Fate/starlight   作:小仏トンネル

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第36話 秘密の花園

 

「うわああああああぁぁぁ!?!?!」

 

突如としてあたし達を包んだ凄絶な光の中、ライダーが喚んだ黒馬が、初めからいなかったかのように忽然と消えた。そして光の中で投げ出された身体が踊り、情けない悲鳴をあげるあたし、咲季、セイバー、アーチャーの4人は、ドサッ!なんて不躾な音ではなく、ファサッ…というまるで柔らかな布団にでも身を投げたかのように光の先に現れた地面へと倒れ込んだ

 

「・・・・・え?な、何?一体どこ、コレ…?」

 

うつ伏せに倒れ込んだ体を、両腕に込めた力で起こしたあたしの視界に飛び込んできたのは、見渡す限り一面の花畑だった。そして淡い桃色の花世界の中心に浮かび立つ、悠久な天を貫かんとする程に巨大な、神秘的で豪奢な金と銀で作られた物見の塔。あたしは雄大な花畑にへたり込んだまま、巨大な塔を見上げていた

 

アサシン陣営との激闘を繰り広げる中、美鈴とアヴェンジャーなるサーヴァントの乱入、そしてライダー陣営をその場に残して撤退を余儀なくされたあたし達を、アサシンの追撃から浮世絵の世界から飛び出してきたような荒波で守ってくれた詳細不明のサーヴァント、そして視界を焼き尽くさんばかりに明滅した白い光に全身を包まれて目を開けた先に待っていたのは、この淡いピンクの花畑の世界

 

まるで理解が追いつかない展開に、あたしがすっかり呆けていると、あたしの傍で倒れていた咲季も今もまだ痺れる身体をなんとか捩って、花畑の地面に肘を立てながら横向きに体を立てた。しかし、この花畑の世界を見た瞬間、およそ少女が花を愛でるのとは真逆の驚愕に染まった声で呟いた

 

「ま、まさか…これ…固有結界………!?」

 

「こ、こゆー…?なに、ソレ?」

 

「使用者の心の内側…心象風景を具現化して、現実を侵食させて展開する結界よ。固有結界内の世界の法則は、使用者の思い描くモノに書き替えたり、捻じ曲げたり、塗り潰したりすることができる…有り体に言うなら、自分にとって超有利な世界を展開する、魔術の最奥。魔術師にとって一つの到達点とも言われる大禁呪…!!」

 

「逃げなさい、ことね…!コレだけの大魔術を扱える魔術師…おそらくサーヴァントは、開戦からまだ私達が一度も会敵しなかった、七つの基本クラス最後の一騎……!」

 

「やぁやぁ。少しばかり手荒な歓迎になってしまってすまなかったね、セイバー、アーチャー陣営のみんな。私の名前はキャスター。またの名を花の魔術師。以後お見知り置きを」

 

固有結界。そんな大層な名前のモノは、どうせあたしの想像の埒外にあるモノだ。しかし、いつも自信に満ちている咲季の顔が、青ざめて驚愕に満ちていることがむしろ、ソレがどれだけの大魔術なのかをあたしに伝えていた

 

そして花畑の中に、一陣のつむじ風が吹いて、幾重にも折り重なった花弁の向こう側から、風が止むのと同時に、舞い散る花弁の幕から現れたのは、キャスター。魔術師。その名乗りだけで、あたしの心臓は鷲掴みにされたようにキュッと引き絞られて、ゴクリと生唾と息を呑んだ

 

「ことね…今すぐここから逃げろっ…!ソイツの相手は儂がする…!だから、お前は一刻も早く…!」

 

如何にも魔術師らしい風貌の白いローブで身を包み、この花畑の世界で屹立している塔と全く同じソレを内包する杖を手に持つキャスター。見ただけでこの世界がこのサーヴァントのモノなんだと直感する。胸の傷を庇いながら、必死にあたしを守ろうと立ち上がろうとするセイバーよりも前に、あたしは立ち上がってみんなを守るように両腕を目一杯に広げて花の魔術師の前に立ちはだかった

 

「ふざけんな…!清夏とリーリヤとライダーを、あの場に置いてきたばっかりで、誰が頼まれたって逃げてやるモンかっ!あたしだってなぁ!あたしだって戦えるんだっ!セイバー達に指一本でも触れてみろっ!あたしが絶対に皆を守るっ!!」

 

