「来てっ!セイバアアアァァァーーーッッッ!!!」
あたしは清夏がリーリヤを呼んだのと同時に、既に広の背後目掛けて駆け出していた。そして、リーリヤが広の防御魔術にアゾット剣を弾かれた直後。あたし達が昨夜の作戦会議で、この戦いの決めに選んだ最後の一手。それこそが、あたしの令呪によるセイバーの瞬間移動だった
あたしは右掌を大きく開いて、令呪に向かって強く願った。右手に刻まれた赤い三連符の二画目が滲むと同時に、魔力で出来た眩い光の渦を生み出す。そして光の渦を破って、まるでその先に召喚されるようにしてセイバーが現れた
「────────────ッ!?」
背後に現れたあたしとセイバーを、振り向き掛けの視線で見た広の表情には、いつでも無感情に見えた時とは決定的に違う焦りが見えた。おそらく、もう本当に打つ手がないのか、迎撃が間に合うタイミングではないのだろう。それが素人のあたしにでも分かるほど、広は持てる力の全てを出し尽くしたのだ。あたし達がこのタイミングのために、全てを出し切ったように
「出会ったその時から!あたしを眼中に入れすらしなかったツケだ!篠澤広っ!!」
「ぜぇああああああああああっっっ!!!」
そして、そして。ついにその瞬間が訪れた。セイバーは令呪による瞬間移動を終えた瞬時に右手に抜き身の刀剣を精製して、敵が少女であることも構わず、気合いの叫びと共にその刃を広の首に向かって振り抜いていく
(((───────────勝った!!!)))
アサシンは清夏の令呪で威力にブーストが掛けられたライダーの宝具の前に倒れ、広は全てを出し尽くした上でセイバーに背後を取られた。最後まであたしを見なかった、その怠慢による死角からの一閃。セイバーの刀が広の首元に差し掛かり、ついにその皮すらも捉えて、プツッ、と刃が食い込んで血が垣間見え、あたし達が勝利を確信した瞬間─────────
「一切鏖殺。鏖殺遂行。我は影なり───!」
ギィンッ!!!と、鉄の弾ける音がして。上空から現れる人影があった。その人影は両手に二振りの刀を持ってセイバーと広の間にふわりと風のように舞い降りて、二刀の刃を交差させてセイバーの一太刀を挟み込んで、広の首に今まさに到達した瞬間の刃を受け止めていた
「なん、だ……!?!?」
セイバーが予想だにしない展開に自分の目と伝わってくる手応えを疑って、驚愕の最後の一言を口にする前に、二振りの刀をもつ人影は両腕を振り切ってセイバーの抜き身の刀剣を半ばから叩き折った
その場にいるあたし達全員がその光景に目を疑い、呆気に取られているスローな世界の中で、唯一自分のペースと知覚で動き続ける仮面のサーヴァントは、尋常ならざる速度で二刀の刃をそのままセイバーに向けて振り抜いた
「があああああああああっっっ!!!?!?」
「セイバーーーッ!?!?」
一糸の纏いもない彼の肉体に直接刻まれる、鮮血に染まった赤の斜め十字。堰を切ったようにセイバーの口を裂いて出る絶叫と血飛沫。あたしは自分が何も出来ないマスターだということも忘れて、セイバーに向けて駆け寄ろうとした時、度重なる銃声が耳に飛び込んできた寸前で踏み出した足が止まった
「この痴れ者があああああっっっ!!!」
ダダダダダダダッッッ!!!キンキンキンキンッ!!と、銃声と金属音が連続する。数十に展開されたアーチャーの火縄銃の弾丸が、突如として乱入した仮面のサーヴァントに次々に襲いかかった。しかしあり得ない事に、仮面のサーヴァントは襲いくる火縄銃の弾丸に向けて正確無比に、目で追えない速さで二刀を振り続け、やがて銃声が止まった時には全ての弾丸を無傷ではたき落としていた
あたしがその攻防を呆然と立ち尽くして見ている隙に、仮面のサーヴァントは広を脇に抱き抱えて、後ろに大きく飛び退いた。そして、その先で。月夜を背景にして影のようなサーヴァントを目で追う最中に、そのサーヴァントと交差する新たな人影を、あたしは見た
「ごめん美鈴、アヴェンジャー。助かった」
