「その通り。まずは広にもう一度さっきの全周防御を使わせる。その瞬間に仕掛けるわ!清夏、挟撃っ!」
「オッケ!!」
ドンッ!ダンッ!道路のアスファルトを強く蹴る音が重なり合う。咲季と清夏は同じく身体強化を行使し、並々ならぬ速度で広の左右に分かれ、二度目の挟撃を試みた。そして二人が彼女との間合いに肉薄しようと一歩を踏み出そうとした瞬間、広の両手の指先が宙を踊った
「
ビキビキビキィッ!!空気に亀裂が走ったような音で、獰猛な獣の角のように尖った霜柱が広の右手から地表へと走り、猛然と咲季に襲いかかる。バオオオオッ!と空間そのものが渦巻いたような音、しかしソレは比喩ではなく、実際に周囲の空気すらも切り裂いて飛ぶ不可視の風の刃が、広の左手から清夏へと放たれた
「でぇやあっ!!!」
ボゴウッ!!まるで噴火するように盛り上がる大地。咲季が左拳をアスファルトに叩きつけた瞬間、その上を走っていた霜柱ごと道路が捲れ上がり、凶悪な氷の柱は脆く崩れ去った
「くんんんんんっっっ!?!?」
必死に振り絞るような声。清夏は万物を切り裂く風の刃を前に、正気を疑う勢いの一歩を踏み出した。しかし彼女は自身が持ち合わせる柔軟性をフル活用し、絞り出したような声で懸命に膝と脚を折り曲げて体を地面と並行にし、まるで一枚の板のようになった体を滑らせ、風の刃の下をなぞるようにしてすれ違った
「「うらああああああああっっっっ!!!」」
命を賭した魔術師の攻防。そこに世間でかくあるべしとされる女子高生の笑顔はなかった。咲季と清夏にとって、今まさに相手取っている篠澤広とは、それほどまでの強敵だった。二人は必死の形相で喉笛を鳴らし、決死の咆哮を上げながら互いに広へ一歩を踏み出し、全身を捻ってそれぞれの身体強化を施した右拳に全体重を乗せながら打ち出していく
「
両側から押し潰すように迫ってくる拳を前に、必死の形相の二人とは裏腹に、どこまでも無感動な表情で、広は橙色の光を灯した指先で空中にルーン文字の軌跡を描いて囁く。そして、トンと軽いステップを一つ後ろに踏んだ瞬間、まるで彼女を囲う空間そのものがズレたかのような、瞬間移動じみた速さで彼女の体が後ろに飛び退いた
これは余談だが、素の彼女の身体能力は率直に小児以下と言っても過言ではない。歩くだけで息を切らし、走ろうものなら、踊ろうものなら意識が生死の境目を彷徨う。決して初星学園でアイドルを志す者とは思えぬ体力と柔軟性
しかしそれ故に、彼女は魔術を学んでいく中で、自分の専攻にルーン魔術を選んだ。魔術的意味合いを帯びた文字を刻み、それを呟くという一工程、シングルアクションの決定版
その工程の少なさから、神代に紡がれた原初のルーンを除き、現行のルーン魔術で得られる効果は決して高くはないというのが常識だが、それを愚直に極めたのが篠澤広。稀代の天才と謳われた少女が描くルーン魔術の数々は、ゆうにその一工程で扱われていい範疇を超えていた
「え、ちょっ…!?ぎゃうっ!!?」
「す、清夏っ!?ごめ…!!」
標的とし、眼前まで迫っていた広が突如としてその体を引いたがために、二人の拳は意図せず交錯した。清夏の拳は、咲季が常人離れした反射神経で回避したが、咲季の拳は身体強化を研鑽した魔術師の中でも一線級の速さを誇る
そのスピードに清夏の回避が間に合わず、咲季の拳骨が彼女の鼻骨をガツンッ!!と強烈な音を立てながら痛打した。彼女の淡麗な顔の中心が痛々しく腫れ上がり、鼻血が吹き出す。勢い余った拳を引き戻せず、そのまま仲間を殴ってしまった咲季が悠長に謝罪する暇を待つほど、魔術師である広は甘くなかった