「や、辞めなさいことねっ!キャスターのサーヴァントは、そんな虚勢が通じるような相手じゃないのよ!自分の命が惜しければ早くここから逃げなさい!!」

 

「こんな命…この期に及んで、あたしはあたしの命なんか惜しくないっ…!そうじゃなきゃ、清夏とリーリヤはどうなんだよ…!来いよキャスター!世界一可愛いアイドル藤田ことねを!ナメんじゃねーぞっ!!」

 

あたしの背後で必死に逃げろと叫ぶ咲季の声すらも掻き消すように、あたしはキャスターに向かって、涙を抱えた瞳から放つ強い視線に、負けてたまるかという意志を乗せて叫んだ。食いしばった歯の間と唇の端から、荒々しく息を吐くあたしに対して、キャスターは悩ましげな口調で話し始めた

 

「ん、ん〜…今回もタイミングがタイミングだったとはいえ、キャスタークラスってそんなに信用ならないんだろうか?もしくは私って、そんなに胡散臭く見えるだろうか?あ〜失礼を承知で申し上げるよ、レディことね。君の仲間を守ろうとする意思はとても立派だ。だけれどそれは、この場に於いては全く必要のないモノなんだよ。端的に言えば、私は君たちの味方だよ」

 

「そうかよ…!来るなら来いよ、どんな魔術でも撃ってこいよ!だけどあたしは、お前の魔力が空っぽになるまで、みんなを守り切るまでは、絶対に倒れねえからなぁっ!!」

 

「・・・んん〜そうか、なるほど!これはちょっと私には無理だ!降参だ!私という夢魔の信頼性の無さがよ〜く分かった!と言うわけで、スペシャルゲストをお呼びしよう!私のマスター、倉本千奈と、同盟を組んだバーサーカーのマスター、姫崎莉波さんだ!」

 

「・・・・・・・・・・は?」

 

必死にキャスターに向かって声を張り上げるあたしに、彼は観念したように、また何かに納得したように大きく頷いた。そしてそのまま、あたしにとっては聞き覚えしかない同級生と先輩の名前を口にした。そして、杖の先で宙空をかき混ぜるように振りかざすと、彼が現れたのと同じように、花弁に覆われたつむじ風が二つ巻き起こり、その中から名前を呼ばれた通りの二人の少女が姿を見せた

 

「なっ、なんで千奈…?莉波、先輩…!?キャスターのマスターって…てか莉波先輩も、なんで生きて…!?さっき広が、バーサーカーのマスターなら殺したって……!」

 

「藤田さん、初めに言っておきますわ。わたくし倉本千奈は、今回の聖杯戦争で、キャスターさんのマスターをさせていただいております。そしてわたくしと莉波先輩は、既に同盟関係にあります。ここにいるわたくし達は、キャスターさんの魔術による幻でもなんでもない、正真正銘のわたくしたち本人ですわ」

 

まるで亡霊でも見ているような顔をして、目を見開いているであろうあたしに対して、小さな体の小さな胸に手を当てて、いつもの彼女らしいお嬢様口調でありつつも、真剣な眼差しと声音で千奈は言った。それに続いて、莉波先輩も一歩前に出て言った

 

「ことねちゃん、安心して。私はちゃんと生きてるよ。確かにあの日の夜にことねちゃんと戦った後に、広ちゃんを相手して本当に危なかったのはそうだけど、私とバーサーカーもちゃんと無事だよ。千奈ちゃんとキャスターさんが助けてくれたの。それと…ことねちゃんも、私を心配してくれて、私と麻央を助けようと戦ってくれて、ありがとう」

 

「莉波、先輩………」

 

生きていてくれて、良かった。と、あたしは心の底から安堵した。ありがとう。というその言葉を莉波先輩から聞けた安堵感から、全身から力が抜けるようにして、みんなを必死で守ろうと目一杯に広げていた両腕も脱力して、体を強張らせていた全ての緊張が解けて、あたしは花畑の上にへたり込んだ

 

「うん、どうやら完全に誤解は解けたようだね。それに、多分そろそろ効いてくる頃合いだ。それを私達に対する信用と代えてほしい。レディ咲季、それからセイバー、体の調子はいかがかな?」

 

「・・・えっ?あ、アレ…?なにコレ、ついさっきまで全力で動かそうとしてやっと動くってくらいには痺れてたのに……!?」

 