「礼には及びません、篠澤さん。後は引き受けます。アヴェンジャー、篠澤さんを学生寮の部屋へ。必要があれば令呪で呼び戻します」
「承知した、我が主よ」
広を連れたサーヴァントをアヴェンジャーと呼び、彼女の影と交差しながらあたし達が今も立ち尽くしている戦場に姿を見せたのは、初星学園の制服を着た、その生徒の中でも特におっとりとした印象の少女、秦谷美鈴だった
「美、鈴…?なんで……!?」
「多くは語りません。強いて言うならば…私が魔術師で、アヴェンジャーのマスターだから、でしょうか」
あまりにも短い自己紹介のような宣告の後、美鈴があたしに向けてきたのは二つに連なった銃口だった。それは謂わゆるショットガンと呼ばれる銃の長筒を、片手でも扱えるように筒と銃身を縮小した、木製のグリップをした古い西洋式の拳銃だった
その二つの深淵が連なる銃口をあたしに向けた美鈴は、一切の躊躇なく引き金を引いた。ダァンッッ!!と響く重たい破裂音に続いて放たれたのは、弾丸ではなかった。否、それが弾丸なのだろう。美鈴がショットガンから放った弾丸は、人間のソレである五つの指先だった
「ことねぇっ!!!」
美鈴のショットガンから放たれた、火を吹いて襲いかかる五本指に、あたしが思わず目を瞑って体を強張らせた瞬間、咲季があたしを守るように、美鈴との間に割って入り、あたしを正面から強く抱きしめて、自らの背中を盾にした。ドドドドッ!と鈍い音が聞こえて、咲季は苦痛に顔を歪めて呻いた
「う、ぐ、!?、あああ………っ!?」
「さ、咲季っ!!」
(こ、この指の弾丸…弾丸それ自体にガンドの呪いが仕込まれて…!?つまりコレは…秦谷美鈴の扱う魔術は…死霊魔術!!)
死霊魔術師。それが秦谷美鈴の正体だった。死と共に発展した魔術。人やその他の動物の死体を媒介として発動する、黒魔術の一種。美鈴がショットガンで放った指先の弾丸には、指差した相手の体調を崩させる呪いである、ガンドの効果が付与されていた
咲季は撃たれた背中を身体強化で硬化していたため、指の弾丸はそのまま肉体を貫く事なくボトボトと地面に落ちた。負傷こそしなかったが、その呪いの影響で弾丸が皮膚に接触した時点で全身が強い痺れに苛まれた咲季は、そのままもたれかかるようにしてあたしに身を預けた
「わしのマスターを撃つかそこな小娘!!貴様に本物の銃とは何たるかを見せてやっ…!!」
アーチャーは咲季が美鈴に撃たれた光景を目の当たりにした途端、激昂したように首に青筋を立たせて、火縄銃を展開するべく右掌を宙空へと差し向けた、その瞬間。彼女の視界を、影のように黒い霧が遮って、その中心から足音一つで現れたアサシンに、青筋を立てた首筋をその右腕でがっぷりと掴み取られた
「う、ぐぅっ…!?きさ、ま…!アサシン、なぜ動ける…!?ライダーの宝具を、確かに真正面から受け止めて…死んだはず……!!」
アサシンに首元を強く掴まれ、女性らしい華奢な体は巨躯の暗殺者の逞しい腕により軽々と宙に浮いた。苦しげな声をあげながら、視線を泳がせると、彼の前にいたはずのライダーは殴り飛ばされたのか、罅割れた学園を囲む塀に寄りかかって項垂れていた
そしてアサシンは、今も締められている首の間に何とか両手の指を掛けようと踠いているアーチャーに構うことなく、巨大な掌で強く首を締め上げながら、隻眼の蒼い鬼火をゆらりと光らせて口を開いた
「山の翁の名を冠する此の身、そう簡単に朽ちるようでは、我が門の下にある暗殺者の裁定など、出来ようはずもないということだ。織田信長公」
「・・・戦闘続行スキル、か…!?くく、暗殺者を殺す暗殺者とは…正しく死そのものとして歩く亡霊ということか…!貴様の正体は……!!」
戦闘続行。サーヴァントの霊体を形作る霊核を砕かれるか、その命が絶えるほどの攻撃を受けたとしても、一度だけ今際の際でその意識が踏み止まるという、サーヴァントの一部が持つ固有の能力。そのスキルを持つことの意味、そして彼の口振りから、アサシンの真名にアーチャーが勘付いてニヤリと笑った時、遠くで静かに声がした
