を低く臨戦体勢で構え直して、広に対して睨みを効かせる。相変わらず無感動な広もまた、実際は余裕だとでも言いたげに、ただその場に佇んで清夏と咲季が動き出すのを待っていた
「え?何で…って言われても。本当に色々使えるんだなあ…とし、か……あ、………えっ!?」
「・・・気づいたみたいね。そう、広は私達と会敵して以後、同時に打ったガンド以外、一度として同じルーンを連続で使ってない。防御にしたって二度のアーチャーの攻撃、そして私達の挟撃、全て違うルーンで防いでいる。別に最初っからあの全周防御を使えば楽なのに、広がそうしないのは、魔力の消費が激しいからとか、多分そういうんじゃないのよ」
「つまり、広っちは
「そうじゃないかと私は睨んでるわ。そう考えれば、今こうして私達の作戦会議を律儀に広が待ってくれているのも、そのタイムラグを解消しているためだと考えれば、色々と腑に落ちて来ない?」
「・・・あ、あっはは…咲季っちヤ〜バ。あんな右腕まるごと焼かれるような攻撃受けてたのに、そんな事まで考えながら戦ってたん?あたしなんか、魔力消費し切るまで二人の手数で押し切る、くらいしか考えついてなかったわ」
「悪いけど、それは無理ね。あっちの戦況も気にかけてはいるけど、ウチのアーチャーが、さっきから私の魔力ゴリゴリ持ってってんのよ。だから魔力消費の我慢比べじゃ、いずれコッチがジリ貧よ。まぁ広の魔力消費に関しては他に当たりがあるけれど…言っても詮無いことだし、今は省略するわ」
「つまり、今あたし達に要求されてるのは、広っちに全周防御を切らせて、かつ防御系のルーン魔術の手札を、タイムラグで回復する前に全て切らせるだけの波状攻撃…ってとこか」
「その通り。まずは広にもう一度さっきの全周防御を使わせる。その瞬間に仕掛けるわ!清夏、挟撃っ!」
「オッケ!!」
ドンッ!ドンッ!道路のアスファルトを強く蹴る音が重なり合う。二人は同じく身体強化を行使し、並々ならぬ速度で広の右と左に分かれ、二度目の挟撃を試みた。再演される戦況を前に、広はルーン魔術の呪文を呟くように、しかしそれとは違うため息と共に呟いた
「・・・また、同じ。退屈」