「確かに言われてみりゃあ、奇妙な感覚だ。さっきまでキリキリと痛んでやがったのに、今はあまり痛みを感じねぇ。これはお前さんが?」

 

急にキャスターに名指しで話しかけられた咲季は、思わず肩をピクリと浮かせた。しかし、美鈴に撃たれた呪いの弾丸の影響で、先程までは肩が浮くなんて動作すら出来なかった彼女だ。それが条件反射で体が動く様になるまで回復した事に、彼女は驚きを隠そうともしないまま立ち上がって、体の関節のあちこちを確かめる様に動かし始めた

 

そしてセイバーも、明らかにこの場所に来た時より顔色が良くなっているのがあたしでも見ていて分かった。彼は自分の胸に鮮血で刻まれた斜め十字の傷跡を右手でソッとなぞり、血は出ているのにまるで痛まない奇妙な感覚に感心しながらキャスターに訊ねた

 

「それが私の固有結界が持つ能力の一つでね。この空間で私が味方だと認識する人間は、この場所にいるだけで徐々に体力と魔力が回復していくんだ。流石にセイバーとアーチャーは傷が深すぎるから、まだ少し時間がかかるけれど、いつかは全快するハズだよ」

 

「えっ!?あ、アーチャーも助かるの!?」

 

「もちろんだとも、レディ咲季。いや流石に驚異的な生命力の持ち主だね彼女は。あの傷でまだ現界を保っていられたとは。まぁ正直なところ間一髪だったけれど、ここにいれば今より酷くなる事はないよ。さっきも言った通り時間がかかるけれど、腹部の傷はいつか塞がって元通りになるハズさ」

 

「・・・よ、良かった…本当に…良かった……」

 

キャスターに言われて、咲季はようやく動くようになった体で、今も花畑に横たわるアーチャーの元に駆け寄った。今もまだ腹部を貫通している痛々しい傷穴が残るアーチャーは、深く瞳を閉じているが、それでも快復に向かっているという事実を知って、咲季は彼女の頭から制帽を取って、正座した自分の膝枕に乗せ、慈愛に満ちた顔でアーチャーの綺麗な黒髪を何度も撫でた

 

「さて、何はともあれコレで私たちの事も信用いただけたようだね。まずは私たちの事についてと、今回の経緯に至った事について、いくつか説明しておかなければならない。まずは……」

 

「清夏とリーリヤと、ライダーはどうなったんだよ」

 

「・・・・・レディ、ことね。それは……」

 

杖を支えにしながら、立っていた2本の足を崩して、キャスターは花畑に胡座をかいた。そしてそのまま話しを始めようとした彼の口を遮るようにして、あたしはへたり込んだ姿勢のまま、平気な顔で咲き誇る桃色の花を、堪えきれない悔しさを込めて握りつぶした

 

「分かってる!あたしだって分かってるよ!多分莉波先輩のことも、あたし達が広達を前にして撤退した後、危なかったところをこんな感じでキャスターは助けたことも、今のあたし達を助けてくれたことも、普通に感謝してる。分かってるよ、分かっては…いるよ……!!」

 

「だったら!だったらなんでなおのことっ!!清夏とリーリヤとライダーも含めた!全員を助けてくれなかったんだよっ!?」

 

「・・・仕方がなかったんだ。世界を侵食して展開するという固有結界の性質上、あの戦況で全員が一ヶ所に固まった状態だと、アサシンやレディ美鈴も展開時に巻き込んでしまう恐れがあった。そうなると私達の立場も危ういんだ」

 

「バーサーカーはアサシンに、私はアヴェンジャーに負わされた手痛い傷が、まだ全快は出来ていない現状でね。おそらくあのアサシン相手では、手傷を負った我々では対処しきれない。それ故に、どうしても君達だけを引き込む必要があった。そしてそれが可能なタイミングが…あの瞬間しかなかったんだ」

 

俯いていた顔をバッと上げて、あたしは語気を強めて涙を堪えた瞳で睨みつけながらキャスターに言った。あたしの問い掛けに、キャスターが淡々と答え終わると、彼も含めた全員にしばしの沈黙が訪れ、やがて最後にキャスターがゆっくりと、静かに口を開いた

 

「・・・彼女達を助けられなかった事は、本当に申し訳ないと思っている」

 