「
ボウゥッ!!篠澤広が多用する炎のルーン魔術が酸素を吸いながら燃え上がり、巨大な火球となって、体を交錯させて団子になった二人の少女へと襲いかかる。しかしそれを防いだのは、今も鼻血を滴らせながら激痛に顔を歪める清夏だった
「───ッ!大地よっ!!!」
魔術における五大元素の一つ、地の属性。清夏が咲季との初めての戦闘において、地中に隠れるという魔術で奇襲を掛けるという手段を用いたのは、何を隠そう彼女がこの属性の魔術を扱えるからに他ならない
さればこそ、清夏が襲い来る火球を前に懸命に右掌を差し向けながら叫んだ途端、その丁度真下に広がるアスファルトの、更に真下で眠る土壌が爆発するように盛り上がり、瞬時に天然の城壁を生成した。土の壁に阻まれた火球は、まさしく土を掛けられた焚き火のように一瞬で夜の闇の中に鎮まった
「咲季っち止まんないで!もう一回!!」
「〜〜〜ッ!分かってるわ!!」
敵の術中にまんまと嵌り、清夏を殴ってしまったというのに、その上で彼女に護りまで手を掛けさせてしまった自分の不甲斐なさに、咲季は苦虫を噛んだような顔で歯噛みした。けれどそんな謝罪と懺悔を、清夏は望んでいないと言うように叫んで、咲季は彼女が掘り起こした土壌の周りで欠け落ちたアスファルトの塊を掴み取り、そのまま振りかぶった
「でぇやあっ!!」
「ガンド」
咲季が放った漆黒の豪速球。そして広が撃った漆黒の弾丸が真っ正面からぶつかり合い、お互いに弾け飛んだ。しかしその間にも咲季は強化した脚で、自分が投げた球を追い抜く速さで移動し、もう一度挟撃を仕掛けるべく広の右側へと回り込み、そして清夏もまた既に彼女の左側面へと移動を終えていた
「アーチャー!お願いっ!!」
開戦から起算して、実に三度目になる挟撃。その一手目に、咲季はアーチャーの狙撃を選んだ。彼女が叫んだ瞬間、その呼び声に天下の将軍は黒い外套を翻しながら、自らの戦場を向いていた体をグルリと反転させ、振り向きザマに右手を構えた
「ライダー!わしの身を任せるぞ!放てえっ!」
「何処だ!!!!!」
アーチャーの号令の下、彼女の背後で空中に無人の火縄銃が数十に展開され、その銃口全てが広に向けられようかという時、爆発的に燃え広がる赤い炎がその全てを焼き尽くした。セイバーから話で聞いたアサシンの視線が放つ蒼い炎を目の当たりにして、咲季が強く舌を打ち、頼れる味方の援護に広が口端で微笑を作った
「チィッ!此奴め、一度ならず二度までも…!じゃが!このまま大人しく引き下がるわしと思うてくれるなぁっ!!」
アサシンが放つ業火を前に、その戦法を悉く撃ち落とされたアーチャー。故に、その右手には一振りの業物。彼女は手に入れたばかりの名工の刀を逆手に持って大きく振りかぶり、その切先を広に向け、まるで槍投げのように投擲した
「─────
アーチャーが取った想像の埒外の攻撃方法に、広は大きく双眸を開いたが、それでも彼女の指先は滑らかに橙色の軌跡を描いた。水底の波紋のように揺れる半透明の壁が彼女の目の前に現出し、カキンッ!と甲高い音でアーチャーの投擲した刀を弾き飛ばす。その光景にアーチャーは歯噛みしていたが、咲季はそのまま攻撃を断行した
(これで確認できた防御魔術の一手目!後はこのタイムラグまでの間に……!!)