「───令呪を以て、命ずる。我が崇高なる暗殺者に、祝福の光を」
令呪の発動を意味する、空間を歪める赤い魔力の高まり。今もアヴェンジャーに身を預けて戦場から離れている篠澤広が、歯も欠け落ちた痛みに震える口で、その命令を下した瞬間、骸骨の眼窩で閉じたはずの右眼の蒼炎がもう一度怪しく煌めいた
「遠方からの援護、感謝する。契約者よ」
更にセイバーの刀で落とされたアサシンの左腕が見るみる内に回復し、槍のように手甲が鋭く尖った手刀の指先が、アーチャーの腹部にズブズブと埋まっていき、やがてズブシャアッ!!という生々しい音がして、背中から大量の鮮血を振り撒きながら彼女の身体を無造作に貫いた
「ごふっ…!?あ゛あ゛あ゛っ………!?!?」
「さらばだ、消えい。かつてこの国を統べるに至った天下の将軍よ」
アサシンが腹を貫いた手刀を引き抜いた瞬間、ぽっかりと開いた虚空からドボドボと蛇口のように血液が溢れ出した。口端から喀血し、あまりの激痛に最低限の呻きだけを残して、首を締め上げるアサシンの右腕を外そうと、必死に踠いていたアーチャーの両腕がダラリと下がり、吊られていた全身が完全に脱力し、彼女は深く両の瞳を閉じた
「あ、アーチャァァァーーーーーッ!!!」
アサシンが彼女をドサリ…という空虚な音と共に路傍に投げ捨てた瞬間、咲季は麻痺で瞬きすら叶わないはずの瞳から涙を流して絶叫した
「・・・では、こちらも終わらせましょうか」
キンッ!と軽い金属音がした。あたしが地に堕ちたアーチャーから、ぐるんと首を回してその音がした方へ視線を向けると、美鈴がショットガンを持つ右手とは逆の左手を、徐ろにスカートのポケットに突っ込み、人間の心臓のような物を引っ掴んでいた
美鈴はそのグロテスクな見た目とは不相応に取り付けられた金属のヒューズから、真横に突き刺さっているピンを歯で噛みながら引き抜いて、そのまま地面に放り捨てた。等しく戦争で見るその光景を見て、あたしはそれが心臓を模った手榴弾であることを直感して叫んだ
「お、お願い!セイバァァァーーーッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
あたしが必死の形相で叫んだ瞬間、セイバーは胸に刻まれた痛々しい斜め十時の傷をそのままに、突進するようにあたしともたれかかっている咲季を脇に抱き抱えて、その場から少しでも距離を取ろうと、彼は負傷した体に無理を押して地面をもう一度蹴り飛ばした
「す、すみかちゃ……!」
「リーリッ……!!」
そして心臓の手榴弾の先で、その場に取り残されてしまった清夏とリーリヤを、あたしは見た。お互いに手を伸ばし合う彼女達に向けて、あたしもまた届くはずのない手を、セイバーの肩に担がれたま伸ばした瞬間。ボゥンッ!!と破裂音がして、火薬を伴った凄絶な爆発…ではなく、毒々しい毒そのものと見られる紫色の煙が一帯に広がった
「ごふっ!?す、み…ごほっ!ごはっ…!?」
「り、り…ごほっ!ごほっ!がはぁっ!?」
その紫色の煙を肺に吸い込んだ途端、リーリヤと清夏は瞳から涙を溢れさせて強く咳込み、口元を抑え込んだ手の隙間から溢れ出すほどの勢いで喀血した。一目で強力な毒だと分かる。へたり込んでいた二人の体は、やがて毒と麻痺で痙攣しているのか、ビクンビクンと強く跳ねてから静かに地面へと伏した
「あ、あぁ…ああぁ……ああああ………!!!」
絶望した。あたしは、絶望した。アサシンを倒し、広の首元まで攻撃が届いていた。その戦況が、美鈴とアヴェンジャーの乱入により、その全てがひっくり返されたのが分かって、勝つための道筋が、希望が全て潰えたのが分かって、あたしは絶句と共に絶望した
「こ、こんな状況…どうしろってんだよ…あたしなんかに…どうにか出来るわけないだろ…!?」
手痛い傷を負わされて回復もままならない中で、必死にあたし達を守ってくれているセイバー。指の弾丸による呪いで今も全身が痺れて、今もあたしに完全に体を預けている咲季。腹部を貫かれて血の池に沈んでいるアーチャー。塀を背にして項垂れてピクリとも動かないライダー。猛毒を吸い込んで痙攣しながら倒れている清夏とリーリヤ