「─────ッ!!うああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

あたしには、キャスターが言ったその言葉が、心にも思っていない台詞に思えた。そうと直感してなのか、あたしは反射的に絶叫しながら地面を蹴り飛ばして、キャスターに右拳を向けて駆け出していた。しかし、怒りのままに突進しようとしたあたしの身体を羽交締めにして止めたのは、同じ場所、同じ瞬間に清夏とリーリヤを置き去りにしてきた咲季だった

 

「・・・もうやめなさい、ことね。何度も言ってるでしょう。莉波先輩は生きていたけれど、私達が全滅したら、それこそ麻央先輩を助けられる人がいなくなる。それに、これは聖杯戦争。参加者それぞれが願いと命を賭ける殺し合い。リーリヤと清夏だって、その時が来るのを覚悟した上で参加してたハズよ」

 

「〜〜〜ッ!離せよ咲季!んな理由であたしは納得できないっ!あたしはマスターだけど魔術師じゃない!あたし達だけが助かったことをっ!人が死ぬことをっ!清夏とリーリヤを見捨てた事をっ!そんな一言で許せるわけないっ!咲季だって悔しくないのかよ!?いくら自分も魔術師だからって…!!」

 

「やめろって言ってるのよ!!」

 

羽交締めにされてなお、キャスターに向かって全力で殴りかかろうと、暴言を叫びながら身体をバタつかせるあたしを、咲季は一際大きな声で怒鳴りつけて、押さえつけていたあたしの身体を持ち上げて、そのまま地面に叩きつけた

 

「いづっ…!?なにすん──────ッ!?」

 

身体強化の魔術で強化された咲季の腕力に、なす術なく投げられたあたしは、桃色の花弁を散らしながら強かに背中を地面に打ちつけた。うめき声を漏らして、今一度身体を起こそうとした時、あたしを見下ろす咲季の顔が酷く歪んでいるのを見て、あたしが叫ぶ口は、反射的に止まっていた

 

「悔しくないわけが、ないでしょう…!悲しくないわけが、ないでしょう…!確かに私は魔術師で、人の生死に対する感覚が、他の人より鈍い自覚はあるわよ。だけど、だけどね…!!」

 

「自分の未熟さで…大切な友達を…失う事については…話が別なのよ……!!」

 

「さ、き……………」

 

絞り出すような声で続けていた咲季は、最後の一言を口にした瞬間、その瞳から流れ出る涙を押し留めることが出来なかった。そして、初めて見る彼女の表情を目の当たりにしたあたしが言葉を失っていると、咲季は身体中全ての力が抜けたようにへたり込んで、しかし間も無くその拳に全力を込めて地面を叩きながら叫んだ

 

「〜〜〜ッ!!クソッ!!!」

 

「くそ、くそっ!クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソッッッ!!!」

 

「クソーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

・・・初めてだった。いつでも自信満々の、あの花海咲季が、誰よりも自分を高める為の努力を怠らず、ど素人のあたしですらライバルとして認識して、同盟を組んだ時も、広と美鈴と戦っていた時も、常に気丈に振る舞っていた咲季が

 

「うわあああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」

 

(・・・・・・・・・・あぁ、そっか)

 

感情を抑える事なく、人目も憚らずに怒鳴り散らして、我慢の限界に達して、大口を開けて泣き喚いている。結界の中で広がる空に向かって身体を大きくのけ反らせて、全身で悲しみを吐き出す彼女を見て、あたしも視界が滲み始めて、そしてようやく、実感した

 

「あたし達、敗けたんだ…………」

 

「ことね」

 

ファサ…と、俯いたあたしの頭の上に、セイバーが羽織を掛けてくれた。そしてそのまま、あたしの前に跪きながら背中に手を回して、胸の中に抱き留めた。ポンポン、と優しく背を叩く彼の腕と、十字に切り裂かれていても、暖かく包み込んでくれる胸を前にしたあたしは、もう我慢できなかった

 

「ぐすっ…ひぐっ…すみかぁ…りぃりやぁ……ごめん、ほんどに、ごめんね……!」

 

「「うわああああああああああああああああああああああああ〜〜〜っっっ!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!」」

 

あたし達を助けてくれたキャスターも、彼のマスターの千奈も、生きてくれていた莉波先輩も、戦いを終えたあたし達以外の、その場にいる誰もが哀しげに俯く中。あたしと咲季の号泣は、その喉が枯れるまで、その涙が涸れるまで、閉ざされた花の世界に響き続けた

 

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