「清夏!合わせてっ!うあああああああっ!!」
「ガンドッ!!」
正面に展開した不可視の壁で広がアーチャーの投擲した刀を防いで間も無く、咲季の突進による当て身と清夏のガンドがそれぞれ広の両側から襲いかかる。ほぼ眼前に迫った攻撃、もはや間に合うかさえも分からない速度。それでもルーンを極めた魔術師は、ここ一番の速さで軌跡を描いた
「
ビシャアンッ!!轟音を発して大地から屹立する雷。本来なら天から降るハズの威光は、広を事象の中心において、彼女を守護するように足元に円を描いて迸った。自然現象で起こる雷と相違ない威力を内包する稲妻は、清夏のガンドを掻き消し、突進からの当て身を試みた咲季の全身に、筆舌に尽くし難い電撃を浴びせて彼女を怯ませた
「ぎあああああああああああっっっ!?!?」
「咲季っちぃぃぃ!?!?」
魔術で硬化した皮膚を容易く貫通して、神経を直に焼き尽くす、天災にも等しい雷撃の激痛に絶叫した咲季。その光景を目の当たりにして、清夏もまた絶叫する中、咲季の唇の端から高温で沸騰した唾液の泡が噴き溢れ、自信に満ちた蒼の瞳が虚ろに薄れていく
「・・・ぁ…が……ぅぁ…………」
未だバチバチと尾を引く紫電に、咲季の意識が永久に遠のいていく。ぐらり、と力なく彼女の全身が揺れて、虚になった瞳で天を見上げながら倒れていく途中でしかし、本来ならあり得ないことが起きた
「・・・ぁ…こ、んのおおおおおっっっ!!!」
常人ならまず命を落としてもおかしくない雷撃を受けた咲季は、離れかけた意識を、持ち前の気力だけで手繰り寄せただけでなく、仰向けに倒れかけていた全身を、グイン!と勢いよく引き戻した。そして咲季は広から後退ってしまった今一歩を、気合いと根性で踏み出して、眼光と歯を剥き出しにした必死の形相のまま、全力を振り絞った左拳を打ち出していく
「さ、き…!?」
(・・・そっか。普段から負けるの嫌いだって言ってるもんね、咲季っち。だけどそれ以上に、負けられないんだ。広っちが同級生で超天才だからとか、自分の事だって顧みないで、麻央先輩や莉波先輩、あたし達の為に負けられないって、本気で思ってるんだ…)
今この場で全ての命を燃やさんと立ち向かっていく咲季の姿を前に、息を呑みながら、驚愕に思考が停止しそうになりながら、清夏は彼女がこの一合で決めるつもりなのだと確信した
(あたしは今、その本気で全力全開の咲季っちと一緒に戦ってるんだ!だったらあたしだって応えなきゃ!この脚で戦うことだって!何も怖くなんかないっ!!)
そんな咲季の姿を見た清夏のライトグリーンの瞳に、在らん限りの熱が灯る。ありったけの魔力と、燃え滾る情熱と意志を注いで強化した左脚で踏み切って、広に向かって飛び掛かり、そのまま右脚で回し蹴りを放った
「「うおおおおりゃああああああっっっ!!!」」
「───ッ!
初めて、初めてだ。今までの攻防で、想像の埒外の攻撃に驚く表情はあった。しかし今、限界を超えて襲い来る二人の攻撃を前にして、広の無感動を貫いていた表情の中に、驚愕をも超える焦りが見えた。彼女の脳内と潜在意識の中で久しく瞬いた防衛本能が赴くまま、宙空で指先を滑らせて叫ぶ。広の小さな体を覆って立方体の不壊の硝子が展開されていく
ガキィンッ!!無情にも響く不快な甲高い音。あと一手。あと一瞬。間に合わなかった二人の打撃が、大きく反動を伴って分厚く強固な硝子に弾かれた。しかし、それこそが。決死の覚悟で攻撃を繰り返した、二人の少女魔術師の狙いに他ならなかった
「いっ!けえええええええーーーーーっっっっっ!!咲季っちぃぃぃーーーッッッ!!!」
この攻防の鍵を握る、広の全周防御魔術をついに引き出した瞬間。右脚を弾かれて倒れ込んだ苦痛を噛み殺して、清夏は咲季の背中を押すように叫んだ。そして彼女の声に応えるように、咲季は拳を弾かれて崩した体勢を立て直した瞬間、ダン!と力強く左足を踏み込み直して、裂帛の気合いと共に二節の詠唱を声高に叫んだ
「