戦闘続行スキルから、戦線離脱した広の令呪によって完全復活したアサシン。そしてショットガンの指を再装填しながらゆっくりと歩いてくる美鈴に、あたしは怒鳴りながら問いかけた
「なんで広なんかの…なんであんな奴の味方なんかしてんだよ美鈴!?アイツは麻央先輩を傷つけて!莉波先輩を殺したんだぞ!?あんな奴の味方する理由がどこにあるんだよ!?答えろよ!秦谷美鈴ッ!!」
「・・・私がその質問に答える義務が、一体どこにあるんですか?藤田ことねさん」
「──────ッ!!!」
ジャコンッ!再装填が終わったショットガンの砲身を、美鈴が手首のスナップを効かせて起こす。自分が歴戦の魔術師だと証明するかのような、あまりに慣れたその手つきと、氷のように冷たい視線と口調が、あたしの思考と行動を凍てつかせる。セイバーがせめてあたしと咲季を守ろうと、左手で胸の傷を押さえながら、右手に刀を精製して美鈴を睨め付ける
しかし、いかに魔術師ではサーヴァントに対抗できぬと言えど、セイバーに傷を付けたサーヴァントを使役していた美鈴は、その傷の程度を自分でも分かっているのだろう。彼の事など恐れる必要もないと言うように、セイバーとその背にいるあたしに向けて二つの銃口を突きつけてきた瞬間、黄色い一閃がその銃を弾き上げた
「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」
「────くっ…!?」
先ほどまで学園の塀を背にして項垂れていたライダーが、いつの間にか美鈴の懐まで肉薄し、彼の横薙ぎに振るわれた木刀に埋め込まれた鋲が、美鈴のショットガンを強く弾き飛ばしていた。その一閃から来る風圧と衝撃に美鈴が思わず体を逸らせて怯んだ隙に、ライダーは必死の形相と声色で叫んだ
「来いっ!!ブリリアドーロ!!!」
ライダーがその名前を叫んだ瞬間、遠くで木霊する咆哮が聞こえた。続いてどこからともなくパカラッパカラッ!と、規則的に道路を叩く蹄鉄の音が聞こえて、その音はあっという間にあたしの耳のすぐそばまで迫ってきて、その音の方へと視線を泳がせた時には、銀色に光る鎧甲冑で武装された、黒い毛並みの中に白い稲妻の毛色が輝く逞しい馬が、アサシンに向かって突進していた
「シャアッ!?」
虚をつく形で突撃されたアサシンは、馬の勢いと鎧の重みで、低く唸って明確によろけた。そしてライダーが呼び寄せた黒馬は、暗殺者の傍らで血の池に沈んでいたアーチャーの、腰に巻かれた黒いベルトに、堅く白い歯で噛みついて、大量の血液と意識を失ってくの字に垂れる彼女の体を顎の力だけで運びながら、あたし達三人の元へと駆け込んできた
「セイバーッ!一刻も早く咲季とことねを連れて、ソイツに乗ってこの場から逃げろっ!この場は俺が食い止める!!」
「なっ!?ば、バカ言ってんじゃねぇ!それじゃあお前さんと、お前さんのマスター達はどうな───」
「頼むセイバーッ!!俺と、俺のマスター達の意思を、無駄にしないでくれ……!!」
アサシンの挙動に睨みを効かせながら背中越しで叫んだライダーに向けて、セイバーもまた彼が口にした台詞に叫ぶように反論しようとした。しかし彼がその反論を最後まで言い終える前に、ライダーは唇の端に血を流しながら懸命に噛み締めて、低く重い声で割り込んで言った
「〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
セイバーはライダーの後ろ姿から僅かに垣間見える苦しみに満ちた顔と、傍らにいるあたし達を一度だけ見比べた。その後、彼もまた何かを噛み殺すような苦しみ抜いた表情で、両脇にあたしと咲季を抱え、ライダーの馬の背に敷かれた鞍に跨った
「ま、待ってセイバー!清夏とリーリヤは!?」
「───────諦めろっ…!ことね……!!」
セイバーに抱き抱えられたまま、馬に飛び乗る形になったあたしは、彼の横顔を見上げながら言った。そして彼は、ほんの数秒だけ、しかしその時間には見合うはずもない莫大な感情との葛藤を奥歯で噛み殺して、あたしに短く、そしてあまりに残酷な一言を口にした
「・・・い、嫌だ…嫌だ…嫌だっ!やだあっ!下ろしてセイバー!あの二人だけは絶対に諦められない!だったらあたしを置いていっ───」
「彼方まで駆けろっ!ブリリアドーロッ!!」
学園で苦楽を共にするクラスメイトの二人に対する、セイバーが下したあまりに残酷すぎる宣告を、あたしは到底受け止められようハズがなかった。彼があたしを抱える腕をなんとか解こうと必死に体全体をバタつかせたが、次の瞬間にはライダーが鎧甲冑の黒馬に向かって叫んで、彼の言葉に付き従うようにして馬が一際強く鳴きながら突風のような速さで駆け始めた
「ふ、ふざけんな!てめぇライダーッ!!お前一体自分が何してると思って…!!清夏ぁぁぁぁぁ!!!リーリヤァァァァァーーーッ!!!いやああああああああああーーーーーーっっっ!!!」
駿足の名馬は一息で美鈴の脇を通り抜け、学生寮の方向へと疾走していく。それに連れて、どんどん小さくなっていく。猛毒に血を噴いてうつ伏せに倒れた、清夏とリーリヤの姿が。こんな所で死んでいいハズのない二人に向けて、あたしがどれだけ必死に泣き叫んで手を伸ばしても、二人との距離は無情にも離れていく
「待ちなさいっ!!」
二人との距離が永遠に離れていくのに比例して、あたしの視界が涙で滲んでいく、その最中だった。標的の逃亡を許した美鈴が、ライダーの木刀に弾かれて道路に落ちたショットガンを走りながら拾い上げ、最低限の照準だけを目線で合わせて、あたし達に撃ち放った。しかしその五本指の弾丸はあまりに乱雑に放たれたせいか、その全てがあべこべな方向に走ってあたし達に届くことはなかった
「アサシン!追撃をっ!!」
「請け負った、協力者よ」
しかし、しかしだ。美鈴がショットガンを撃ち終わるのとほぼ同時に、ブリリアドーロの突撃に怯んでいたアサシンが体勢を立て直し、蒼い鬼火の双眸で、あたし達を焼き尽くそうとその視線に睨みを効かせた。そして─────
新たな人影が、あたし達と美鈴達の間に割り込んだ
「てやんでい。漢気に水を差すような真似すんじゃねぇよ、へんちきめ」
あまりにも辛い別れの後、息もつかせぬ追撃の最中の、唐突な出来事。あたしの涙で滲んだ視界で捉えた人影は、身の丈ほどもある巨大な筆を両手で携えた、帯に花の装飾を拵えた紅色と紫の和服に身を包み、黒髪の緩いウェーブが掛かったミディアムヘアーに、赤と紫の花の髪飾りをいくつも付けた、そのべらんめえ口調があまりに似合わない少女だった
ゴオオオッッッ!!!と、アサシンの視線を奔るようにして、万物を焼き尽くす蒼炎があたし達に向かってくる、その半ばで。バシャアッッッ!!と、バケツ一杯の水をぶち撒けたような音が聞こえた。それはアサシンが放った蒼炎よりも遥かに深い蒼で燃え上がる炎を塗り潰した
彼女が空にも届く勢いで振り上げた巨大な筆の軌跡を辿って、まさしく描かれたソレは、まるで浮世絵の世界から飛び出してきたような、見た者の目を奪う荒々しい海の大波だった
「な、何がっ……!?」
「───小さな窓が、ここにはひとつ。王の話をするとしよう」
あたしと咲季を両脇に抱えるせいで、手綱もロクに握れないセイバーだったが、立て続けに変化する状況に、不安定な体勢に無理を押して振り返り、少女の筆先が起こした波を見て驚愕した、その瞬間。柔らかな花の香りと、鈴のような声音の囁きが、あたし達を包み込むように広がった
「・・・・・・・・・・・え?」
その時。ギュアアアアアアッッッ!!!と、あたしの視界は真っ白に塗り潰された。否。視界ではなく、空間そのものが塗り潰されていた。まるで世界そのものから隔絶されていくような感覚で、音も色もない空間に世界が覆い尽くされていく。あたしはその眩いばかりの凄絶な光に、深く瞳を閉ざしてしまった