固有時制御。身体強化を極めた花海の家系が、更にその有用性を引き出すために、最奥の魔術として受け継いできた秘中の秘。術者の心象で現実を塗り潰して展開する固有結界を、体内に限定して発動し、術者の心象を時間操作に応用することで、自分の時間経過速度のみを倍速化させる、花海咲季の切り札
瞬間。それは術者本人以外から見れば、まさに瞬間だった。踏み切る脚の速さ。拳を振りかぶる速さ。一撃の威力を極限まで練り上げるために全身を捻る速さ。敵の眼前へと肉薄する速さ。そして、ありったけの全力で拳を打ち出す速さ。全てが静止したような世界の中。花海咲季ただ一人だけが倍速になった世界の中。その左拳は、音と時間を置き去りにして、広の顔面に吸い込まれていった
「とどけええええええぇぇぇっっっ!!!」
自分だけが固有の時間で動けるという暴挙。それに見合うだけの反動。体内に展開した結界の内外に生じた、時間流の誤差を正すために、咲季の肉体そのものが、元の時間流に合わせようと体内の法則を捻じ曲げる。自分という存在を塗り潰そうとしてくる感覚に顔を歪めながらも、咲季はその反動に打ち勝って音速の拳を振り抜いていく
「──────────ッ!?!?!?!?」
ドゴオオオオオッッッ!!!およそ女子高生の拳一つから繰り出されるとは思えないほどの轟音。二人の少女魔術師が本来であれば到底敵うはずのない、稀代の天才魔術師こと篠澤広の指先から織りなされる、数多の猛攻を潜り抜け、難攻不落の鉄壁の穴を突き、ついに咲季の左拳が広の顔面に炸裂した。飛び散る鼻血、唇が切れて舞う血潮。殴られた広本人からすれば、何が起こったのか全く分かっていなかった
全周防御で弾いたはずの攻撃から、気づけば咲季は体勢を立て直して拳を振り抜いて、自分は顔面を殴られた激痛に苛まれていた。殴られて吹き飛ぶ体の勢いを、広の華奢な体が御し切れるはずもなく、痛みで思考と知覚が明らかに鈍くなり、全てがスローに見える世界を、仰け反った体が空中を泳ぐその時、清夏の絶叫が響き渡った
「リーリヤーーーーーッ!!!」
ザンッ!!初星学園を覆う塀の向こう側から伸びる樹木の中から、清夏の叫び声にその身一つで答えて飛び出したのは、この瞬間まで身を隠し続けていた葛城リーリヤだった
「葛城リーリヤ!いきますっ!!」
彼女は2メートル以上の高さから着地したにも関わらず、昨夜の内に咲季の魔術で強化が施された運動靴を履いている恩恵もあり、そのまま必死の表情で脚部を軋ませた。そして精一杯の気合いの声を上げながら、今も宙を舞う篠澤広に向かって飛び掛かった
「えええええーーーいっ!!!」
考えずとも分かる。ここが正念場だ。この瞬間が大一番だ。篠澤広を、本来なら敵うはずもない強敵を仕留められる瞬間は、この機を逃せば二度と訪れない。故にこの瞬間だけは、あの強大な力を持つアサシンに広をカバーさせてはならない
昨夜、同盟を組んだ全員でサーヴァントの真名を明かしたのも、咲季が言った通り、全てはこの瞬間に躊躇しないためだったのだ。そう告げる自分の直感が赴くまま、清夏は自分の右手の甲を宙に差し出しながら叫んだ
「令呪を以て命ずる!ライダー!ありったけの全力で宝具ぶちかましてっ!!今この瞬間のために!リーリヤのためにっ!!!」
リーリヤが必死に広の懐へと向かって突進している最中、赤い閃光が夜の闇を引き裂いた。二画を残していた、赤い雫を模した令呪の内一画が滲んだように消えて、清夏の右手を中心とした魔力の高まりがそのままライダーへと繋がった。互いのパスを通じて莫大な魔力が移譲された瞬間、アサシンに木刀を掴み取られ、万事休すかと肝を冷やしていたライダーの顔がニヤリと笑った
「───我が手に剣無し!されど剣あり!栄光の剣!壊れずの絶世!虹の彼方にて光を放て!!」
「シャアッ!?!?」
ライダーの顔から笑いが弾け、その口から高らかに詠唱は紡がれた。刹那、まるで魔法のように、彼の両手で握り締められる木刀が、見る者の目を眩ませるほどの光を放った。その光はやがて身の丈をゆうに上回るほど長大に、そして巨大に膨れ上がり、掴みかかっていたアサシンの深淵のような右手をその熱量で打ち払った
「───絶世無くとも幻想は我が手に!!この一時だけでも!!」
『
暗殺者の手から解き放たれた木刀を…否。絶世の剣を振り上げ、宝具の真名を開帳する叫び声と共にライダーは、全身が許すありったけの力で、凄絶な光を放つ剣をアサシンの巨躯を形作る肩目掛けて斜めに振り下ろした
曰く、『
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」
確かな手応えに、ライダーは口角を釣り上げて笑った。その剣に鎧ごと体を切り裂かれ、アサシンは激痛に野太い叫び声を上げた。鎧の下で裂けた肉体から夥しく飛び散る血飛沫。やがて隻眼で残っていた右眼も、じわりと滲むようにその青い輝きが眼窩の闇に落ちて、アサシンの巨躯がはゆっくりと低く沈んでいき、両肩と腕をダラリと下げて、大地に膝を着いた状態で静止した
「やああああああああああーーーっ!!!」
ライダーによる宝具の開帳の、その一方で。咲季の拳を喰らい、宙を泳ぐ広の懐に突進していくリーリヤは、彼の宝具による貢献と、強化された運動靴が生み出す超人的な初速の恩恵もあり、一息で攻撃の間合いへと辿り着いた。そして空色の瞳で敵を懸命に睨み、歯を食いしばって、振り上げられた彼女の両手に握られる両刃の剣は、アゾット剣と呼ばれる短剣だった
清夏に魔術の基礎を教え、後は自分のやりたいように、という言葉を最後に魔術から身を引いた父親から、卒業の意味を含めて贈られた、魔力を溜め込む宝石を柄に埋め込まれた神秘を帯びる短剣。清夏が受け取ったその日から六年間、魔力を注ぎ続けた神秘の剣を振り上げて、リーリヤは右足で強く一歩を踏み切って広に襲いかかった
親友に託された魔法の剣の切先を、広の鳩尾目掛けてリーリヤが振り下ろしていく。アサシンはライダーの宝具を前に倒れ、ついに決着の時が訪れるかに思えたその瞬間。広は咲季に顔面を殴られて朦朧とする意識の中、手元で小さく、けれど確かに軌跡を描き、静かに唇を動かした
「──────
ガッ!キィィィンッ!!リーリヤが振り下ろしたアゾット剣は、鋭利な刃で服を引き裂いた先で、広のルーン魔術によって無敵の如く硬化した彼女の皮膚そのものに大きく弾き返された。リーリヤが振り下ろした腕もバネのように反射され、弧を描きながら宙を舞ったアゾット剣がカランカラン!と地に落ちるのと共に、リーリヤは強かに尻餅を突いた
「きゃあああああっ!?」
リーリヤが聞く者の庇護欲を掻き立てる悲鳴を上げる中、広は空中を泳いでいた体を懸命に引き戻して、トットッと何歩か後退りながらも、あまりに細い二本の足で耐え切った。その歳で、華奢な身体で、どれだけの死戦を潜り抜けてきたのだろう
「───ッ!
ひ弱な体。満身創痍。ソレを倒れていい理由にするのは違う。倒れていいのは、この命が尽きるその時だけだ。まるでそんな決意を感じさせるかのような強い光を橙色の瞳に溜めて、今一度彼女がリーリヤに向けてルーン文字の軌跡を描こうと、細い腕を持ち上げた瞬間だった
「こぉとねえええぇぇぇーーーーーっっ!!!」
全ては、この一瞬のために。咲季が今も固有時制御による、体内組織を時間流に修正される反動に身を窶しながらも、願うように叫んだ。彼女こそが、最後の一手。非戦闘員の二人の内の一人。広を極限まで追い込み、その上で決め手に選んだリーリヤのアゾット剣を防がれることも考え、しかしリーリヤは彼女の存在を隠すための囮だった
清夏がリーリヤの名を叫ぶのを合図にして、同時に広の背後へと走り込んでいた存在を察知させないために。万が一にもまだ見ぬ防御魔術を隠していたとして、眼前まで迫ったリーリヤにソレを使わせるために。全ては彼女が……セイバーのマスター藤田ことねが、この激闘に幕を下ろす願いを告げる、最後の瞬間を導くために───!!!
「来てっ!セイバアアアァァァーーーッッッ!!!」